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告解
しおりを挟む「私、人を殺したかもしれません」
空の色が薄水色になり始めた、夕暮れが始まるより少し前の時間。
日が翳り始めた告解室の中。
青ざめ肩を震わせて入室して来た眼鏡の女性、ロラ=マテューは、告解窓の前に置かれた椅子に掛けるなり直ぐに……窓の向こうの人物が言葉を発するより前に、そう口にした。
小さく息を呑む音が聞こえた後、室内は静まりかえる。
ロラは両手を胸の前に組み、震えながら、窓の向こうにいる人物が口を開くのを待った。
十数秒間の沈黙の後、ゆっくり息を吸い込む音が聞こえる。
聞こえた声は、まだ年若い女性のもの。
シスターブロンシュであった。
「本日は、匿名でのお悩み事相談、並びに雑談会をおこなっております。これは、周囲に打ち明けにくい悩みを ただ聞いて欲しい場合や、話し相手が欲しい方の雑談の場となります。
司祭は不在ですので、『告解』並びに『赦しの秘跡』は、行え無いのですが……」
「私、許されたいなんて、思ってない!」
シスターの言葉を途中で遮り、立ち上がると、ロラは感情的に声を荒らげた。
と、すぐ糸が切れたように椅子に座り込み、弱々しい声で続ける。
「……毎週、この曜日この時間、ここに来れば、どのような人間でも神の導きを聴けると聞いて……」
シスターは、息を吸い込むと、考えるようにしばし沈黙。やがて、優しい声音で返答した。
「私で良ければ、お話しを伺いましょう」
ロラは、堰を切ったように話し始めた。
三週間前に自身に起こったことを、包み隠さず全て。
「その時は、意味がわからなかったんです。でも、酔っ払って人を刺すような、私は、そんな人間では無いつもりで。
その日、家の近くで誰かが怪我をしたとか、殺されていたといった騒ぎもなかったので、全てを片付けた頃には、何かの間違いだったんじゃ無いかって……そう思っていたんです。
そしたら、その日の夕刊に連続殺人の文字が並んでいて……!
私、何も覚えてない!」
最後は半ば叫ぶように言って、ロラは頭を抱えた。
「あんなことがあってから、毎晩眠れなかったんです。
もしかして、私、二重人格か何かで、入れ替わると人を惨殺して歩いているのかも? そう考えると、怖くて……」
ロラは、興奮気味に言葉を吐き出す。
それまで静かに話を聞いていたシスターは、そこで始めて口を開いた。
「今、『眠れなかった』と、仰いましたか?」
それを聞いて、ロラはひゅっと音を立てて息を吸い込んだ。
やがて、ガタガタと震えながら自らの体を抱きしめる。その顔色は、蒼白。
その様子を見て、シスターは安心させるように、優しい声音で言葉を繋ぐ。
「ということは、少しは眠れるようになったのでしょうか? だったら、良かったです。不眠は心も体も壊しやすくなりますので……」
ところが、ロラは激しく首を横に振った。
「良くありませんっ!」
シスターブロンシュは、首を傾げる。
震える声でロラは続けた。
「……良くないんです。だって、久しぶりによく眠れたのは、一昨日の晩のことで……」
そこまで聞いて、シスターブロンシュは表情を強張らせる。
無論、窓越しで互いに顔は見えないので、そのことをロラに知られることは無いのだが。
次の言葉を吐き出すと、ロラはその場で泣き崩れた。
「昨日の朝、起きたら、私、また血まみれだったんですから……」
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