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第三章

聖騎士との出会いと確定検査

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 広場は、多くの人で賑わい始めていた。

 絵を描いて売る画家さんや、全身白塗りで白い服を着て、石像の真似をするパントマイムの人?なんかも出始めて、観光客から小銭を稼ごうとしていたりする。

 先程の怖い話が頭にこびりついて離れないから、出来るだけ明るい事に気が行くように頑張っているんだけど、これから住むかもしれないところのそういう噂は、出来れば知りたく無かったな。

 あれ?
 でも、知ってた方がいいのな?
 そうすれば避けられるかも?
 いや、幽霊じゃ避けようが無い気も……。

 考えながら進むうちに、聖堂前の階段にたどり着いてしまった。


 『王国中央聖堂』は、ミュラールカディア王国の国教の中心。

 祀られているのは『盾を持つ翼のはえた女神』の像で、この世界唯一の神様と呼ばれる存在。
 ただ、国民の女神様に対する信仰心は、さほど厚くない。

 どちらかと言うと信仰の対象は『聖女』様の方かな?
 目に見えて人々に奉仕してくださるので、国中の人々から崇められている。
 今も現役の聖女様がいて、国の平和の為に色々心を砕いてくださっている。


 十段ほどの階段を上り終わると、広く入り口が開放されていた。
 その左右を、二人の聖騎士が守護している。

 『聖騎士』は聖堂を守る騎士の職名で、聖堂専属の騎士団に所属している。
 彼らは濃紺の制服に白い鎧を纏っていた。
 右腕には、聖堂の紋章が金糸で刺繍された白い腕章。
 金の糸は聖女様の象徴で、中央聖堂所属を表していると、何かで読んだことがある。


 なんとなく、向かって左側を守る聖騎士に目が止まり、わたしは思わず息を呑んだ。

 ショートで漆黒の、ストレートサラサラキューティクルヘアー。
 懐かしい!
 この国では、あまり多く無いから。
 二重だけど、切れ長で鋭さを感じる瞳。
 色は、黒に限りなく近いこげ茶色で、妙に親近感を覚えてしまう。
 若干凹凸少なめな顔といい、僅かにベージュがかった肌の色といい、妙に日本人っぽい容姿だわ。
 まぁ、イケメンであることに変わりはないのだけど。

 聖騎士で協力者になるのはこの人だな、と直感的に感じた。
 名前は確か……レン?


「何か?」


 ふぁっ!
 じろじろ見ちゃってたかな?
 すみません!

 訝しげに声をかけられて、慌てて俯く。


「失礼しました。あの、聖堂に入りたいのですが」

「観光ですか?礼拝ですか?」

「いぇ。確定検査を受けるよう言われました」


 昨日、帰り際に手渡された書類をみせると、彼は頷き、もう一人の聖騎士に席を外す旨、声をかけた。


「では、こちらの椅子にかけてお待ち下さい」


 彼は、わたしとポーラを聖堂内へ案内し、礼拝時に使用するベンチ型の椅子を進めてくれた。
 朴訥ぼくとつとして、言葉少なだけど、丁寧な対応。
 騎士というより、武士みたいだわ。
 ともあれ、言われた通り、かけて待つ。

 ポーラは、最初、背後に立って控えていたのだけど、観光客の不思議そうな目線を受け、ひとまずわたしの後ろの席に座ったようだ。
 隣でも良いと思うのだけど、侍女としては色々決まり事があるのかな?


 聖堂の中は暗かった。
 外から入ると真っ暗に感じる程。
 祭壇に置かれた蝋燭の灯りと、左右の高い位置にあるステンドグラスしか光源が無い上、そのステンドグラスはかなり細かいモザイクなので、入って来る光が少なく感じる。

 荘厳で神秘的な空間。
 空気が冷えていて、少し肌寒い。
 教壇の後ろには盾を持つ女神の像。
 像の部分は彫刻で出来ていて、本物の盾を左手に携えている。

 しばらく眺めていると、神官らしき老齢の男性が、聖騎士の彼とともにやってきた。


「はじめまして」


 立ち上がり挨拶をすると、神官さんも慌てて頭を下げた。
 腰の低い方みたい。


「はじめまして。直ぐに来ていただいたようで、ありがとうございます」

「いえ。こちらも領地に帰る都合で。昨日の今日ですみません」

「とんでもない。早く来ていただければ、こちらは助かります。応接へご案内しますので、こちらへどうぞ」


 神官さんが先導してくれるようなので、ここまで案内してくれた、聖騎士の彼に挨拶する。


「ご案内いただき、ありがとうございます」

「いえ。それでは、私は職務に戻ります」

「あぁ。ありがとう。宜しく頼むよ」


 労う神官さんに頷き、わたしに一礼すると、入り口の方へと戻っていく聖騎士さん。  
 その後ろ姿を見送った。

 全体的なフォルムは細いけど、付くべきところにしっかりと筋肉がついている。
 細マッチョさんね。
 かっこいい!


 神官さんに連れられ、礼拝堂の脇にある内扉をくぐると別棟へ続く通路に出た。
 別棟には事務所や集会室など、礼拝以外で使われる各施設が設けられているみたい。
 わたしたちは、その中の一室へ通された。

 部屋の中は至ってシンプルで、ソファーを勧められたのでそこに座ってしばし待つ。
 ポーラは座らず、背後に立って控えている。

 やがて、先程案内してくれた神官さんと、もう一人の神官さんが入って来たので、立ち上がってカーテシー。
 まず、案内してくれた神官さんが口を開いた。


「本来は神官長がご挨拶させて頂くのですが、本日は私、ミゲルと、こちらのマルコで対応させて頂きます。」

「よくいらっしゃいました。本日は確定検査と、候補に確定した際は、今後の日程などお話しさせて頂きます」

「マグダレーン男爵の娘、ローズマリーです。今日はお世話になります」


 笑顔で挨拶をすると、二人は優しい笑みを浮かべた。
 次に、後ろでポーラが挨拶をする。


「侍女のポーラでございます。お嬢様の付き添いで参りました。こちらに控えさせて頂きます」


 ポーラは、引き続きわたしの後ろに立って控えるみたい。
 ソファーを勧められたので、座る前に提出書類を手渡す。
 簡単な経歴書ね。


 ミゲルさんは、白髪まじりの茶髪に茶色の瞳。
 頭頂部の毛髪が心細く、小柄で体の線が細い。
 なんと言うか、苦労されている雰囲気の男性だ。

 マルコさんは、ふさふさの白髪。
 ニコニコ微笑んでいて、目の色はシワの中なのでわからない。
 小太りで柔和な印象の老人。

 二人とも白い神官服を着ている。

 全員が椅子にかけると、マルコさんがサイドテーブルに置かれていた物を、テーブルの上へと移動させた。

 20センチ四方の、小さな紫色の座布団?
 その上に、金糸で刺繍された白い布がかけられている。


「早速ですが、再検査の方法を説明致します」


 言いながら、マルコさんは布を外した。
 出てきたのは、大振りの水晶玉のような、色の無い宝玉だった。
 

「こちらに手を置いて頂き、その反応を持ちまして、『聖女』候補の認定をさせて頂きます」


 王道だわ!

 実にファンタジーっぽい展開に、テンションが上がるわたし。

 『色が変わって魔法属性が決まる!』とか、『強く輝くほど魔力量が多い!』とか?
 過去世で読んだファンタジーの冒頭が、オーバーラップする。

 いったい、聖女が触るとどうなるんだろう?
 『聖なるもの』って、光属性的なイメージあるから、眩いほどに発光したりして!


 マルコさんに目を向けると、微笑んで優しく促された。


「どちらの手でも構いません。宝玉に触れてください」


 内心ワクワクしつつ、勤めて平静を装い、そっと手を乗せる。

 結果は…………!
 無反応っ‼︎
 何の変化も無し!
 宝玉は澄んだままだ。

 …………。

 しばらく待ってみても、何も変わらない。

 ぇええっ?!
 これは、まずいのでは?
 前に座る二人が、顔を見合わせている。
 

「これは……」


 マルコさんの口から、思わず、と言ったような呟きが漏れた。

 これは、やっちゃった?
 まさか、わたしが勘違い令嬢だったパターンかしら?

 居た堪れない思いで手を引いた。
 やはり、何の変化も見られない。

 室内を沈黙が支配した。

 それは、ほんの一瞬だったのだろうけど、わたしには、とても長い時間に感じられた。

 ミゲルさんが、経歴書にサラサラと文字を記入する音が、やけ響いて聞こえる。

 その記載が済んだ頃、マルコさんがにこやか口を開いた。


「やぁ、さすがは、英雄のお嬢様ですね!」


 うん?


「『聖女』候補に認定いたします。素晴らしい透明度でした」


 っえ、透明度?

 内心、軽くコケるわたし。

 『聖女』の基準そこ?

 変色したり輝いたりして、『おお。貴女こそ聖女候補です!』と、なるので無しに、『なんと!無反応!貴女が聖女候補ですっ!』て、どうなの?

 ファンタジーとして、そこのところ、どうなの?
 ……ビジュアル結構大事だと思うのだけど。


 それは、小説を全部覚えてるわけでは無いのだけど、そんな描写あったかな?
 聖堂で、直ぐに聖女候補認定されてたイメージしかないわ。

 何とも地味な結果に呆然としたけど、ミゲルさんから冊子になった書類を手渡されたので、ひとまず頭を切り替える。


「今後の日程や生活、給金については、そちらに全て、細かく記載しておりますので、ご一読頂ければと思いますが、おおまかに説明させて頂きますね」


 ミゲルさんの説明を聞きながら、ひとまず重要そうなことで、補足があれば、書類に書き足した。

 ボールペンなどという便利な物は無いけれど、持ち運び出来る筆記具は、ポーラが素早く手渡してくれた。
 メイドすごい!

 因みに、口頭でされた説明は、以下の通り。

 月が変わる前日までには、聖堂の別棟にある寮に転居しなければならないこと。
 備え付けの家具の種類の説明。
 『聖女』候補の職務についての説明。
 給金について。
 金額の算出方法と支払いの方法。
 あら?
 候補にも、国から給金が支払われるのね?
 だから不満も少ないのかしら?
 それから、制服と靴の貸与について。
 これはサイズを確認された。
 支給してもらえるのはありがたい。


 色々終わるころには、丁度正午になっていた。

 神官の二人に入り口まで見送って頂き、丁寧にお礼を言って、外へ出る。


 入り口には、先程と同様、二人の聖騎士。

 黒髪の彼が会釈してくれて、もう一人の聖騎士さんも、それに倣い会釈してくれた。
 こちらは茶髪に青い瞳。
 背はそれほど高くないけど、ゴリマッチョさんで、とても強そう。


「お疲れさまでした。どうぞ、気をつけてお帰りください」

「ありがとうございます。今日はこれで失礼いたします。お仕事頑張ってくださいね」


 黒髪の聖騎士さんは、無表情だけど、丁寧なお別れの言葉をくださいました。
 笑顔でお返事すると、若干、本当にわずか、目元を和らげた……ように見えた。

 あれ?
 やっぱり気のせいかな?
 まぁいいか。

 もう一人の騎士さんにも会釈をし、聖堂を後にする。


 広場の向こうの馬車留めに、迎えの馬車が来ているのを確認し、わたしとポーラは帰路についた。
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