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第三章

閑話 それぞれの思惑(4)

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(side レン)


 優しい声が耳に届く。

 夢とうつつの境を、ゆらゆらと揺蕩たゆたう様な感覚の後、一気に意識が浮上した。

 頭は重いが、頭痛や体の怠さは大方おさまっているようだ。


「あ、レン先輩。起きたんですか?あ~ぁ。バッドタイミングー」


 扉を閉めて室内に入ってきたのは、今冬から中央聖堂に配属になったラルフ。

 何か、タイミングが悪かっただろうか。


「間が悪かったか?すまない」


 どうも私は、人を苛つかせがちだ。
 何か気に障ったのなら申し訳ないので、とりあえず謝っておく。

 だが、ラルフは慌てて否定した。


「いやいや、冗談ですよ?ちょっ、レン先輩!間に受けすぎぃっ!」

「そうか」


 まだ数カ月ほどの付き合いだが、人懐こい後輩だ。
 誰に対してもこういった感じなので、聖堂でも可愛がられている。

 ……私と対照的だ。


「具合どうです?何か食べれそうですか?」


 言われて初めて、空腹に気づく。
 体が正常に動き出したようなので、魔力切れの状態からは回復したのだろう。

 ラルフは手にトレーを持っており、私の前に差し出してきた。

 まだ湯気の立つスープ。
 優しい香りが鼻腔をくすぐる。
 美味しそうだ。


「今、丁度持ってきて下さったんですよ。食べれそうなら、どーぞ」

「ありがとう」


 素直に礼を言い、受け取った。

 プレートの上には、野菜がたくさん入ったスープ。
 それから、パンや果物まで添えられていた。
 胃に優しそうでありがたい。

 一口食べると、後は止まらなかった。

 パンは固そうだが、しっかりと焼いてあるので、スープに浸せば溶けて、問題無く食べられそうだ。

 食べ終わってから、先程から視線を感じていた先、ラルフをそっと見上げると、彼は恨めしそうな顔で私を見ていた。


「旨そうっす。羨ましいっす」


 あぁ。
 食べたかったのか。
 悪いことをした。
 残っていた苺を差し出す。


「食べるか?」

「いやいやいや!大丈夫です。すいません」


 頭をぶんぶんとふり、ラルフは続けた。


「誰が作ってくれたと思います?」


 誰が?
 彼ではないだろう。
 宿の女将か?


「ローズマリーさんですよ!心配して持ってきてくれたんです。彼女!清らかで優しいですよね~」


 ローズマリー嬢が?
 『聖女』候補であられる、しかも男爵家の御令嬢に、とんだ迷惑をかけてしまったものだ。


「そうか。明日謝っておく」

「だめですよ!先輩。そ~ゆ~ときは、お礼っす!」


 なるほど。
 彼が人から好かれるのは、そういうところなのだろう。


「わかった。そうする」


 全て食べ終え、トレーを備え付けのテーブルに置く。
 立ち上がっても体の不調は感じないので、明日には万全の状態に戻るだろう。


「ところで、今回は何でまたガス欠なんておこしたんです?今までそんな状態になったとこ、見たこと無いですし」

 向かいのベッドに腰掛けながら、ラルフが尋ねてきたので、私も自分のベッドに腰掛けながら答えた。


「そうだな。最近は減っていた」 


 聖騎士になってから、魔力切れになるのは初めてのことだ。
 ラルフも、目の前で突然膝をつかれては、さぞ驚いたことだろう。
 悪いことをした。


 ……今回の魔力切れの原因か。
 
 低級火精霊の召喚から、剣への火炎付与まではいつも通り。

 問題だったのは、低級風精霊の召喚だ。
 魔力切れの原因は、単純にいつもより上のクラスの精霊が召喚されてしまったこと。
 その為、いつもの数倍以上の魔力を、持っていかれてしまった。

 魔力制御のミスとしか言いようが無い。
 いつも通りの感覚で、いつもより放出された魔力の量が、ほんの少しだけ多かったのだろう。
 その僅か上回った魔力が、中級精霊を召喚する基準に達してしまった。

 作り出せる魔力の量が、増加しているということか?
 であれば、貯めおく分を、もう少し増やしたほうがいいかもしれない。


 ラルフを見ると、心配そうにこちらを見ている。

 魔導を使わない彼に細かく説明しても、おそらく意味がわからないだろうが、心配をかけるのは気が引ける。

 説明は必要。
 出来るだけ簡潔に。


「単純に、私の魔力制御ミスだ。迷惑をかけて済まなかった」

「いや、オレはちょっとびっくりしただけなんで、先輩が大丈夫なら良いですけど」

「気をつけるようにする」


 ラルフはため息をつくと、珍しく顔を歪め、自分の頭を掻きながら立ち上がった。


「まぁ、オレがまだまだ頼りないから悪いんですが、しんどい時はちゃんと言ってくださいよ?」

「そんなことはない。ラルフは鍛錬もよく頑張っているし、私は頼りにしている。それと、気持ちは嬉しい。ありがとう」


 礼を言うと、ラルフは表情をいつも通り、人懐こいものに戻した。


「ところで、レン先輩。先に風呂入ります?」


 向かいのベッドを見ると、着替えの部屋着が用意されていた。
 今気づいたが、彼は制服のジャケットも脱いでいる。

 丁度、風呂に入ろうとしていたら、ローズマリー嬢がやってきた、といったところか。


「入るつもりだったんだろう?私は後で構わない」

「やたっ!じゃ、お言葉に甘えて!」


 ベッドにあらかじめ用意されていた着替えを持って、ラルフは風呂場に入っていった。

 私は、到着したままになっていた、荷物の整頓をすることにする。

 部屋着などを取り出し、制服はハンガーに。  
 後は簡単にまとめて、明日の準備を終えた。

 ラルフはまだ戻らない。

 余裕があるようなので、鞄から手入れに使用する紙類と布、羊毛、小ぶりのドライバー、二種類の油を取り出し、サイドテーブルへ。
 次に、机に立てかけられていた二振りの剣をベッドに置くと、自分も腰掛けた。
 
 まず、支給された剣を鞘から抜いて、刀身を調べる。
 ヒビや刃こぼれなどは、特に見受けられない。

 安心して、小さく息をもらす。
 とりあえず一安心だ。
 何度壊したか分からない。
 神官長に文句を言われるのは、正直面倒だ。

 剣は、その用途を考えれば消耗品に当たる物だと思うのだが、他の聖騎士たちはあまり壊すことがないらしく、壊す都度、わざわざ朝礼で、嫌味を交えて叱責を受けるから。

 簡単に手入れをして油を塗り直し、鞘に戻す。 

 もう一振りは、今日も特に使用していないが、油だけは可能な限り毎日塗り直している。

 鞘から抜き、拭い紙で油を拭き取ると、新しい紙を柔らかく揉んで、新たに油を塗り直す。
 手入れが終わると鞘に戻した。
 次に、柄に嵌め込まれた赤い石をドライバーで外し、石に取り付けられた金具に紐を通して首にかけ、毎日のルーティンを終えた。

 それぞれ元の位置に戻し、窓の外を見る。

 今日は大きな月が出ているようで、外は明るい。
 
 先先代の聖女様に連れられ、夜の散歩に付き従った時のことを思い出す。

 いつも優しい笑顔を絶やさない、素敵な女性だった。
 今は伯爵家に嫁がれている。
 ……元気にされているといいな。

 僅かに怠さを感じて、浅く息をはきながら、月に背を向け、窓枠に寄りかかった。


 ふと、脳裏に『聖女』候補に選出された少女、ローズマリー嬢の泣き顔がよぎる。

 熊に遭遇するのは、初めてだったのだろう。
 彼女は、震える体を自らの腕で抱きしめながら、私にお礼を言った。


 初めて聖堂でお会いした時から感じていたが、彼女は先先代の聖女、セリーヌ様に似た雰囲気を持っている。
 
 『清らかで優しい』とラルフも言っていたが、私も全く同じ印象を受けた。


 思い出すのは、涙を零しながらも、私の無事を喜び、優しく微笑んでくれた顔。

 あの時、溢れる涙が余りにも綺麗で。
 何とかその涙を止めたくて、気づいたら無礼にも、手で頬を拭ってしまっていた。

 本来なら振り払い、罵られてもおかしく無い行為。
 にも関わらず、彼女は私の手に触れ、微笑んで下さった。

 触れた頬は柔らかく、触れられた手はとても小さくて華奢だった。

 突然、胸が締め付けられるような心地になる。
 感じたことのない、妙に息苦しい感覚に戸惑った。

 それは焦燥感に似た、しかし決して不快では無い、不思議な感覚だった。
 よくわからない感情を持て余し、とりあえず落ち着くために深呼吸を繰り返す。


 彼女を不安にさせるつもりは無かった。

 熊を追い払うことなど、普段なら何ということもない。
 それなのに、今回に限って魔力制御ミスによる魔力切れ。
 きっと、体調が顔色にでも出てしまっていたのだろう。
 結果、不安にさせ、泣かせて、挙句夜食まで作らせてしまった。
 彼女も慣れない旅で疲れていただろうに。

 不甲斐なさと申し訳無さが募る。


 しかし裏腹に嬉しくもあった。

 誰かに罵られることはあっても、心配されることなど、ほとんどない日々。
 久しく感じたことのない温かな優しさに、自分でも驚く程、心が震えた。


「お先にいただきました。……っ?!」


 丁度、風呂場から出てきたラルフが、何故かその場で固まった。


「あぁ。それでは私も頂いてくる」

「っえ?あ、はい。……いや、先輩、いま!顔っ!」


 何故だか狼狽えているラルフ。
 顔に何かついていただろうか?
 顔に触れるが特に異常は無い。


「あ、いや。気のせい?だった?かも?」


 よくわからないが、何かついているなら風呂でよく洗ってこよう。

 私は着替えを持つと風呂場に入った。



「気のせいか?いや、でも目元柔らかかったし、口元も僅か上がってたような?……明日、天変地異?」

 ちょっと青ざめながらラルフが呟いていたことを、私は知らない。
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