上 下
33 / 280
第三章

王立魔導専門学校

しおりを挟む
「一般の社会では大雑把に『魔法』と呼ばれていますが、厳密には『魔法』と『魔導』と『魔術』は異なります」


 教壇にいるのは、若い女性教師。
 白いワイシャツにタイトなスカートが良く似合う、爽やかな印象の先生。

 ……で、わたしが今、どこにいるかというと、何と『王立魔導専門学校』にいる。
 
 なんで?
 魔力無しが、そんな所に用は無いでしょ?

 ………そう思うよね。

 でも、どうした訳か、ここに週二回、午前中に通うことが、聖女候補のカリキュラムに入っているのよね。
 不思議なことに。

 今、受けている授業は『魔法学入門』。

 専門学校一年目の生徒が、全員受ける授業だ。
 
 王立魔導専門学校は三年制で、卒業後ほとんどの生徒が、王宮魔導士や地方の貴族お抱えの魔導士となるので、将来が安定している。

 いいなぁ。魔法。


「では、早速テキストを開いていきましょう」


 先生のお話に従い、生徒たちは各々テキストを開く。


「まず、この世界の人間は、誰しも多少の魔力を持っているとされています。生まれもった魔力の量によって、使える魔法が異なります」


 ふむふむ。

 それでは、小説でヒロインは『魔力無し』という設定だったわけだけど、もしかして、わたしにもほんの少しは魔力があって、もの凄く努力すれば、魔法が使えるようになったりするのかしら?

 考えている間にも、授業は進む。


「魔力は、親から子に受け継がれることが多く、魔導師の子は、魔力が強い傾向にあります。」
 

 へぇ。
 魔力って遺伝するんだ。

 わたしは、家族を思い出す。
 我が家は誰も魔法使えないわ。
 思わず漏れる苦笑。

 魔力が遺伝するということは、『聖女』や『聖槍の使い手』も、案外似た様なものなのかな?
 それなら、一家族に固まってしまうのも頷ける。


「何故、魔法を使う者が『魔導師』と呼ばれるかわかりますか?」

 
 確かに。
 この世界で魔法を使う人の呼称は『魔法使い』では無く、『魔術師』でも無い。
 『魔導師』だ。


「それは、よく使われる、見た目が派手な魔法のほとんどが、魔導によるものだからです」


 ……?

 魔導と魔術と魔法の違いはわからないけど、魔導がメジャーってことかしら?


「皆さんは、魔法を目にしたことが有るでしょうか?或いは、この中には、使ったことがある人もいるかもしれません」


 思い出すのは、レンさんの魔法。
 何か祝詞のようなものを唱えていたけど、火を凄い勢いで放っていた。
 あれは魔導なのかな?


「自らのもつ魔力を媒介にして、精霊の力を借り、自然界で起こり得ない現象を起こすことを『魔導』と言います。文字通り、魔力を持って精霊の力を導く『魔導』ということですね」


 精霊の力を借りる?

 この世界には、精霊さんがいるんだ⁈
 なかなかにファンシー。
 会ってみたいなぁ。


「この世界には、四大精霊が存在します。火風土水の四種類ですね。これらの力を借りるのが魔導です。それについては、後日詳しく説明します」

 先生は黒板に『魔導』の説明を書いた。
 わたしは静かにノートに書き写す。

『魔導』

 精霊の力を借りて不思議な現象を起こす。
 精霊の種類は火風水土の四種類。


「精霊に力を借りるには、それにふさわしい魔力を持たねばならず、思い通りの魔導を行使できる人間は一握りです。もちろん、こちらに入学された皆さんは、それができる人材ということになります」

 先生が周囲を見渡す。
 生徒の皆さんは、どこか誇らしげだ。

 ちなみに、私たちは別枠で、ここの生徒ではない。
 よって、先生の言う『皆さん』の中には含まれない。

 あれ?
 自分で言っていて、ちょっと悲しい。
 でも気にしない!


「次に『魔術』ですが、これは自らの魔力で、物の状態を変化させることを言います」


 状態の変化。
 これを聞いて思い出すのは、部屋に置かれた例のケトル。
 状態変化の魔法云々といわれていた。


「例えば水をお湯に変えたり、逆に凍らせたり、魔力の高い者が使う場合は、高温の蒸気にすることも出来ます」


 やっぱり!
 ケトルに組み込まれているのは魔術だ。
 それから、宿屋にあった個室のお風呂も、こういったものが使われていたのかな?


「魔力を中程度持っている者の中で、魔術を得意とする人たちは、この術式を組み込んだ商品の開発などを行っています。彼らは、自らのことを『魔術師』ではなく『錬金術師』と呼びたがります」


 先生は、黒板に魔術の説明を書く。


「また稀に、魔力の高い魔導士の中には、魔術にも優れた能力を発揮する人もいます。ただ、それができるようになる人は、この学校の中でも一握りでしょう」


 先生は振り返り生徒たちを見渡した。


「その人たちが行う魔術とは、例えば、物体や人体に精霊の力、即ち魔導によって発生した力を付与したり、異なる二つの属性の魔導をブレンドしたりすることができます。ただ、とても扱いが難しく、失敗すると魔力切れのリスクを伴いますので、焦らず学んでいきましょう」


 うん。ちょっと難しい。


「魔術の中で、最も難しいとされているのが『封印』です。これに関しては、とりあえず、あるということだけ覚えておいてください」

 わたしはノートに追記した。


『魔術』

 自分の魔力を利用して不思議な現象を起こす。

 ・状態変化
 ・魔導により発生した力を、物質や人体に付与する
 ・魔導をブレンドする
 ・封印 


「この『魔導』と『魔術』を総称して『魔法』と大雑把に呼ばれています。つまり、『魔法』というのはあくまで総称で、本来王国魔導士が使用しているのは『魔導』もしくは『魔術』あるいはその複合体ということになります」

 先生は『魔導』と『魔術』とかかれたところを円で大きく囲って、外に『魔法』と書き足した。


 なるほど。わかりやすい。


「以上が『魔法』と『魔導』と『魔術』の違いとなります」


 生徒たちが板書する時間をしばらくとると、先生は講堂内を見渡した。


「ここまでで、質問がある人は挙手してください」


 特に手を挙げる人もいないみたい。
 かすかにざわざわと話す声も聞こえるけれど、やがて沈黙した。


「では、次に『魔導師』と『魔導士』の違いについて説明します」


 先生は黒板をきれいに消す。


 その後の授業をざっくり説明すると、『魔導師』とは、魔導や魔術を使える人の総称。
 『魔導士』は、国家資格を保持する魔導師のことらしい。

 魔導師の中でも、王宮や貴族に仕える者は資格が必要となる。
 そして、それを取得するためには、王立魔導専門学校の卒業が必要条件。
 専門学校卒業後、資格試験に合格すると、王宮の名簿に登録され『魔導士』を名乗れる様になる。

 因みに、この資格は、就職にとても有利。


 『魔導士』

 国家資格だったのね。
 妙に感心してしまった。

 それは、適性検査が登竜門になるわけだわ。
 専門学校に入れなければ、資格試験すら受けられない。
 裏を返せば、専門学校に入れた段階で、多少落ちこぼれていても、将来の高収入は約束されている。

 そういえば、適性検査の時に激しく緊張していた男爵家の彼は、無事入学できただろうか。

 そんなことをちらりと思いながら、荷物をまとめていると、隣で一緒に授業を受けていたリリアさんも準備を終えたようで、こちらに声をかけてきた。


「準備ができたら行きましょう?今日は、初登校で午後は休みでしょ?お昼を食べたら、少し町を案内してあげるね」

「まぁ。うれしい!是非、色々おしえてくださる?」

「ええ。もちろん」


 軽く胸をそらしながら、得意げに言うリリアさん。

 彼女とは、仕事内容も講義も食事もお風呂も一緒なわけで、一週間もしないうちにすっかり親しくお話ができるようになった。

 出会いの印象こそ微妙だったけど、話してみると、天真爛漫で表裏があまりない性格のように感じる。

 感情が表にダイレクトに出るので、考えていることが分かりやすく、なんだかとても付き合いやすい。
 その上、面倒見がよくて、昨日の昼も、聖堂周辺にある美味しい食堂に連れて行ってくれた。

 こんなにもヒロインっぽい女の子っている?
 何だか、自分が本当にヒロインなのか、自信がなくなってくるよね。

 
「学校の食堂って結構美味しいらしいね」


 横を歩くリリアさんはご機嫌そうだ。
 

「そうなの?」

「マデリーンさんが教えてくれたの!彼女、おっとりしていて優しいんだ」

「わかるわ。聞きやすい雰囲気よね」


 今日は、聖女候補の先輩たちも、一緒に登校しているけれど、年度によって受ける授業が違うので、別の教室にいる。

 一年目は魔法の座学。
 二年目以降は、実技の授業に参加するらしい。
 
 魔法……使えるようになるのかしら?
 精霊さんに会ったり?
 夢が膨らむ。


 専門学校の食堂は、多くの学生でにぎわっていた。

 ちなみに、ここでの食事代は聖堂もち。
 ありがたい。

 二人でキョロキョロと空いている席を探すけど、なかなか見つからない。
 今日は午後が休みだからいいけれど、今後は困るな。
 何か対策を考えないと。


「なかなか空かないねー」

「そうね」


 リリアさんは、少し不満気だ。
 こういう風に、思ったことが表情に出る女の子って、分かりやすくて可愛いな。


「ねぇ。君たち。良ければ僕たちと同席しないかい?」


 聞き覚えのある、なんともチャラい声音を聞いて、思わず振り返る。
 そこには、私が思っていた通りの人物が。

 彼は、ひらひらと手を振りながら、微笑んでいた。

 声をかけられたの、わたしたちかな?

 一応周囲を見渡す。
 だって、周りには、他にも頬を赤く染めながら、反応している女子生徒たちのグループが、数組ある。


「ええと。ごめんね?」


 動けずその場に留まっていると、彼は反応している女生徒たちに笑顔を振りまきながら、こちらに向かってやってきた。
 やんわりと進路からどけられているわけだけど、声をかけられた女生徒たちは、頬を赤らめ悲鳴をあげたり、意識を朦朧とさせたりしている。

 それもそうか。

 あんな整った顔立ちの人が、優しく微笑んでくれて、しかも近くでイケボで囁かれたら、それは普通、そうなるわよね。
 初めて会ったときは、私もそうだったもの。


 私たちの前に立ち止まると、彼はにっこりと微笑んだ。
 とてもかっこいいのに、醸し出される雰囲気は何故かチャラい。


「やぁ。聖女候補のお二人さん?僕のことを覚えているかな」

 
 裏に隠された『当然覚えているよね?』。

 忘れるわけもない。
 というか、今日接触できると思っていたので、寧ろ声をかけて頂けて良かったです。 

 陽光を受けてキラキラと輝く、明るい色合いのブロンドに、エメラルドのように透き通った瞳。
 一瞬、その瞳が、怪しい色合いを帯びて、わたしに流された……気がした。
 
 何故だか、背筋に冷たいものが走る。
 うー。
 相変わらず、ちょっと怖い。

 容姿は、文句なく素敵。
 その上、リアル王子様のエミリオ王子殿下と比較しても遜色そんしょくないくらいの、いや、寧ろ凌駕りょうがする程の『王子様』オーラ。

 ただ、正直なところ、持っている雰囲気が少し怖いのよね。
 他の人は感じないのかな?

 とりあえず、わたしはその場カーテシーをする。


「お久しぶりです。ジェファーソン様」

「ジェフでいいって言ったよね?ローズちゃん?」


 うぅ。

 綺麗なお顔には、とても優しい笑顔を浮かべていて、口調もやんわりしているのに、押しがすごい。
 なんていうか、有無を言わせぬ雰囲気?
 口調は違えど命令に近い。
 流石は侯爵令息。
 プレッシャーが違う。

 こんなの、あらがえる人いるのかな?

 というか、前回お会いした時も思ったけれど、この人絶対ドSよね?
 それなら、この背中に走る妙な寒気も、説明できる気がしないでもない。


「ええと、お久しぶりです。……ジェフ様?」

「うん。数週間ぶりだね。ローズちゃん。こんなところで会えると思わなかったから、うれしいサプライズだったな」


 満足そうに微笑みを浮かべる彼、ジェフ様ことジェファーソン様は、わたしたちを彼の座っていたテーブルへと、エスコートしてくれたのだった。
しおりを挟む
感想 287

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...