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最悪な目覚め
しおりを挟むその朝。
ロラ=マテューは、微睡みの中、ぼんやりと目を開いた。
(あら。……私、いつの間に眠っていたの?)
まだ覚醒しない頭で、彼女は周囲を見渡した。
視力の弱い彼女の目に、ぼんやりと映ったのは、つい一ヶ月程前から住み始めた、新居の寝室の風景。
昨晩、カーテンを閉めないまま眠ってしまったのか、窓からは朝日が差し込んでいる。
(あぁ。それで、自然に目が覚めたのね)
サイドテーブルに置かれた時計を見ると、普段より一時間近く早いようだ。
ゆっくりと体を起こしながら、ロラは空気の冷たさに身震いする。
真冬の夜にカーテンを閉め忘れれば、いくらレンガ造りのアパルトマンでも、室内は冷え込む。
そこで、ようやく彼女は、傍らにあるはずの温もりがないことに気付いた。
「あら? テオは……」
最愛の夫の姿を探して、視線をベッドに落とし、ロラは目を瞬いた。
入居と同時に新調した真っ白なシーツの上に、擦れたような赤黒い染みがついている。
「え? あ、っえ? やだ、私ったら。もう予定日だったかしら……」
呟きながら服に触れ、そこに濡れた感触が無いことに気づき、ロラは首を傾げた。
おかしなことは、それだけではない。
手に触れた感触は、普段着のデニム。
(私、どうして夜着に着替えていないの?)
視線を下げて、ロラは目を見開いた。
心臓が早鐘を打つ。
(これは……なにっ?)
目に飛び込んできたのは、ところどころに茶色っぽい汚れがこびりついた、白い綿シャツと、全体が赤黒く染まった自分の両手だった。
乾いてはいるものの、幾分粘度を感じるその手触りを、彼女は知っている。
「いやっ!」
ロラは、慌ててベッドからとび下りた。
途端聞こえた硬質な衝撃音と、わずか遅れて耳障りに響く金属音。
視線を向けると、そこには抜き身のナイフが転がり落ちている。
刃先から持ち手まで、全体的に赤黒く汚れたそれを見て、ロラは小さく悲鳴をあげた。
「あ……あぁ、これは一体、どういうこと?」
ロラは、力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
自分の身に起こったことを、瞬時に理解することは、その時、彼女にはできなかった。
混乱しながらも、ロラはサイドテーブルに這い寄り、そこに置かれている眼鏡をかける。
そして、目に入ってくる情報を、一つずつ拾っていった。
(これは、血? でも、私のものではない。どこも痛くないもの)
シャツの中を覗いてみても、やはり傷一つない。
恐る恐る、床に転がっているナイフを見ると、それは、アウトドアが好きなテオのために、ロラがつい最近買ったばかりのキャンプナイフだった。
(これは、入り口のキャビネットにしまっておいたはず。暖かくなったら、バーベキューで使うつもりで……どうして、こんな? これではまるで、人でも刺したみたいな……)
そこまで考えて、ロラは青ざめた。
(まさかっ! 違うわ。私は誰も恨んでないし、まして、殺したいなんて思ったこともない!……でも)
「私、昨日の夜、何やっていたんだっけ?」
ぽつりと呟いて、ロラは体を震わせた。
「どうしよう。怖い。テオ……テオ、どうしていないの?」
震える足で寝室を飛び出し、リビングに入る。
そこから見えるダイニングテーブルの上には、ワインの空き瓶と使用済みのワイングラスが一つ、置かれている。
次に彼女が目をやったのは、テーブル横のカウンターに下げられている夫婦の予定表。
そこには、昨晩、テオが夜勤であったことが記されていた。
「あ……ああ。そっか。夜勤……」
それならば、テオが家にいるはずもない。
震える体を宥めながら、ロラは深く息を吸って呼吸を整える。
寝室の惨状と比較して、普段通りのリビングの風景に、彼女は少しだけ平常心を取り戻した気がした。
(落ち着いて。そうよ。一つずつ思い出してみましょう。でも、その前に……)
ロラは、自身の両手を見て顔を顰めると、足早にバスルームへ向かった。
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