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47.穏やかな微睡み
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「こんなはずじゃなかったんだけどな」
思わず、言葉にしてしまう。
「お父様、何か仰いましたか?」
「……いいや」
ナディアは毎日の様に私の部屋に訪れるようになった。今日は信じられないことにジョスランまで一緒だ。
「あの…陛下…、痛っ!姉様痛いよ!」
どうやらナディアに何かされたらしい。
「ジョスラン?約束は?」
「分かったよ!父上、御加減は如何ですか!」
かなり無理矢理言わされている。ナディアがこんなに強いとは知らなかったな。
「ありがとう、もう随分といいよ」
すると、ホッとしたのが伝わってくる。
不思議だ。目が見えないと、他の感覚が鋭敏化してくるのか、表情を読むよりも気配を読む方が気持ちが伝わりやすい気がする。
本当に。こんなはずじゃなかったのだけど。
自己満足の償いをして、あとは何処かで静かに朽ちていきたいと思っていた。自分勝手なのは承知の上だ。
それでも、それなりの対価は支払ったつもりなので許してもらおうと、これでやっと静かに眠れると思ったのに。
アンヌがよく分からないことを宣言して、ナディアに泣かされて、何故かトリスタンをブラスが仕込んでいて、ジョスランが私を見て安心して。
まったく静かにならないじゃないか。
「トリスタン卿はその服の方が格好良いです。それにしましょう!」
「えー、あっちの方がカッコいいって」
「どれでも同じだろう」
「アンタは黙っててくださいよ」
なんて賑やかさだ。彼等にお見舞いの概念は無いらしい。
「何を選んでいるんだい?」
見えないことは気にならないと思っていたのに、何となく声を掛けてしまった。
「トリスタン卿の勝負服を選んでいます」
「勝負……果し合いでもするの?」
「違いますよ、セレスティーヌへの愛の告白です!」
わあ。ナディアは凄い子だ。私の気持ちを知っていて、態々ここでトリスタンの告白用の衣装を選んでいるのか。なかなかに飴と鞭の使い方が巧みだ。
「ねえ。まだ告白してなかったの」
「俺が悪いんですか?!」
「うん」
「違うのですよ、お父様。乙女心は複雑なのです。詳細はお教えできませんが、色々ありましたの」
ナディアとセレスティーヌはすっかり仲良くなったらしい。
「でも、今って勤務中だよね?」
「王女と王子のわがままに付き合わされる、可哀想な護衛Aですわ!」
「……そう」
なんだかなぁ。今更自分がこんなほのぼのとした空間に身を置く事になるとは思わなかった。
「ワガママ王女達の本日の勉強は?」
「こ、これを決めたら!そうしたら戻ります!」
抜け出してきたのか。またアンヌが突撃して来そうだ。もう寝てしまおうかな。
「庭園の花を切ってあげるといい。薔薇なら赤よりもオレンジとかピンクかな」
「わ!お父様ありがとう!」
まさか、今浮かべているであろう笑顔を見たいと思うなんて。ちゃんと罰だなあ。でも、許されては駄目なのに、幸せな気持ちが溢れて困る。
「陛下、いいのですか?」
「プレゼントも無く行くつもりだったの?」
「ゔっ!」
「振られてしまえばいいのに」
「ちょっ、呪いを掛けないで下さいよっ!」
「はいはい、私は少し寝るから。仕事しないとブルーノに言いつけるよ」
少し声を潜めているつもりらしいが、まだ十分に賑やかだ。それなのに、何故か穏やかな気持ちになるなんて。
本当にこんなはずでは──
「寝たな」
「寝ましたね」
「初めて見た」
「ね。なんだか猫が懐いた気分」
「あー、毛の長い優雅なヤツ。気位高くて撫でようとすると猫パンチしてくるんですよね、きっと」
クスクスとナディアとジョスランが笑っている。
こんな幸せを感じながら微睡むなんて、あってはいけないのに。
でも、とりあえず聞こえてるから。
トリスタン、やっぱりお前は振られてしまえ。
思わず、言葉にしてしまう。
「お父様、何か仰いましたか?」
「……いいや」
ナディアは毎日の様に私の部屋に訪れるようになった。今日は信じられないことにジョスランまで一緒だ。
「あの…陛下…、痛っ!姉様痛いよ!」
どうやらナディアに何かされたらしい。
「ジョスラン?約束は?」
「分かったよ!父上、御加減は如何ですか!」
かなり無理矢理言わされている。ナディアがこんなに強いとは知らなかったな。
「ありがとう、もう随分といいよ」
すると、ホッとしたのが伝わってくる。
不思議だ。目が見えないと、他の感覚が鋭敏化してくるのか、表情を読むよりも気配を読む方が気持ちが伝わりやすい気がする。
本当に。こんなはずじゃなかったのだけど。
自己満足の償いをして、あとは何処かで静かに朽ちていきたいと思っていた。自分勝手なのは承知の上だ。
それでも、それなりの対価は支払ったつもりなので許してもらおうと、これでやっと静かに眠れると思ったのに。
アンヌがよく分からないことを宣言して、ナディアに泣かされて、何故かトリスタンをブラスが仕込んでいて、ジョスランが私を見て安心して。
まったく静かにならないじゃないか。
「トリスタン卿はその服の方が格好良いです。それにしましょう!」
「えー、あっちの方がカッコいいって」
「どれでも同じだろう」
「アンタは黙っててくださいよ」
なんて賑やかさだ。彼等にお見舞いの概念は無いらしい。
「何を選んでいるんだい?」
見えないことは気にならないと思っていたのに、何となく声を掛けてしまった。
「トリスタン卿の勝負服を選んでいます」
「勝負……果し合いでもするの?」
「違いますよ、セレスティーヌへの愛の告白です!」
わあ。ナディアは凄い子だ。私の気持ちを知っていて、態々ここでトリスタンの告白用の衣装を選んでいるのか。なかなかに飴と鞭の使い方が巧みだ。
「ねえ。まだ告白してなかったの」
「俺が悪いんですか?!」
「うん」
「違うのですよ、お父様。乙女心は複雑なのです。詳細はお教えできませんが、色々ありましたの」
ナディアとセレスティーヌはすっかり仲良くなったらしい。
「でも、今って勤務中だよね?」
「王女と王子のわがままに付き合わされる、可哀想な護衛Aですわ!」
「……そう」
なんだかなぁ。今更自分がこんなほのぼのとした空間に身を置く事になるとは思わなかった。
「ワガママ王女達の本日の勉強は?」
「こ、これを決めたら!そうしたら戻ります!」
抜け出してきたのか。またアンヌが突撃して来そうだ。もう寝てしまおうかな。
「庭園の花を切ってあげるといい。薔薇なら赤よりもオレンジとかピンクかな」
「わ!お父様ありがとう!」
まさか、今浮かべているであろう笑顔を見たいと思うなんて。ちゃんと罰だなあ。でも、許されては駄目なのに、幸せな気持ちが溢れて困る。
「陛下、いいのですか?」
「プレゼントも無く行くつもりだったの?」
「ゔっ!」
「振られてしまえばいいのに」
「ちょっ、呪いを掛けないで下さいよっ!」
「はいはい、私は少し寝るから。仕事しないとブルーノに言いつけるよ」
少し声を潜めているつもりらしいが、まだ十分に賑やかだ。それなのに、何故か穏やかな気持ちになるなんて。
本当にこんなはずでは──
「寝たな」
「寝ましたね」
「初めて見た」
「ね。なんだか猫が懐いた気分」
「あー、毛の長い優雅なヤツ。気位高くて撫でようとすると猫パンチしてくるんですよね、きっと」
クスクスとナディアとジョスランが笑っている。
こんな幸せを感じながら微睡むなんて、あってはいけないのに。
でも、とりあえず聞こえてるから。
トリスタン、やっぱりお前は振られてしまえ。
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