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第三章
王立魔導専門学校
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「一般の社会では大雑把に『魔法』と呼ばれていますが、厳密には『魔法』と『魔導』と『魔術』は異なります」
教壇にいるのは、若い女性教師。
白いワイシャツにタイトなスカートが良く似合う、爽やかな印象の先生。
……で、わたしが今、どこにいるかというと、何と『王立魔導専門学校』にいる。
なんで?
魔力無しが、そんな所に用は無いでしょ?
………そう思うよね。
でも、どうした訳か、ここに週二回、午前中に通うことが、聖女候補のカリキュラムに入っているのよね。
不思議なことに。
今、受けている授業は『魔法学入門』。
専門学校一年目の生徒が、全員受ける授業だ。
王立魔導専門学校は三年制で、卒業後ほとんどの生徒が、王宮魔導士や地方の貴族お抱えの魔導士となるので、将来が安定している。
いいなぁ。魔法。
「では、早速テキストを開いていきましょう」
先生のお話に従い、生徒たちは各々テキストを開く。
「まず、この世界の人間は、誰しも多少の魔力を持っているとされています。生まれもった魔力の量によって、使える魔法が異なります」
ふむふむ。
それでは、小説でヒロインは『魔力無し』という設定だったわけだけど、もしかして、わたしにもほんの少しは魔力があって、もの凄く努力すれば、魔法が使えるようになったりするのかしら?
考えている間にも、授業は進む。
「魔力は、親から子に受け継がれることが多く、魔導師の子は、魔力が強い傾向にあります。」
へぇ。
魔力って遺伝するんだ。
わたしは、家族を思い出す。
我が家は誰も魔法使えないわ。
思わず漏れる苦笑。
魔力が遺伝するということは、『聖女』や『聖槍の使い手』も、案外似た様なものなのかな?
それなら、一家族に固まってしまうのも頷ける。
「何故、魔法を使う者が『魔導師』と呼ばれるかわかりますか?」
確かに。
この世界で魔法を使う人の呼称は『魔法使い』では無く、『魔術師』でも無い。
『魔導師』だ。
「それは、よく使われる、見た目が派手な魔法のほとんどが、魔導によるものだからです」
……?
魔導と魔術と魔法の違いはわからないけど、魔導がメジャーってことかしら?
「皆さんは、魔法を目にしたことが有るでしょうか?或いは、この中には、使ったことがある人もいるかもしれません」
思い出すのは、レンさんの魔法。
何か祝詞のようなものを唱えていたけど、火を凄い勢いで放っていた。
あれは魔導なのかな?
「自らのもつ魔力を媒介にして、精霊の力を借り、自然界で起こり得ない現象を起こすことを『魔導』と言います。文字通り、魔力を持って精霊の力を導く『魔導』ということですね」
精霊の力を借りる?
この世界には、精霊さんがいるんだ⁈
なかなかにファンシー。
会ってみたいなぁ。
「この世界には、四大精霊が存在します。火風土水の四種類ですね。これらの力を借りるのが魔導です。それについては、後日詳しく説明します」
先生は黒板に『魔導』の説明を書いた。
わたしは静かにノートに書き写す。
『魔導』
精霊の力を借りて不思議な現象を起こす。
精霊の種類は火風水土の四種類。
「精霊に力を借りるには、それにふさわしい魔力を持たねばならず、思い通りの魔導を行使できる人間は一握りです。もちろん、こちらに入学された皆さんは、それができる人材ということになります」
先生が周囲を見渡す。
生徒の皆さんは、どこか誇らしげだ。
ちなみに、私たちは別枠で、ここの生徒ではない。
よって、先生の言う『皆さん』の中には含まれない。
あれ?
自分で言っていて、ちょっと悲しい。
でも気にしない!
「次に『魔術』ですが、これは自らの魔力で、物の状態を変化させることを言います」
状態の変化。
これを聞いて思い出すのは、部屋に置かれた例のケトル。
状態変化の魔法云々といわれていた。
「例えば水をお湯に変えたり、逆に凍らせたり、魔力の高い者が使う場合は、高温の蒸気にすることも出来ます」
やっぱり!
ケトルに組み込まれているのは魔術だ。
それから、宿屋にあった個室のお風呂も、こういったものが使われていたのかな?
「魔力を中程度持っている者の中で、魔術を得意とする人たちは、この術式を組み込んだ商品の開発などを行っています。彼らは、自らのことを『魔術師』ではなく『錬金術師』と呼びたがります」
先生は、黒板に魔術の説明を書く。
「また稀に、魔力の高い魔導士の中には、魔術にも優れた能力を発揮する人もいます。ただ、それができるようになる人は、この学校の中でも一握りでしょう」
先生は振り返り生徒たちを見渡した。
「その人たちが行う魔術とは、例えば、物体や人体に精霊の力、即ち魔導によって発生した力を付与したり、異なる二つの属性の魔導をブレンドしたりすることができます。ただ、とても扱いが難しく、失敗すると魔力切れのリスクを伴いますので、焦らず学んでいきましょう」
うん。ちょっと難しい。
「魔術の中で、最も難しいとされているのが『封印』です。これに関しては、とりあえず、あるということだけ覚えておいてください」
わたしはノートに追記した。
『魔術』
自分の魔力を利用して不思議な現象を起こす。
・状態変化
・魔導により発生した力を、物質や人体に付与する
・魔導をブレンドする
・封印
「この『魔導』と『魔術』を総称して『魔法』と大雑把に呼ばれています。つまり、『魔法』というのはあくまで総称で、本来王国魔導士が使用しているのは『魔導』もしくは『魔術』あるいはその複合体ということになります」
先生は『魔導』と『魔術』とかかれたところを円で大きく囲って、外に『魔法』と書き足した。
なるほど。わかりやすい。
「以上が『魔法』と『魔導』と『魔術』の違いとなります」
生徒たちが板書する時間をしばらくとると、先生は講堂内を見渡した。
「ここまでで、質問がある人は挙手してください」
特に手を挙げる人もいないみたい。
かすかにざわざわと話す声も聞こえるけれど、やがて沈黙した。
「では、次に『魔導師』と『魔導士』の違いについて説明します」
先生は黒板をきれいに消す。
その後の授業をざっくり説明すると、『魔導師』とは、魔導や魔術を使える人の総称。
『魔導士』は、国家資格を保持する魔導師のことらしい。
魔導師の中でも、王宮や貴族に仕える者は資格が必要となる。
そして、それを取得するためには、王立魔導専門学校の卒業が必要条件。
専門学校卒業後、資格試験に合格すると、王宮の名簿に登録され『魔導士』を名乗れる様になる。
因みに、この資格は、就職にとても有利。
『魔導士』
国家資格だったのね。
妙に感心してしまった。
それは、適性検査が登竜門になるわけだわ。
専門学校に入れなければ、資格試験すら受けられない。
裏を返せば、専門学校に入れた段階で、多少落ちこぼれていても、将来の高収入は約束されている。
そういえば、適性検査の時に激しく緊張していた男爵家の彼は、無事入学できただろうか。
そんなことをちらりと思いながら、荷物をまとめていると、隣で一緒に授業を受けていたリリアさんも準備を終えたようで、こちらに声をかけてきた。
「準備ができたら行きましょう?今日は、初登校で午後は休みでしょ?お昼を食べたら、少し町を案内してあげるね」
「まぁ。うれしい!是非、色々おしえてくださる?」
「ええ。もちろん」
軽く胸をそらしながら、得意げに言うリリアさん。
彼女とは、仕事内容も講義も食事もお風呂も一緒なわけで、一週間もしないうちにすっかり親しくお話ができるようになった。
出会いの印象こそ微妙だったけど、話してみると、天真爛漫で表裏があまりない性格のように感じる。
感情が表にダイレクトに出るので、考えていることが分かりやすく、なんだかとても付き合いやすい。
その上、面倒見がよくて、昨日の昼も、聖堂周辺にある美味しい食堂に連れて行ってくれた。
こんなにもヒロインっぽい女の子っている?
何だか、自分が本当にヒロインなのか、自信がなくなってくるよね。
「学校の食堂って結構美味しいらしいね」
横を歩くリリアさんはご機嫌そうだ。
「そうなの?」
「マデリーンさんが教えてくれたの!彼女、おっとりしていて優しいんだ」
「わかるわ。聞きやすい雰囲気よね」
今日は、聖女候補の先輩たちも、一緒に登校しているけれど、年度によって受ける授業が違うので、別の教室にいる。
一年目は魔法の座学。
二年目以降は、実技の授業に参加するらしい。
魔法……使えるようになるのかしら?
精霊さんに会ったり?
夢が膨らむ。
専門学校の食堂は、多くの学生でにぎわっていた。
ちなみに、ここでの食事代は聖堂もち。
ありがたい。
二人でキョロキョロと空いている席を探すけど、なかなか見つからない。
今日は午後が休みだからいいけれど、今後は困るな。
何か対策を考えないと。
「なかなか空かないねー」
「そうね」
リリアさんは、少し不満気だ。
こういう風に、思ったことが表情に出る女の子って、分かりやすくて可愛いな。
「ねぇ。君たち。良ければ僕たちと同席しないかい?」
聞き覚えのある、なんともチャラい声音を聞いて、思わず振り返る。
そこには、私が思っていた通りの人物が。
彼は、ひらひらと手を振りながら、微笑んでいた。
声をかけられたの、わたしたちかな?
一応周囲を見渡す。
だって、周りには、他にも頬を赤く染めながら、反応している女子生徒たちのグループが、数組ある。
「ええと。ごめんね?」
動けずその場に留まっていると、彼は反応している女生徒たちに笑顔を振りまきながら、こちらに向かってやってきた。
やんわりと進路からどけられているわけだけど、声をかけられた女生徒たちは、頬を赤らめ悲鳴をあげたり、意識を朦朧とさせたりしている。
それもそうか。
あんな整った顔立ちの人が、優しく微笑んでくれて、しかも近くでイケボで囁かれたら、それは普通、そうなるわよね。
初めて会ったときは、私もそうだったもの。
私たちの前に立ち止まると、彼はにっこりと微笑んだ。
とてもかっこいいのに、醸し出される雰囲気は何故かチャラい。
「やぁ。聖女候補のお二人さん?僕のことを覚えているかな」
裏に隠された『当然覚えているよね?』。
忘れるわけもない。
というか、今日接触できると思っていたので、寧ろ声をかけて頂けて良かったです。
陽光を受けてキラキラと輝く、明るい色合いのブロンドに、エメラルドのように透き通った瞳。
一瞬、その瞳が、怪しい色合いを帯びて、わたしに流された……気がした。
何故だか、背筋に冷たいものが走る。
うー。
相変わらず、ちょっと怖い。
容姿は、文句なく素敵。
その上、リアル王子様のエミリオ王子殿下と比較しても遜色ないくらいの、いや、寧ろ凌駕する程の『王子様』オーラ。
ただ、正直なところ、持っている雰囲気が少し怖いのよね。
他の人は感じないのかな?
とりあえず、わたしはその場カーテシーをする。
「お久しぶりです。ジェファーソン様」
「ジェフでいいって言ったよね?ローズちゃん?」
うぅ。
綺麗なお顔には、とても優しい笑顔を浮かべていて、口調もやんわりしているのに、押しがすごい。
なんていうか、有無を言わせぬ雰囲気?
口調は違えど命令に近い。
流石は侯爵令息。
プレッシャーが違う。
こんなの、あらがえる人いるのかな?
というか、前回お会いした時も思ったけれど、この人絶対ドSよね?
それなら、この背中に走る妙な寒気も、説明できる気がしないでもない。
「ええと、お久しぶりです。……ジェフ様?」
「うん。数週間ぶりだね。ローズちゃん。こんなところで会えると思わなかったから、うれしいサプライズだったな」
満足そうに微笑みを浮かべる彼、ジェフ様ことジェファーソン様は、わたしたちを彼の座っていたテーブルへと、エスコートしてくれたのだった。
教壇にいるのは、若い女性教師。
白いワイシャツにタイトなスカートが良く似合う、爽やかな印象の先生。
……で、わたしが今、どこにいるかというと、何と『王立魔導専門学校』にいる。
なんで?
魔力無しが、そんな所に用は無いでしょ?
………そう思うよね。
でも、どうした訳か、ここに週二回、午前中に通うことが、聖女候補のカリキュラムに入っているのよね。
不思議なことに。
今、受けている授業は『魔法学入門』。
専門学校一年目の生徒が、全員受ける授業だ。
王立魔導専門学校は三年制で、卒業後ほとんどの生徒が、王宮魔導士や地方の貴族お抱えの魔導士となるので、将来が安定している。
いいなぁ。魔法。
「では、早速テキストを開いていきましょう」
先生のお話に従い、生徒たちは各々テキストを開く。
「まず、この世界の人間は、誰しも多少の魔力を持っているとされています。生まれもった魔力の量によって、使える魔法が異なります」
ふむふむ。
それでは、小説でヒロインは『魔力無し』という設定だったわけだけど、もしかして、わたしにもほんの少しは魔力があって、もの凄く努力すれば、魔法が使えるようになったりするのかしら?
考えている間にも、授業は進む。
「魔力は、親から子に受け継がれることが多く、魔導師の子は、魔力が強い傾向にあります。」
へぇ。
魔力って遺伝するんだ。
わたしは、家族を思い出す。
我が家は誰も魔法使えないわ。
思わず漏れる苦笑。
魔力が遺伝するということは、『聖女』や『聖槍の使い手』も、案外似た様なものなのかな?
それなら、一家族に固まってしまうのも頷ける。
「何故、魔法を使う者が『魔導師』と呼ばれるかわかりますか?」
確かに。
この世界で魔法を使う人の呼称は『魔法使い』では無く、『魔術師』でも無い。
『魔導師』だ。
「それは、よく使われる、見た目が派手な魔法のほとんどが、魔導によるものだからです」
……?
魔導と魔術と魔法の違いはわからないけど、魔導がメジャーってことかしら?
「皆さんは、魔法を目にしたことが有るでしょうか?或いは、この中には、使ったことがある人もいるかもしれません」
思い出すのは、レンさんの魔法。
何か祝詞のようなものを唱えていたけど、火を凄い勢いで放っていた。
あれは魔導なのかな?
「自らのもつ魔力を媒介にして、精霊の力を借り、自然界で起こり得ない現象を起こすことを『魔導』と言います。文字通り、魔力を持って精霊の力を導く『魔導』ということですね」
精霊の力を借りる?
この世界には、精霊さんがいるんだ⁈
なかなかにファンシー。
会ってみたいなぁ。
「この世界には、四大精霊が存在します。火風土水の四種類ですね。これらの力を借りるのが魔導です。それについては、後日詳しく説明します」
先生は黒板に『魔導』の説明を書いた。
わたしは静かにノートに書き写す。
『魔導』
精霊の力を借りて不思議な現象を起こす。
精霊の種類は火風水土の四種類。
「精霊に力を借りるには、それにふさわしい魔力を持たねばならず、思い通りの魔導を行使できる人間は一握りです。もちろん、こちらに入学された皆さんは、それができる人材ということになります」
先生が周囲を見渡す。
生徒の皆さんは、どこか誇らしげだ。
ちなみに、私たちは別枠で、ここの生徒ではない。
よって、先生の言う『皆さん』の中には含まれない。
あれ?
自分で言っていて、ちょっと悲しい。
でも気にしない!
「次に『魔術』ですが、これは自らの魔力で、物の状態を変化させることを言います」
状態の変化。
これを聞いて思い出すのは、部屋に置かれた例のケトル。
状態変化の魔法云々といわれていた。
「例えば水をお湯に変えたり、逆に凍らせたり、魔力の高い者が使う場合は、高温の蒸気にすることも出来ます」
やっぱり!
ケトルに組み込まれているのは魔術だ。
それから、宿屋にあった個室のお風呂も、こういったものが使われていたのかな?
「魔力を中程度持っている者の中で、魔術を得意とする人たちは、この術式を組み込んだ商品の開発などを行っています。彼らは、自らのことを『魔術師』ではなく『錬金術師』と呼びたがります」
先生は、黒板に魔術の説明を書く。
「また稀に、魔力の高い魔導士の中には、魔術にも優れた能力を発揮する人もいます。ただ、それができるようになる人は、この学校の中でも一握りでしょう」
先生は振り返り生徒たちを見渡した。
「その人たちが行う魔術とは、例えば、物体や人体に精霊の力、即ち魔導によって発生した力を付与したり、異なる二つの属性の魔導をブレンドしたりすることができます。ただ、とても扱いが難しく、失敗すると魔力切れのリスクを伴いますので、焦らず学んでいきましょう」
うん。ちょっと難しい。
「魔術の中で、最も難しいとされているのが『封印』です。これに関しては、とりあえず、あるということだけ覚えておいてください」
わたしはノートに追記した。
『魔術』
自分の魔力を利用して不思議な現象を起こす。
・状態変化
・魔導により発生した力を、物質や人体に付与する
・魔導をブレンドする
・封印
「この『魔導』と『魔術』を総称して『魔法』と大雑把に呼ばれています。つまり、『魔法』というのはあくまで総称で、本来王国魔導士が使用しているのは『魔導』もしくは『魔術』あるいはその複合体ということになります」
先生は『魔導』と『魔術』とかかれたところを円で大きく囲って、外に『魔法』と書き足した。
なるほど。わかりやすい。
「以上が『魔法』と『魔導』と『魔術』の違いとなります」
生徒たちが板書する時間をしばらくとると、先生は講堂内を見渡した。
「ここまでで、質問がある人は挙手してください」
特に手を挙げる人もいないみたい。
かすかにざわざわと話す声も聞こえるけれど、やがて沈黙した。
「では、次に『魔導師』と『魔導士』の違いについて説明します」
先生は黒板をきれいに消す。
その後の授業をざっくり説明すると、『魔導師』とは、魔導や魔術を使える人の総称。
『魔導士』は、国家資格を保持する魔導師のことらしい。
魔導師の中でも、王宮や貴族に仕える者は資格が必要となる。
そして、それを取得するためには、王立魔導専門学校の卒業が必要条件。
専門学校卒業後、資格試験に合格すると、王宮の名簿に登録され『魔導士』を名乗れる様になる。
因みに、この資格は、就職にとても有利。
『魔導士』
国家資格だったのね。
妙に感心してしまった。
それは、適性検査が登竜門になるわけだわ。
専門学校に入れなければ、資格試験すら受けられない。
裏を返せば、専門学校に入れた段階で、多少落ちこぼれていても、将来の高収入は約束されている。
そういえば、適性検査の時に激しく緊張していた男爵家の彼は、無事入学できただろうか。
そんなことをちらりと思いながら、荷物をまとめていると、隣で一緒に授業を受けていたリリアさんも準備を終えたようで、こちらに声をかけてきた。
「準備ができたら行きましょう?今日は、初登校で午後は休みでしょ?お昼を食べたら、少し町を案内してあげるね」
「まぁ。うれしい!是非、色々おしえてくださる?」
「ええ。もちろん」
軽く胸をそらしながら、得意げに言うリリアさん。
彼女とは、仕事内容も講義も食事もお風呂も一緒なわけで、一週間もしないうちにすっかり親しくお話ができるようになった。
出会いの印象こそ微妙だったけど、話してみると、天真爛漫で表裏があまりない性格のように感じる。
感情が表にダイレクトに出るので、考えていることが分かりやすく、なんだかとても付き合いやすい。
その上、面倒見がよくて、昨日の昼も、聖堂周辺にある美味しい食堂に連れて行ってくれた。
こんなにもヒロインっぽい女の子っている?
何だか、自分が本当にヒロインなのか、自信がなくなってくるよね。
「学校の食堂って結構美味しいらしいね」
横を歩くリリアさんはご機嫌そうだ。
「そうなの?」
「マデリーンさんが教えてくれたの!彼女、おっとりしていて優しいんだ」
「わかるわ。聞きやすい雰囲気よね」
今日は、聖女候補の先輩たちも、一緒に登校しているけれど、年度によって受ける授業が違うので、別の教室にいる。
一年目は魔法の座学。
二年目以降は、実技の授業に参加するらしい。
魔法……使えるようになるのかしら?
精霊さんに会ったり?
夢が膨らむ。
専門学校の食堂は、多くの学生でにぎわっていた。
ちなみに、ここでの食事代は聖堂もち。
ありがたい。
二人でキョロキョロと空いている席を探すけど、なかなか見つからない。
今日は午後が休みだからいいけれど、今後は困るな。
何か対策を考えないと。
「なかなか空かないねー」
「そうね」
リリアさんは、少し不満気だ。
こういう風に、思ったことが表情に出る女の子って、分かりやすくて可愛いな。
「ねぇ。君たち。良ければ僕たちと同席しないかい?」
聞き覚えのある、なんともチャラい声音を聞いて、思わず振り返る。
そこには、私が思っていた通りの人物が。
彼は、ひらひらと手を振りながら、微笑んでいた。
声をかけられたの、わたしたちかな?
一応周囲を見渡す。
だって、周りには、他にも頬を赤く染めながら、反応している女子生徒たちのグループが、数組ある。
「ええと。ごめんね?」
動けずその場に留まっていると、彼は反応している女生徒たちに笑顔を振りまきながら、こちらに向かってやってきた。
やんわりと進路からどけられているわけだけど、声をかけられた女生徒たちは、頬を赤らめ悲鳴をあげたり、意識を朦朧とさせたりしている。
それもそうか。
あんな整った顔立ちの人が、優しく微笑んでくれて、しかも近くでイケボで囁かれたら、それは普通、そうなるわよね。
初めて会ったときは、私もそうだったもの。
私たちの前に立ち止まると、彼はにっこりと微笑んだ。
とてもかっこいいのに、醸し出される雰囲気は何故かチャラい。
「やぁ。聖女候補のお二人さん?僕のことを覚えているかな」
裏に隠された『当然覚えているよね?』。
忘れるわけもない。
というか、今日接触できると思っていたので、寧ろ声をかけて頂けて良かったです。
陽光を受けてキラキラと輝く、明るい色合いのブロンドに、エメラルドのように透き通った瞳。
一瞬、その瞳が、怪しい色合いを帯びて、わたしに流された……気がした。
何故だか、背筋に冷たいものが走る。
うー。
相変わらず、ちょっと怖い。
容姿は、文句なく素敵。
その上、リアル王子様のエミリオ王子殿下と比較しても遜色ないくらいの、いや、寧ろ凌駕する程の『王子様』オーラ。
ただ、正直なところ、持っている雰囲気が少し怖いのよね。
他の人は感じないのかな?
とりあえず、わたしはその場カーテシーをする。
「お久しぶりです。ジェファーソン様」
「ジェフでいいって言ったよね?ローズちゃん?」
うぅ。
綺麗なお顔には、とても優しい笑顔を浮かべていて、口調もやんわりしているのに、押しがすごい。
なんていうか、有無を言わせぬ雰囲気?
口調は違えど命令に近い。
流石は侯爵令息。
プレッシャーが違う。
こんなの、あらがえる人いるのかな?
というか、前回お会いした時も思ったけれど、この人絶対ドSよね?
それなら、この背中に走る妙な寒気も、説明できる気がしないでもない。
「ええと、お久しぶりです。……ジェフ様?」
「うん。数週間ぶりだね。ローズちゃん。こんなところで会えると思わなかったから、うれしいサプライズだったな」
満足そうに微笑みを浮かべる彼、ジェフ様ことジェファーソン様は、わたしたちを彼の座っていたテーブルへと、エスコートしてくれたのだった。
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