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第三章

再会と新たな出会い

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 月が変わる前日。

 お昼前に、わたしを乗せた馬車は、予定通り王都へ到着。

 第三の城壁、正門(南門)から王都に入るようだ。

 馬車は、門の手前で一度止まった。
 レンさんと門番の騎士さんが話をしている。

 どことなくフランクな感じの応答。
 というか、王国の騎士さんが、一方的にレンさんを構っている感じ?

 顔見知りなのかな?

 その間にラルフさんがノックしてから、馬車の扉を開けた。
 彼は片足を馬車のステップに乗せて、窓に設置されているレースのカーテンを閉めてくれる。

 一応中からは外が見えるけど、外からは見えないのかな?

 聖騎士さんの制服や馬車を見れば、身元はハッキリしている。
 そんなわけで、その後馬車はあっさり門を抜ける事ができた。

 
 王都の中に入ってからは、第三の城壁伝いに街を一周している環状道路を進む。
 時計回りの方が、僅かに中央聖堂に近いらしく、馬車は城壁を左手に見ながら進んだ。


 街はたくさんの人で溢れ、賑やかだった。

 王都の南西部は食料品の市場があり、付随する飲食店も多く立ち並んでいる。
 丁度昼時なこともあり、ごった返すという表現の方が近いかな?

 聖堂の馬車は、やはり目立つようで、たくさんの視線が集まり、なんだか居心地が悪い。

 やめて!
 そこのおばあちゃん、どうか拝まないで!
 わたし、まだ候補なので。

 昨晩夕食の時に聞いたのだけど、この馬車、実は聖女様も乗られる馬車で、その場合は紫色に金糸で刺繍された聖堂の紋章のフラッグがかけられ、窓が開け放たれるそう。
 護衛も三倍つくし、聖女様が乗る場合は、ちょっとしたパレード状態になるんですって。

 聖女様は、沿道の人々に手を振りながら道を行かれるわけね。

 気苦労凄そう!

 気にしたことなかったけど、『聖女』ってかなり大変なお仕事だわ。

 ラルフさんがカーテンを閉めてくれたのは、注目されて、わたしが気後れしないようにかな?

 優しい気遣いが、本当にありがたい。


 正午を過ぎる頃、わたしたちは中央聖堂に到着した。
 
 前回は、聖堂の正面入り口がある側(南)の広場前に馬車をつけたけど、今回は聖堂の裏手側へ、城壁沿いに進む。

 右手は聖堂の敷地なのかな?
 グレーっぽい煉瓦の塀で囲われている。

 馬車が止まったのは、丁度聖堂の真北。
 第三の城壁の北門に向かい合う形で、大きな門が現れた。
 二人の聖騎士さんが門を守っている。

 馬車の姿を捉えると、特に確認することもなく門が開いていく。

 門を抜けると大きなロータリーになっていて、周囲には幾つかの建物。
 聖堂関係施設かしら?
 ロータリーを中心にコの字に配置されている。


 聖堂の建物の丁度裏側に馬車が止まり、ラルフさんが扉を開けてくれた。

 レンさんが手を貸してくれて、馬車から降り立つ。
 
 聖堂と並んで立っている建物、そこは、前回通された応接のある建物かしら?
 その入り口から、ミゲルさんともう一人、背の高い細身の男性が、小走りでこちらへやって来た。


「やぁやぁ。よくいらっしゃいました。ローズマリーさま!」


 上機嫌で声をかけてくる初対面の男性。
 四十代くらいかしら?
 顎の下で切り揃えられた濃いブロンドの髪を、後ろに撫で付けている。
 ややつった、細長い目は茶色。
 紺色の神官服を着ている。

 誰?

 そんな疑問が湧いたけど、とりあえずは、ご挨拶。


「お出迎え頂きありがとうございます。ご承知の通り、ローズマリー=マグダレーンでございます。本日よりお世話になります」

「お待ちしておりましたよ。私はマヌエルと申しまして、神官長をしております」


 なんと!
 神官長様でした!

 そういえば、神官服に金糸が使われていたり、全体的にどこか豪華な作りだ。

 わたしは慌てて深く頭を下げた。


「マヌエル神官長御自らお出迎え頂けるとは、思いもよりませんでした。心よりお礼申し上げます」


 なんと言っても、実質聖堂ナンバー1だ。
 名目上ナンバー1は聖女様だけど、実務上は神官長が聖堂をとり仕切っているはず。
 丁寧に応対しなければ。


「先日はありがとうございます」


 マヌエル神官長の横で、ミゲルさんが挨拶をして下さったので、そちらにもご挨拶。


「こちらこそ。お忙しいところお世話になりました」

「確定検査の際は立ち会えず、申し訳無かったですね?彼には困っているんですよ。連絡すら、しっかり出来ないものでね」


 マヌエル神官長が、ちらりとレンさんを見ながら、そんなことを言う。

 え?
 どういう意味?
 

「……申し訳ございません」


 わたしの横で、きっちりとした角度で頭を下げつつ謝罪するレンさんは、相変わらずの無表情。

 ミゲルさんに目線を送ると、困ったように視線を逸らされた。

 ……何なの?

 神官長は、なおも続ける。
 

「旅の最中、ご無礼は無かったでしょうか?それだけが心配で、ええ」

「いえ。とても親切に対応していただきました。お気遣いありがとうございます」


 とりあえず笑顔で答えた。


「それでしたら良かったですが。まぁ、本人の前で言いにくいことなどありましたら、私に仰ってください」

「は、はぁ」

「君たちは、もう下がっていい。クルス君、報告書の提出は、可及的速やかに済ませるように。バナー君、お疲れ様だったな。今日はゆっくり休みたまえ」


 マヌエル神官長は、聖騎士のお二人に指示を出すと、わたしにむかって笑顔をみせる。


「では、案内致しますので、こちらへどうぞ」


 大きな荷物は、次いで出てきたグレーの神官服の男性が持っていってくれた。
 笑顔で会釈すると、彼は微笑みながら会釈を返してくれる。

 先に部屋に運んでくれるみたい。
 ありがたいな。


 貴重品や筆記具が入ったバッグを持って、歩き出した神官長とミゲルさんの後ろをついて歩く。
 目的地は、先程の聖堂横の建物のようだ。
 中に入ると内装に見覚えがあるので、やはり前回入った建物みたい。

 通路を歩きながら考える。

 マヌエル神官長。

 にこやかに対応してくれているけど、なんとなく粘着質な雰囲気の持ち主。
 それと、レンさんに対して、ものすごくトゲを感じたのだけど、何なのかしら?
 
 初めて聖堂に行った時の、わたしに対する、レンさんの対応は、とても感じの良いものだった。

 前回と今回のミゲルさんの反応を見る限り、連絡に不備があったとも思えないのだけど?

 単純に、反りが合わないとかかな?
 それとも過去に何かやらかした?

 でも、レンさんて大人しいし、旅の間の仕事ぶりは驚くほど丁寧で、気配りも素晴らしかった。
 致命的な何かをやらかすようには、到底見えない。

 神官長が一方的に嫌っている雰囲気だったけど、聖堂の人間関係に詳しくないわたしに『彼が困った人物だ』と思い込ませるような、あの嫌らしい話し方が気になる。

 小説では、神官長ってどんなキャラだったかな?

 正直あまり覚えていない。
 聖女様や聖女候補に、ヨイショしてたイメージしかないわ。

 ん?
 今、何か引っかかった。
 なんだろう??

 必死に思い出そうとするけど、思い出せない。
 でも、何だかナーバスなイメージ。

 もう少しで、何か思い出せそうな気がしたのけど、タイムオーバーだわ。

 わたしは、初めて来た時通された、応接室に辿り着いていた。


 室内に通されると、前回同様ソファーを勧められて、そこに座る。
 わたしの前に、神官長とミゲルさんが座った。


「今日から、聖女候補として働いて頂きますので、よろしくお願いしますね」


 第一声は神官長。


「よろしくお願い致します」


 座ったまま頭を下げるわたし。

 次に、今後について書かれた書類を手渡しながら、ミゲルさんが口を開いた。

「まず、本来でしたら男爵令嬢でいらっしゃいますので、ローズマリー様とお呼びするべきなのですが、以降は付けでよばせて頂きます」


 道理ね。

 ここへ来たのは令嬢としてでは無い。
 聖女候補は、ある意味公務員のようなもの。
 平民も貴族も、身分に関係無く同僚。


「はい」


 微笑のまま返事を返す。


「聖女様になれば、『様』に戻りますがね?」


 『うふふ』と、粘着質な声で笑いながら、言う神官長。

 なんだろう。
 その、今現在どうでも良い情報。
 特に面白くも無いし。

 とりあえず、曖昧な笑いを浮かべてかわす。

 初対面の印象が悪かったからなのか、何となく、神官長の言動を気持ち悪く感じてしまう。


 その後は、ミゲルさんから、今日と明日の予定を説明された。
 わたしは書類に目を通しながら、簡易的な筆記具で必要事項を書き留めて行く。

 その様を、ニヨニヨしながら眺めている神官長。

 あれだ。
 イメージは、どこのご家庭の庭先の日陰にも、一匹や二匹は棲息していそうな、軟体動物系。
 わたしは、密かに全身を泡立てていた。
 生理的にムリかも。


「とりあえず説明は以上です」

「ありがとうございました」


 説明が終わってほっとする。
 今日は、夕食時に、他の候補の方々と、顔合わせをするだけの予定。
 それ以外は休憩だから、少し気楽だ。


「ところで、ローズマリーさんは、何か趣味がおありですかな?」


 それまで黙ってニヤついていただけの神官長が、突然話し出す。


「趣味ですか?これと言ったものは……そうですね。今は、少し料理に興味があります」


 無難なところを答えてみる。
 嘘は言っていない。


「それは良い。私は、ポエムとマジックが趣味でして…………」


 そこからが長かった!

 話の内容は全く頭に入ってこないし、興味も無いので、とりあえず微笑を浮かべたまま相槌だけは打っていたけれど、一人で小一時間話しましたよ!
 この人!

 隣のミゲルさんは、何処か遠いところを見ているし、この時間、何のための時間なの?

 ひとしきり話して満足されたのか、一瞬話が止まった。
 その一瞬の隙を見計らって、ミゲルさんが声をかけてくれた。


「この後は、寮へ案内致しますね。荷物は既に部屋へ運ばせてあります。昼食は、今日は部屋へ運ばせますので」

「それでは、後はミゲル君に任せるよ。失礼の無いよう、しっかり頼んだよ」


 そんなことを言うと、神官長は立ち上がった。
 ミゲルさんは、呆然と神官長を見上げる。


「すみませんね。この後、重要な用事がありまして」

「……お忙しい中、ありがとうございました。今後とも、よろしくお願い致します」


 忙しいなら趣味の話、要らなくない?
 なんて、心の中で呟くくらいなら、許されるよねっ?

 ねっ⁈



 

 現在わたしは、ミゲルさんに案内されながら、聖堂横の建物(事務局と呼ばれているらしい)を出て、北西にある建物群へ移動してます。

 建物は東西に長く、三棟並んで立っている。

 手前が男子寮。
 独身の神官さんたちと、男性の使用人さんの住まい。

 中央が女子寮。
 聖女候補と独身の女性神官さん、女性の使用人さんの住まい。

 一番外側の塀に面しているのが、聖騎士さんの寮。
 住んでいるのは、独身の聖騎士さん。
 因みに、聖騎士は、男性のみで構成されている。


 女子寮と聖騎士寮の間には、広大な広場がある。

 そこは、一応芝生がはられているけど、日当たりはあまり良く無い。

 日向ぼっこには、向かないわね。


 因みに、ロータリーを挟んで寮の対面にある建物群は、孤児院。
 先程、聖堂の見取り図を見て、胸が痛んだ。


「何か困ったことや、気になることがありましたら、私でもマルコでも良いですから、ご相談ください」


 道中、ミゲルさんが苦笑しながら仰った。
 何というか……彼は色々な意味で、ご苦労されていそうだわ。

 先程の神官長とレンさんの件は、聞かない方がいいんだろうな。
 たまたま今日、神官長の虫の居処が悪かっただけかもしれないし。

 うん。
 出過ぎた真似をして、かえってトラブルになってはいけないので、当面様子をみることにしよう。

 それに、人の心配が出来るほど、わたしも余裕がある状況じゃ無いのよね?
 新しい環境に馴染むまでは、冷静に、よく状況を見て行動しなければ。

 ミゲルさんには、微笑みながらお礼を言うに留めた。


 女子寮は三階建てで、一階中央に共同玄関があり、通路は屋内にある。

 わたしの部屋は、二階の東側の角部屋。

 ミゲルさんに鍵を渡されて中に入ると、全体的によく掃除された綺麗な部屋だった。

 お部屋はワンルームで、トイレは一階にある共同トイレを使用。
 電気がないから、水場は一階にまとまっている。
 もちろんキッチンも同様。

 現代の常識で考えれば、もの凄く不便だ。

 でも、上水道や下水道は整っているし、衛生的であれば、それほど気にならない部分でもある。

 お風呂は、寮の南西側に、共同浴場の建物があるそう。
 後で見に行ってみよう!
 男女は当然分かれていて、しかも温泉で掛け流しらしい。
 やっほう!
 温泉!
 一度行ってみたかったのよね!
 近くに火山があるのかな?
 何にせよ、私にとっては、すごいご褒美だ。


 ミゲルさんは、備え付けの家具類や、施設の説明を終えると、部屋を出て行った。


 荷物も運ばれていて、一安心。
 寝心地の良さそうなベッドに座り、息をつく。


 旅の疲れも多少は有るけど、今日は神官長のお話に合わせて、愛想笑いを浮かべ続けるのが一番疲れた。
 顔の筋肉がつりそうだわ。

 両手で頬を揉み解していると、ノックの音が聞こえた。

 わーい!
 お昼かな?


「はい」


 返事をしながら扉を開ける。


「マリーさまっ!!」


 思わず閉める。

 ……あ、いや。
 流石に失礼だったわね。

 ゆっくりドアを開けると、そこにはムッとした顔の少女。

 眉を釣り上げているけど、眠そうな二重でタレ目気味の青瞳は、愛嬌がある。
 ぷっくり膨らませた頬も、ピンクがかって可愛らしい。
 長い薄茶色の髪は、今日も元気なツインテール。


「ごめんなさい。予想と違っていたので、びっくりして閉めてしまって……」

「そういうことなら、まぁいいわ。ねぇ。中に入ってもいい?」

「え?ええ。どうぞ」


 部屋に入ってきたのは、リリアーナさんだった。
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