投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第三章

不思議少女とティータイム

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「いったい、誰だと思ったの?」


 部屋に入った、リリアーナさんの第一声。

 それはそうよね。
 今のは流石に、わたしが悪かったわ。
 別に隠す必要も無いので、素直に答える。


「昼食を届けて頂くことになっていたので、持ってきて頂けたのかと思ったのよ」

「昼食?もう、オヤツに近い時間だよ?」


 眉根を寄せるリリアーナさん。

 そうね。
 そうよね。

 送迎の御者さんたちや聖騎士さんたちは、正午を過ぎる頃には、しっかり聖堂まで送り届けてくれたのよ。
 予定されていた通りの時間だったわ。

 ミゲルさんも、手早く説明を終えてくれた。
 それだけなら、少し遅めの昼食になるくらいの予定だったよね。

 問題は神官長アレだ。

 まぁ、いいわ。
 深く考えたら負け。
 一応今日から上司だものね?

 迂闊なことをぼやいて、うっかりリリアーナさんに噂を広められては、自分の首が絞まる。

 マイナスの言動は封印だ!

 とりあえず笑顔で誤魔化してみる。


「そうね。お腹が空いたわ」

「それは。何も食べてないなら、お腹空くよね。とりあえず、こういうので良ければあるけど?」


 リリアーナさんは、両手に持っているものを、見せてくれる。

 右手には紅茶と……マイカップ?
 それから左手には……。

 !?

 最近王都で、じわじわ流行っているマカロン?
 しかも、旬の苺味⁈


「一緒にどうかと思って。昨日お母さんが持って来たの」


 え!?

 前回会った時は、どちらかというと敵意を向けられていた気がするんだけど……。
 どうしたの?

 恐る恐る尋ねてみる。
 

「わたしも頂いて良いの?」

「何言ってるの?部屋まで持ってきて、自分だけ食べるほど、性格終わってないよ!」


 傍若無人で、常識そっちのけのキャラクター、どこ行った⁈⁈

 心の中で盛大にツッコミを入れつつ、可能な限りの理性を総動員して、平静を装う。


「嬉しいわ。今、お湯を沸かすわね」


 備え付けられていたケトルに、水差しに汲み置かれた水を注いで、お湯を沸かす。

 このケトルが魔法具。
 術式が既に組み込んであるので、スイッチを入れるとお湯が沸く。
 雰囲気はテ○ファールケトル。

 仕組みはよくわからないけど、状態変化の魔法云々と聞いたことがある。

 わたし用に用意されていたカップを持ってきて、テーブルに置くと、補助テーブルと椅子を出して軽く拭き、二人で座った。
 

「普段は、わたしって言うんだね?」


 しまった。
 ……うっかり素が出ていたらしい。


「じゃ、私(わたし)もそうさせてもらうね」

「えぇ。気楽になさって?」


 笑顔で頷くと、リリアーナさんも少し表情を緩めた。  


 さて。
 ここからが問題だわ。

 つまり、ユーは何しにわたしの部屋へ?
 まさか、お茶する為だけじゃないわよね?

 さらに更に、どうしてわたしがここに来ることを知っていたのかしら?
 わたしは、家族以外誰にも言ってない。
 神官さんから聞いた可能性は有るけれど。

 さて、どう切り出すべきか。
 現在、ちょっとした沈黙が続いている。

 やってきたのは彼女の方なので、とりあえず顔に微笑を浮かべながら、相手の出方を伺ってみる。


「ええと。私の部屋はこの隣で」


 沈黙に耐え兼ねたのか、リリアーナさんがゆっくりと話し始めた。


「一昨日から入っているの。ほら、私の家王都だから」

「そうなのね」

「昨日、神官さんから、今日マリーさまがここに入ると聞いて、一応……ご挨拶?」


 気恥ずかしそうに、上目遣いで言うリリアーナさん。

 ちょっ。
 ……可愛いんですけど?

 ツンデレにハマる要因、わかっちゃった気がする。
 キツめの対応の後、急にしおらしくされると、心臓ぎゅーってなるわ。


「わざわざお菓子まで持って、会いに来てくださったの?」

「う……来たばかりだったのに、ごめんなさい」

「そんなことないわ。来て下さって嬉しい」


 微笑んで答えると、リリアーナさんは、ちょっと照れ臭そうに笑いながら、胸を張る。


「王都暮らしは初めてでしょ?困ってるかなぁ、と思って」


 リリアーナさん。
 案外、面倒見のいいお姉さん系なのかな?
 腹の内はわからないけど、仲良くなれるなら、なっておいた方がいい。

 知り合いの多くない聖堂での生活は、正直心細いし、打算的に考えれば、彼女と王子殿下の今後の行動も探りやすくなる。


「そうなの。一人暮らしも初めてだから、とても不安で。もし良ければ、色々と教えて下さる?」


 困った様に眉根を寄せてお願いすると、何故かリリアーナさんは息を呑んだ。

 あはは。
 あざとかったかな?
 やりすぎ注意!


「なんか、マリーさまって、思ってたのと違うね」


 え。
 どんなんだと思われてたのよ。
 それを言うなら、


「リリアーナさまこそ」


 思わず、本音と笑いが漏れる。
 しばらく止められずにクスクス笑っていると、リリアーナさんは眉を寄せ、やがて笑った。

 お湯が沸いたので、リリアーナさんが持って来てくれた茶葉を使って、お茶を入れる。


「私のことはリリアでいいわ」

「わかったわ。リリアさん?」

「うん。私もマリーさんと呼んでいい?」

「もちろん」


 まぁ、貴女と王子殿下しかそう呼んで無いけど、直すのも面倒だし、それで良いわ。

 持ってきて頂いたマカロンを頂きながら、和やかな雰囲気で、お茶を飲む。

 王都に来た当日に、まさかリリアさんと、こんなに穏やかな時間を過ごすは、思いもよらなかったわ。

 その時、唐突にリリアさんが話題を変えた。


「マリーさんは、エミリオ様のこと、どう思っているの?」


 お茶を吹き出しそうになったのを、堪えたわたしは偉いと思う。
 ちょっと気を抜いていたら、突然、心臓に来る話題が投げ込まれた。


「……どう、とは?」


 曖昧に返事を返す。
 リリアさんはいぶかしむようにこちらを見て、ため息を漏らした。


「貴女は、エミリオ様に興味が無いの?」


 興味……。
 『全く無い!』と言ったら嘘になる。
 一応、そう言う仲になる物語だし?

 でも、正直恋って、よくわからない。


「それは……人並み程度には、あると思うけれど」

「ふぅん。貴女がライバルになると思ったんだけど?」

「そんなこと、恐れ多いわ!そもそも、王子殿下には、婚約者もいらっしゃるし」

「あぁ~。ヴェロニカさま!ダンスを楽しんでたら、嫌味言ってきて、ホントやだった~。ドレスが分不相応とか言われて、うるさいババァって感じ?」

「まぁ」


 ちょっ。
 口悪い!
 貴女の行動に問題があることについては、とりあえず横に置いちゃうのね?

 しかしコレ。
 完全に彼女がヒロインルートを突き進んでいるわ。
 本来、わたしが被るはずの嫉妬や嫌味を、彼女が引き受けてくれちゃってるわ。

 …………。

 くぅっ。
 なんで悪いことしてないのに、こんなに後ろめたい気分になるのよ!
 彼女が自ら突き進んでいるのだから、わたしに落ち度は無いはず!

 でもこれ、聖堂ではどうなんだろう?

 小説では、ヒロインは他の『聖女』候補の先輩からも、様々な嫌がらせを受ける。

 何故嫌がらせをされるのか、理由は書かれていなかったから、わからないけど。

 無難に考えれば、ライバルを蹴落とすためなのかな?
 でも、それだけが理由とは考えにくい。

 例えば、『仕事そっちのけで、王子殿下とデートしてるのが気に入らない!』とかだったら?

 確か、成人の儀のダンスの時に、ヒロインが王子殿下に『自分が聖女候補だ』と伝えるのよね?
 で、会えることを喜んだ王子殿下が、お忍びで聖堂に遊びに来るようになるのだ。

 そして、二人は愛を育む。


「そうそう!今度、エミリオ様が遊びに来るって、伝言があったの。楽しみ~」

「まぁ。良かったわね」


 はい。
 きたコレ。

 巻き込まれないように、何処かに隠れていようかしら。

 王子殿下との接触は、正直ほどほどに留めたい。
 物語の強制力とかで、自分の気持ちがどう動くのかも読めないし、無防備に近づくことに躊躇いを感じる。


 リリアさんが王子殿下を狙っているなら、この際、それでも良いのではないかしら?

 王国を救う為に、王子殿下にやって貰うべき事は、ただ一つ。

 『マグダレーンヘ出兵して貰うこと』

 これだけだ。

 『愛する聖女が出向くなら、俺が一緒に行って守る!』的な展開なのよね。

 で、実際に重要になるのは、一緒に来てくれる『王子殿下付き近衛騎士団』と『王国騎士の旅団』だったりする。

 つまり、王子殿下と恋仲にならなくても、この人たちを動かして貰えさえすれば、何とかなる可能性は高い。

 勿論、王子殿下のカリスマ性は、重要なファクター。
 それだけで、王国騎士の士気が上がることを考えると、兵を率いて現地まで来て戴かなければならないけど。

 『聖女』になれば、王子殿下との接触もあるだろうし、頼み込めば聞いて貰えるかも知れない。
 お兄様も近くにいるしね。

 それに、まだ、リリアさんがヒロインの可能性も残っている。


 わたしが考え込んでいる間も、リリアさんの惚気のろけ?話は継続していて、わたしは適当に相槌を打っていた。

 曰く、『ダンスのレベルは同じくらい』とか、『何度もご一緒してくれた』とか『ヴェロニカ様に嫌味を言われた時、フォローしてくれた』などなど。

 あはは~。
 ヒロイン街道まっしぐら。


 気を付けたいのは、王子殿下がお忍びでやって来る期日まで、あと半月をきっていること。

 コレは注意しておかないといけない。

 あと、リリアさんと王子殿下の、パイプ役になっているであろう人物。
 要チェックだ!

 可能であれば、その人とも接触しておきたい。
 

「……というわけだったのよ……ねぇ、聞いてる?」

「あ。ごめんなさい。ちょっと、旅の疲れが出たみたい。ぼーっとしてしまったわ」


 わずかの間、思考にのまれていたら、リリアさんに怪訝な顔をされてしまった。

 失敗!

 いったん考えを保留し、リリアさんの話に思考を戻す。

 でも、リリアさんは、わたしの捻り出した言い訳に納得してくれたのか、すっくと立ち上がりながら言った。


「そう。じゃ、続きはまたにしましょ」

「せっかく来てくれたのに、ごめんなさい」


 素直に謝罪すると、リリアさんは笑顔をむけてくれた。

 案外、良い子なのかな?


「じゃあ、また夕食の時に!私、戻るわね」

「ええ。また後で」


 コップを片手に部屋を出ていく彼女を、扉の外まで見送る。

 そういえば、お昼ご飯来てないな。
 まぁ、お茶を頂いたから、来なくてもいいか。
 
 疲れたのは本当のこと。
 
 夕食時のご挨拶で、色々神経使わないといけないから、とりあえず少し寝ておこうかな。
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