上 下
6 / 247
第一章

両親と兄 それから明日の準備

しおりを挟む
 翌朝は、よく晴れた気持ちの良いお天気だった。

 昨日散々悩んだからか、わたしはある意味清々しいほどに吹っ切れていた。

 物語はスタートを切ったけど、イベントが動き出すのは明日から。

 午前中は、ゆっくり頭と体を休めよう。
 午後からは、明日着るドレスの最終調整もあることだし。
 それから明日の対策も、少し考えておかなければ。

 服を着替えてリビングへ。
 わたしが一番最初だったので、ソファーで待っていると、程なくして両親が部屋から出て来た。


「おはようございます。お父様、お母様」


 立ち上がって、笑顔でカーテシー。
 大丈夫。三日程度寝込んでも、ふらついたりはしない。


「おはよう、ローズ」


 二人から笑顔で挨拶が返って来た。

 お母様は、わたしの近くまで来ると、心配そうにわたしの顔を覗き込んで、優しく頬を撫でて下さった。


「大丈夫なの?無理はしないでね?」

「はい。すっかり元気ですわ、お母様。ありがとう」


 素直に嬉しくてお礼を言うと、お母様も優しく微笑んでくださる。

 お父様もやって来て、わたしの頭をわしゃわしゃ撫でた。 
 髪が乱れるので困るんだけど、気持ち良いから許しちゃう。


 せっかくなので二人の容姿を少し紹介。

 お父様は四十代後半で、かなりマッチョより。
 普段着のコートやシャツが、筋肉でパツンパツンだけど、そこがなんだか、かっこいい。
 髪は赤みがかった栗毛の直毛で、後ろでラフに纏めている。
 瞳は切れ長な奥二重で、虹彩の色は灰色。
 お顔の印象はゴツいけど、いつもにこやかで人好きのする印象だ。

 お母様は、お父様より二歳ほど年上のはずだけど、華奢で背が低いせいか、三十代前半に見えてしまう。
 プラチナブロンドのロングヘアーを美しく結い上げていて、瞳はまるく、ぱっちりとした二重、虹彩は水色。
 淡い色合いの、しかし上品なドレスは華美すぎず大人っぽく、まるでお人形さんのように可愛らしい。

 二人は、わたしの自慢の両親だ。


 リビング横のダイニングテーブルにわたしたちがつくと、入り口の扉を執事のマーティンが開く。
 すると、宿の使用人がワゴンを引いて入室して来て、あっというまにテーブルに朝食の準備が整った。
 因みに、準備中にポーラがやって来て、わたしの乱れた髪を一瞬で直した。
 メイド凄い。

 朝食は、それぞれが食べられる分量を先にオーダーしてあるため、各々メニューが多少異なる。
 お母様とわたしの前は、野菜や果物が多く、全体の分量は少なめ。
 お父様の前にはベーコンや卵などの肉類が多く、その他にも沢山のお皿が並ぶ。


 和気あいあいと朝食を楽しんでいると、来客を告げるベルが鳴る。

 マーティンが対応し、直ぐに客人は入室して来た。
 お父様の息子だなぁ、と、見た瞬間に分かるほど、体型から髪の色、目の色までよく似た容姿。
 ただ、どこか真面目で遊びが無い雰囲気。
 お兄様だ。


「おはよう、オレガノ。早いじゃないか」

「おはようございます。早くから悪いね」


 お父様の挨拶に苦笑で答え、お兄様はわたしとお母さまとも挨拶を交わし、リビングのソファーに座った。
 すかさずポーラが紅茶を差し出し、お兄様は紅茶を飲んで、一息ついた。

 全員の食事が終わり、リビングに家族が集まると、ポーラは再度紅茶を入れ直してくれた。
 朝用にブレンドされていて、濃い目だけどスッキリして美味しい。
 
 ところでお兄様。
 少しやつれました?などと本人には聞けないけど、


「なんだ、疲れているのか?」


 あ。
 お父様が聞いて下さいました。

 ですよね。
 目元にクマが薄っすらと。 

 お兄様は、苦笑を返す。


「なかなか見事だったぞ。頑張ったな」


 お父様に褒められて、お兄様、今度は素直に嬉しそうに笑った。


「ありがとう。父様」


 そして、困ったように眉を寄せる。


「でも、実は、その後に問題があって」

「何かあったのか?」

「クリスティアラ王女殿下が、お倒れになった」
「あらあらまぁまぁ!」


 お母様が心配そうに声を上げる。

 あぁ、王女殿下もあの場にいらっしゃったのね。

 おかわいそうに。
 わたしより、確か一つ年下のはず。

 いくら次期国王だとしても、成人前は、処刑の立ち会いを拒否出来ることにするべきよ。
 わたしだって直視していなくても、前世を思い出しちゃうほど、ショックだったのだから。


「実は処刑後、王女殿下の配下の護衛騎士団に配属が内定していたんだけど、殿下に怖がられて外されて」


 お兄様は残念そうに、膝の上で拳を握っている。
 栄転が無くなってしまった、ということね。


「それは残念だったな」


 お父様は、慰めるように兄の肩を抱いて軽く叩いた。


「元の部署に戻されるかと思ったら、エミリオ王子殿下の護衛騎士団にまわされた」

「あらあらまぁまぁ」


 お兄様は唇を噛みしめ、お母様は困惑している。

 ん?
 それはそれで栄転では?

 だって王宮の外周警備の隊員でしたよね?


「昨日顔合わせしたけど、自分には務まらない気がしているんだ」


 若干涙目で頭を抱えるお兄様。
 噂は予々かねがね聴いておりますが、それほどでしたか。
 そうですか。


 今後、兄妹そろって王子殿下との関わり合いが増えていきそうな気配。
 イベントは明日から、とタカを括っていたら、水面下でしっかり動き出していたみたい。

 わたしは一言も発することなく、その場で苦笑いを続けた。



 結局、午前中は、お兄様の嘆きに付き合っていたら、あっという間に過ぎてしまった。

 どうやら、明日からエミリオ殿下の護衛に、正式に配属になるお兄様。

 昨日は、顔合わせと式典の配置確認諸々で、物凄く疲弊して帰って来たらしい。

 午後から再度確認作業で宮殿に登るため、昼食は食べずに帰るそう。


「いいか?式典が始まるまでは、できるだけ壁を背にして立つんだぞ!何されるかわからないからな!」

「はぁ……はい。気をつけます」


 お兄様は帰り際、眉間にシワを寄せながら、わたしに忠告した。
 苦笑いでやんわり答えるわたし。

 ナニソレコワイ。
 どこの戦場よ。

 なんて嘘です。

 明日は成人の儀。
 出会いイベントだから、なんとなく予想出来ている。

 その対策もできるだけ考えておこう。
 小説のヒロインがやった様な、多方面への無礼な振る舞いは、出来たら避けたい。

 わたしが思うに、王国を救うことだけが最終目標ならば、実は、小説の様に王子様がわたしと恋に堕ちる必要は無い。
 けど、訳あって、動いてもらわねばならないことがあるので、今回はせめて、顔と名前を覚えて頂かないとお話にならない。
 
 そんなわけで、昼食後は、衣装や飾りの微調整を、訪ねて来た仕立て屋の従業員にお任せしつつ、脳内で明日の流れをシュミレーションした。

 周囲に可能な限り不快感を与えないのを前提条件として、王子殿下の好感度を爆上げしない程度に、自分のことを記憶してもらう。

 かなりトリッキーだけど、果たして明日この橋を渡りきれる?

 実情は、かなり危うい。
 いや、成せばなる?
 いやいや、やっぱりダメだわ。
 上手くいってるビジョンが見えない。

 でもやれるだけはやってみなければ。
 わたしは覚悟を決めた。


「あ!そうだわ!」

「はい。お嬢様」


 わたしが突然声を上げたにも関わらず、仕立て屋のお姉さんは、にっこり対応してくれた。


「あの、スカートのこの部分なんだけど、もう少しだけ動きやすいように、こう。」

「はぁ。…………。はい!なるほど!」


 少しだけ調整をお願いする。


「それでしたら、こちらに予備のリボンを、こう、されては如何でしょう」


 お姉さん!ナイスセンス!


「間に合うかしら?」

「直ぐでございますよ」

「ありがとう。お願いするわ」


 お姉さんの機転のおかげで、ほんの少しだけど希望が見えた……気がした。

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔法学院の階級外魔術師

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:280

王子様と朝チュンしたら……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:26,591pt お気に入り:205

JC聖女とおっさん勇者(?)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:24

お探しの聖女は見つかりませんでした。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:23

呪術師フィオナの冷酷な結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,866pt お気に入り:67

目標:撤収

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:575

私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:91,201pt お気に入り:1,408

国一番の淑女結婚事情〜政略結婚は波乱の始まり〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,271pt お気に入り:776

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:112,080pt お気に入り:5,660

本物に憧れた貴方とわたし

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:9,493pt お気に入り:258

処理中です...