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第三章

王子殿下がやってくる!(ちゃら魔導学生も来るよ) 準備編

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「あ、あの!でも、わたしたちの休日は週の初めの二日間で、その日は学校があるのでは無いですか?」

 
 焦ったわたしは、これ以上状況を混乱させてなるものかと、とりあえず確認した。
 専門学校は週末が休みなので、普通に授業があるはずよ!

 でも、返ってきたのは、ジェフ様の綺麗すぎる微笑み。


「問題ないよ。一日くらい休んでもね?」

「あ、ノートはおれ、いや私にお任せください!」

「さすがグラハム君!たよりになるなぁ。後で必ず借りは返すよ」

「そんな。いつもお世話になっているので、これくらいはさせてください!」


 鼻息荒く言うグラハム様。
 もう、立ち上がって敬礼しそうな勢いだわ。
 
 ジェフ様のもう一つの才能は、この、人を従順に従わせる能力。

 ある種のカリスマともいえるけど、王子殿下がこれから獲得していくであろう『そこに存在するだけで人を引き付ける』といった種類のカリスマとは、全くの別物。

 説明が難しいけど、感覚としては、もっとウェットな感じだ。

 言ってしまえば、極めて貴族的。
 
 まず、優しい笑顔や態度で近づき、自らの配下に加える。
 この時対象は、『自分がジェフ様の取り巻きになっている』という感覚はない。
 あるいは、ジェフ様も友だちという感覚で、付き合っているのかもしれない。

 やがて対象は、ある種の依存状態になる。
 ジェフ様の近くにいるのが心地いいので、その場所を手放したくない。
 この居場所を守るためなら、何でもやってあげたいと考えるようになる。

 結果が、今のグラハム様。

 ジェフ様がみなまで言わずとも、自ら考え忖度し、ジェフ様がやってほしいであろうことを遂行しようとする。

 ジェフ様は、それを自然に行っている。
 もしかすると、本人ですら無意識に行っているのかも?

 末恐ろしい。
 まだ成人したばかりなのに。

 時代が時代なら政治家、あるいは詐欺師か、新興宗教の教祖に向いていそう。

 
 この能力は、小説の中ではプラスに働く。

 特殊な性格の者も多いといわれる、王宮魔導士の集団を、一枚岩にして、マグダレーン防衛に大きな戦力となってくれるのが、何を隠そう、このジェフ様だ。
 
 
「そうですか。ご無理のないようになさってくださいね?」


 完敗だった。

 わたしは笑みを浮かべながら、そう言うことしかできなかった。


「楽しみね?マリー様」

「そうね」


 何故か、うきうきと言ってくるリリアさんにも、同様に笑みを返す。

 ちょっと顔が引きつっちゃったのは、仕方ないよね?



 そのあと、リリアさんとともに王都へ出たけど、休日のことが気になって、何も頭に入ってこなかったのは言うまでもない。




 ◆




 今週二回目の魔法学入門の授業を翌日に控えた、その夜、わたしは頭を抱えていた。
 王子殿下のお忍び訪問の日が、あと数日に迫っていたから。
 

 ジェフ様にお会いする以前は、『王子殿下の動向を探ること』と『つなぎ役を担っているであろう、ユーリーさんの存在を確認すること』の二点が、わたしのすべきことと考えていた。

 これらは、遠くから見守ったり、後でリリアさんに聞くだけでも事足りる。

 だけど、ジェフ様の反応を見る限り、わたしが聖女候補として聖堂にいることを、王子殿下に明かさなければならないことは、確定らしい。
 理由は、何故か、ジェフ様がヴェロニカ様に怒られてしまう、というものなので、いまいち釈然としないのだけど。

 
 確かに小説でも、王子殿下とジェフ様が同時に聖堂にやってきて、ヒロインを取り合う場面は何回かある。
 でも初回から、なんていうことは無かったので、何が起こるのかは、全く想像がつかない。 

 いずれにせよ、リリアさんに当日の日程を聞かないことには、対策も立てられないよね。

 今日の終業時刻に、王子殿下の配下の騎士さんが、リリアさんを訪ねて来たそうなので、もう少ししたら日程もわかるかな?
 そうしたら、明日学校で、ジェフ様と時間のすり合わせを行わなければ。

 王子殿下は勿論、ジェフ様にも失礼の無いように、今日中にしっかり対策を立てなければならない。
 
 わたしは、小さくため息を漏らした。


 それにしても、ジェフ様の意図もよくわからないのよね。

 彼が『ヒロインである、わたしに好意を抱いている』ということを前提で考えるなら、『わたしが聖堂にいる』ということを、王子殿下に隠しておいたほうが、抜け駆けは、しやすいのでは?
 わざわざ、ライバルになる可能性がある王子殿下に情報を与えるなんて、敵に塩を送る様なもの。


 これに関しては、考えうる答えはいくつかある。
 
 例えば、ジェフ様が、わたしに対して全く興味がないパターン。
 
 それならば、わたしの存在を王子殿下に話しても、痛くもかゆくもない。
 なんなら、上手くいくように手助けをしてくれる、まである。

 その流れで行くならば、実はリリアさんに興味がある、というパターンも考えられる。

 なんだか気が合うみたいだし?

 王子殿下にわたしを押し付けて、リリアさんを我が物にする作戦ならば、是が非でも私と王子殿下をくっつけようとするかもしれない。

 ますますリリアさんヒロイン説が、高まってきたかしら?


 もう一つの可能性。

 小説通り、『わたしがヒロインで、ジェフ様はわたしに興味がある』という前提を崩さず考えるならば、考えられるのは一つだけ。
 つまり、王子殿下に対する、やんわりとした宣戦布告ライバル宣言

 でも、王子殿下は、あくまでリリアさんに会いに来るのであって、わたしが聖堂にいることなど寝耳に水のはず。
 お兄様が王子殿下に話していれば別だけど、その生真面目な性格上、それは考えにくい。

 わたしが、王子殿下に会うことがないのならば、宣戦布告すら必要ないのではないかしら?

 仮に、わたしがうっかり聖堂内で王子殿下に会ってしまったとして、王子殿下がわたしに興味を示さなければそれまでだ。

 とすると、この説である可能性は、かなり低いのかな?
 

 さらに更に、『ヴェロニカ様に怒られる』と仰っていたのも、何のことだかわからない。

 本来、悪役令嬢として、ヒロインの前に立ちはだかるはずのヴェロニカ様。
 『わたしと王子殿下が、彼女のいない場所で会う』などということは、いくらジェフ様が一緒にいるからといって、避けたい事態のはず。

 そうよ!
 リリアさんに嫌味を言ってらしたようだし。
 
 むしろ、わたしが王子殿下とお会いしたことがわかったら、後日サロンなんかでご一緒させて頂いた時、嫌味を言われる可能性だってある。

 これに関しては、全くの謎だわ。

 ジェフ様の考えていることは、とても難しくて、わたし程度では到底理解できない。

 でも、多分意味のあることなんだろうな。

 この一手が、後でどう効いてくるのかは、全く分からないのだけど、ジェフ様にとって良い方に働くように考えられた手であることだけは、間違いない。

 ……ジェフ様って、やっぱり、ちょっと怖いや。


 ただ、この状況は、わたしにとって悪いだけではない。 
 プラスに働いている部分も何点かある。

 まず、リリアさんの機嫌を損ねることなく、王子殿下に接触できる点。

 リリアさんは、本当は王子殿下と二人きりでお会いしたいと思うのよね?
 それなのに、自らわたしを、王子殿下に会わせるという。
 
 わたしとジェフ様が一緒にいることで、王子殿下の興味がリリアさんに向く、と考えているみたいだけど、そうすることに、いったいどれほどの意味があるのかな?

 そもそも、王子殿下がわたしに興味を持っているのかすら怪しいのよ。
 お会いしたのも、成人の儀の一回のみ。
 記憶に残っていればラッキーくらいにしか、お話もしていない。

 わたしを王子殿下に合わせなければ、それで終わる話だと思うのだけど、違うのかしら?
 リリアさんにとっては、デメリットもありそうなのに、どうして誘われたのかは、正直謎だ。

 でも、おかげで、自然な形で聖女候補として王子殿下と接触することができる。
 これは、わたしにとって、かなり都合がいい。

 
 もう一点。
 良かった点としては、従者としてやってくるであろうユーリーさんに、直接お目にかかれること。

 王子殿下やジェフ様のように、確定的にそこにいてくれるとは限らないポジションのユーリーさん。
 でも、王国防衛ためには、欠くことのできない人。

 この人と王子殿下の関係が良好であることが、絶対必要条件なわけだけど、時期的に、まだ殿下から信頼されていないこともあるかもしれない。
 むしろ、パイプ役を立派にこなしたがゆえに、勝ち取る信頼なのかもしれないし。
 二人がどういった間柄なのかを直接見ることができるといった点で、この状況はわたしにとって都合がいい。


 うーん。
 まとめてみると、どうも小説の通りになってきている気が、しないでもないのよね?

 突然王子殿下にお会いすることができることになって、心の準備が!とか、色々焦りはあるのだけれど、リリアさんという不確定要素がいることを除けば、全体的には、ヒロインを取り巻く環境にかなり近づいている気もする。

 
 あとは、王子殿下とジェフ様のお気持ちに、どのような動きがあるのか。
 それから、わたし自身のことも問題だ。
 生まれてこのかた、男性に好意を向けられたこともないし、恋愛経験などありはしないので、自分の気持ちだってどう動くのかわからない。


 
 悶々と悩んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「私だけど、今いいかしら?」


 リリアさんの声にわたしは扉の鍵を開けた。


「どうぞ、入って?」


 中に招き入れると、リリアさんは、手に何枚かの紙を持っていた。


「それは?」

「エミリオ様付きの騎士の方が持ってきた、当日の予定表。これがマリーさんの分ね」


 リリアさんは、一枚の紙を手渡してくれた。


「エミリオ様は、馬車でこられるそうだけど、お忍びなので、裏門側から入られるんですって。お出迎えはわたしがするね?マリー様は、ジェフ様のお出迎えをよろしく」 

「ええ。わかったわ。では時間は、一緒にならないほうがいいのかしら?ジェフ様には、先に来ていただくように、明日わたしからお話ししておくわね?」

「おねがい」

 
 わたしは、予定表にざっと目を通した。

 日程は午後からなので、お部屋の準備やお茶菓子のセッティングは、午前中に行える。
 お休みの二日目に来られるので、前日に簡単な焼き菓子を作っておくのもいいかもしれない。
 であれば、材料を用意しないと。
 明日学校の帰りに寄れるかしら?


「あ、それから、お招きする部屋に関しては、マヌエル神官長に『お忍びで王子殿下が見える』ってお話ししたら、王族専用室の使用許可をくれたよ?」

「すごい!よく信じてくれたわね?」

「先日お願いに行ったら鼻で笑われたから、従者の方と王子殿下の紋章入りのお手紙をもって、さっき行ってきたの」


 そういうの直前にお願いするって、なかなかの図太さじゃない?
 任せきりにしてしまったわたしも悪かったけど。

 …………。

 うん。
 悪かったわね。

 もし次回があるなら、わたしも部屋の手配など手伝うようにしよう。

 まぁ、マヌエル神官長の驚いた顔を想像すると、少し笑ってしまうけど。


「いきなり態度を変えて『わたくしもご一緒に、おもてなしさせて頂きます!』とか言ってたけど、騎士さんに丁重に断られてたよ。出迎えだけでいいって。笑っちゃった」


 わたしたちは、顔を見合わせて笑った。
 最近、ますますわたしたちの関係は良好。
 先程思いついたお菓子作り。
 抜け駆けはよくないので、リリアさんも誘ってみよう。 
 

「ねぇ。せっかくご足労頂くのだし、市販のお菓子の他に、焼き菓子を一緒に作りましょうか?」

「いいね!じゃ、明日帰りに、はやりのお菓子と焼き菓子の材料を買って帰ろう!」


 私の提案に、リリアさんは二つ返事でのってくれた。
 
 
 これで、とりあえずお忍び訪問の日程も決まったし、事前にすべきこともまとまった。
 あとは、お二人を失礼のないようにお迎えして、良い印象を持って帰っていただくことに集中しよう。
 半ば開き直りに近い心境で、わたしは一つ小さくため息を落とす。

 大丈夫。
 わたしかリリアさんのどちらかが、ヒロインなんだもの。
 きっと上手くいくよね?


「じゃ、また明日ね?」

「えぇ。おやすみなさい」


 ニコニコしながら部屋を出ていくリリアさんに、笑顔で手を振り、彼女を外まで見送る。
 リリアさんが隣の部屋に入るのを見届けてから、扉を閉めて部屋に鍵をかけると、わたしは再度、日程表を細かく読み込むのだった。
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