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第六章

忍び寄る気配 ⑴

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 予定より早い英雄の帰還を受けて、王宮内は上を下への大騒ぎとなっていた。

 不幸中の幸いだったのは、社交シーズン中だったため、王国を治める有力貴族らが都内に集まっていたことと、降臨祭での王都内の防衛強化のため、普段周辺都市に駐屯している旅団長らが 、全員王宮に詰めていたこと。

 おかげで、英雄アーサーが身支度を整えて大会議室に入って来た頃には、国防に必要な人員が粗方揃っていた。
 
 緊急事態につき、持ち込まれた書類を複製している時間はなく、現在、国王と宰相の後方にある黒板に、書記官らが急ピッチで重要事項のみを抜粋し 記している。

 アーサーが席につくと、周囲からサワサワと声が漏れ出した。
 不安を口にする者もいれば、深夜の会議に不満を漏らす者もいる。


 その微妙な空気の中で、宰相は咳払いを一つ。
 周囲が押し黙る中、宰相は国王陛下に視線を送った。

 陛下はそれを受けて口を開く。


「さて、マグダレーン男爵。迅速な情報の収集・確認作業、誠に大儀であった。早速で済まないが、報告を頼む」

「御意に。陛下」


 指名されたアーサーは、ゆっくりと立ち上がり、語り始めた。


「この度の強襲は、比較的知能の低い複数の魔獣によるものでしたが、状況から判断して、魔族、魔界の関与が濃厚であると考えられます」


「何故そう思う?」

「そうだ!証拠はあるのか?」


 王国騎士、王宮魔導士の幹部らが押し黙る一方で、貴族らはヤジをとばした。

 彼らは、マグダレーンから大分離れた地域を治めている者たち。
 この事件が魔族の仕業、つまり国家の一大事と判断されると、王宮から兵糧や物資の支援を要求されかねない。
 可能であれば、迷い魔獣の駆逐を行なっただけのちょっとした事件で済ませてしまいたかったのだ。


 アーサーは、小さくため息をつき、持参していたバッグの中から、小ぶりなケースを取り出した。


「こちらが、魔獣の体内から発見された石板です。 『王子を返せ』との文言から、魔王の関与は確実でしょう」

「他国による、なりすましの可能性は?」

「ないと思います。何故なら、この石板には、王国などで使用されている言語の他に……」


 そう言って掲げられた石板には、王国で使用している言語と、それとは別の言語が書かれていた。


「魔導士長様に見ていただいたところ,魔界の文字で間違いないそうです」

「補足すると、この文字列は、王国の文字で書かれている この上の文章と、全く同じ内容になっております」


 魔道士長のフォローが入り、貴族らは一度押し黙った。
 が、すぐに別の可能性を見出し、口を開く者もいた。
 

「帝国残党は? 彼奴等なら、魔界の言語に詳しい者もいるかも……」

「現状国内で生活している者に関しては、そんな知恵、つける場もないでしょう。
 かつて、他国に逃れた者たちも一定数は、いましょうが、仮にそれらが生きていたとして、あえて距離のあるマグダレーンを攻める意味が分かりません」


 魔導士長は、更にピシャリと言ってのけた。

 貴族らは、言い返せずに押し黙った。
 しかし、まだどこか不満げだ。

 そこで、アーサーはその場で剣を抜き放ち、石板を切りつけて見せた。

 真っ二つに割れるだろうとの大方の予想は外れて、石板には傷一つ つくことはなかった。


「いくつか試しましたが、王国内の武器では破壊できませんでした。恐らく、この石板が確実に我が国王に渡るように、簡単に壊れないようにして、魔物の体内に埋め込んだのでしょう」

「質問宜しくて? 聖槍でも壊れなかったのかしら?」


 鋭い質問はスティーブンから。
 アーサーは満足げに頷くと、口を開く。


「聖槍ならば或いは、とは思ったが、破壊した瞬間に、人間が石板を読んだとカウントされるのは怖いと思ったので」

「まぁ。それもそうですわね」


 スティーブンは困ったように微笑む。


「でも、そうなると、こちらが石板に気づくまで魔物が襲来しつづけるかも?」

「……だったら、石板の指示に従えば良い」


 口を挟んできたのは、オークウッド辺境伯だった。


「幸い『王子を返せ』と言っているだけで、生死については、触れられていない。なら、首だけでも返してやれば良い。王子の首は、聖堂に保管されているのでしょう?」


 これには、皆、眉を顰める。


「それは、逆に宣戦布告と捉えられるのでは?」

「そうですかねぇ?良い案だと思ったんですが。
自害した事にでもしてしまえば……」


 ニヤニヤと笑う辺境伯。
 そこに、呼び出されて聖堂からやって来ていたミゲルが、鎮痛な面持ちで口を挟んだ。


「その首に関してですが……確かに、聖堂の宝物殿の一角にある小部屋にて、厳重に保管されていました」


 その微妙な言い回しに、貴族連は眉を寄せる。

 ミゲルは国王と視線を交わし、一つ頷くと語りだした。


「王宮には既に報告済みですが、この際ですから、皆様にもお話し致します。魔王の子を処刑した日の晩、その首を何者かが保管庫から持ち出しました。現在も行方は分かっていません」

「「「 っな!」」」


 悲鳴じみた声が上がり、辺りは騒然となった。


「なんということだ! 聖堂の管理は、いったいどうなっているんだね!」


 怒鳴ったのはオークウッド辺境伯。
 それに、冷めた目でミゲルは返答を返す。


「聖堂内においては、外部から侵入した痕跡はなく、首を入れたケースにも封印が施されていたはずなのに、朝、私とマルコが掃除に入りますと、無くなっていたのです。因みに部屋の鍵は、その晩は、神官長のみがお持ちでした」


 さて。
 神官長マヌエルは、オークウッド辺境伯の実弟にあたる。

 急激に旗色が悪くなって、オークウッド辺境伯は愛想笑いを浮かべて口を閉ざした。


 場内が静まり返ったので、アーサーは口を開く。


「今後も同様の攻撃がある可能性が高いです。とりあえず、マグダレーンは私が守りますが、海沿いの領地にお住まいの皆様はご注意を」


 アーサーの目配せに国王陛下は頷くと、言葉を引き取った。


「今日のところは、情報の共有が目的だから、明日以降詳しく対策を練りたいと思う。解散」

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