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第三章

馬のお手入れ

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 その日の旅程は、順長に進んだ。

 河に沿って、谷合の街道を西進したので、野生動物に遭遇することもなく、休憩場所にも事欠かない。

 のんびり進んだはずなのに、予定より早く次の宿泊先に到着することが出来た。
 

 前日の山越えで、ほどよく結束も強まったので、意志の疎通もスムーズだし、『皆さん少しわたしに甘すぎるのでは?』と心配になるほどに親切。

 対応に至っては、ちょっとしたお姫様扱いだったりする。

 有り難いやら、申し訳ないやら。

 ただ、正直コレは毒だ。

 絶対、いい気になっちゃうもの!

 普通に生きてきた女の子が、突然こんな待遇を受けたら『アレ?もしかして私、特別なんじゃない?』って、勘違いしちゃうよね?
 思わず、高笑いくらいしたくなっちゃうよね?

 ……まぁ、それは冗談だけど。
 でも、とにかく、凄く自制心を求められるわ。

 何かしら?
 この、試されている感。


 昼間から、宿の部屋でのんびりしていると、なんだか申し訳ない気分になってくる。

 貧乏性かな?
 かと言って、何が出来るわけでもない。


 ちょっとだけ、外の空気を吸ってきたいな。

 本当にぼんやりと、そんなことを考えて、慌てて打ち消す。

 ほらほら!
 やっぱりいい気になってるよ。

 わたしが部屋にいるのが、皆にとって一番楽なのだから、大人しくしていろっ!て、感じよね?

 ……でも。

 日が沈むまでには、まだかなり余裕のある時間。

 休憩以外は、ほぼ一日中馬車に乗っているので、出来たら少し体を動かしたい。

 散歩……は無理でも、せめて、このお部屋の窓から見える中庭で良いから、少し散策しても良いかしら?

 聖騎士のお二人に相談してみようかな?

 勝手に外に出て何かあったら、聖騎士さんたちの責任問題になってしまうものね。


 思いたって、部屋を出る。
 部屋割りは昨日と一緒なので、二人の部屋はお隣だ。


 扉の前に立ち、ノックしようとしたら、勝手に扉が開いた。

 ……自動ドア?

 じゃない!

 丁度レンさんが外に出ようとしたのと、鉢合わせしてしまったらしかった。
 

 扉が内開きで良かった!

 ホテルのドアが内開きの理由を、身をもって体感したよね。
 外開きだと、通路を歩く人にぶつかるものね。
 
 レンさんは、軽く口を開いただけだったけど、わたしは多分、残念なくらい狼狽えた顔だっただろう。


「何か御用ですか?」


 流石。

 この状況、扉を開けた側の方が驚くと思うんだけど、いつも通りの表情。
 冷静な人。


「急ぎの用というわけでは無かったので!そのっ、お出かけでしたか?」


 ちょっと声が上ずってしまった。
 恥ずかしい!


「はい。この後、交代で馬の手入れをする予定でしたが」


 あ、それで作業着をお召しなのね。

 ん?
 馬の手入れ?

 あの艶々黒毛のお馬さんを、お手入れ⁈

 見たい!
 可能であれば、撫でてみたい!


「わたしも!ご一緒してもいいですか?」


 思わず、何も考えずに口走ってしまった。 

 あの、表情筋が動かないレンさんが、珍しくわずかに目を見開いた。

 しまった!
 驚いた?よね?
 ごめんなさい!


「えぇと。ごめんなさい」


 あぁ。
 大反省。

 しどろもどろに言い訳を続ける。


「少し体を動かせたらな、と思って。外に出てみたいな、と思っていたんです。お馬さんを見たいと思ったら、つい」

「いいんじゃないですか?レン先輩。ローズマリーさんが一緒なら、二人同時に手入れに行けますし」


 援護射撃は部屋の中から。

 ラルフさんが、にこにこしながら部屋から出てきた。

 あ、そういうこと?
 わたしの護衛があったから、交代で行く予定だったのね?

 凄く大切に守っていただいている事を実感する。
 こんなのますますつけあがっちゃうよ。


「汚れると、いけないですので……」


 少し心配するような響きの声音で、レンさんが言う。


「少し離れてみている分には、良いんじゃないですか?」


 ラルフさんは相変わらずゆるい感じで援護してくれる。
 今はそれが嬉しい!


「もし良ければ、出来る範囲でお手伝いさせて貰えませんか?少し時間を頂けるようなら、着替えてきます!」


 あ。
 ラルフさんが狼狽えた。
 彼は、感情が顔に直結しているので分かりやすい。


「時間は良いですけど、さすがに手伝っていただくわけには……」


 さすがに無理か。
 でも、少しくらい役に立ちたい。
 こんなに大切に守って貰っているのに、何の恩返しも出来てないもの。


「ダメ……でしょうか?」


 あぁ。
 二人が沈黙してしまった。

 コレはダメな感じかな?
 迷惑をかけてはいけないので、あきらめよう。


「っ無理なら……」
「馬がお好きですか?」


 丁度レンさんと言葉が被ってしまった。

 慌てて言葉を飲み込み、レンさんの問いに答える。


「はいっ!お二人の馬はとても綺麗なので、撫でてみたいです」


 正直な気持ちを口にすると、レンさんは少し考えるように目線を下げ、数秒後こちらに視線を戻した。


「わかりました。疲れたり、嫌になったらすぐに仰ってくださいますか?」

「はいっ!もちろんです!」


 やった!
 『やっぱりダメ』って言われる前に、着替えてこよう!


「じゃ、わたし着替えてきますね!」


 まさかのレンさんからお許しが出て、嬉しさのあまり、挨拶もそこそこ部屋に戻った。



 実はわたし、聖堂での聖女候補の職務に、聖堂内の清掃が含まれていたので、念のため綿製のしっかりしたシャツやズボンも持ってきていたの。

 慌てて、スーツケースの一番奥にあったそれを引っ張り出す。


 急いで着替えて、髪を黒っぽいリボンでひとまとめに縛る。

 よし!
 気合十分。


 部屋を出ると、聖騎士のお二人が作業着のつなぎを着て、外で待ってくれていた。

 男の人のつなぎって……!!!!

 くぅっ。
 聖騎士さんズ侮りがたし。

 どうしてわたしの萌えポイントを、こうもピンポイントで刺激してくるのかしら。

 ダメだ。
 落ち着こう。

 今はお馬さんよ!
 艶々の毛並みを撫でさせて貰うのよ!

 よし。
 落ち着いた。


 二人と一緒に厩舎へ移動する。

 途中説明を聞いたところによると、昨晩泊まった宿は厩舎番がいて、手入れまでしてくれたそう。 
 今日の宿はいないので、自分たちでやるんですって。


 厩舎に着くと先客がいた。
 御者さんたちも、馬車馬のお手入れに来ていて、奇しくも全員集合。

 わたしが一緒にいることに、御者さんたちは驚いていたけど、事情を話すと、優しく笑って納得してくれた。
 『動かないのも疲れますよね』と。


 それにしても、思い切って外に出てみてよかったな。
 そうしなければ、他のみなさんがこの旅のために、色々な作業をしていることにも気付かなかった。

 わたしが休んでいる間も、働いてくれている。
 本当に頭の下がる思いだ。


 聖騎士のお二人は、厩舎の外に繋がれた、それぞれの馬の元へ行った。

 鞍を下ろすそうで、これは手伝えそうも無いので、わたしは、御者さんたちのお手伝いをすることに。

 二人には、とても恐縮されてしまったけれど。


 馬車馬二頭は殆どお手入れが終わっていて、次は餌の準備だそうで、御者台に置いてある白い塊を持って来てほしいと頼まれた。

 仕事貰えました!
 嬉しい!

 御者さんたちは、飼い葉を運んで来ている。
 
 馬車まで行くと、御者台に無造作に置かれている、円柱型の白い塊。
 持ってみると、意外と重さがある。

 二個でも持てなくは無いけれど、落として割ってはいけないので、念のため一個ずつ運んだ。
 全部で4個。

 飼い葉桶が四個用意されていて、そこに一つずつ入れるよう教えて頂いた。
 これも餌なの?


「塩ですよ」


 疑問が顔に出ていたらしい。
 御者さんの一人が、笑いながら教えてくれた。

 なるほど!
 あれだけ走るんだもの。
 馬だってミネラル必要よね!

 『食事中は離れた方が』とのことで、馬車を引いてくれたお馬さんたちが餌を食べているのを、遠目に見させて頂いた。

 沢山の飼い葉と塩の入った餌を、二頭の馬が凄い勢いで食べている。

 お疲れ様でした。
 ありがとう。


 目線を聖騎士のお二人のいる方へうつすと、鞍ははずされ、ブラッシングが始まっていた。

 お馬さんたち気持ちよさそう。
 
 ラルフさんの栗毛の馬は、レンさんの黒い馬より一回り大きい。

 背が高くて筋肉量も多そうなラルフさんを乗せるわけだから、あれくらい立派な体躯が必要なんだろうな。

 強く逞ましい雰囲気のお馬さんだ。


 レンさんの馬は、多分普通サイズ。
 漆黒の毛並みが、ブラシをかけられ更に艶々に!

 とっても綺麗。撫でてみたい。

 なんて思っていたら、レンさんとばっちり目が合ってしまった。


「やってみますか?」

「はいっ!」


 即答だった。

 何という棚ぼた!
 拒否なんて、するわけないよね!

 お馬さんを驚かせないように、ゆっくり近寄る。
 近づいて見ると、思っていたよりずっと大きい!


「カザハヤは比較的大人しいので、真後ろに立たなければ大丈夫です」


 言いながら、ブラシを手渡してくれるレンさん。
 わたしの隣について、やり方を説明してくれたので、脇腹あたりの毛のブラッシングをさせて頂いた。
 
 お手伝いというより、馬のお世話体験みたい。

 余計な手間をかけさせている気がして、なんだか申し訳ないけど、カザハヤ君に感謝を込めて、丁寧にブラシをかける。

 艶々で柔らかいのかと思っていたけど、馬の毛って結構硬いのね?
 触れている左手は、じんわりと暖かい。
 まつ毛バサバサで、優しい顔立ち。
 可愛いな。

 反対側からもブラッシングし終わると、レンさんが頷いてくれた。


「とても上手でした。ありがとうございます」 
 
「とても綺麗で可愛いですね。触らせて頂いてありがとうございました」


 ブラシを返しお礼を言う。

 次は蹄の手入れをするそうで、稀に蹴られることがあり、危ないそう。
 わたしは、ちょっと距離をとって見守ることにした。


 ラルフさんは、そのゆるいキャラに似合わず、黙々と手入れをしていた。
 そして、一足先に手入れを終えると、先程御者さんたちと一緒に用意しておいた飼い葉桶へ、お馬さんを誘導。

 その食べる勢いの凄さ!


「キャメロンは手入れ嫌いなんで、さっさと終わらせないと、機嫌悪くて大変なんですよ。餌を食べれば、機嫌治りますけどね」

「大変なんですね!お疲れ様です」


 ラルフさんは、苦笑いしつつ自分の汗を拭っている。
 馬にも性格の違いがあるのね?

 キャメロン君に振り回されているラルフさんが、何だか可愛くて、笑みが浮かぶ。


 カザハヤ君の方は、今度はタテガミや尻尾までブラッシングされていた。
 穏やか故に、レンさんにやりたい放題お手入れされている。

 それは綺麗になるわよね。

 あ、次は顔のブラッシングですか。
 いったい何本のブラシが出てくるの?
 見ていておかしくなってしまう。

 レンさんは、カザハヤ君が可愛くて仕方無いんだな。
 あのツヤッツヤな仕上がりを見るだけでも、どれだけ愛情をかけられているかがわかる。

 カザハヤ君も、レンさんに全幅の信頼を置いているのね。
 何をされても、嬉しそうに鼻を鳴らしている。


 カザハヤ君が餌にありつく頃には、辺りは綺麗な夕焼けに。


 明日の昼前には王都。

 短い旅だったけど、色々あった。
 総合的に見て楽しかったな。


 西方王都方面。
 夕陽に向かって、大きく伸びをする。


「そろそろ戻りますか?」


 ラルフさんが隣にやって来て、声をかけてくれた。

 御者さんたちは先に部屋に戻っていて、三人で簡単に後片付けをしていたのだけど、わたしに出来ることは多くない。

 最初にやる事がなくなり、夕焼けを眺めてました。
 ごめんなさい!


「終わりましたか?」

「あと少しですが、先輩がやってくれるそうなので」


 レンさんを見ると、こちらを見ながら頷いている。
 もう出来ることも無さそうなので、わたしも頷いた。


「わかりました。楽しかったです!ありがとうございました」


 ラルフさんに応えると、にこにこ笑顔で部屋まで送り届けてくれました。



 部屋に戻ると、最初にお風呂へ。

 いつものように体を綺麗に洗ってから、ゆったりと浴槽に浸かる。
 体を動かしたので、程よい疲労感が気分を上げてくれた。

 は~きもちいぃ。

 聖堂に入れば、また色々精神的にしんどそうだな。
 小説通りなら、他の聖女候補さんたちから邪険にされるはず。
 それに、リリアーナさんという不確定要素もあるし。

 でも、親しく話せる聖騎士のお二人がいるというのはありがたい。
 決して愚痴に付き合わせたりはしないけど、心の拠り所的な?


 うじうじしていても始まらないので、初志貫徹!
 やれるところまで頑張ってみよう!

 わたしはざばっと浴槽からあがった。
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