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第三章
閑話 それぞれの思惑(1)
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暖かな日差しが庭に満ちていた。
花壇にはパンジーやビオラが咲き乱れ、春の訪れを告げている。
庭に置かれたティーテーブルには、三段のケーキスタンドが置かれ、様々なお菓子や軽食が、彩りよく並べられていた。
席について静かにお茶を飲む令嬢は、さながら絵画から抜け出したような美しさで、その庭の景色に溶け込んでいる。
「やぁ。ベル従姉さま。遅くなって、ごめん」
美しい御令嬢に負けず劣らず、整った顔立ちの少年が、執事に案内され、庭に入ってきた。
「遅かったのね、ジェフ。待ちくたびれましたわ」
美しい顔をややしかめ、ヴェロニカはジェフに苦言を呈する。
ジェフは、持ってきた花束を案内の執事に手渡しながら、席へ着いた。
従僕が椅子を引いてくれ、彼はそこに掛ける。
パーラーメイドが、ジェフの前に新しいケーキスタンドと、入れ立ての紅茶を用意した。
「本当に申し訳ない。午前中の用事が、長引いてしまったんだ。連絡したんだけど」
「連絡きましたわ」
人懐こい顔で謝罪され、ヴェロニカは笑いながら眉を戻した。
「お招き頂き、ありがとう。それから、改めて。エミリオ王子殿下とのご婚約おめでとうございます。ベル従姉さま。成人の儀の時に言い忘れてしまって」
「ありがとう。お披露目も済んだし、社交シーズンまではしばらく暇だわ」
物憂げに答えながら、ヴェロニカはお茶を一口飲む。
その表情を横目で眺めつつ、ジェフは言葉を選ぶように尋ねた。
「でも本当に良かったの?」
「良かったもなにも。エミリオ様は、王位継承順位第二位の王子よ。私と結婚してミュラーソン公爵を継ぐのが、国にとってベストだわ」
「それは国にとってはベストだろうけど」
「だから私にとってもそれがベストなのよ」
しばらく二人は静かにお茶を飲んだ。
先にその沈黙を破ったのはヴェロニカ。
「そうね。王子殿下にとって良かったのかは、わからないわ。十も上のオバさんだもの」
「国の至宝にオバさんとかないよ」
ジェフは、苦笑いしながら答える。
「涙を飲んだ方々も多かったのでは?うちの兄もその一人だけど」
「その辺の殿方に、興味がもてないのよね」
「……そう」
静かにティーカップを置くとヴェロニカはいたずらっぽく笑う。
「それよりも、跡取りとか色々と考えると妾はいた方がいいと思うのよ?だからジェフ、今回は貴方が譲りなさい」
ジェフは困ったように笑う。
「何でそんなに気に入っちゃったかね?」
ヴェロニカは、わずかに考える素振りを見せ、言葉を選ぶように言った。
「エミリオ様が気に入った、と言う部分も大きいけれど、私は元々可愛いものが大好きよ」
「本音のところは?」
「珍しい髪の色やアメジストの瞳を、至近距離で愛でたいし、ふわふわの頬や他の部分も遠慮なく撫でまわしたいわ。彼女、綺麗だし、いい匂いがするし、抱き心地がとっても良さそう。抱っこして、お昼寝をご一緒したいわ!夫の物は私の物だから許されるでしょう?」
「大分動機が不順だね」
しばし二人は沈黙したまま目線を交わした。
お互い、顔だけは笑っている。
次に沈黙を破ったのは、ジェフだった。
「ベル従姉様には、他に寄り添いたい人は、いなかったの?」
「そうね。少なくとも、ジェフとは寄り添えないわ。性格が似ていすぎて、気持ち悪いもの」
「気が合うね。あ。違った。残念すぎて涙が止まらないよ」
「気遣いは不要よ。私が最初に失礼なことを言ったのだから」
ヴェロニカが苦笑しながら言うので、ジェフも苦笑いした。
そして、深くため息をつく。
「好みも、昔からよく似ていたっけね……」
「ジェフは、彼女のどこが気に入ったの?エミリオ様への対応は、確かに素晴らしいと思うけど、決定的なところがわからないわ」
「ふむ」
ジェフは、唇に右手の人差し指を押し当て考える。深い緑色の瞳は左上虚空を見上げ、しばし押し黙った。
ヴェロニカは、紅茶を飲みながら彼の答えをまつ。
そのままの姿勢でジェフは口を開いた。
「そうだな。強いて言えば『気配の清廉さ』と言うかね?」
一瞬ポカンと小さく口を開いた後、ヴェロニカは口元を隠してクスクスと笑った。
「清廉!まるで聖女様のようね」
「あぁ。聖女様ってあんな感じなのかな?遠巻きにしか見たことないから、わからないけど」
「では、貴方は『聖女』候補の、リリアーナ様の方になさいな」
笑いながら言うヴェロニカに、眉根を寄せてジェフは答える。
「愉快だけどね。彼女も。でも、彼女はどちらかと言うと、僕と同じ雰囲気を感じる……いや、性格が、とかじゃ無くて、気配?」
「彼女は、清廉な感じでは無いと?」
意地悪げな口調で問うヴェロニカ。
「そこまでは言ってないよ」
ジェフは、苦笑いを浮かべつつ続けた。
「でも、そうだな。こんなこと言うと、色々問題が有るから、ここだけの話だけど。彼女が聖女候補っていうのは、ちょっと驚いたね。ローズちゃんが聖女候補って言うのなら、納得だけど」
「他に、そう言った雰囲気の女性はいないのかしら?貴方なら、貴族の御令嬢たち選り取り見取りでしょ?」
ジェフは少し考えて答えた。
「一人、似た気配の子を知ってるよ。クリスティアラ王女殿下だ」
「あら。クリス王女殿下に報告しなければ!ジェフが不純な目で貴女を見ているから、気をつけなさいって!」
ヴェロニカの冗談めかした言い方に、困ったように頬を描きながらジェフは苦言を呈する。
「勘弁してよ。王女殿下は……ほら。やはり次期女王であらせられるから、ローズちゃんみたいな従順さはないし」
ヴェロニカは、今度は芝居がかった仕草で両方の頬を抑えて、震撼したように言った。
「清廉で従順なローズ様を毒牙にかけようと?」
「その言い方はひどいなぁ。僕のものになってくれたら、それはもう大切にするよ?他のものなんて目に入らないくらい、可愛がり、甘やかし、欲しいもの全てを与えて。愛して愛して愛しまくることを誓うけどなぁ?」
笑顔でさらりと答えるジェフ。
元通りの笑顔でさらりと尋ねるヴェロニカ。
「本音のところは?」
「ふふ。清廉なものを僕色に染め上げて、汚していくなんて、その過程を考えるだけでたまらないなぁ」
にっこり微笑んで、しばし見つめ合う二人。
「不順な動機ね」
「お互い様だよ」
二人は静かにお茶を口に含んだ。
近くに寄って来たメイドが、おかわりのお茶をサーブする。
ヴェロニカは微かに息をつくと、話を再会した。
「邪な話はひとまず置いておくとして、そうね。私が一番衝撃を受けたのは、彼女の素の笑顔かしら」
「へぇ」
「パーティーでジゼル様の話をした時に、微笑んでくださったのよ。ほら、彼女、ずっと真面目な愛想笑いをされていたでしょ?それがふわっと綻んで、お花が咲いたみたいに」
思い出しながら、ヴェロニカは自分こそ花が綻ぶような笑顔をうかべた。
「すごい破壊力だったわ。あんな無防備な笑顔向けられたら、誰も抗えないのでは無いかしら」
「羨ましいな。僕もみたかったよ」
ジェフも同意して微笑む。
「うん。確かに。僕もそうかもしれない」
「貴方も?」
「うん。王子殿下をかわした後にね、「やった~!』って感じで、ふわっと笑ったんだ。そこだけ光の屈折率が違うんじゃ無いかと錯覚したよ。目が離せなかった」
にわかに風が吹いて、花びらを散らす。
二人はその光景に目を細めた。
「出来るだけ早く捕まえてしまわないと。放っておくと、ライバルが増えそうだ。なんと言っても、彼女、無意識だからたちが悪いな」
「貴方は婿養子先で引く手数多でしょ?こっちは二人なのよ。だから譲りなさい」
「その件だけど、僕は学校に行くことにしたから」
はっきりと言いきったジェフに、驚いたようにヴェロニカは目を見開いた。
驚かせたのが嬉しかったのか、ジェフは年相応の素直な笑顔を浮かべた。
「あら、決めたのね!ではこちらに住むの?」
「来週からね。午前中はその件だったんだ。そういうわけだから、従姉さま。暇があったら遊んでよ」
「もちろんよ。楽しみね」
ヴェロニカは嬉しそうに微笑んだ。
二人はその後も、ゆっくりアフタヌーンティーを楽しんだ。
花壇にはパンジーやビオラが咲き乱れ、春の訪れを告げている。
庭に置かれたティーテーブルには、三段のケーキスタンドが置かれ、様々なお菓子や軽食が、彩りよく並べられていた。
席について静かにお茶を飲む令嬢は、さながら絵画から抜け出したような美しさで、その庭の景色に溶け込んでいる。
「やぁ。ベル従姉さま。遅くなって、ごめん」
美しい御令嬢に負けず劣らず、整った顔立ちの少年が、執事に案内され、庭に入ってきた。
「遅かったのね、ジェフ。待ちくたびれましたわ」
美しい顔をややしかめ、ヴェロニカはジェフに苦言を呈する。
ジェフは、持ってきた花束を案内の執事に手渡しながら、席へ着いた。
従僕が椅子を引いてくれ、彼はそこに掛ける。
パーラーメイドが、ジェフの前に新しいケーキスタンドと、入れ立ての紅茶を用意した。
「本当に申し訳ない。午前中の用事が、長引いてしまったんだ。連絡したんだけど」
「連絡きましたわ」
人懐こい顔で謝罪され、ヴェロニカは笑いながら眉を戻した。
「お招き頂き、ありがとう。それから、改めて。エミリオ王子殿下とのご婚約おめでとうございます。ベル従姉さま。成人の儀の時に言い忘れてしまって」
「ありがとう。お披露目も済んだし、社交シーズンまではしばらく暇だわ」
物憂げに答えながら、ヴェロニカはお茶を一口飲む。
その表情を横目で眺めつつ、ジェフは言葉を選ぶように尋ねた。
「でも本当に良かったの?」
「良かったもなにも。エミリオ様は、王位継承順位第二位の王子よ。私と結婚してミュラーソン公爵を継ぐのが、国にとってベストだわ」
「それは国にとってはベストだろうけど」
「だから私にとってもそれがベストなのよ」
しばらく二人は静かにお茶を飲んだ。
先にその沈黙を破ったのはヴェロニカ。
「そうね。王子殿下にとって良かったのかは、わからないわ。十も上のオバさんだもの」
「国の至宝にオバさんとかないよ」
ジェフは、苦笑いしながら答える。
「涙を飲んだ方々も多かったのでは?うちの兄もその一人だけど」
「その辺の殿方に、興味がもてないのよね」
「……そう」
静かにティーカップを置くとヴェロニカはいたずらっぽく笑う。
「それよりも、跡取りとか色々と考えると妾はいた方がいいと思うのよ?だからジェフ、今回は貴方が譲りなさい」
ジェフは困ったように笑う。
「何でそんなに気に入っちゃったかね?」
ヴェロニカは、わずかに考える素振りを見せ、言葉を選ぶように言った。
「エミリオ様が気に入った、と言う部分も大きいけれど、私は元々可愛いものが大好きよ」
「本音のところは?」
「珍しい髪の色やアメジストの瞳を、至近距離で愛でたいし、ふわふわの頬や他の部分も遠慮なく撫でまわしたいわ。彼女、綺麗だし、いい匂いがするし、抱き心地がとっても良さそう。抱っこして、お昼寝をご一緒したいわ!夫の物は私の物だから許されるでしょう?」
「大分動機が不順だね」
しばし二人は沈黙したまま目線を交わした。
お互い、顔だけは笑っている。
次に沈黙を破ったのは、ジェフだった。
「ベル従姉様には、他に寄り添いたい人は、いなかったの?」
「そうね。少なくとも、ジェフとは寄り添えないわ。性格が似ていすぎて、気持ち悪いもの」
「気が合うね。あ。違った。残念すぎて涙が止まらないよ」
「気遣いは不要よ。私が最初に失礼なことを言ったのだから」
ヴェロニカが苦笑しながら言うので、ジェフも苦笑いした。
そして、深くため息をつく。
「好みも、昔からよく似ていたっけね……」
「ジェフは、彼女のどこが気に入ったの?エミリオ様への対応は、確かに素晴らしいと思うけど、決定的なところがわからないわ」
「ふむ」
ジェフは、唇に右手の人差し指を押し当て考える。深い緑色の瞳は左上虚空を見上げ、しばし押し黙った。
ヴェロニカは、紅茶を飲みながら彼の答えをまつ。
そのままの姿勢でジェフは口を開いた。
「そうだな。強いて言えば『気配の清廉さ』と言うかね?」
一瞬ポカンと小さく口を開いた後、ヴェロニカは口元を隠してクスクスと笑った。
「清廉!まるで聖女様のようね」
「あぁ。聖女様ってあんな感じなのかな?遠巻きにしか見たことないから、わからないけど」
「では、貴方は『聖女』候補の、リリアーナ様の方になさいな」
笑いながら言うヴェロニカに、眉根を寄せてジェフは答える。
「愉快だけどね。彼女も。でも、彼女はどちらかと言うと、僕と同じ雰囲気を感じる……いや、性格が、とかじゃ無くて、気配?」
「彼女は、清廉な感じでは無いと?」
意地悪げな口調で問うヴェロニカ。
「そこまでは言ってないよ」
ジェフは、苦笑いを浮かべつつ続けた。
「でも、そうだな。こんなこと言うと、色々問題が有るから、ここだけの話だけど。彼女が聖女候補っていうのは、ちょっと驚いたね。ローズちゃんが聖女候補って言うのなら、納得だけど」
「他に、そう言った雰囲気の女性はいないのかしら?貴方なら、貴族の御令嬢たち選り取り見取りでしょ?」
ジェフは少し考えて答えた。
「一人、似た気配の子を知ってるよ。クリスティアラ王女殿下だ」
「あら。クリス王女殿下に報告しなければ!ジェフが不純な目で貴女を見ているから、気をつけなさいって!」
ヴェロニカの冗談めかした言い方に、困ったように頬を描きながらジェフは苦言を呈する。
「勘弁してよ。王女殿下は……ほら。やはり次期女王であらせられるから、ローズちゃんみたいな従順さはないし」
ヴェロニカは、今度は芝居がかった仕草で両方の頬を抑えて、震撼したように言った。
「清廉で従順なローズ様を毒牙にかけようと?」
「その言い方はひどいなぁ。僕のものになってくれたら、それはもう大切にするよ?他のものなんて目に入らないくらい、可愛がり、甘やかし、欲しいもの全てを与えて。愛して愛して愛しまくることを誓うけどなぁ?」
笑顔でさらりと答えるジェフ。
元通りの笑顔でさらりと尋ねるヴェロニカ。
「本音のところは?」
「ふふ。清廉なものを僕色に染め上げて、汚していくなんて、その過程を考えるだけでたまらないなぁ」
にっこり微笑んで、しばし見つめ合う二人。
「不順な動機ね」
「お互い様だよ」
二人は静かにお茶を口に含んだ。
近くに寄って来たメイドが、おかわりのお茶をサーブする。
ヴェロニカは微かに息をつくと、話を再会した。
「邪な話はひとまず置いておくとして、そうね。私が一番衝撃を受けたのは、彼女の素の笑顔かしら」
「へぇ」
「パーティーでジゼル様の話をした時に、微笑んでくださったのよ。ほら、彼女、ずっと真面目な愛想笑いをされていたでしょ?それがふわっと綻んで、お花が咲いたみたいに」
思い出しながら、ヴェロニカは自分こそ花が綻ぶような笑顔をうかべた。
「すごい破壊力だったわ。あんな無防備な笑顔向けられたら、誰も抗えないのでは無いかしら」
「羨ましいな。僕もみたかったよ」
ジェフも同意して微笑む。
「うん。確かに。僕もそうかもしれない」
「貴方も?」
「うん。王子殿下をかわした後にね、「やった~!』って感じで、ふわっと笑ったんだ。そこだけ光の屈折率が違うんじゃ無いかと錯覚したよ。目が離せなかった」
にわかに風が吹いて、花びらを散らす。
二人はその光景に目を細めた。
「出来るだけ早く捕まえてしまわないと。放っておくと、ライバルが増えそうだ。なんと言っても、彼女、無意識だからたちが悪いな」
「貴方は婿養子先で引く手数多でしょ?こっちは二人なのよ。だから譲りなさい」
「その件だけど、僕は学校に行くことにしたから」
はっきりと言いきったジェフに、驚いたようにヴェロニカは目を見開いた。
驚かせたのが嬉しかったのか、ジェフは年相応の素直な笑顔を浮かべた。
「あら、決めたのね!ではこちらに住むの?」
「来週からね。午前中はその件だったんだ。そういうわけだから、従姉さま。暇があったら遊んでよ」
「もちろんよ。楽しみね」
ヴェロニカは嬉しそうに微笑んだ。
二人はその後も、ゆっくりアフタヌーンティーを楽しんだ。
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