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第二章

悪役令嬢とちゃら令息

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 わたしの前に進み出たそのレディー。

 年の頃は二十歳前後かしら?
 細身の体で、身長は女性としてはスラリと高い。

 キラキラと日の光に輝くシルバーブロンドが、美しく巻かれていて、まるで絹糸のよう!
 真っ白なシミひとつない陶器のお肌に、シルバーの睫毛でびっしり縁取られたサファイアの瞳。
 頬やぽってりした唇はローズピンク。
 
 ドレスは、上半身から下に向かって瑠璃色からライトブルーへのグラデーション。
 流行のプリンセスラインでありながら、全てが明らかに質の良いシフォン生地で、全身に刺繍と宝石が散りばめられている。

 こんな綺麗な人間が存在するのね!

 あまりの人間離れした美しさに、思わず口を開けたまま見惚れてしまう。


「はじめまして。レディー?」


 しまった!
 あまりの神々しさに思考停止していたら、先に挨拶されてしまったわ。

 何という失態。
 わたしは慌てて深くお辞儀をする。


「大変失礼をいたしました。はじめまして、マグダレーン男爵の娘、ローズマリーでございます」

「ミュラーソン公爵の娘、ヴェロニカよ。ご機嫌よう」

「ヴェロニカ様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。お会いでき、光栄でございます。重ね重ね、先程の無礼をお詫び申し上げます」

「全くだわ。ヴェロニカ様から挨拶させるなんて」

「本当に!無礼にも程があるというものでしょう。」


 周りの御令嬢たちから、一斉に叱責される。
 これに関してはぐうの音も出ない。


「本当に申し訳ありません。ヴェロニカ様のあまりの高貴さに、うっとりとしてしまいまして」


 言ってから、『しまった!』と思った。

 勿論、おべっかでは無く、本音がダダ漏れしただけなのだけど、言われ慣れていらっしゃるだろう方だけに、嫌味に聞こえてしまうかもしれない。

 案の定、ヴェロニカ様は眉を寄せていらっしゃる。

 まずい!

 思わず身構える。

 でも、予想に反して、ヴェロニカ様は眉を戻してクスリと笑った。
 そのまま可憐な唇を手で隠し、クスクス笑い続けている。

 あぁ、何という。
 これこそが『ふつくしい』ってことなのね。

 想像していたような、ぎつい雰囲気は一切感じられない。
 印象としては、ガラスや氷で作られた像のような、人とは別の存在のよう。


「ありがとう。高貴に見えるかしら?」

「それはもう!」

「高貴という言葉は、ヴェロニカ様のためにあるのですわ」


 わたしが答える前に、周囲のご令嬢から声が上がる。
 様式美を生で見せて頂き、感無量です。


「そう?ドレスが派手では無いかしら?王都で人気のブティックに任せているので、私の趣味が入る余地がないのよ」

「とてもよくお似合いですわ」

「デザイナーも腕がなるでしょうね」


 うん。
 わたし、こんな会話に入り込めない。
 責められていた時よりマシだけど、早くここから逃げ出したい!

 顔に微笑を貼り付けながら、開放の時を待ち、ひたすらに相槌を打つ。

 それにしても、取り巻きの御令嬢の皆様と、穏やかに会話をなさるヴェロニカ様を見ていると、とても悪役令嬢とは思えないわ。
 嫌がらせをするような方には見えない、というか。
 

「ところでローズマリー様。マグダレーン男爵と言えば、ベリーフィールド子爵家のジゼル様が嫁がれた先ではなくて?」


 ふいにヴェロニカ様に話をふられ、緊張しながら答える。


「はい。ジゼルは、母でございます」


 とりまきの御令嬢たちが、一瞬ざわついた気がした。
 すぐに落ち着いたけれど、何だったのかしら?


「まぁ。まぁ!やっぱり、ジゼル様のお嬢様なのね?そのドレスやお飾りは、やはりジゼル様が手掛けられたのかしら?」

「はい。全体のイメージは母が。細かい部分はわたくしが決めましたので、お見苦しいところも多いかと存じます」

「そんなことは無くてよ。よく似合っているわ。それに私、彼女のファンなのよ。今度是非、お話しをさせて頂きたいわ」

「嬉しいお言葉、ありがとうございます。すぐに母にお伝え致します」


 ヴェロニカ様は、嬉しそうに、にっこりと微笑んで下さった。
 わたしもつられて微笑み返すと、彼女は今度は驚いたように目を瞬き、やがてくすっと笑った。
 そして、周囲に聞き取れないほど微かな声で、そっとわたしに囁く。


「エミリオ様から、先程少しお話を伺ったのだけど、想像以上ね。あなた、とっても可愛いわ」


 …………うん?
 幻聴かな?

 もしかして今、凄く褒められました?
 よくわからないけど、慌てて礼をする。


「そういえば皆様。ご覧になって下さいな」


 ヴェロニカ様は、あからさまに話題を変え、周囲の御令嬢の目線を、わたしのいる方と逆に誘導した。

 場所はガーデン。
 様々なスイーツが、新しく追加されたタイミングのようだ。


「今回は、苺のマカロンが絶品らしいですわよ?」

「まぁ!それは是非、頂きたいですわ」

「私も!」

「でしたら私も!」


 周囲の御令嬢が、色めきたって動き始める。
 皆、ガーデンへと移動するみたい。

 しかし、誘導した本人はその場に佇んだまま、移動を始めた令嬢たちを見送っている。


 悪役令嬢ヴェロニカ・ミュラーソン。

 その名の如く、ミュラー王家の血を引く公爵家の御令嬢。

 王子殿下に近づくヒロインに嫉妬して、嫌がらせをしてくる役どころ。

 ただ、この作品においては、婚約破棄や断罪をされることはない。

 元々年齢が殿下より十歳も上なので、一歩引いている部分もあり、ヒロインが聖女になってからは、その関係は比較的良好となる。
 と言うのも、この世界の特に王族や高位貴族は、一夫多妻が多いから。

 元聖女が側室に入ることは、王子殿下にとっても、その妃にとっても悪いことではない。
 聖女様の地位は、王国で二番目と、高いから。
 それに、後継者問題を考えても、側室はある意味必要と言える。


 目の前で、静かに微笑み佇んでいる彼女をちらりとみる。


「状況の判断が速い人は好きよ。お話の続きをしましょうか」

「わたくしのようなもので、役不足でなければ」


 ですよね。

 彼女が動かなかったのだから、そのままお暇を頂ける訳がない。
 直前までのお話が途中だったことを考えても、多分、わたしと二人で話がしたかった、ということよね。

 いよいよ嫌がらせタイムなのかしら?

 スイーツに釣られたフリをした御令嬢方も、おそらく理解した上で席を外した。
 多分。
 ……全員がそうじゃないかもしれないけど。


「ご謙遜なさらないで。貴女が良いのよ」


 ヴェロニカさまは、眉根を寄せてクスクス笑うと、わたしの横に距離を詰めてきた。

 え?
 近いっ!
 近すぎませんか?

 ドレス姿の令嬢二人の腕同士が触れ合うって、結構衝撃的な距離。


「先程も言ったけど、貴方とっても可愛いわ」


 近すぎる距離に気を取られていたら、ヴェロニカ様のレースのグローブに包まれた形の良い細い指が、わたしの顎をそっと持ち上げた。
 妖艶に微笑む、美しいサファイアの瞳と目があい、息が止まる。


 あれ?
 ついさっきどこかで、こんなことがあったような?

 デジャブ再び!


「よく見たら瞳はアメジストなのね。お肌も艶々。そばかすもチャーミングだわ」


 指で柔らかく頬を撫でられ、その指は耳たぶをツツツっとなぞっていく。


「このパールはマグダレーン産ね。素晴らしい光沢だわ。貴方の肌の色にもよく合っているわね」


 ひぇぇぇっっ!!

 ちょっと待って?
 背筋がゾクゾクする!

 これがいわゆる嫌がらせっていうことならば、なんだか意味合い違くない?

 触れていた手が離れ、ようやく呼吸を再開すると、今度は腰にするりと手をまわされた。

 驚きのあまり肩がびくりとはねる。


「ウエストも素晴らしいわ。そしてそのお胸も」


 何かおっしゃっているけれど、最後の方は焦りがピーク過ぎて、全然頭に入ってこない。

 回された手は背筋をなぞる。


 わたしこれ、なにをされてるの?
 口が震えて言葉がでない。
 緊張しすぎて意識が飛びそう! 

 
「やぁ、楽しそうだね?僕も混ぜてよ。ベル従姉ねえさま?」

「あら。ご機嫌よう。ジェフ」

「……ぁ」

「先程はどうも。ローズちゃん?マリーちゃんの方が良いかな?」

「……どうぞ……お好きなほうで」


 最後の方は言葉にならない。
 なんだかふわふわして、頭が正常に動かない。

 目の前に颯爽と登場した御令息のお陰で、ヴェロニカ様は、わたしに触れていた手を離してくださった。

 でも、いまいち『助かった!』って感じがしない。
 だって現れたのは、デジャブの大本、ちゃら令息。

 侯爵令息ジェファーソン・ドウェインさまだったから。





 二人の会話を聴きながら、わたしは現在タヌキの置物と化している。

 逃げれば良いって?
 逃げられないんだもの。
 二人は、わたしを挟んで会話しているのだから。

 ようやく動きはじめた頭で会話を聞き、理解したのは、ジェファーソン様とヴェロニカ様が従姉弟いとこ同士ということ。

 二人の間柄を、ジェファーソン様がわかりやすく説明してくれたのだ。

 先代ドウェイン侯爵には二人の娘がおり、姉がバーニア公爵家から養子をいただき、産まれたのがジェファーソン様。
 妹は王弟のミュラーソン公爵と結婚し、生まれたのがヴェロニカ様らしい。

 銀髪青瞳の高貴で美しいヴェロニカ様と、金髪緑瞳でキラキラ美少年なのに、どこかチャラいジェファーソン様。

 一見すると全く似ていない二人だけど、身をもって体感したS気あふれる色気は、わたしに二人の血の繋がりを、しっかりと感じさせた。


 話はやがて、今日のガーデンでの出来事へと移っている。


「やはり王子殿下を殴ったのは、ローズ様では無いのね。違うと思っていたわ」

「勿論。ローズちゃんは、実にスマートにかわしていたよ。いやぁ痺れたね。見せたかったなぁ」

「素敵!そこは後で詳しく教えて頂戴」


 えぇと。
 そんな武勇伝みたいな扱いですか?
 勘弁してください。

 そもそも、来るのが分かってたから出来たことなのです。
 本当は突発事案に弱いのです。
 などとは言えず、苦笑いを続けるわたし。


「殴ったのは、ほら。まだ殿下とフォークダンス踊ってる、准男爵のお嬢さんだ。名前は確か、リリアーナさん」


 フォークダンス……フォークダンスに失礼かと。
 というか、まだ踊っていたのね。
 さすがに長すぎでは?


「何曲踊るつもりかしらね」

「さてねぇ」


 二人の目が、ドン引きするほど冷たく光る。

 やっぱり良く似ていらっしゃいます。
 こわいコワイ怖い!
 誰かそろそろ、わたしを助けて……。


「あらあらまぁまぁ!ローズ、ここにいたのね!」


 天の助け!

 お母様~!!
 比較的近くでご婦人方とお話しをしていたらしいお母様が、わたしを発見してくれたようです。

 お母様は、慌ててこちらにやってくると、深くお辞儀をする。


「これは、ヴェロニカ様。ジェファーソン様。はじめまして。ローズの母でございます」

「まぁジゼル様!お合いできて光栄ですわ。私ジゼル様のファッションのファンですのよ」

「まぁ。身に余る光栄ですわ」


 ヴェロニカ様はわたしの背をそっと押して、お母様の方へ送ってくださいました。
 逃してくださるようです。

 カチコチになっていたから、気を使ってくださったのかしら?

 それとも容疑が晴れたからかな?


「娘に無礼がなかったらよいのですが」

「いやいや。とても可愛いらしくて良いお嬢様ですね」

「楽しい時間を過ごせましたわ。緊張させてしまいごめんなさいね」

「とんでも無いことでございます。わたくしの方こそ楽しい時間を頂き、有難うございます」


 母と二人、揃って頭を下げる。


社交シーズンシーズンには王都にいらっしゃって?是非皆様を母のサロンに誘わせてくださいませね。ファッションのお話もお聞きしたいですし、それに」


 ヴェロニカ様はそこまで言うと、声音をやや低くする。


「ローズ様とは、個人的に、もっと仲良くなりたいですわ」


 あれ?
 おかしいな?

 にこやかにお話しされているのに、何故か先程の妖しい瞳を思い出し、背筋がヒヤリとする。


「ずるいよ、ベル従姉さま。その時は是非僕も誘って下さいね?僕も彼女に興味があるので」

 ジェファーソンさまは、ガッツリ流し目を送って来ました。
 もう……変な汗かきすぎて、背中が冷たい!


 お二人の元を去った後、ガーデンにいたお父様とマーティンを見つけ、そちらに合流した。

 外は少し肌寒く感じる時刻。
 色々話し合わねばならないこともあり、我が家はそろそろお暇する事に決めた。

 結局軽食などには手も出せず、頭も体もフル稼働だったわたし。
 早く宿に戻ってご飯が食べたい!

 今にも音を立てそうなお腹を抱えて、わたしは王宮を後にした。
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