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第三章

閑話 それぞれの思惑(2)

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(side エミリオ)


 よく晴れた日の昼下がり。

 俺は自分の部屋の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。


 成人の儀の後、十日ほどが過ぎたというのに、思い出すのはあの日のことばかり。
 

 思えば、出会いから失敗だ。

 自分のイタズラをかわされるところからスタートとか、ダサすぎる。

 しかも、そのイタズラも可愛げのない物だ。
 もう二度としないようにしよう。

 リリアには殴られるし、執事のハロルドにも、こっ酷く叱られた。
 『レディーに嫌われますわよ』と、後でヴェロニカにも笑われた。


 その後も失敗続きだ。


 気の利いたセリフで、楽しい会話をするつもりだったのに、口から出てくるのは可愛げの無い言葉ばかり。
 挙句、上から目線のダンスの誘い。
 

 本当にどうしようもないな、俺は。
 情けなさに頭を抱える。


 何がだめって、圧倒的に常識と経験が足りない。

 ここのところ、同じことをぐるぐる考えている俺に、ハロルドは御令嬢向けの童話を、抱えるほど渡してきた。

 ……読めるか!


 そうは言っても、ダンスだけは上出来だったはずだ。
 ヴェロニカと気が遠くなるほど練習したからな。


 ヴェロニカ。

 あいつは良い婚約者だ。

 十も年下の俺を押しつけられたというのに、いつも完璧な微笑みで対応してくる。

 高級ビスクドールのような容姿で、作法も完璧。
 国内の貴族から他国の王室まで、引く手数多あまただったと聞く。

 国の事情とは言え、よくも悪評ばかりの俺と婚約などしたものだ。

 間柄は従姉弟いとこだが、年齢が離れているから、特に親しくしていたわけでもない。
 姉様とは、仲が良いらしいけど。

 会って話すこともあるが、腹の中で何を考えているかさっぱりわからない。

 『結婚相手だ!』と言われても、正直現実味が無い。

 恋とか愛とかとは、程遠いな。


 まぁ、互いが理解している通りの政略結婚。
 結婚が済んで落ち着いたら、お互い自由にやれば良い。
 でも、恥はかかせないように、きちんと大切にしないとな。
 

 それはさておき、ダンスは楽しかった。

 最初は硬い表情だったマリーだけど、途中から楽しそうに微笑んでくれたんだ。

 ダンスが終わり、深く礼をした後、晴れ晴れと微笑んだ姿を思い出す。

 なんで、あんなにキラキラ見えるのか謎だ。
 何か特殊な効果でも付いているんだろうか?

 思っていたよりも小さくて柔らかい手や、折れてしまいそうなほど細い腰を思い出す。

 そう言えば、立ち上がらせた時、あまりの軽さに驚いたっけ。

 思い出して、にやけてしまった。

 そうだ。
 うまくいっていた!
 あの時までは。

 でも、あの後、リリアと踊っていたら、いつの間にか姿が見えなくなった。
 『また後でっ!』って、言ったのに。

 何がいけなかったんだ?
 俺は何か間違っただろうか?

 社交ルールもしっかり覚えないといけない。
 やるべきことが山積みだ。


 あの日、リリアとのダンスにいい加減疲れた頃、ヴェロニカがやってきて、俺を回収してくれた。

 リリアとのダンスも、アレはアレで面白かったけど、あいつはもうちょっとダンスの練習した方が良さそうだ。
 って、それはまぁ、いい。

 今はマリーだ。
 結局、いつまで王都にいるのか、またすぐ会えるのかなど、肝心なことを聞き出せなかった。

 何とかマリーの、今後の予定を調べたい。

 あぁ、そうだ!

 香草兄なら知っているかも?
 いや、当然知っているよな?

 俺はドアの方へ顔を向ける。

 いた。

 今日も、相変わらずのつまらない真面目顔だ。
 少しで良いから、妹の愛嬌を分けてもらえばいいのに。


「おい。タイムじゃなくてミントじゃなくて」

「オレガノでございます」


 何度も繰り返され、最近馴染んできた受け答え。
 香草兄にとってもすっかりおなじみなのか、当然のようにこちらにやって来て膝をつく。
 それはそれで、少しイラつくわけだが。


「どっちでもいい。それより聞きたいことがある」

「は。なんなりと」


 『マリーはまだ王都にいるのか?』と、聞きかけて、慌てて言葉を飲み込む。
 なんとなく、直接名前をあげて聞くのは躊躇ためらわれる。


「お前の家族はしばらくは王都に滞在しているんだろう?会いにいかなくていいのか?」

「家族は、成人の儀の二日後、領地に戻りました」

「な……。そうか」


 もう帰っただと?
 早すぎるだろう!

 せっかく来たんだから、もっと!観光とか!することあるだろう?
 そういうものでも無いのだろうか?

 まぁ帰ってしまったものは仕方ない。
 次に王都に来る可能性が有るとすれば……。


社交シーズンシーズンにはこちらに来るのか?」

「そうですね。お誘いが有れば、数週間程度の予定で滞在する事もあるかと」

「そうか」


 よし!
 誘いが有れば、出てくるわけだ。
 それなら、誰かに頼んで誘わせよう!

 で、誰に頼むかだが……。
 改めて自分の人脈の無さに凹む。

 ヴェロニカに頼めば良い気もするが、それは何だか後ろめたい。
 ……なんだ?この感情は。

 よくわからないけど、まがりなりにも婚約者に、自分が気になる女性を誘わせるっていうのは、やっぱりダメなんじゃないだろうか?

 なるほど。
 もう少し社交の場で、知り合いを作るべきなんだな。
 何の為に、あんな馬鹿げたパーティーだの、サロンだのやっているのかと思っていたが、こういった場面で効いてくるわけだ。

 物事にはちゃんと理由があるんだな。

 こればかりは今更だ。
 人脈作りは、今後対策を立てることにしよう。
 とりあえず、今シーズン中に、誰かに男爵一家を誘ってもらう方法を、あとでハロルドにでも相談してみるか。

 なんとかもう一度会って、今度こそ、もう少し気の利いた話をしたい。
 叶うならダンスもしたいな。

 それまでに、俺に出来ることは何だろう?
 次に会う時には、せめて、俺に興味を持って貰えるように。


 ……やっぱりあれか?

 ハロルドが見繕ってきた、女の子向けの童話を読まなければだめなヤツなのか?

 ゲンナリと本の山に目をやる。
 とりあえず、一冊くらいは読んでみるか。
 一冊だけだぞ!


 ふと目線をあげると、香草兄がどこか困惑した顔で俺を観ていた。
 何かもの言いたげだ。


「なんだ?」

「いえ!失礼致しました!」


 そのまま下がる、香草兄。
 まぁいい。
 
 童話の山は寝る前にでも読むことにして、今、俺がやらねばならないのは、目の前の剣術座学用教科書に目を通すことだな!

 じきに家庭教師がやってくる。
 今までは、逃げ出したり、イタズラをして追い払ったりしていたわけだが、少しは本気を出してみるか。

 闘える男は、女から見るとかっこいいらしいからな。

 ヴェロニカに言われたことを思い出し、俺は教科書に目を通すことに没頭した。
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