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第二章
悪役令嬢とちゃら令息
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わたしの前に進み出たそのレディー。
年の頃は二十歳前後かしら?
細身の体で、身長は女性としてはスラリと高い。
キラキラと日の光に輝くシルバーブロンドが、美しく巻かれていて、まるで絹糸のよう!
真っ白なシミひとつない陶器のお肌に、シルバーの睫毛でびっしり縁取られたサファイアの瞳。
頬やぽってりした唇はローズピンク。
ドレスは、上半身から下に向かって瑠璃色からライトブルーへのグラデーション。
流行のプリンセスラインでありながら、全てが明らかに質の良いシフォン生地で、全身に刺繍と宝石が散りばめられている。
こんな綺麗な人間が存在するのね!
あまりの人間離れした美しさに、思わず口を開けたまま見惚れてしまう。
「はじめまして。レディー?」
しまった!
あまりの神々しさに思考停止していたら、先に挨拶されてしまったわ。
何という失態。
わたしは慌てて深くお辞儀をする。
「大変失礼をいたしました。はじめまして、マグダレーン男爵の娘、ローズマリーでございます」
「ミュラーソン公爵の娘、ヴェロニカよ。ご機嫌よう」
「ヴェロニカ様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。お会いでき、光栄でございます。重ね重ね、先程の無礼をお詫び申し上げます」
「全くだわ。ヴェロニカ様から挨拶させるなんて」
「本当に!無礼にも程があるというものでしょう。」
周りの御令嬢たちから、一斉に叱責される。
これに関してはぐうの音も出ない。
「本当に申し訳ありません。ヴェロニカ様のあまりの高貴さに、うっとりとしてしまいまして」
言ってから、『しまった!』と思った。
勿論、おべっかでは無く、本音がダダ漏れしただけなのだけど、言われ慣れていらっしゃるだろう方だけに、嫌味に聞こえてしまうかもしれない。
案の定、ヴェロニカ様は眉を寄せていらっしゃる。
まずい!
思わず身構える。
でも、予想に反して、ヴェロニカ様は眉を戻してクスリと笑った。
そのまま可憐な唇を手で隠し、クスクス笑い続けている。
あぁ、何という。
これこそが『ふつくしい』ってことなのね。
想像していたような、どぎつい雰囲気は一切感じられない。
印象としては、ガラスや氷で作られた像のような、人とは別の存在のよう。
「ありがとう。高貴に見えるかしら?」
「それはもう!」
「高貴という言葉は、ヴェロニカ様のためにあるのですわ」
わたしが答える前に、周囲のご令嬢から声が上がる。
様式美を生で見せて頂き、感無量です。
「そう?ドレスが派手では無いかしら?王都で人気のブティックに任せているので、私の趣味が入る余地がないのよ」
「とてもよくお似合いですわ」
「デザイナーも腕がなるでしょうね」
うん。
わたし、こんな会話に入り込めない。
責められていた時よりマシだけど、早くここから逃げ出したい!
顔に微笑を貼り付けながら、開放の時を待ち、ひたすらに相槌を打つ。
それにしても、取り巻きの御令嬢の皆様と、穏やかに会話をなさるヴェロニカ様を見ていると、とても悪役令嬢とは思えないわ。
嫌がらせをするような方には見えない、というか。
「ところでローズマリー様。マグダレーン男爵と言えば、ベリーフィールド子爵家のジゼル様が嫁がれた先ではなくて?」
ふいにヴェロニカ様に話をふられ、緊張しながら答える。
「はい。ジゼルは、母でございます」
とりまきの御令嬢たちが、一瞬ざわついた気がした。
すぐに落ち着いたけれど、何だったのかしら?
「まぁ。まぁ!やっぱり、ジゼル様のお嬢様なのね?そのドレスやお飾りは、やはりジゼル様が手掛けられたのかしら?」
「はい。全体のイメージは母が。細かい部分はわたくしが決めましたので、お見苦しいところも多いかと存じます」
「そんなことは無くてよ。よく似合っているわ。それに私、彼女のファンなのよ。今度是非、お話しをさせて頂きたいわ」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます。すぐに母にお伝え致します」
ヴェロニカ様は、嬉しそうに、にっこりと微笑んで下さった。
わたしもつられて微笑み返すと、彼女は今度は驚いたように目を瞬き、やがてくすっと笑った。
そして、周囲に聞き取れないほど微かな声で、そっとわたしに囁く。
「エミリオ様から、先程少しお話を伺ったのだけど、想像以上ね。あなた、とっても可愛いわ」
…………うん?
幻聴かな?
もしかして今、凄く褒められました?
よくわからないけど、慌てて礼をする。
「そういえば皆様。ご覧になって下さいな」
ヴェロニカ様は、あからさまに話題を変え、周囲の御令嬢の目線を、わたしのいる方と逆に誘導した。
場所はガーデン。
様々なスイーツが、新しく追加されたタイミングのようだ。
「今回は、苺のマカロンが絶品らしいですわよ?」
「まぁ!それは是非、頂きたいですわ」
「私も!」
「でしたら私も!」
周囲の御令嬢が、色めきたって動き始める。
皆、ガーデンへと移動するみたい。
しかし、誘導した本人はその場に佇んだまま、移動を始めた令嬢たちを見送っている。
悪役令嬢ヴェロニカ・ミュラーソン。
その名の如く、ミュラー王家の血を引く公爵家の御令嬢。
王子殿下に近づくヒロインに嫉妬して、嫌がらせをしてくる役どころ。
ただ、この作品においては、婚約破棄や断罪をされることはない。
元々年齢が殿下より十歳も上なので、一歩引いている部分もあり、ヒロインが聖女になってからは、その関係は比較的良好となる。
と言うのも、この世界の特に王族や高位貴族は、一夫多妻が多いから。
元聖女が側室に入ることは、王子殿下にとっても、その妃にとっても悪いことではない。
聖女様の地位は、王国で二番目と、高いから。
それに、後継者問題を考えても、側室はある意味必要と言える。
目の前で、静かに微笑み佇んでいる彼女をちらりとみる。
「状況の判断が速い人は好きよ。お話の続きをしましょうか」
「わたくしのようなもので、役不足でなければ」
ですよね。
彼女が動かなかったのだから、そのままお暇を頂ける訳がない。
直前までのお話が途中だったことを考えても、多分、わたしと二人で話がしたかった、ということよね。
いよいよ嫌がらせタイムなのかしら?
スイーツに釣られたフリをした御令嬢方も、おそらく理解した上で席を外した。
多分。
……全員がそうじゃないかもしれないけど。
「ご謙遜なさらないで。貴女が良いのよ」
ヴェロニカさまは、眉根を寄せてクスクス笑うと、わたしの横に距離を詰めてきた。
え?
近いっ!
近すぎませんか?
ドレス姿の令嬢二人の腕同士が触れ合うって、結構衝撃的な距離。
「先程も言ったけど、貴方とっても可愛いわ」
近すぎる距離に気を取られていたら、ヴェロニカ様のレースのグローブに包まれた形の良い細い指が、わたしの顎をそっと持ち上げた。
妖艶に微笑む、美しいサファイアの瞳と目があい、息が止まる。
あれ?
ついさっきどこかで、こんなことがあったような?
デジャブ再び!
「よく見たら瞳はアメジストなのね。お肌も艶々。そばかすもチャーミングだわ」
指で柔らかく頬を撫でられ、その指は耳たぶをツツツっとなぞっていく。
「このパールはマグダレーン産ね。素晴らしい光沢だわ。貴方の肌の色にもよく合っているわね」
ひぇぇぇっっ!!
ちょっと待って?
背筋がゾクゾクする!
これがいわゆる嫌がらせっていうことならば、なんだか意味合い違くない?
触れていた手が離れ、ようやく呼吸を再開すると、今度は腰にするりと手をまわされた。
驚きのあまり肩がびくりとはねる。
「ウエストも素晴らしいわ。そしてそのお胸も」
何かおっしゃっているけれど、最後の方は焦りがピーク過ぎて、全然頭に入ってこない。
回された手は背筋をなぞる。
わたしこれ、なにをされてるの?
口が震えて言葉がでない。
緊張しすぎて意識が飛びそう!
「やぁ、楽しそうだね?僕も混ぜてよ。ベル従姉さま?」
「あら。ご機嫌よう。ジェフ」
「……ぁ」
「先程はどうも。ローズちゃん?マリーちゃんの方が良いかな?」
「……どうぞ……お好きなほうで」
最後の方は言葉にならない。
なんだかふわふわして、頭が正常に動かない。
目の前に颯爽と登場した御令息のお陰で、ヴェロニカ様は、わたしに触れていた手を離してくださった。
でも、いまいち『助かった!』って感じがしない。
だって現れたのは、デジャブの大本、ちゃら令息。
侯爵令息ジェファーソン・ドウェインさまだったから。
◆
二人の会話を聴きながら、わたしは現在タヌキの置物と化している。
逃げれば良いって?
逃げられないんだもの。
二人は、わたしを挟んで会話しているのだから。
ようやく動きはじめた頭で会話を聞き、理解したのは、ジェファーソン様とヴェロニカ様が従姉弟同士ということ。
二人の間柄を、ジェファーソン様がわかりやすく説明してくれたのだ。
先代ドウェイン侯爵には二人の娘がおり、姉がバーニア公爵家から養子をいただき、産まれたのがジェファーソン様。
妹は王弟のミュラーソン公爵と結婚し、生まれたのがヴェロニカ様らしい。
銀髪青瞳の高貴で美しいヴェロニカ様と、金髪緑瞳でキラキラ美少年なのに、どこかチャラいジェファーソン様。
一見すると全く似ていない二人だけど、身をもって体感したS気あふれる色気は、わたしに二人の血の繋がりを、しっかりと感じさせた。
話はやがて、今日のガーデンでの出来事へと移っている。
「やはり王子殿下を殴ったのは、ローズ様では無いのね。違うと思っていたわ」
「勿論。ローズちゃんは、実にスマートにかわしていたよ。いやぁ痺れたね。見せたかったなぁ」
「素敵!そこは後で詳しく教えて頂戴」
えぇと。
そんな武勇伝みたいな扱いですか?
勘弁してください。
そもそも、来るのが分かってたから出来たことなのです。
本当は突発事案に弱いのです。
などとは言えず、苦笑いを続けるわたし。
「殴ったのは、ほら。まだ殿下とフォークダンス踊ってる、准男爵のお嬢さんだ。名前は確か、リリアーナさん」
フォークダンス……フォークダンスに失礼かと。
というか、まだ踊っていたのね。
さすがに長すぎでは?
「何曲踊るつもりかしらね」
「さてねぇ」
二人の目が、ドン引きするほど冷たく光る。
やっぱり良く似ていらっしゃいます。
こわいコワイ怖い!
誰かそろそろ、わたしを助けて……。
「あらあらまぁまぁ!ローズ、ここにいたのね!」
天の助け!
お母様~!!
比較的近くでご婦人方とお話しをしていたらしいお母様が、わたしを発見してくれたようです。
お母様は、慌ててこちらにやってくると、深くお辞儀をする。
「これは、ヴェロニカ様。ジェファーソン様。はじめまして。ローズの母でございます」
「まぁジゼル様!お合いできて光栄ですわ。私ジゼル様のファッションのファンですのよ」
「まぁ。身に余る光栄ですわ」
ヴェロニカ様はわたしの背をそっと押して、お母様の方へ送ってくださいました。
逃してくださるようです。
カチコチになっていたから、気を使ってくださったのかしら?
それとも容疑が晴れたからかな?
「娘に無礼がなかったらよいのですが」
「いやいや。とても可愛いらしくて良いお嬢様ですね」
「楽しい時間を過ごせましたわ。緊張させてしまいごめんなさいね」
「とんでも無いことでございます。わたくしの方こそ楽しい時間を頂き、有難うございます」
母と二人、揃って頭を下げる。
「社交シーズンには王都にいらっしゃって?是非皆様を母のサロンに誘わせてくださいませね。ファッションのお話もお聞きしたいですし、それに」
ヴェロニカ様はそこまで言うと、声音をやや低くする。
「ローズ様とは、個人的に、もっと仲良くなりたいですわ」
あれ?
おかしいな?
にこやかにお話しされているのに、何故か先程の妖しい瞳を思い出し、背筋がヒヤリとする。
「ずるいよ、ベル従姉さま。その時は是非僕も誘って下さいね?僕も彼女に興味があるので」
ジェファーソンさまは、ガッツリ流し目を送って来ました。
もう……変な汗かきすぎて、背中が冷たい!
お二人の元を去った後、ガーデンにいたお父様とマーティンを見つけ、そちらに合流した。
外は少し肌寒く感じる時刻。
色々話し合わねばならないこともあり、我が家はそろそろお暇する事に決めた。
結局軽食などには手も出せず、頭も体もフル稼働だったわたし。
早く宿に戻ってご飯が食べたい!
今にも音を立てそうなお腹を抱えて、わたしは王宮を後にした。
年の頃は二十歳前後かしら?
細身の体で、身長は女性としてはスラリと高い。
キラキラと日の光に輝くシルバーブロンドが、美しく巻かれていて、まるで絹糸のよう!
真っ白なシミひとつない陶器のお肌に、シルバーの睫毛でびっしり縁取られたサファイアの瞳。
頬やぽってりした唇はローズピンク。
ドレスは、上半身から下に向かって瑠璃色からライトブルーへのグラデーション。
流行のプリンセスラインでありながら、全てが明らかに質の良いシフォン生地で、全身に刺繍と宝石が散りばめられている。
こんな綺麗な人間が存在するのね!
あまりの人間離れした美しさに、思わず口を開けたまま見惚れてしまう。
「はじめまして。レディー?」
しまった!
あまりの神々しさに思考停止していたら、先に挨拶されてしまったわ。
何という失態。
わたしは慌てて深くお辞儀をする。
「大変失礼をいたしました。はじめまして、マグダレーン男爵の娘、ローズマリーでございます」
「ミュラーソン公爵の娘、ヴェロニカよ。ご機嫌よう」
「ヴェロニカ様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。お会いでき、光栄でございます。重ね重ね、先程の無礼をお詫び申し上げます」
「全くだわ。ヴェロニカ様から挨拶させるなんて」
「本当に!無礼にも程があるというものでしょう。」
周りの御令嬢たちから、一斉に叱責される。
これに関してはぐうの音も出ない。
「本当に申し訳ありません。ヴェロニカ様のあまりの高貴さに、うっとりとしてしまいまして」
言ってから、『しまった!』と思った。
勿論、おべっかでは無く、本音がダダ漏れしただけなのだけど、言われ慣れていらっしゃるだろう方だけに、嫌味に聞こえてしまうかもしれない。
案の定、ヴェロニカ様は眉を寄せていらっしゃる。
まずい!
思わず身構える。
でも、予想に反して、ヴェロニカ様は眉を戻してクスリと笑った。
そのまま可憐な唇を手で隠し、クスクス笑い続けている。
あぁ、何という。
これこそが『ふつくしい』ってことなのね。
想像していたような、どぎつい雰囲気は一切感じられない。
印象としては、ガラスや氷で作られた像のような、人とは別の存在のよう。
「ありがとう。高貴に見えるかしら?」
「それはもう!」
「高貴という言葉は、ヴェロニカ様のためにあるのですわ」
わたしが答える前に、周囲のご令嬢から声が上がる。
様式美を生で見せて頂き、感無量です。
「そう?ドレスが派手では無いかしら?王都で人気のブティックに任せているので、私の趣味が入る余地がないのよ」
「とてもよくお似合いですわ」
「デザイナーも腕がなるでしょうね」
うん。
わたし、こんな会話に入り込めない。
責められていた時よりマシだけど、早くここから逃げ出したい!
顔に微笑を貼り付けながら、開放の時を待ち、ひたすらに相槌を打つ。
それにしても、取り巻きの御令嬢の皆様と、穏やかに会話をなさるヴェロニカ様を見ていると、とても悪役令嬢とは思えないわ。
嫌がらせをするような方には見えない、というか。
「ところでローズマリー様。マグダレーン男爵と言えば、ベリーフィールド子爵家のジゼル様が嫁がれた先ではなくて?」
ふいにヴェロニカ様に話をふられ、緊張しながら答える。
「はい。ジゼルは、母でございます」
とりまきの御令嬢たちが、一瞬ざわついた気がした。
すぐに落ち着いたけれど、何だったのかしら?
「まぁ。まぁ!やっぱり、ジゼル様のお嬢様なのね?そのドレスやお飾りは、やはりジゼル様が手掛けられたのかしら?」
「はい。全体のイメージは母が。細かい部分はわたくしが決めましたので、お見苦しいところも多いかと存じます」
「そんなことは無くてよ。よく似合っているわ。それに私、彼女のファンなのよ。今度是非、お話しをさせて頂きたいわ」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます。すぐに母にお伝え致します」
ヴェロニカ様は、嬉しそうに、にっこりと微笑んで下さった。
わたしもつられて微笑み返すと、彼女は今度は驚いたように目を瞬き、やがてくすっと笑った。
そして、周囲に聞き取れないほど微かな声で、そっとわたしに囁く。
「エミリオ様から、先程少しお話を伺ったのだけど、想像以上ね。あなた、とっても可愛いわ」
…………うん?
幻聴かな?
もしかして今、凄く褒められました?
よくわからないけど、慌てて礼をする。
「そういえば皆様。ご覧になって下さいな」
ヴェロニカ様は、あからさまに話題を変え、周囲の御令嬢の目線を、わたしのいる方と逆に誘導した。
場所はガーデン。
様々なスイーツが、新しく追加されたタイミングのようだ。
「今回は、苺のマカロンが絶品らしいですわよ?」
「まぁ!それは是非、頂きたいですわ」
「私も!」
「でしたら私も!」
周囲の御令嬢が、色めきたって動き始める。
皆、ガーデンへと移動するみたい。
しかし、誘導した本人はその場に佇んだまま、移動を始めた令嬢たちを見送っている。
悪役令嬢ヴェロニカ・ミュラーソン。
その名の如く、ミュラー王家の血を引く公爵家の御令嬢。
王子殿下に近づくヒロインに嫉妬して、嫌がらせをしてくる役どころ。
ただ、この作品においては、婚約破棄や断罪をされることはない。
元々年齢が殿下より十歳も上なので、一歩引いている部分もあり、ヒロインが聖女になってからは、その関係は比較的良好となる。
と言うのも、この世界の特に王族や高位貴族は、一夫多妻が多いから。
元聖女が側室に入ることは、王子殿下にとっても、その妃にとっても悪いことではない。
聖女様の地位は、王国で二番目と、高いから。
それに、後継者問題を考えても、側室はある意味必要と言える。
目の前で、静かに微笑み佇んでいる彼女をちらりとみる。
「状況の判断が速い人は好きよ。お話の続きをしましょうか」
「わたくしのようなもので、役不足でなければ」
ですよね。
彼女が動かなかったのだから、そのままお暇を頂ける訳がない。
直前までのお話が途中だったことを考えても、多分、わたしと二人で話がしたかった、ということよね。
いよいよ嫌がらせタイムなのかしら?
スイーツに釣られたフリをした御令嬢方も、おそらく理解した上で席を外した。
多分。
……全員がそうじゃないかもしれないけど。
「ご謙遜なさらないで。貴女が良いのよ」
ヴェロニカさまは、眉根を寄せてクスクス笑うと、わたしの横に距離を詰めてきた。
え?
近いっ!
近すぎませんか?
ドレス姿の令嬢二人の腕同士が触れ合うって、結構衝撃的な距離。
「先程も言ったけど、貴方とっても可愛いわ」
近すぎる距離に気を取られていたら、ヴェロニカ様のレースのグローブに包まれた形の良い細い指が、わたしの顎をそっと持ち上げた。
妖艶に微笑む、美しいサファイアの瞳と目があい、息が止まる。
あれ?
ついさっきどこかで、こんなことがあったような?
デジャブ再び!
「よく見たら瞳はアメジストなのね。お肌も艶々。そばかすもチャーミングだわ」
指で柔らかく頬を撫でられ、その指は耳たぶをツツツっとなぞっていく。
「このパールはマグダレーン産ね。素晴らしい光沢だわ。貴方の肌の色にもよく合っているわね」
ひぇぇぇっっ!!
ちょっと待って?
背筋がゾクゾクする!
これがいわゆる嫌がらせっていうことならば、なんだか意味合い違くない?
触れていた手が離れ、ようやく呼吸を再開すると、今度は腰にするりと手をまわされた。
驚きのあまり肩がびくりとはねる。
「ウエストも素晴らしいわ。そしてそのお胸も」
何かおっしゃっているけれど、最後の方は焦りがピーク過ぎて、全然頭に入ってこない。
回された手は背筋をなぞる。
わたしこれ、なにをされてるの?
口が震えて言葉がでない。
緊張しすぎて意識が飛びそう!
「やぁ、楽しそうだね?僕も混ぜてよ。ベル従姉さま?」
「あら。ご機嫌よう。ジェフ」
「……ぁ」
「先程はどうも。ローズちゃん?マリーちゃんの方が良いかな?」
「……どうぞ……お好きなほうで」
最後の方は言葉にならない。
なんだかふわふわして、頭が正常に動かない。
目の前に颯爽と登場した御令息のお陰で、ヴェロニカ様は、わたしに触れていた手を離してくださった。
でも、いまいち『助かった!』って感じがしない。
だって現れたのは、デジャブの大本、ちゃら令息。
侯爵令息ジェファーソン・ドウェインさまだったから。
◆
二人の会話を聴きながら、わたしは現在タヌキの置物と化している。
逃げれば良いって?
逃げられないんだもの。
二人は、わたしを挟んで会話しているのだから。
ようやく動きはじめた頭で会話を聞き、理解したのは、ジェファーソン様とヴェロニカ様が従姉弟同士ということ。
二人の間柄を、ジェファーソン様がわかりやすく説明してくれたのだ。
先代ドウェイン侯爵には二人の娘がおり、姉がバーニア公爵家から養子をいただき、産まれたのがジェファーソン様。
妹は王弟のミュラーソン公爵と結婚し、生まれたのがヴェロニカ様らしい。
銀髪青瞳の高貴で美しいヴェロニカ様と、金髪緑瞳でキラキラ美少年なのに、どこかチャラいジェファーソン様。
一見すると全く似ていない二人だけど、身をもって体感したS気あふれる色気は、わたしに二人の血の繋がりを、しっかりと感じさせた。
話はやがて、今日のガーデンでの出来事へと移っている。
「やはり王子殿下を殴ったのは、ローズ様では無いのね。違うと思っていたわ」
「勿論。ローズちゃんは、実にスマートにかわしていたよ。いやぁ痺れたね。見せたかったなぁ」
「素敵!そこは後で詳しく教えて頂戴」
えぇと。
そんな武勇伝みたいな扱いですか?
勘弁してください。
そもそも、来るのが分かってたから出来たことなのです。
本当は突発事案に弱いのです。
などとは言えず、苦笑いを続けるわたし。
「殴ったのは、ほら。まだ殿下とフォークダンス踊ってる、准男爵のお嬢さんだ。名前は確か、リリアーナさん」
フォークダンス……フォークダンスに失礼かと。
というか、まだ踊っていたのね。
さすがに長すぎでは?
「何曲踊るつもりかしらね」
「さてねぇ」
二人の目が、ドン引きするほど冷たく光る。
やっぱり良く似ていらっしゃいます。
こわいコワイ怖い!
誰かそろそろ、わたしを助けて……。
「あらあらまぁまぁ!ローズ、ここにいたのね!」
天の助け!
お母様~!!
比較的近くでご婦人方とお話しをしていたらしいお母様が、わたしを発見してくれたようです。
お母様は、慌ててこちらにやってくると、深くお辞儀をする。
「これは、ヴェロニカ様。ジェファーソン様。はじめまして。ローズの母でございます」
「まぁジゼル様!お合いできて光栄ですわ。私ジゼル様のファッションのファンですのよ」
「まぁ。身に余る光栄ですわ」
ヴェロニカ様はわたしの背をそっと押して、お母様の方へ送ってくださいました。
逃してくださるようです。
カチコチになっていたから、気を使ってくださったのかしら?
それとも容疑が晴れたからかな?
「娘に無礼がなかったらよいのですが」
「いやいや。とても可愛いらしくて良いお嬢様ですね」
「楽しい時間を過ごせましたわ。緊張させてしまいごめんなさいね」
「とんでも無いことでございます。わたくしの方こそ楽しい時間を頂き、有難うございます」
母と二人、揃って頭を下げる。
「社交シーズンには王都にいらっしゃって?是非皆様を母のサロンに誘わせてくださいませね。ファッションのお話もお聞きしたいですし、それに」
ヴェロニカ様はそこまで言うと、声音をやや低くする。
「ローズ様とは、個人的に、もっと仲良くなりたいですわ」
あれ?
おかしいな?
にこやかにお話しされているのに、何故か先程の妖しい瞳を思い出し、背筋がヒヤリとする。
「ずるいよ、ベル従姉さま。その時は是非僕も誘って下さいね?僕も彼女に興味があるので」
ジェファーソンさまは、ガッツリ流し目を送って来ました。
もう……変な汗かきすぎて、背中が冷たい!
お二人の元を去った後、ガーデンにいたお父様とマーティンを見つけ、そちらに合流した。
外は少し肌寒く感じる時刻。
色々話し合わねばならないこともあり、我が家はそろそろお暇する事に決めた。
結局軽食などには手も出せず、頭も体もフル稼働だったわたし。
早く宿に戻ってご飯が食べたい!
今にも音を立てそうなお腹を抱えて、わたしは王宮を後にした。
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