そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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そして事件はフィナーレに向かう⑵

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(絶頂を迎えた後の、微妙な空気感が苦手だ)


 そう冷めた頭で考えながら、ダニエル=モローはまだ何処か呆然としている女性の腰を抱き、街外れへと向かっていた。


「こんな人通りの少ないところに連れて来て、どうするつもり?」

「もう少しだけ、君とくっついていたくて?」


 そう言いながら、ダニエルは女性を抱き寄せ頭に優しく口付ける。
 その女性は、くすぐったそうにくすくすと笑った。


「ふふ。幸せだわ。来週は、いよいよ旅行ね。前回、私の分のお金を渡したけど、しっかりチケット取ってくれたんでしょうね?」

「もちろん」

(とるわけがない)


 ダニエルは、顔に人好きのする笑顔を貼り付ける。
 横を歩く女性は、すっかりその笑顔に魅了されたのか、頬を染めダニエルに寄り添った。
 

「私、結婚を決める前の旅行って、大事だと思っているの。だって、隠していた相手の性格が分かるでしょ?ね、トマ? 私の気に入らない態度を取ったら、お別れなんだからね?」

「それは困るな。君に捨てられたら、僕は生きてはいけないよ」

(自分の方が優位な立場だと思っている女ほど、扱いやすいものはない)


 ダニエルが困ったように微笑むと、女性はふふんと鼻を鳴らした。


「ああ。来月には、いよいよ家族にカミングアウトかぁ。私たち、ずっと一緒にいられるね」


 甘えるように擦り寄ってくる女性の頭を撫でて、ダニエルは優しい笑みを浮かべた。


(本当に面倒臭い。ちょっと抱いただけで、すぐに自分のもの扱い。家族に紹介、ね。良い金蔓だったから少し勿体無いけど、この娘とも今日でさよならだ)


 ダニエルは、ここ最近してきたのと同じように、コートのポケットに手を突っ込み、足を止めた。

 それに気付いた女性が、不思議そうな顔をして振り返る直前、テオは隠し持ていったナイフを女性の背中に突き立てる。

 深く深く。


(巷では快楽殺人鬼じゃないか、とか言われているそうだけど、実際はどうなのかな? 別に、殺すことに快感を感じているわけじゃないし……)


 彼自身、自分の性癖はよく分かっていない。


(気持ち良いことはしたいけど、ぶっちゃけ誰とでも良いし、それが済めば一気にどうでも良くなる。
 でもまぁ……女は、金払いが良いにこしたことはないかな。その点、彼女のような良いところのご令嬢は便利だ。でも、文句が多いのが欠点。
 自分から擦り寄って来たくせに、何度か金を引き出して行為に及ぶと、直ぐに結婚を持ち出してくる)


 目を見開いて声を上げようとした女性の口を、後ろから抱きしめるように左手でそっと塞ぎ、ダニエルは彼女が絶命するまで、何度も何度も背中にナイフを突きたてた。


(面倒なことは嫌いだ。逃げた後詐欺だと気づくと、興信所まで使って僕を探そうとする。金持ちやプライドの高い女は、特に。だから、ある程度金を引き出したところで、殺しちゃった方が楽なんだよなぁ)


 女性が動かなくなると、ダニエルはナイフと手袋をコートのポケットにしまった。
 そして、そのコートを脱いで逆折りに丸め、鞄にしまうと、先程女性からプレゼントして貰ったばかりの新しいコートを紙袋からとり出し、羽織り直す。


(それに比べて、ロラは比較的便利だった。地味で大人しくて、全部僕の言いなりで。事実婚を言い出したら、金も自由に引き出せた。
 でも、それも今日でお終い。ここのところ、変な胸騒ぎがするし、近々拠点を移した方が良さそうだ。
 とりあえず、この間のようにベッドを血で汚し、今日は玄関先にナイフでも落としておくか。可愛いロラは、パニックになるだろうけど、きっと僕の罪を被ってくれる。精神科医の女から習った催眠暗示が、そこそこ効いてるみたいだし)


 ダニエルは仄暗い笑みを浮かべる。

 その時だった。


「……テオ?」


 不意に後方から聞こえた声に、ダニエルは目を剥く。
 足元には女性の遺体が転がっており、誤魔化しようもない。


(何故? 睡眠薬は確かに入れたはず。まさか、飲まなかったのか?)


 今日に限って、彼女がお茶を飲み干すのを確認しなかったことに、歯噛みする。

 だが、彼はすぐに考え直した。
 

(いや。待て。
 前回、同様のことがあった時は比較的近かったしロラは軽いから、気絶させて家まで運んだ。そして、寝ている間に暗示を施した。
 酒が入っていたのも手伝って、次の日会った時、彼女はその時のことをすっかり忘れていた。そればかりか、血で汚れたもの全て、こっそり処分までしてくれた。僕に何も言わずに……。それからは、彼女が、自分が犯人だと思い込む様に、女を殺した後 寝具を血で汚すようにした。
 きっと彼女は、自分が殺人犯だと思い込んでしているはず。それなら……)


「ああ! ロラ。なんてことだ。
 この女は、君が連続殺人犯だと……!バラされたくなければ、君と別れて自分と付き合う様にと迫って来たんだ。
 だから……こうするしかなかった。僕は君を、君だけを愛しているから!」


 芝居がかった仕草で、ダニエルは必死にアピールした。
 すると、ロラはふわりと微笑んで、ゆっくりと彼に歩み寄る。

 ダニエルは勝利を確信した。


(彼女は、僕を盲信的に愛している。だから、僕を殺人犯にしないため、自分がやったと言うだろう)


「私も愛しているわ。テオ」


 ロラはダニエルの胸に飛びこみ、ダニエルはロラをしっかりと抱きとめた。


「私のために、自分に迫ってくる女たちを殺していたのね。私と一緒にいることだけを願って……」

「そうとも。全て、君だけを愛するが故に」

「嬉しい」


 ロラは涙を浮かべてダニエルを見つめ、もう一度彼の胸に顔をうずめた。そして、ポケットに忍ばせていたキャンプナイフを取り出すと、一息に彼の腹部を突く。

 ダニエルは目を見開いた。


「ロ……ラ? 何故……」


「だって、神は殺人それをお許しにならないわ」


 腹部を深く刺し貫かれ、ダニエルはたまらずその場に膝をつく。
 ナイフは抜けてロラの手の中に残り、温かい血液がぼたぼたと地面に流れ落ちた。


「違う……僕は、こんな……ロラ。レスキューを」

「大丈夫よ。怖くないわ。貴方の罪は私の罪。だから……一緒に逝きましょう」


 ロラは、ダニエルから抜けたナイフを自身の首にあてると、聖女のように優しく微笑む。
 そして、次の瞬間、自分の頸動脈を切ると、その場に崩れ落ちてダニエルを抱きしめた。


「バカな……こんなことが……」

「愛して……いるわ」


 ロラが動かなくなってからしばらくして、彼女の下でもがいていたダニエルも動かなくなった。

 それから程なくして、空から白い雪が舞い降り始めた。





 夕刻から夜半にかけて、捜査員は全員体制で、街中の捜索を行っていた。
 
 本部は、二人が街から逃走する可能性を考え、それを阻止するために、郊外へ続く道路では、大規模な検問も敷かれた。

 しかし、ダニエルもロラも一向に見つからない。


 ヴィクトーとニコラは、ソラル少年から証拠になりそうな物品を回収後、彼を家まで送り届けた。
 しかし、家には誰もおらず、彼の両親が帰ってくるまで、そこで足止めを食うことになる。
 両親が帰ってきたのは十時過ぎで、彼らは教会に祈りを捧げに行っていた、とのことだった。
 二人がソラル少年の家を出た頃、雪がちらちらと舞い降り始めた。
 
 雪を被った男女三人の遺体を周囲を捜索していた捜査員が発見したのは、それから一時間後のこと。
 
 その晩、婦女連続殺人事件は、急展開を迎えた。
 
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