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第三章
旅立ち
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とりあえずは、無事?『聖女』候補に認定され、成人の儀から四日後の今日、わたしはようやくマグダレーンに戻ってきた。
生まれも育ちもここなので、潮風を感じると安心する。
髪の毛パサパサになるけれど。
聖堂からは、月が変わる前日までに、入寮するよう言われている。
領地から王都迄が、二、三日かかるので準備に使える日数は十日ほど。
ほとんどの物を聖堂側で用意してくれるとはいえ、かなり忙しい日程になっている。
わたしが少し心配していたのは、お母様のこと。
子どもが二人とも王都に行ってしまっては淋しいのではないかしら?と、思ったのだ。
でも、そんなことは、全くの杞憂だったみたい。
曰く『あらあら、新婚生活に逆戻りですわね。アーサーさま、はぁと』ですって。
そうでした。
この二人ラブラブだから問題なかったわ。
まぁ、心配させないように言って下さったのだろうけど。
ある程度予想していたようなので、心の準備は、もう済んでいたのかもしれない。
それにしても、成人してから、わたしの人生急展開だわ。
少々トラウマにはなったけど、あのタイミングで前世を思い出したのは、奇跡だったよね。
でなければ、今頃わたしは、パニックになっていたに違いない。
王子殿下や、ヴェロニカ様、ジェファーソン様との出会いなど、かつてのわたしには想像も出来なかったのだから。
あまつさえ『聖女』候補とか。
この先起こりうる全てのことを知っているわけではないけれど、臨機応変とは真逆をいく性格のわたしにとって、事前の情報は大事。
本当にありがたい。
領地に帰って驚いたこと。
それは、お母様が数着の普段着や靴を新調してくれていたことと、お父様が護身用の短剣を用意してくれていたこと。
『成人のお祝いだ』と言って、わたされたのだけど……。
ねぇ。
もう、ほぼ確定的に『聖女』候補に選ばれると思っていたよね?
教えてよ!
……いや、言わないか。
それで、もし選ばれなければ、わたしが痛い子だものね。
ともあれ、お陰様で『今からオーダー?間に合わない!』という、ピンチからは逃れられた。
二人からの贈り物と、お気に入りの普段着数着、下着類と、ちょっとした化粧品、普段使いのリボンなどを最小限鞄に詰め込む。
出発の日まではあっという間だった。
部屋の片付けをしたり、家族や町のみんなに壮行会を開いてもらったり、お礼にお菓子を作って振舞ったりしているうちに、いつの間にやら過ぎていった。
小説では、ここで幼なじみの男の子たち数人と、別れを惜しむ的なイベントがあったよね?
あった気がするんだけど、なかったわ。
情操教育サボって領民の男子と逢瀬とか、普通にしてなかったしね。
うん。
そこ重要じゃないから、まぁ、いいか。
◆
そして旅立ちの日。
午後になると王都から迎えの馬車が到着した。
『聖女』候補の為に馬車が来るとか太っ腹だけど、例えば候補が地方の平民だったりした場合、迎えに来てくれなければ、王都までいけないものね。
馬車は白塗りで、装飾も多く高価そうな作り。
あんな凄いの、乗ったことないわ!
イングリッド公爵家の馬車が、丁度あんな感じだったように思う。
護衛の聖騎士が二人、馬車の横を、馬で並走している。
あら?
あの黒い馬を駆る、艶やかな黒髪の聖騎士はレンさん(仮称)じゃない?
良かった。
一度話したことがあるから、それだけでも安心する。
「はじめまして。警護を務めさせていただきます。レン=クルスです」
「同じくラルフ=バナーです」
聖騎士の二人は馬から降りると、折目正しく、両親に挨拶した。
お父様お母様はにこやかに対応し、その間に、マーティンが荷物を馬車へと運んでくれた。
「まじめで大人しいですが、優しい子です。どうぞよろしく」
「必ずお守りします」
お父様が、二人の聖騎士さんと握手をかわしている。
まるで嫁に行くみたいで、思わず苦笑してしまった。
お父様、お母様と、しっかりハグをした後、わたしは二人の聖騎士に挨拶をした。
「ローズマリーです。お世話になります」
レンさん(確定!)が手を貸してくれて、わたしは馬車に乗り込んだ。
いつもの馬車より高さがあるので、小柄なわたしには助かる。
内装も高級!
ちょっとしたプリンセス気分だわ。
強制的に聖堂に入るのだから、実態はドナドナなのだけど。
準備が整うと、馬車が走り出した。
これから三日ほどかけて王都へ。
見知った景色があっという間に後方へ流れていく。
予定では、今日中にひとやま超えて、ベルサリオ子爵領の都市で一泊。
ベルサリオ子爵は、海岸沿い一帯を広く領地に持つ子爵で、マグダレーンを譲ってくれたのもこの方。
海も山も持っているので、資源が豊富で儲かっている。
たまにうちにも来ていたので、お会いしたことがあるのだけど、本人はとても豪快で太っ腹なおじさまだ。
それにしても、素敵な馬車!
外装は白塗りでお姫様の馬車のようだったけど、内装は茶色の木目調で、椅子は黒の皮張りと落ち着いている。
椅子は、綿がしっかり詰まっていてやや硬め。
車体がしっかりしているお陰か、普通の馬車に比べれば揺れは少ないけど、上下動はあるので、ふわふわのクッションが幾つも用意されていた。
普通の馬車に慣れているわたしからすると、かなり快適に過ごせている。
小説では『王都に到着!』で、とばされる部分だけど、現実はそうは行かない。
でも、良いこともあるよね。
豪華な馬車でのんびり寛いだり、景色を眺めるのも、旅の醍醐味。
ふと、窓から外を眺めると、右手に馬で並走しているレンさんが見えた。
艶々の黒い馬に跨がり、白の簡易的な鎧と濃紺の制服、同色のマント。
騎士にしては珍いことに、腰の部分に種類の違う剣を二本さしている。
背の高さは、この国の男性の平均身長くらいだけど、しなやかな筋肉がついていそうな細身の体。
寡黙な雰囲気。
もうっ!かっこよすぎか!
騎士と言ったら、お父様、お兄様をはじめとする高身長のムキムキばかり見てきたので、日本人風の筋肉のつき方って、わたしは好きだな。
因みに、もう一人の聖騎士、ラルフさんはムキムキタイプ。
身長がとても高くて、明るめの茶髪は、猫っ毛でふわふわ。
緑がかった薄茶色の瞳と、どこか幼さの残る顔つき。
わたしと同年代くらいじゃないかしら?
馬車の左手で、栗毛の馬を操っている。
聖騎士の制服は詰襟のデザイン。
王国騎士のダークグリーンのコートも素敵だけど、制服って、誰が着てもカッコよく見える何かがあるよね。
そんなことをのんびり考えていると、いつの間にか、馬車は峠に差しかかったようだ。
今日の行程は半分を過ぎ、あとは山を下るだけ。
馬のいななきが聞こえて、馬車がゆるゆると停車したのは、そんな時だった。
こんなところで停車して、どうしたのかしら?
休憩するにしても、休む場所も無い。
いやいやいや。
まさかね?
この山は、まだマグダレーン領内だから、山賊とかは、いないはず。
山賊が出ると、お父様お抱えの騎士団が嬉々として捕まえてきて、謎の更正プロジェクトが行われ、気付くと立派な団員になってたりするのよね。
うん。
山賊じゃ無いわ。
では、何故停車したのかしら?
春先・森の中。
…………嫌な予感してきた。
窓から外を見ると、いつの間にかレンさんが馬から下りていた。
あれ?
お馬さんは何処に行ったのかしら?
周りを見渡すと、後ろの窓からその姿を確認できた。
…………聖騎士二人が乗っていた馬は、進行方向逆向きで、馬車の後ろに待機している。
前方を見ると、馬車の手前数メートルのところで、馬車に驚き威嚇の声をあげている、小さな黒いもふもふ二つ。
あ、これ、まずい奴。
馬車を引く馬と、もふもふの間に、レンさんがゆっくり移動して行くのが見えた。
その右手は、剣の柄にかかっている。
この馬車には、御者さんが二人いるのだけど、ラルフさんに誘導されて、静かに御者台から降りたようだ。
馬車の扉が開けられ、ラルフさんが顔を出す。
「失礼。しばらく御者を同乗させます。宜しいですね?」
「どうぞ」
「落ち着いていらっしゃるようで安心しました。必ず守りますので、内鍵をかけてしばらくお待ちください」
「ありがとうございます。お気をつけて」
「はい。お任せください」
ラルフさんは、安心させるように笑みを浮かべて、ウインクをしてくれた。
幼さの残る笑みにぐっとくる。
……って!
そんな状況じゃ無かった。
落ち着けわたし!
二人の御者さんたちは、静かに馬車の中に入って来た。
軽く目礼すると二人も微笑んでくれた。
大丈夫。
全員落ち着いている。
わたしたちは、中から鍵をかけて状況を見守った。
ラルフさんは静かに移動して、馬車を引く馬二頭の目を、布で目隠ししたみたい。
進行方向から大きな黒い影が現れたのは、丁度そのタイミングだった。
生まれも育ちもここなので、潮風を感じると安心する。
髪の毛パサパサになるけれど。
聖堂からは、月が変わる前日までに、入寮するよう言われている。
領地から王都迄が、二、三日かかるので準備に使える日数は十日ほど。
ほとんどの物を聖堂側で用意してくれるとはいえ、かなり忙しい日程になっている。
わたしが少し心配していたのは、お母様のこと。
子どもが二人とも王都に行ってしまっては淋しいのではないかしら?と、思ったのだ。
でも、そんなことは、全くの杞憂だったみたい。
曰く『あらあら、新婚生活に逆戻りですわね。アーサーさま、はぁと』ですって。
そうでした。
この二人ラブラブだから問題なかったわ。
まぁ、心配させないように言って下さったのだろうけど。
ある程度予想していたようなので、心の準備は、もう済んでいたのかもしれない。
それにしても、成人してから、わたしの人生急展開だわ。
少々トラウマにはなったけど、あのタイミングで前世を思い出したのは、奇跡だったよね。
でなければ、今頃わたしは、パニックになっていたに違いない。
王子殿下や、ヴェロニカ様、ジェファーソン様との出会いなど、かつてのわたしには想像も出来なかったのだから。
あまつさえ『聖女』候補とか。
この先起こりうる全てのことを知っているわけではないけれど、臨機応変とは真逆をいく性格のわたしにとって、事前の情報は大事。
本当にありがたい。
領地に帰って驚いたこと。
それは、お母様が数着の普段着や靴を新調してくれていたことと、お父様が護身用の短剣を用意してくれていたこと。
『成人のお祝いだ』と言って、わたされたのだけど……。
ねぇ。
もう、ほぼ確定的に『聖女』候補に選ばれると思っていたよね?
教えてよ!
……いや、言わないか。
それで、もし選ばれなければ、わたしが痛い子だものね。
ともあれ、お陰様で『今からオーダー?間に合わない!』という、ピンチからは逃れられた。
二人からの贈り物と、お気に入りの普段着数着、下着類と、ちょっとした化粧品、普段使いのリボンなどを最小限鞄に詰め込む。
出発の日まではあっという間だった。
部屋の片付けをしたり、家族や町のみんなに壮行会を開いてもらったり、お礼にお菓子を作って振舞ったりしているうちに、いつの間にやら過ぎていった。
小説では、ここで幼なじみの男の子たち数人と、別れを惜しむ的なイベントがあったよね?
あった気がするんだけど、なかったわ。
情操教育サボって領民の男子と逢瀬とか、普通にしてなかったしね。
うん。
そこ重要じゃないから、まぁ、いいか。
◆
そして旅立ちの日。
午後になると王都から迎えの馬車が到着した。
『聖女』候補の為に馬車が来るとか太っ腹だけど、例えば候補が地方の平民だったりした場合、迎えに来てくれなければ、王都までいけないものね。
馬車は白塗りで、装飾も多く高価そうな作り。
あんな凄いの、乗ったことないわ!
イングリッド公爵家の馬車が、丁度あんな感じだったように思う。
護衛の聖騎士が二人、馬車の横を、馬で並走している。
あら?
あの黒い馬を駆る、艶やかな黒髪の聖騎士はレンさん(仮称)じゃない?
良かった。
一度話したことがあるから、それだけでも安心する。
「はじめまして。警護を務めさせていただきます。レン=クルスです」
「同じくラルフ=バナーです」
聖騎士の二人は馬から降りると、折目正しく、両親に挨拶した。
お父様お母様はにこやかに対応し、その間に、マーティンが荷物を馬車へと運んでくれた。
「まじめで大人しいですが、優しい子です。どうぞよろしく」
「必ずお守りします」
お父様が、二人の聖騎士さんと握手をかわしている。
まるで嫁に行くみたいで、思わず苦笑してしまった。
お父様、お母様と、しっかりハグをした後、わたしは二人の聖騎士に挨拶をした。
「ローズマリーです。お世話になります」
レンさん(確定!)が手を貸してくれて、わたしは馬車に乗り込んだ。
いつもの馬車より高さがあるので、小柄なわたしには助かる。
内装も高級!
ちょっとしたプリンセス気分だわ。
強制的に聖堂に入るのだから、実態はドナドナなのだけど。
準備が整うと、馬車が走り出した。
これから三日ほどかけて王都へ。
見知った景色があっという間に後方へ流れていく。
予定では、今日中にひとやま超えて、ベルサリオ子爵領の都市で一泊。
ベルサリオ子爵は、海岸沿い一帯を広く領地に持つ子爵で、マグダレーンを譲ってくれたのもこの方。
海も山も持っているので、資源が豊富で儲かっている。
たまにうちにも来ていたので、お会いしたことがあるのだけど、本人はとても豪快で太っ腹なおじさまだ。
それにしても、素敵な馬車!
外装は白塗りでお姫様の馬車のようだったけど、内装は茶色の木目調で、椅子は黒の皮張りと落ち着いている。
椅子は、綿がしっかり詰まっていてやや硬め。
車体がしっかりしているお陰か、普通の馬車に比べれば揺れは少ないけど、上下動はあるので、ふわふわのクッションが幾つも用意されていた。
普通の馬車に慣れているわたしからすると、かなり快適に過ごせている。
小説では『王都に到着!』で、とばされる部分だけど、現実はそうは行かない。
でも、良いこともあるよね。
豪華な馬車でのんびり寛いだり、景色を眺めるのも、旅の醍醐味。
ふと、窓から外を眺めると、右手に馬で並走しているレンさんが見えた。
艶々の黒い馬に跨がり、白の簡易的な鎧と濃紺の制服、同色のマント。
騎士にしては珍いことに、腰の部分に種類の違う剣を二本さしている。
背の高さは、この国の男性の平均身長くらいだけど、しなやかな筋肉がついていそうな細身の体。
寡黙な雰囲気。
もうっ!かっこよすぎか!
騎士と言ったら、お父様、お兄様をはじめとする高身長のムキムキばかり見てきたので、日本人風の筋肉のつき方って、わたしは好きだな。
因みに、もう一人の聖騎士、ラルフさんはムキムキタイプ。
身長がとても高くて、明るめの茶髪は、猫っ毛でふわふわ。
緑がかった薄茶色の瞳と、どこか幼さの残る顔つき。
わたしと同年代くらいじゃないかしら?
馬車の左手で、栗毛の馬を操っている。
聖騎士の制服は詰襟のデザイン。
王国騎士のダークグリーンのコートも素敵だけど、制服って、誰が着てもカッコよく見える何かがあるよね。
そんなことをのんびり考えていると、いつの間にか、馬車は峠に差しかかったようだ。
今日の行程は半分を過ぎ、あとは山を下るだけ。
馬のいななきが聞こえて、馬車がゆるゆると停車したのは、そんな時だった。
こんなところで停車して、どうしたのかしら?
休憩するにしても、休む場所も無い。
いやいやいや。
まさかね?
この山は、まだマグダレーン領内だから、山賊とかは、いないはず。
山賊が出ると、お父様お抱えの騎士団が嬉々として捕まえてきて、謎の更正プロジェクトが行われ、気付くと立派な団員になってたりするのよね。
うん。
山賊じゃ無いわ。
では、何故停車したのかしら?
春先・森の中。
…………嫌な予感してきた。
窓から外を見ると、いつの間にかレンさんが馬から下りていた。
あれ?
お馬さんは何処に行ったのかしら?
周りを見渡すと、後ろの窓からその姿を確認できた。
…………聖騎士二人が乗っていた馬は、進行方向逆向きで、馬車の後ろに待機している。
前方を見ると、馬車の手前数メートルのところで、馬車に驚き威嚇の声をあげている、小さな黒いもふもふ二つ。
あ、これ、まずい奴。
馬車を引く馬と、もふもふの間に、レンさんがゆっくり移動して行くのが見えた。
その右手は、剣の柄にかかっている。
この馬車には、御者さんが二人いるのだけど、ラルフさんに誘導されて、静かに御者台から降りたようだ。
馬車の扉が開けられ、ラルフさんが顔を出す。
「失礼。しばらく御者を同乗させます。宜しいですね?」
「どうぞ」
「落ち着いていらっしゃるようで安心しました。必ず守りますので、内鍵をかけてしばらくお待ちください」
「ありがとうございます。お気をつけて」
「はい。お任せください」
ラルフさんは、安心させるように笑みを浮かべて、ウインクをしてくれた。
幼さの残る笑みにぐっとくる。
……って!
そんな状況じゃ無かった。
落ち着けわたし!
二人の御者さんたちは、静かに馬車の中に入って来た。
軽く目礼すると二人も微笑んでくれた。
大丈夫。
全員落ち着いている。
わたしたちは、中から鍵をかけて状況を見守った。
ラルフさんは静かに移動して、馬車を引く馬二頭の目を、布で目隠ししたみたい。
進行方向から大きな黒い影が現れたのは、丁度そのタイミングだった。
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