投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第二章

オウジサマとのダンスと、悪役令嬢との出会い

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 飲み物を頂いて人心地がついたので、パーティー会場を見渡す余裕ができた。

 ダンスをする人、飲み物片手に会話を楽しむ人、軽食をいただく人など、その行動は様々。

 ダンスフロアの大きさは決まっているので、会話を楽しむ人の人数が一番多いかな。

 上位貴族と下位貴族は棲み分けがなされていて、会場中央に子爵以上。
 壁面周辺やガーデンの隅に男爵家以下といった具合。

 伯父様伯母様は挨拶があるとおっしゃって、会場の中央付近へ移動して行った。

 お母様は、お友達のご婦人方に囲まれ始めている。
 昔取った杵柄で、お母様は階級問わず知人友人が多い。
 皆様、お母様の今日のファッションに興味があるご様子。

 お父様は、周囲にいた男爵と当たり障りのない会話を始めたみたい。

 あら?
 その男爵の隣にいるあの子は……。


「ソフィアさま?」

「あら。ローズマリーさまね?」


 なんと!
 もう一人の新成人男爵令嬢さん。
 名前は新成人紹介の際にチェック済み。
 出来たらお話ししたかったから、とても嬉しい。
 偶然かもしれないけど、お父様ナイスアシスト!


「お話できて嬉しいですわ。知り合いもなくとても心細かったので。どうぞローズとお呼びになって?」

「私もですわ。ローズさま。お声をかけたいと思っておりましたの。どうぞ仲良くしてくださいませね」


 良かった!
 とても感じの良い御令嬢だわ。

 艶やかな栗毛が魅力的で、同色の瞳もくりくりとしてチャーミング。
 プリンセスラインの薄萌黄のドレスは春らしく、ただボリュームは控えめにして派手すぎない。
 階級をよく弁えた、上品な一揃え。

 境遇も似ているし、分を弁えているところも似ていたからか、短い時間で意気投合した。
 お互いのドレスを褒めあったり、お化粧のテクニックを教えあったり、しばし不安なことを忘れて、娘らしい会話に花を咲かせた。

 会場では、ダンスフロアに現れた王子殿下と、婚約者の公爵令嬢のダンスに注目が集まっている。


「実は今日この後、婚約者候補の方と初顔合わせですの」


 ダンスフロアを一瞥いちべつしたあと、うつむき頬を染めるソフィアさま。

 なんですって?
 もしかして、恋話こいばなですか?!

 わたし、一回してみたかったのーっ!


「まぁ!今日会場にみえていらっしゃるの?」

「えぇ。うちの近くに領地をもつ、二つ上の男爵令息で、この後、お父様に声をかけてくる手筈になっておりますの」

「羨ましいですわ!わたくしには、そういったお話もありませんもの」

「ありがとうございます。とても緊張していたのだけど、ローズさまのおかげでリラックスできましたわ」

「そんな。こちらこそ楽しく過ごさせて頂きましたわ。また次の機会に、是非色々お聞かせくださいませね?」

「ご迷惑でなければ是非!」


 『わたしは恋話ウェルカムなので!』と暗に付け加えてみたのだけど、ソフィアさまは正しく理解し、はにかみながら答えてくれました。

 うわぁっ!可愛い‼︎

 婚約者かぁ、などとうっとり考えていると、一人の青年が緊張した面持ちでこちらに近づいてきて、男爵に声をかけた。
 純朴そうで優しげな、なかなかの美男!


「あの、お話中失礼。アルバート男爵」


 わたしがお父様をみると、お父様も察しているようで男爵にいとまを告げた。


「では、わたくしもそろそろ」

「えぇ。ありがとうございます。また是非」

「えぇ、今度お話するのを楽しみにしていますわ」


 お父様と一緒に、自然に見えるようにその場を離れる。

 出会いの現場に居合わせるなんて、ときめくわ!
 こういうの、前世で体験してないから、この気持ちをなんと表現したら良いのか。


 ネットスラングならwktkってあれよね。
 などと、ニヤけながらガーデン方面へ移動していると、ダンスフロア手前のスペースを横切る際に、突然手首を掴まれた。


「見つけた」

「っ?!」


 一瞬思考が止まる。

 手から辿ってお顔を拝見し、その場で硬直した。

 きゃーっ!!
 オウジサマではないですか!
 いきなりレディーの手首掴むとかっ!
 ダメ絶対!ですわ!


「王子殿下。恐れながら申し上げますが、突然レディーの手を掴んではなりません」


 横に付いている老齢の執事らしき男性が、抑揚のない声で注意している。

 王子殿下の背後には、佇む護衛の騎士二人。
 一人は団長さんよね?
 困惑した表情を浮かべている。
 もう一人は顔面蒼白、止めどなく冷や汗をながすお兄様。

 なんだか申し訳ない。
 わたしは悪くないけれど!


「ああ。これはダメなのか。わるい」


 王子殿下は、パッと手を離す。
 そしてそっと右手を差し出すと、目線を外しながらのたまった。


「香草妹。どうせ暇だろう?俺が踊ってやっても良いぞ」

「わ……」


 一瞬だけ思考を巡らせる。
 本当は、できることならお断りしたい。

 なんと言っても、下位の令嬢が早い段階で王子様とダンスをすれば、高位の令嬢ににらまれる。

 それに、そもそも正式なダンスの誘い方では無い。
 というか、誘う時まで俺様のツン対応ってどうなのよ。
 そういうキャラなら仕方ないけど。

 でも、臣下たるもの忖度そんたくくらい出来なければ。

 王族の命令は絶対だ。
 この場合、男爵令嬢のするべき返事など、一つしかない。

 わたしは、片膝をつくと深くお辞儀した。


「……わたくしのようなもので宜しければ」


 王子殿下は、一瞬満足げに微笑んだように見えた。
 すぐに慌ててそっぽを向いてしまったので、あくまで気がしただけだけど。


「そ!そうだな。お前で良いことにしてやる」


 そんな、無理しなくて良いのですが?

 一応の許可が下りたので、おずおずと低い姿勢から右手を差し出すと、グッと握って立ち上がらせてくれた。

 あら?
 意外と力あるんですね。
 わたし小柄だけど、王子殿下より頭一つ分大きいのに。

 ふとみると、半歩後ろでお父様も膝をついて頭を下げている。

 わたしはそのままダンスフロアへエスコートされ、音楽が始まった。
 王子殿下は、想像していたよりも、はるかに正確なステップで、わたしをリードして下さった。

 え?
 この子、どうしてこんなにしっかり踊れるの?

 衝撃の事実に目を見張る。

 ダメダメなダンスで凹むヒロインに『同じくらいだなっ』と、笑ってくれて、恋が始まるはずなのに、この流れるような足捌きはどうしたこと?
 自分より数センチ広いわたしの歩幅に、しっかり合わせて踊ってくれている。

 曲の終盤にようやく理解した。
 彼は、ヒロインに合わせてくれていたのか、と。

 それはそうよね。
 さっき婚約者の公爵令嬢と、見事に踊っていたじゃない。
 話に夢中で気にしていなかったけど。

 子どもだと思って侮っていた、という訳では無いけれど、物語で描かれていたよりも、ずっとハイスペックだわ。

 わたしは王子殿下の評価を改めた。


 曲が終わり、わたしは再度、膝をついて深くお辞儀をした。

 なんとか無事に、踊り終えました!
 もちろん、足も踏んでない!

 新たな曲が流れ始めるので、一度輪から外れる。
 殿下にエスコートされながら、フロアの隅へ移動。


「思っていたより上手くて、驚いたぞ」

「身に余る光栄でございます」


 なんと!
 王子殿下からお褒めの言葉を賜りました。
 わたしも同じ気持ちです!
 言わないけど。


「よし。折角だから、もう一曲踊るか?」

「有難いお言葉ではございますが」


 いいえ。
 絶対踊りません。

 ここは断固、辞退しなければ。
 やんわりお断りを入れていると、


「王子殿下!」


 ダンスフロアに、誰のエスコートも無しに入ってくる女性。
 身分に不釣り合いな、豪華なドレス。
 リリアーナさんだ。


「あぁ。リリアか」

「マリーさまと踊られていたのですか?羨ましいです!私とも踊ってくださいませ」


 わぁぁおっ!
 いきなり、ど直球ストレートな物言いです。


「お、おぅ。そうか。それじゃこれから踊るか!」


 殿下は愉快そうに笑うと、リリアーナさんへ手を差し出した。


「じゃ、マリー、また後でな!」


 わたしは言葉は発さず、笑顔を返した。
 『また後で』は、無いのですよ?
 殿下。

 手をつないでダンスフロアへ行く二人を、わたしは苦笑しながら、お辞儀をして見送った。

 隅に控えていたお兄様が、わたしの肩に手を置いてくる。
 目線が合うと、一つ頷いた。
 その目は雄弁に語っている。
 『逃げてよし』と。

 では、見つからないうちに、どこか隠れる場所を探しましょう。


 それにしても、リリアーナさんたら、王子殿下を自分からダンスに誘っちゃったわ。
 こちらは助かったから良いのだけど。
 王子殿下も普通に受けちゃったし。

 どの世界の社交界でも共通なのかは知らないけれど、この世界の社交界には、こんなルールが存在する。

 一つ、婚約者がいる場合、ファーストダンスはその相手でなければならない。
 一つ、婚約者がいる男性とは、誘われない限りダンスをしてはならない。
 一つ、婚約者のいる男性とは、二曲以上続けて踊ってはならない。
 一つ、身分下位の女性から、上位の男性をダンスに誘ってはならない。
 但し、誘わせるのは可。
 『私とは踊っていただけませんの?(うるうる上目遣い)』とかはセーフってことね。


 凄い!
 リリアーナさんたら、暫定二つのルール違反。
 いっそ清々しいわ。


 人混みに紛れながら、ダンスフロアを仰ぎ見ると、王子殿下とリリアーナさんがめちゃくちゃなダンスをしていた。
 でも、わたしには関係無いからスルー。

 壁面伝いにお父様を探す。
 多分、近くにいて下さるとは思うのだけど。


「貴女が、王子殿下に無礼を働いたご令嬢かしら?」


 移動するわたしの目の前を、煌びやかなドレスの壁が封鎖した。


「男爵令嬢が王子殿下とダンスだなんて、良いご身分ですこと」


 『おほほほほっ』と、周囲から笑いがおきる。

 どうやらわたしは、同年代から少し上の世代まで、六人ほどの御令嬢たちに、取り囲まれてしまっていた。
 しかも、ドレスや装飾品の質からして、どう見ても高位のご令嬢だわ。

 あぁ。
 これが、婚約者の公爵令嬢のおとりまきの皆様じゃない?


 いよいよ来たわ!
 言葉の暴力タイム。

 気をしっかり持たなければ。
 キレたり、言い返したり、泣いたりしてはダメ。
 落ち着いて、冷静に対処しなければ。
 これが、今日最後のイベントだもの!


「申し訳ございません。身分不相応であったと、心得ております」


 深めにカーテシーをして、まずは謝罪。


 殴ってはいないけど、確かに無礼はしている。
 ……足かけたし。

 ダンスもしました。
 誘われては断るわけにもいかないので。
 本来、貴女たちに謝る必要は無いのだけれど。

 しおらしくでると思っていなかったのか、一瞬口籠る正面の御令嬢。


「そ、そうね。分かっていればいいのよ」


 見かねたのか、今度は隣の御令嬢が口を開く。


「それにしても、どちらの田舎にお住まいなのかしら?今の流行もご存じないみたい」

「本当ですわね。今時、古典的なAラインドレスなんて、田舎臭いですわ」

「最近では、ご年配の御婦人でも着ないのではなくて?」


 おほほほほっ

 再び周囲から笑いがおきる。

 でも、この話が出ることも把握済み。
 本当は悪役令嬢の口からだったはずだけど、多少の違いは問題ない。


「お恥ずかしながら、流行には疎く。皆様のドレスは、とても華やかでございますね。素敵ですわ」


 微笑を浮かべながら言い切った。

 ぐっ、と息を呑む音が聞こえる。

 わたしが馬鹿にされるのは構わない。
 でも、実際のところ、今の会話は領地に対する最大の侮辱で、わたしの場合はお母様に対する侮辱に他ならない。

 前世の記憶が無ければ、泣いてしまっていたかもしれない。
 でも泣かない!
 わたしはこのドレスに自信があるもの!


 その時、天上から降り注ぐような凛とした美声が、わたしを取り囲むご令嬢の背後から、その場に響いた。


「まぁ。皆様お集まりになって、どなたとお話をしていらっしゃるの?私も仲間に入れて下さるかしら?」


 囲われていたドレスの壁が崩れて、そのお姿が露わになる。

 其処だけ発光しているのでは?と一瞬錯覚したよね。
 溜息が出そうなほど美しいレディーが、そこに佇んでいた。


 公爵令嬢ヴェロニカ・ミュラーソン様だ。

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