上 下
16 / 274
第三章

王国中央聖堂へ

しおりを挟む
 昨晩の夜食は豪華だった。

 もちろん、御祝いという意味あいではあったと思う。
 実際のところは、お披露目パーティーでは食べる余裕は無いだろうと、マーティンがフルコースを用意してくれていたのだ。
 流石!


 『ああいった場所で大食するのは下品。食べずに帰るくらいで良いのですわ』とは、お母様の言。

 それに関しては同意する。
 食品ロスとか考えると勿体無いけれど。

 『食品は、終宴後、当日配置した騎士や従業員が持ち帰ったりするし、残ったものは、近郊の農家の豚やヤギの餌になる』とは、お父様の言。

 なかなかエコに回しているのね!と、感心しきりだ。
 しかし贅沢な豚さんヤギさんだわ。
 さぞや美味しく成長するのでしょうね。


 『聖女』候補の件は、なんと二人とも全く驚かなかったそう。
 なんなら、その為に成人の儀の後二日、余裕を持って帰ることになっていたほど。

 『俺もそうだったしな』と、苦笑いするお父様。
 いや、危うく吹き出しそうになりましたよ⁈
 あぶない危ない。

 でも、次に続いた『オレガノも候補なのよ』というお母様の発言で、もうダメだった。
 激しくむせました。
 聖女様姿の二人を思い浮かべてしまったから。

 お父様の説明によると、魔導師候補が男女関係なく現れるのと同様、数は少ないけど、聖女候補も男女同数くらいいるのだそう。
 ただ、『聖女』という名の通り、聖女候補にされるのは女性だけ。

 不公平かと思えば、そうでもない。
 どうやら、聖女の基準に当てはまる男性は、王国の騎士として働くことを義務付けられているらしいのだ。
 しかも秘匿の度合いは、聖女候補の比ではないとか。


 お父様は地方の農村出身。
 貴族は、成人の儀の際に王宮で適性検査を受けるけど、平民も十五歳の誕生月に、各地方にある役所で適性検査を受ける。

 同様の検査を受け、魔力が一定より高い者は王立魔導士専門学校へ。
 程々魔力がある者は地方の魔導師学校へ。
 聖女候補の女性は王国中央聖堂へ、男性は王国の騎士に配属されるそう。

 あぁ。
 それでお兄様は騎士団にいるのね。
 普通に考えれば、嫡男だから、領地経営見習いで領地にいてもおかしくないもの。

 お父様に憧れて騎士になったのかと思っていたし、そういう側面もあったと思うけど、義務付けられているなら仕方ないものね。

 平民だったお父様が王国の騎士になったきっかけが、『聖女』候補って言うのも微妙なんだけど、などと頭を悩ませていたら、「公には伏せられているが、正式には『聖槍の使い手』候補なんだ」と、笑いながら教えてくれた。

 ここで初めて合点がいくわたし。

 お父様が英雄と呼ばれ、爵位を賜った理由が、そこにある。

 今から四半世紀ほど前、魔物が大量に沸いた時期があったそう。
 わたしが生まれる前の話だ。

 王国北東の海岸沿いが、数日で壊滅状態となり、王国から騎士団が派遣された。
 そこで英雄的に活躍したのが、彗星の如く現れた『聖槍の使い手』であるお父様。

 国宝である『聖槍』は、使い手を選ぶと伝承されていて、過去何人かの英雄が、その槍を持って魔物と闘った。

 あくまで伝説の中のお話。

 それが、お父様の出現により、現実となった。
 そんなわけで、お父様は国王陛下に認められ、男爵位を賜った。

 その際、好きな領地をくれると言うので、当時も一番最初に攻撃を受け、完全に壊滅していたマグダレーンを乞うて領地に賜った。
 復旧の目処も立っていなかった為、その辺り一帯を治める子爵が、二つ返事で譲ってくれたそうだ。

 マグダレーンは、周辺の海岸線から突出し、北東方面へ長く伸びる半島。

 海岸線には狭い湾がいくつもあり、入り組んだ形状をしている。
 地理で習ったよね。
 前世の記憶で言えば、リアス(式)海岸といわれる地形。
 こっちでは地形学とか進んでないから、なんて呼ばれてるか知らないけれど。

 周辺海域には大小様々な島も点在し、入江内は波が穏やかで水深が深い。
 とにかく大量の船がつけやすいのだ。
 恐らくそれが、マグダレーンが魔王軍から狙われやすい原因の一つだと考えられる。

 まず獣型(海棲生物)の魔物に襲わせ、港をとりたいと言うことよね?
 人形の魔物や魔族の多くは船で上陸する、と言うことなのかな?

 リアルに考えると結構怖い。


 それからもう一つ、わたしはこんなことも考えた。

 つまり、球状の星ならば、実は魔界も大陸みたいな物なのでは?
 で、多分マグダレーンが一番近い港なのではないかしら?距離的に。

 地球儀無いからわからないのだけど。
 そもそも地球じゃ無いし。


 ともあれ、魔物の進行から約二十五年。
 マグダレーンは、漁や貝類の養殖で、現在なんとか復興を遂げている。

 次の襲撃に備える意味合いもあり、お父様は、国王陛下から許可を受け、聖槍を所持したまま領地に在住している。
 専属で騎士団も保有しており、その運営資金は、国から何割か助成されているらしい。

 お父様が伝説級の『聖槍の使い手』なのだから、息子や娘がそういった候補になるのも有る話なのかな?
 ぼんやりと、そんなことを考える。
 『一家族に集中し過ぎ!』とも思うけど。

 その後も色々お話ししたけれど、とりあえず、わたしは翌日、聖堂に行くことになった。





 そんなわけで、やって来ました!
 王都の繁華街!

 こんな風に出歩けることになるなんて、王都に出てきた当初は、思ってもみなかったから、テンションが上がる!

 わたしが唯一街に出たのは、お父様に連れられていった、例の会場だけだったしね。
 いや、忘れよう。
 慌てて脳内から、嫌なイメージを追い払う。


 王都は三つの城壁で囲われている。

 第一の城壁は王宮を囲む。
 ここは王族、政治を行う官吏、王宮を守る騎士、招かれた賓客、あと使用人くらいしか立ち入ることはできない。
 王族の住まう宮殿部分にも内壁があるそうだけど、それに関しては除外して考えられている。
 門は正(南)門と裏(北)門の二つがあり、要所につながる為、南北の道路は広く整備されている。

 第二の城壁。
 今わたしは、その北門から馬車で外へ出てきたところ。
 第二の城壁の内側は、貴族の領館が建ち並んでいる。
 貴族専用の宿が有るのもこのスペース。
 貴族御用達のブティックや高級料理店、高級菓子店、高級娯楽施設も、第二の城壁の正(南)門の周辺に集まっており、前世風に言うと高級大型ショッピングモールの様相ね。
 出入り可能な門は、東西南北の四つが設けられている。

 第三の城壁。
 その内部は商業地帯。
 平民のみなさんは、ここに住んでいる。
 各役所や公共施設もこちらに有る。
 城門は東西南北と、その中間、計八箇所に設けられ、その外は大小多数の農地が広がっている。

 大雑把に言うと、王都は、王宮を中心に円形に三つの城壁に囲まれた構造となっている。
 地形の影響で第二、第三の城壁は南方面が広い、いびつな円では有るけれど。

 各門では、騎士たちによる検問が行なわれている。
 わたしもつい今しがた、身分証明になる男爵家の紋章のピンブローチを提示してきたところ。
 今日はポーラが一緒に来てくれているので、彼女にもピンブローチが渡されている。
 主従がわかるよう材質が多少違うけど、形は同じものだ。


 王国中央聖堂は王宮の真北、第三の城壁の中にある。
 聖堂の背後は、即城壁になっており、北門を出ると、その先は海。
 狭い湾になっていて、船をつけられるちょっとした港があるらしい。
 ……有事の時の王族の逃走経路かな?

 わたしたちは中央聖堂前で馬車を降りた。
 再検査が終わるであろう正午には、再度迎えに来てくれることになっている。

 目の前には中央聖堂……の手前にある、長方形の広場。
 面白いくらい直線的で如何にも人が整え整備した空間。

 広場の横にはオープンカフェのような店舗があり、広場内までテーブルが置かれている。
 そこでは、これから仕事に行くだろう人たちが、朝刊を読みながらお茶や軽食を食べている。
 皆、小綺麗でテキパキしていて、どこかお洒落!

 朝も早い時間なので、わたしたちもここに立ち寄ることにした。

 今日のわたしは小綺麗な庶民風。
 髪は、リボンをカチューシャ状にしてのダウンスタイル。
 服はシンプルなミモレ丈のワンピース。
 色合いは茶色系で、シックにまとめた。
 いつも領地でしている格好だ。

 イベントでも無ければ、ドレスを着て行くような場所では無いし、両親と別行動なので、護衛がポーラだけと言うこともあり、安全面を考えて、目立たない格好にした。
 ポーラも普段着なので、一見すると友だちのように見えると思う。
 まぁ、行く場所も限られているし、王都内は治安も良いので、あまり心配はしていないのだけど。

 お店に入ると、先に購入してから席に座る形式のようだ。
 ポーラに二人分の紅茶をオーダーしてもらい、それを受け取ると、店舗内のテーブルに腰を落ち着けた。

 カフェとか言ったけど、コーヒーは無い。
 わたしは別に飲むことも無かったので、気にならないけど。
 ふと、コーヒー中毒者ジャンキーだった前世の母を、懐かしく思い出す。

 コーヒーも無いけど、わたしが今、欲しいのはチョコレート!
 お菓子類は結構ある中で、チョコだけは無いのよね。
 カカオがあっても、作り方知らないし。

 本当にわたしチート無いわ。
 勉強が足りなかったわ。
 妙に反省する。
 勉強どころじゃ無かったから、とか言い訳してみる。

 …………違うよね。
 興味持たなかったのが悪いのよ。
 今生は色々な事に興味持って学ぼう。
 無事に王国を守り切れたら、だけど。


 お茶も半ば飲み終わるころ、どうやら聖堂も開いたようで、店舗の従業員が、外にはみ出している椅子やテーブルを片付けている。


「ねぇ、聞いた?この間、夜中に聖堂の前をさ~」


 偶々たまたまとなりで軽食をとっていた女性2人の会話が耳に飛び込んでくる。


「あ~。なんか言ってたね。女の子の話?」

「そうそう。金の長い髪を振り乱して、ネグリジェ姿に、裸足で歩いてたって。怖いよね~」

「やっぱ幽霊かな~」

「又聞きだからわかんないけど、見た人いるって」


 怖いわっ!
 朝からなんて話してるのよ。
 これからその聖堂に行くんですけど?


「あと他にもさぁ、死体が歩いてたって話は?」

「ナニソレ知らない!こわ~い!」


 わたしは、お茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 むりムリ無理!!
 わたし、本当にオカルト苦手なの!!
 あ、全身にとり肌が。

 ポーラもわたしに合わせて席を立ってくれたので、一緒に店から出て聖堂へ向かった。

 いやなタイミングで、嫌な話聞いちゃったな。
 怖いから、深く考えないようにしよう。

 目の前に聳え立つ、絢爛けんらんな彫刻が施された聖堂が、何だかおどろおどろしいものに見えてしまう。

 完全に、出鼻をくじかれた感が半端ない。
 う~嫌だな。

 でも、行かないわけには行かないし。

 覚悟を決めて一歩を踏み出す。
 いざ!行くわよ!
 王国中央聖堂へ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

処理中です...