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第三章
馬のお手入れ
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その日の旅程は、順長に進んだ。
河に沿って、谷合の街道を西進したので、野生動物に遭遇することもなく、休憩場所にも事欠かない。
のんびり進んだはずなのに、予定より早く次の宿泊先に到着することが出来た。
前日の山越えで、ほどよく結束も強まったので、意志の疎通もスムーズだし、『皆さん少しわたしに甘すぎるのでは?』と心配になるほどに親切。
対応に至っては、ちょっとしたお姫様扱いだったりする。
有り難いやら、申し訳ないやら。
ただ、正直コレは毒だ。
絶対、いい気になっちゃうもの!
普通に生きてきた女の子が、突然こんな待遇を受けたら『アレ?もしかして私、特別なんじゃない?』って、勘違いしちゃうよね?
思わず、高笑いくらいしたくなっちゃうよね?
……まぁ、それは冗談だけど。
でも、とにかく、凄く自制心を求められるわ。
何かしら?
この、試されている感。
昼間から、宿の部屋でのんびりしていると、なんだか申し訳ない気分になってくる。
貧乏性かな?
かと言って、何が出来るわけでもない。
ちょっとだけ、外の空気を吸ってきたいな。
本当にぼんやりと、そんなことを考えて、慌てて打ち消す。
ほらほら!
やっぱりいい気になってるよ。
わたしが部屋にいるのが、皆にとって一番楽なのだから、大人しくしていろっ!て、感じよね?
……でも。
日が沈むまでには、まだかなり余裕のある時間。
休憩以外は、ほぼ一日中馬車に乗っているので、出来たら少し体を動かしたい。
散歩……は無理でも、せめて、このお部屋の窓から見える中庭で良いから、少し散策しても良いかしら?
聖騎士のお二人に相談してみようかな?
勝手に外に出て何かあったら、聖騎士さんたちの責任問題になってしまうものね。
思いたって、部屋を出る。
部屋割りは昨日と一緒なので、二人の部屋はお隣だ。
扉の前に立ち、ノックしようとしたら、勝手に扉が開いた。
……自動ドア?
じゃない!
丁度レンさんが外に出ようとしたのと、鉢合わせしてしまったらしかった。
扉が内開きで良かった!
ホテルのドアが内開きの理由を、身をもって体感したよね。
外開きだと、通路を歩く人にぶつかるものね。
レンさんは、軽く口を開いただけだったけど、わたしは多分、残念なくらい狼狽えた顔だっただろう。
「何か御用ですか?」
流石。
この状況、扉を開けた側の方が驚くと思うんだけど、いつも通りの表情。
冷静な人。
「急ぎの用というわけでは無かったので!そのっ、お出かけでしたか?」
ちょっと声が上ずってしまった。
恥ずかしい!
「はい。この後、交代で馬の手入れをする予定でしたが」
あ、それで作業着をお召しなのね。
ん?
馬の手入れ?
あの艶々黒毛のお馬さんを、お手入れ⁈
見たい!
可能であれば、撫でてみたい!
「わたしも!ご一緒してもいいですか?」
思わず、何も考えずに口走ってしまった。
あの、表情筋が動かないレンさんが、珍しくわずかに目を見開いた。
しまった!
驚いた?よね?
ごめんなさい!
「えぇと。ごめんなさい」
あぁ。
大反省。
しどろもどろに言い訳を続ける。
「少し体を動かせたらな、と思って。外に出てみたいな、と思っていたんです。お馬さんを見たいと思ったら、つい」
「いいんじゃないですか?レン先輩。ローズマリーさんが一緒なら、二人同時に手入れに行けますし」
援護射撃は部屋の中から。
ラルフさんが、にこにこしながら部屋から出てきた。
あ、そういうこと?
わたしの護衛があったから、交代で行く予定だったのね?
凄く大切に守っていただいている事を実感する。
こんなのますますつけあがっちゃうよ。
「汚れると、いけないですので……」
少し心配するような響きの声音で、レンさんが言う。
「少し離れてみている分には、良いんじゃないですか?」
ラルフさんは相変わらずゆるい感じで援護してくれる。
今はそれが嬉しい!
「もし良ければ、出来る範囲でお手伝いさせて貰えませんか?少し時間を頂けるようなら、着替えてきます!」
あ。
ラルフさんが狼狽えた。
彼は、感情が顔に直結しているので分かりやすい。
「時間は良いですけど、さすがに手伝っていただくわけには……」
さすがに無理か。
でも、少しくらい役に立ちたい。
こんなに大切に守って貰っているのに、何の恩返しも出来てないもの。
「ダメ……でしょうか?」
あぁ。
二人が沈黙してしまった。
コレはダメな感じかな?
迷惑をかけてはいけないので、あきらめよう。
「っ無理なら……」
「馬がお好きですか?」
丁度レンさんと言葉が被ってしまった。
慌てて言葉を飲み込み、レンさんの問いに答える。
「はいっ!お二人の馬はとても綺麗なので、撫でてみたいです」
正直な気持ちを口にすると、レンさんは少し考えるように目線を下げ、数秒後こちらに視線を戻した。
「わかりました。疲れたり、嫌になったらすぐに仰ってくださいますか?」
「はいっ!もちろんです!」
やった!
『やっぱりダメ』って言われる前に、着替えてこよう!
「じゃ、わたし着替えてきますね!」
まさかのレンさんからお許しが出て、嬉しさのあまり、挨拶もそこそこ部屋に戻った。
実はわたし、聖堂での聖女候補の職務に、聖堂内の清掃が含まれていたので、念のため綿製のしっかりしたシャツやズボンも持ってきていたの。
慌てて、スーツケースの一番奥にあったそれを引っ張り出す。
急いで着替えて、髪を黒っぽいリボンでひとまとめに縛る。
よし!
気合十分。
部屋を出ると、聖騎士のお二人が作業着のつなぎを着て、外で待ってくれていた。
男の人のつなぎって……!!!!
くぅっ。
聖騎士さんズ侮りがたし。
どうしてわたしの萌えポイントを、こうもピンポイントで刺激してくるのかしら。
ダメだ。
落ち着こう。
今はお馬さんよ!
艶々の毛並みを撫でさせて貰うのよ!
よし。
落ち着いた。
二人と一緒に厩舎へ移動する。
途中説明を聞いたところによると、昨晩泊まった宿は厩舎番がいて、手入れまでしてくれたそう。
今日の宿はいないので、自分たちでやるんですって。
厩舎に着くと先客がいた。
御者さんたちも、馬車馬のお手入れに来ていて、奇しくも全員集合。
わたしが一緒にいることに、御者さんたちは驚いていたけど、事情を話すと、優しく笑って納得してくれた。
『動かないのも疲れますよね』と。
それにしても、思い切って外に出てみてよかったな。
そうしなければ、他のみなさんがこの旅のために、色々な作業をしていることにも気付かなかった。
わたしが休んでいる間も、働いてくれている。
本当に頭の下がる思いだ。
聖騎士のお二人は、厩舎の外に繋がれた、それぞれの馬の元へ行った。
鞍を下ろすそうで、これは手伝えそうも無いので、わたしは、御者さんたちのお手伝いをすることに。
二人には、とても恐縮されてしまったけれど。
馬車馬二頭は殆どお手入れが終わっていて、次は餌の準備だそうで、御者台に置いてある白い塊を持って来てほしいと頼まれた。
仕事貰えました!
嬉しい!
御者さんたちは、飼い葉を運んで来ている。
馬車まで行くと、御者台に無造作に置かれている、円柱型の白い塊。
持ってみると、意外と重さがある。
二個でも持てなくは無いけれど、落として割ってはいけないので、念のため一個ずつ運んだ。
全部で4個。
飼い葉桶が四個用意されていて、そこに一つずつ入れるよう教えて頂いた。
これも餌なの?
「塩ですよ」
疑問が顔に出ていたらしい。
御者さんの一人が、笑いながら教えてくれた。
なるほど!
あれだけ走るんだもの。
馬だってミネラル必要よね!
『食事中は離れた方が』とのことで、馬車を引いてくれたお馬さんたちが餌を食べているのを、遠目に見させて頂いた。
沢山の飼い葉と塩の入った餌を、二頭の馬が凄い勢いで食べている。
お疲れ様でした。
ありがとう。
目線を聖騎士のお二人のいる方へうつすと、鞍ははずされ、ブラッシングが始まっていた。
お馬さんたち気持ちよさそう。
ラルフさんの栗毛の馬は、レンさんの黒い馬より一回り大きい。
背が高くて筋肉量も多そうなラルフさんを乗せるわけだから、あれくらい立派な体躯が必要なんだろうな。
強く逞ましい雰囲気のお馬さんだ。
レンさんの馬は、多分普通サイズ。
漆黒の毛並みが、ブラシをかけられ更に艶々に!
とっても綺麗。撫でてみたい。
なんて思っていたら、レンさんとばっちり目が合ってしまった。
「やってみますか?」
「はいっ!」
即答だった。
何という棚ぼた!
拒否なんて、するわけないよね!
お馬さんを驚かせないように、ゆっくり近寄る。
近づいて見ると、思っていたよりずっと大きい!
「カザハヤは比較的大人しいので、真後ろに立たなければ大丈夫です」
言いながら、ブラシを手渡してくれるレンさん。
わたしの隣について、やり方を説明してくれたので、脇腹あたりの毛のブラッシングをさせて頂いた。
お手伝いというより、馬のお世話体験みたい。
余計な手間をかけさせている気がして、なんだか申し訳ないけど、カザハヤ君に感謝を込めて、丁寧にブラシをかける。
艶々で柔らかいのかと思っていたけど、馬の毛って結構硬いのね?
触れている左手は、じんわりと暖かい。
まつ毛バサバサで、優しい顔立ち。
可愛いな。
反対側からもブラッシングし終わると、レンさんが頷いてくれた。
「とても上手でした。ありがとうございます」
「とても綺麗で可愛いですね。触らせて頂いてありがとうございました」
ブラシを返しお礼を言う。
次は蹄の手入れをするそうで、稀に蹴られることがあり、危ないそう。
わたしは、ちょっと距離をとって見守ることにした。
ラルフさんは、そのゆるいキャラに似合わず、黙々と手入れをしていた。
そして、一足先に手入れを終えると、先程御者さんたちと一緒に用意しておいた飼い葉桶へ、お馬さんを誘導。
その食べる勢いの凄さ!
「キャメロンは手入れ嫌いなんで、さっさと終わらせないと、機嫌悪くて大変なんですよ。餌を食べれば、機嫌治りますけどね」
「大変なんですね!お疲れ様です」
ラルフさんは、苦笑いしつつ自分の汗を拭っている。
馬にも性格の違いがあるのね?
キャメロン君に振り回されているラルフさんが、何だか可愛くて、笑みが浮かぶ。
カザハヤ君の方は、今度はタテガミや尻尾までブラッシングされていた。
穏やか故に、レンさんにやりたい放題お手入れされている。
それは綺麗になるわよね。
あ、次は顔のブラッシングですか。
いったい何本のブラシが出てくるの?
見ていておかしくなってしまう。
レンさんは、カザハヤ君が可愛くて仕方無いんだな。
あのツヤッツヤな仕上がりを見るだけでも、どれだけ愛情をかけられているかがわかる。
カザハヤ君も、レンさんに全幅の信頼を置いているのね。
何をされても、嬉しそうに鼻を鳴らしている。
カザハヤ君が餌にありつく頃には、辺りは綺麗な夕焼けに。
明日の昼前には王都。
短い旅だったけど、色々あった。
総合的に見て楽しかったな。
西方王都方面。
夕陽に向かって、大きく伸びをする。
「そろそろ戻りますか?」
ラルフさんが隣にやって来て、声をかけてくれた。
御者さんたちは先に部屋に戻っていて、三人で簡単に後片付けをしていたのだけど、わたしに出来ることは多くない。
最初にやる事がなくなり、夕焼けを眺めてました。
ごめんなさい!
「終わりましたか?」
「あと少しですが、先輩がやってくれるそうなので」
レンさんを見ると、こちらを見ながら頷いている。
もう出来ることも無さそうなので、わたしも頷いた。
「わかりました。楽しかったです!ありがとうございました」
ラルフさんに応えると、にこにこ笑顔で部屋まで送り届けてくれました。
部屋に戻ると、最初にお風呂へ。
いつものように体を綺麗に洗ってから、ゆったりと浴槽に浸かる。
体を動かしたので、程よい疲労感が気分を上げてくれた。
は~きもちいぃ。
聖堂に入れば、また色々精神的にしんどそうだな。
小説通りなら、他の聖女候補さんたちから邪険にされるはず。
それに、リリアーナさんという不確定要素もあるし。
でも、親しく話せる聖騎士のお二人がいるというのはありがたい。
決して愚痴に付き合わせたりはしないけど、心の拠り所的な?
うじうじしていても始まらないので、初志貫徹!
やれるところまで頑張ってみよう!
わたしはざばっと浴槽からあがった。
河に沿って、谷合の街道を西進したので、野生動物に遭遇することもなく、休憩場所にも事欠かない。
のんびり進んだはずなのに、予定より早く次の宿泊先に到着することが出来た。
前日の山越えで、ほどよく結束も強まったので、意志の疎通もスムーズだし、『皆さん少しわたしに甘すぎるのでは?』と心配になるほどに親切。
対応に至っては、ちょっとしたお姫様扱いだったりする。
有り難いやら、申し訳ないやら。
ただ、正直コレは毒だ。
絶対、いい気になっちゃうもの!
普通に生きてきた女の子が、突然こんな待遇を受けたら『アレ?もしかして私、特別なんじゃない?』って、勘違いしちゃうよね?
思わず、高笑いくらいしたくなっちゃうよね?
……まぁ、それは冗談だけど。
でも、とにかく、凄く自制心を求められるわ。
何かしら?
この、試されている感。
昼間から、宿の部屋でのんびりしていると、なんだか申し訳ない気分になってくる。
貧乏性かな?
かと言って、何が出来るわけでもない。
ちょっとだけ、外の空気を吸ってきたいな。
本当にぼんやりと、そんなことを考えて、慌てて打ち消す。
ほらほら!
やっぱりいい気になってるよ。
わたしが部屋にいるのが、皆にとって一番楽なのだから、大人しくしていろっ!て、感じよね?
……でも。
日が沈むまでには、まだかなり余裕のある時間。
休憩以外は、ほぼ一日中馬車に乗っているので、出来たら少し体を動かしたい。
散歩……は無理でも、せめて、このお部屋の窓から見える中庭で良いから、少し散策しても良いかしら?
聖騎士のお二人に相談してみようかな?
勝手に外に出て何かあったら、聖騎士さんたちの責任問題になってしまうものね。
思いたって、部屋を出る。
部屋割りは昨日と一緒なので、二人の部屋はお隣だ。
扉の前に立ち、ノックしようとしたら、勝手に扉が開いた。
……自動ドア?
じゃない!
丁度レンさんが外に出ようとしたのと、鉢合わせしてしまったらしかった。
扉が内開きで良かった!
ホテルのドアが内開きの理由を、身をもって体感したよね。
外開きだと、通路を歩く人にぶつかるものね。
レンさんは、軽く口を開いただけだったけど、わたしは多分、残念なくらい狼狽えた顔だっただろう。
「何か御用ですか?」
流石。
この状況、扉を開けた側の方が驚くと思うんだけど、いつも通りの表情。
冷静な人。
「急ぎの用というわけでは無かったので!そのっ、お出かけでしたか?」
ちょっと声が上ずってしまった。
恥ずかしい!
「はい。この後、交代で馬の手入れをする予定でしたが」
あ、それで作業着をお召しなのね。
ん?
馬の手入れ?
あの艶々黒毛のお馬さんを、お手入れ⁈
見たい!
可能であれば、撫でてみたい!
「わたしも!ご一緒してもいいですか?」
思わず、何も考えずに口走ってしまった。
あの、表情筋が動かないレンさんが、珍しくわずかに目を見開いた。
しまった!
驚いた?よね?
ごめんなさい!
「えぇと。ごめんなさい」
あぁ。
大反省。
しどろもどろに言い訳を続ける。
「少し体を動かせたらな、と思って。外に出てみたいな、と思っていたんです。お馬さんを見たいと思ったら、つい」
「いいんじゃないですか?レン先輩。ローズマリーさんが一緒なら、二人同時に手入れに行けますし」
援護射撃は部屋の中から。
ラルフさんが、にこにこしながら部屋から出てきた。
あ、そういうこと?
わたしの護衛があったから、交代で行く予定だったのね?
凄く大切に守っていただいている事を実感する。
こんなのますますつけあがっちゃうよ。
「汚れると、いけないですので……」
少し心配するような響きの声音で、レンさんが言う。
「少し離れてみている分には、良いんじゃないですか?」
ラルフさんは相変わらずゆるい感じで援護してくれる。
今はそれが嬉しい!
「もし良ければ、出来る範囲でお手伝いさせて貰えませんか?少し時間を頂けるようなら、着替えてきます!」
あ。
ラルフさんが狼狽えた。
彼は、感情が顔に直結しているので分かりやすい。
「時間は良いですけど、さすがに手伝っていただくわけには……」
さすがに無理か。
でも、少しくらい役に立ちたい。
こんなに大切に守って貰っているのに、何の恩返しも出来てないもの。
「ダメ……でしょうか?」
あぁ。
二人が沈黙してしまった。
コレはダメな感じかな?
迷惑をかけてはいけないので、あきらめよう。
「っ無理なら……」
「馬がお好きですか?」
丁度レンさんと言葉が被ってしまった。
慌てて言葉を飲み込み、レンさんの問いに答える。
「はいっ!お二人の馬はとても綺麗なので、撫でてみたいです」
正直な気持ちを口にすると、レンさんは少し考えるように目線を下げ、数秒後こちらに視線を戻した。
「わかりました。疲れたり、嫌になったらすぐに仰ってくださいますか?」
「はいっ!もちろんです!」
やった!
『やっぱりダメ』って言われる前に、着替えてこよう!
「じゃ、わたし着替えてきますね!」
まさかのレンさんからお許しが出て、嬉しさのあまり、挨拶もそこそこ部屋に戻った。
実はわたし、聖堂での聖女候補の職務に、聖堂内の清掃が含まれていたので、念のため綿製のしっかりしたシャツやズボンも持ってきていたの。
慌てて、スーツケースの一番奥にあったそれを引っ張り出す。
急いで着替えて、髪を黒っぽいリボンでひとまとめに縛る。
よし!
気合十分。
部屋を出ると、聖騎士のお二人が作業着のつなぎを着て、外で待ってくれていた。
男の人のつなぎって……!!!!
くぅっ。
聖騎士さんズ侮りがたし。
どうしてわたしの萌えポイントを、こうもピンポイントで刺激してくるのかしら。
ダメだ。
落ち着こう。
今はお馬さんよ!
艶々の毛並みを撫でさせて貰うのよ!
よし。
落ち着いた。
二人と一緒に厩舎へ移動する。
途中説明を聞いたところによると、昨晩泊まった宿は厩舎番がいて、手入れまでしてくれたそう。
今日の宿はいないので、自分たちでやるんですって。
厩舎に着くと先客がいた。
御者さんたちも、馬車馬のお手入れに来ていて、奇しくも全員集合。
わたしが一緒にいることに、御者さんたちは驚いていたけど、事情を話すと、優しく笑って納得してくれた。
『動かないのも疲れますよね』と。
それにしても、思い切って外に出てみてよかったな。
そうしなければ、他のみなさんがこの旅のために、色々な作業をしていることにも気付かなかった。
わたしが休んでいる間も、働いてくれている。
本当に頭の下がる思いだ。
聖騎士のお二人は、厩舎の外に繋がれた、それぞれの馬の元へ行った。
鞍を下ろすそうで、これは手伝えそうも無いので、わたしは、御者さんたちのお手伝いをすることに。
二人には、とても恐縮されてしまったけれど。
馬車馬二頭は殆どお手入れが終わっていて、次は餌の準備だそうで、御者台に置いてある白い塊を持って来てほしいと頼まれた。
仕事貰えました!
嬉しい!
御者さんたちは、飼い葉を運んで来ている。
馬車まで行くと、御者台に無造作に置かれている、円柱型の白い塊。
持ってみると、意外と重さがある。
二個でも持てなくは無いけれど、落として割ってはいけないので、念のため一個ずつ運んだ。
全部で4個。
飼い葉桶が四個用意されていて、そこに一つずつ入れるよう教えて頂いた。
これも餌なの?
「塩ですよ」
疑問が顔に出ていたらしい。
御者さんの一人が、笑いながら教えてくれた。
なるほど!
あれだけ走るんだもの。
馬だってミネラル必要よね!
『食事中は離れた方が』とのことで、馬車を引いてくれたお馬さんたちが餌を食べているのを、遠目に見させて頂いた。
沢山の飼い葉と塩の入った餌を、二頭の馬が凄い勢いで食べている。
お疲れ様でした。
ありがとう。
目線を聖騎士のお二人のいる方へうつすと、鞍ははずされ、ブラッシングが始まっていた。
お馬さんたち気持ちよさそう。
ラルフさんの栗毛の馬は、レンさんの黒い馬より一回り大きい。
背が高くて筋肉量も多そうなラルフさんを乗せるわけだから、あれくらい立派な体躯が必要なんだろうな。
強く逞ましい雰囲気のお馬さんだ。
レンさんの馬は、多分普通サイズ。
漆黒の毛並みが、ブラシをかけられ更に艶々に!
とっても綺麗。撫でてみたい。
なんて思っていたら、レンさんとばっちり目が合ってしまった。
「やってみますか?」
「はいっ!」
即答だった。
何という棚ぼた!
拒否なんて、するわけないよね!
お馬さんを驚かせないように、ゆっくり近寄る。
近づいて見ると、思っていたよりずっと大きい!
「カザハヤは比較的大人しいので、真後ろに立たなければ大丈夫です」
言いながら、ブラシを手渡してくれるレンさん。
わたしの隣について、やり方を説明してくれたので、脇腹あたりの毛のブラッシングをさせて頂いた。
お手伝いというより、馬のお世話体験みたい。
余計な手間をかけさせている気がして、なんだか申し訳ないけど、カザハヤ君に感謝を込めて、丁寧にブラシをかける。
艶々で柔らかいのかと思っていたけど、馬の毛って結構硬いのね?
触れている左手は、じんわりと暖かい。
まつ毛バサバサで、優しい顔立ち。
可愛いな。
反対側からもブラッシングし終わると、レンさんが頷いてくれた。
「とても上手でした。ありがとうございます」
「とても綺麗で可愛いですね。触らせて頂いてありがとうございました」
ブラシを返しお礼を言う。
次は蹄の手入れをするそうで、稀に蹴られることがあり、危ないそう。
わたしは、ちょっと距離をとって見守ることにした。
ラルフさんは、そのゆるいキャラに似合わず、黙々と手入れをしていた。
そして、一足先に手入れを終えると、先程御者さんたちと一緒に用意しておいた飼い葉桶へ、お馬さんを誘導。
その食べる勢いの凄さ!
「キャメロンは手入れ嫌いなんで、さっさと終わらせないと、機嫌悪くて大変なんですよ。餌を食べれば、機嫌治りますけどね」
「大変なんですね!お疲れ様です」
ラルフさんは、苦笑いしつつ自分の汗を拭っている。
馬にも性格の違いがあるのね?
キャメロン君に振り回されているラルフさんが、何だか可愛くて、笑みが浮かぶ。
カザハヤ君の方は、今度はタテガミや尻尾までブラッシングされていた。
穏やか故に、レンさんにやりたい放題お手入れされている。
それは綺麗になるわよね。
あ、次は顔のブラッシングですか。
いったい何本のブラシが出てくるの?
見ていておかしくなってしまう。
レンさんは、カザハヤ君が可愛くて仕方無いんだな。
あのツヤッツヤな仕上がりを見るだけでも、どれだけ愛情をかけられているかがわかる。
カザハヤ君も、レンさんに全幅の信頼を置いているのね。
何をされても、嬉しそうに鼻を鳴らしている。
カザハヤ君が餌にありつく頃には、辺りは綺麗な夕焼けに。
明日の昼前には王都。
短い旅だったけど、色々あった。
総合的に見て楽しかったな。
西方王都方面。
夕陽に向かって、大きく伸びをする。
「そろそろ戻りますか?」
ラルフさんが隣にやって来て、声をかけてくれた。
御者さんたちは先に部屋に戻っていて、三人で簡単に後片付けをしていたのだけど、わたしに出来ることは多くない。
最初にやる事がなくなり、夕焼けを眺めてました。
ごめんなさい!
「終わりましたか?」
「あと少しですが、先輩がやってくれるそうなので」
レンさんを見ると、こちらを見ながら頷いている。
もう出来ることも無さそうなので、わたしも頷いた。
「わかりました。楽しかったです!ありがとうございました」
ラルフさんに応えると、にこにこ笑顔で部屋まで送り届けてくれました。
部屋に戻ると、最初にお風呂へ。
いつものように体を綺麗に洗ってから、ゆったりと浴槽に浸かる。
体を動かしたので、程よい疲労感が気分を上げてくれた。
は~きもちいぃ。
聖堂に入れば、また色々精神的にしんどそうだな。
小説通りなら、他の聖女候補さんたちから邪険にされるはず。
それに、リリアーナさんという不確定要素もあるし。
でも、親しく話せる聖騎士のお二人がいるというのはありがたい。
決して愚痴に付き合わせたりはしないけど、心の拠り所的な?
うじうじしていても始まらないので、初志貫徹!
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わたしはざばっと浴槽からあがった。
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