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プロローグ

ヒロイン転生

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 そこは、真っ白な空間だった。

 壁も床も全てが白。
 受刑者の左右に立つ、騎士の制服もまた、白。

 地面には、巨大な魔法陣が敷かれ、青白く発光している。

 手足を重々しい鎖で繋がれ、生成りの簡素な服を着てそこにひざまづいているのは、私とそう変わらない年齢の少年のように見える。

 唯一異質に見えるのは、その長い髪。
 背丈を通り越して地面に引きずるほど伸びた黒髪。

 顔は、その髪がかかり、伺い見ることはできない。

 彼は一言も発することなく静かに座している。

 私は、それを直視することが出来なかった。

 せめて、もう少し異形であれば気にならなかったのか?
 本性は、『四つ足の翼竜』だと伝説では語られていたのに、余りにも人に近いその姿に、私は視線を逸らす。

 剣を握る、私のよく知る、いつもは優しいその手が、高々と掲げられ、振り下ろされた。


 鈍い斬撃音のあと、ごとり、と重い音が響く。

 視線を外していたのに、外した先の床まで広がる赤。
 女性の悲鳴と、観衆の歓声が入り混じる。
 あるいは悲鳴をあげたのは、自分だったのかもしれない。

 その時感じたのは、激しい頭痛と吐き気だった。

 血の色まで同じなの?
 それではまるで…………!

 落ち着こうと、息を整えようとしても、できなかった。
 過呼吸と強い吐き気で、上手く呼吸ができない。

 その場にうずくまり、私はそのまま意識を手放した。




 私の名前は、ローズマリー・マグダレーン。

 王国を守る騎士としての活躍を認められ、男爵に取り立てられた、マグダレーン男爵の娘としてこの世に生を受けた。

 幼少期は、子爵家から嫁いだしっかり者の母からの淑女教育を真面目に受け、15歳になる今では、すっかりそれなりの分別ある男爵令嬢に仕上がっていた。

 15歳はこの世界で成人にあたるので、いよいよデビュタントとなり、毎年王宮で催される、王家主催の成人の儀に参加することになっていた。

 事件は、その成人の儀の数日前。
 前もって王都へやって来た、私の身に降りかかる。
 

 突然だけど、私には五つ上の兄がいる。
 お兄様は、お父様に倣い、数年前から王宮内を守る騎士として働いている。

 彼は真面目を絵に描いたような人物で、『上司の命令は絶対!私は全ての指示に従います‼︎』と宣言してしまうような、まぁ、悪く言えば脳筋なひと。
 全ての責任を上の人にお任せしてしまう、ある意味幸せおはなばたけな思考をしているとは思うのだけど、妹としては、いつかトカゲのしっぽにされてしまうのではないかと、心配もしている。


 その日は、お兄様の晴れ舞台の日だった。

 何が晴れ舞台なのかは、人によってまちまちだろうけど、騎士としては、およそ名誉なことではあったらしい。

 何が行われるのか、事前に知らされていなかった私は、お父様に連れられ会場へと足を運んだ。

 そして、今日ここで行われることを知る。


 それはすなわち魔界の王子の処刑だった。


 細かいことは、私にはよくわからないけど、何故だか、数百年前からこの王子は人間に囚われ幽閉されており、突然ここに来て処刑されることになったそう。

 …………。

 いや、意味がわからない!

 死刑が今になったのは何故?とか、そういうことでは無い。

 もちろん、お兄様の晴れ舞台なんだなぁ…ということも理解出来る。
 執行人がお兄様と、もう一人の老獪な騎士だから。

 でも、『これから成人しようとしている令嬢に見せるものではない』と思うのは、私だけかしら?

 お父様のお考えがわからない。
 

 会場内の人々が着席して、裁判長が罪状を読み上げる。
 曰く、『ミュラールカディア王国を恐怖に陥れた罪』だそうだけど、その辺り、実際は歴史書の記載も曖昧な部分だったりする。


 そして話は冒頭に戻る。
 
 死刑宣告から執行までは粛々と行われた。

 魔界の王子の頭が、兄の剣によって体から離れ、漆黒の長い髪と鮮血が辺りに散ったところで、私は意識を手放した。


 脳裏に浮かぶのは……。

 空間の白。
 散らばる髪の黒。
 流れる血の赤。


 それから私は、三日間高熱でうなされた。
 ひたすら悪夢を見る日が二日続いて、三日目の夜、わたしは突然思い出した。


「あれ?もしかして、わたし、あの投稿小説のヒロインじゃない?」
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