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1.ご愛妾様は無口?
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「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」
今日もアロイス陛下が懇願している。
だが、彼女は何度呼ばれても返事をせず、それどころか目も合わせない。完全なる無視だ。
その強心臓には恐れ入るが、見ているこちらは胃に穴が開きそうなので本当にやめてほしい。
しばらくして陛下が憎々しげに私を見て促す。
……またかぁ。
「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」
「ご愛妾様?」
「……セレスティーヌ様」
名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。
彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛騎士である私だけなのだ。
軽く手で招かれ、側に寄ると耳元で囁かれる。
後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。
死にたくないから止めてくれ!
「……セレスティーヌは何と?」
「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですかと」
ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。
違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです!
アロイス陛下は立派な王だ。この方の護衛が出来る事を本当に誇らしく思っていた。
──あの時までは。
陛下はデビュタントでやって来たセレスティーヌ様に恋をしてしまった。
確かに綺麗な女性ではあった。服装から見て、あまり裕福ではないのだろう。だが装飾品の少ないシンプルなドレスが逆に彼女の清楚さを際立たせていた。
温かみのあるオレンジブラウンの髪に瞳はヘーゼル。楽しそうにダンスを踊る姿はとても可憐だった。
だが彼女では身分的にも側妃にするのは無理だし、未婚だから愛妾にも出来ない。
そのまま胸に秘めて終わりになると思っていたのに。
その夜、陛下はセレスティーヌを犯した。
どういう手段を使ったのかは分からない。
俺は夜の当番では無かった為、その事を知ったのは翌日になってからだった。
国王陛下と王妃陛下は、三人の王子と王女を一人、計4人の子を授っており、仕事面でも良きパートナーとしてお互いを尊重していると感じられ、今後も仲良くやっていかれるのだと思っていた。
「まさか連れ添って20年。今更こんな裏切りがあるとは思わなかったわ」
王妃様のご心痛は察するに余りある。
「……その娘は純潔だったのでしょう。まさか息子と同じ年の娘を犯すような男だとは思わなかったわ」
そうですね、第二王子と同じお年ですね。そう考えるときっついわ。
「ですが、起きてしまったことはもう如何しようもありません。ご判断をお願い致します」
側室や愛妾は王妃の管理だ。どんなに許せなくても何らかの形を取る必要がある。
渋面を浮かべた王妃様と目が合う。
「貴方は陛下の護衛騎士よね?何故貴方がここに?」
「はい。陛下からご愛妾様のお部屋の準備を急ぐ様にと言付かりました。令嬢のことを知っている者が少ない方が良いと判断し、私が参った次第です」
護衛なんだけどね。お使いじゃないはずなんだけどね。
「あの男は勝手なことを……この事を知っているのは?」
「陛下がどの様な手段で令嬢を連れて来たのかが分かりません。ただ、陛下の私室に着くまでは何の異変も感じられませんでした」
「では、彼個人の諜報部を使ったのでしょう。そんなことに利用されるとは思わなかったわ。彼等が絶対に陛下を裏切らないのは分かっていたけど、人攫いまでするなんてね。では、昨夜の護衛と貴方だけが知ってるの?従者は?」
「護衛の方は薬を使われたのか昏倒させられておりました。従者は部屋に近付く前に止めました」
昨夜の担当じゃなくて本当によかった。
出来れば今日も休みがよかった……
「そう。的確な対応感謝するわ」
そう言って何故かジッと私の顔を見ながら何かを考えている。凄く怖い。
「ねぇ、貴方は結婚しているのかしら」
「……まだです」
「婚約者は」
「……………おりません」
え、何。まさか……
「この国への忠誠は?」
「もちろん、我が身は国に捧げるつもりでこの職務に就いております」
「よかった。では、その娘の夫になってくれるわね?」
やっぱり?やっぱりそうなるの?!
本来、愛妾は既婚者と決まっている。婚姻出来ない女性の純潔を王が奪う事を良しとしないことと、子が出来ても王位は継げないため、婚姻相手の子とするためだ。
えー、美人だけど絶対に触れない妻だろ?お触り禁止で人のモノになっちゃう、というかなっちゃってる妻ってどうなの?!
「腹立たしいけれど、このまま王を犯罪者にするわけにはいかないのよ」
「……かしこまりました。謹んでお受け致します」
父上。申し訳ありません。俺の孫の顔は見せてあげられないようです。赤の他人の孫ならいずれ……辛いわ、コレ。
「そうなると、彼女の部屋の準備と世話係がいるわね。あ、彼女の親御さんは?!」
「それはですね、昨日のうちにお金で解決しているようです」
そうです。陛下とは先程話をしました。
だってね、護衛の交代で私室に向かったら、夜勤担当が倒されてるんだよ。慌てて部屋を確認するよね。
……殺されるかと思った。
彼女が見たかったわけじゃない!
だいたい初めての女性を抱き潰すって鬼かよ!!
そこで無理矢理抱いたこと。父親には王家とは言っていないが、お金で納得して令嬢を渡してくれたこと等を教えてくれた。
お金に困っていたのかもしれないが、デビュタント当日に会ったこともない男に売り渡すなんて信じられなかった。どうやらデビュタントに参加させたのは、金持ちの結婚相手を見つける為だったようだ。
「狡賢くて嫌な男ね。えっと、どこの令嬢だったかしら。それすら知らないわ」
「デュメリー男爵の娘でセレスティーヌという令嬢です」
「とりあえず彼の所に行くわ」
え?あの部屋に突撃するんですか?
「……承知致しました」
そこからの王妃様は凄かった。本当に部屋の中まで入って行き、陛下を扇でぶん殴った。
「その子を殺す気ですか!離しなさいっ!そこの護衛、あ~名前は何だったかしら」
酷いです。さっき無理矢理婚姻を決めたくせに名前すら知らなかったのですか。
「トリスタン・エクトルと申します」
「エクトル伯爵の息子だったの。よかった、彼なら信頼できるわ。とりあえず彼女を運ぶから手伝ってちょうだい」
「駄目だ!他の男に触らせるなど!」
誰これ。こんな人だったの?長年いい子ちゃんして抑えつけてたものがここに来て暴発したのかよ。
「貴方の部屋で診察させるわけにはいかないでしょう!この子を愛妾にしたいならトリスタンの妻にする必要があります。分かるわね?これ以上面倒をかけないでちょうだい」
王妃様の恫喝に、さすがの陛下も大人しくなった。俺の事は睨みつけてるけど。
え?まさか、彼女に暴力を振るったのも俺のせいになっちゃうの?
「大丈夫よ。王宮の医者は口が固いわ」
「……」
胡散臭い……でも言えない。
「デュメリー男爵令嬢。ここでは治療が出来ないため別室に運びます。お体に触れない様にシーツで包みます。苦しかったら言って下さい」
返事は待たずに迅速に動く。下手に間を開けると暴れられる恐れがある。
しかし、疲れきっているのだろう。特に抵抗も無く大人しくしている姿が本当に哀れだった。
今日もアロイス陛下が懇願している。
だが、彼女は何度呼ばれても返事をせず、それどころか目も合わせない。完全なる無視だ。
その強心臓には恐れ入るが、見ているこちらは胃に穴が開きそうなので本当にやめてほしい。
しばらくして陛下が憎々しげに私を見て促す。
……またかぁ。
「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」
「ご愛妾様?」
「……セレスティーヌ様」
名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。
彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛騎士である私だけなのだ。
軽く手で招かれ、側に寄ると耳元で囁かれる。
後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。
死にたくないから止めてくれ!
「……セレスティーヌは何と?」
「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですかと」
ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。
違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです!
アロイス陛下は立派な王だ。この方の護衛が出来る事を本当に誇らしく思っていた。
──あの時までは。
陛下はデビュタントでやって来たセレスティーヌ様に恋をしてしまった。
確かに綺麗な女性ではあった。服装から見て、あまり裕福ではないのだろう。だが装飾品の少ないシンプルなドレスが逆に彼女の清楚さを際立たせていた。
温かみのあるオレンジブラウンの髪に瞳はヘーゼル。楽しそうにダンスを踊る姿はとても可憐だった。
だが彼女では身分的にも側妃にするのは無理だし、未婚だから愛妾にも出来ない。
そのまま胸に秘めて終わりになると思っていたのに。
その夜、陛下はセレスティーヌを犯した。
どういう手段を使ったのかは分からない。
俺は夜の当番では無かった為、その事を知ったのは翌日になってからだった。
国王陛下と王妃陛下は、三人の王子と王女を一人、計4人の子を授っており、仕事面でも良きパートナーとしてお互いを尊重していると感じられ、今後も仲良くやっていかれるのだと思っていた。
「まさか連れ添って20年。今更こんな裏切りがあるとは思わなかったわ」
王妃様のご心痛は察するに余りある。
「……その娘は純潔だったのでしょう。まさか息子と同じ年の娘を犯すような男だとは思わなかったわ」
そうですね、第二王子と同じお年ですね。そう考えるときっついわ。
「ですが、起きてしまったことはもう如何しようもありません。ご判断をお願い致します」
側室や愛妾は王妃の管理だ。どんなに許せなくても何らかの形を取る必要がある。
渋面を浮かべた王妃様と目が合う。
「貴方は陛下の護衛騎士よね?何故貴方がここに?」
「はい。陛下からご愛妾様のお部屋の準備を急ぐ様にと言付かりました。令嬢のことを知っている者が少ない方が良いと判断し、私が参った次第です」
護衛なんだけどね。お使いじゃないはずなんだけどね。
「あの男は勝手なことを……この事を知っているのは?」
「陛下がどの様な手段で令嬢を連れて来たのかが分かりません。ただ、陛下の私室に着くまでは何の異変も感じられませんでした」
「では、彼個人の諜報部を使ったのでしょう。そんなことに利用されるとは思わなかったわ。彼等が絶対に陛下を裏切らないのは分かっていたけど、人攫いまでするなんてね。では、昨夜の護衛と貴方だけが知ってるの?従者は?」
「護衛の方は薬を使われたのか昏倒させられておりました。従者は部屋に近付く前に止めました」
昨夜の担当じゃなくて本当によかった。
出来れば今日も休みがよかった……
「そう。的確な対応感謝するわ」
そう言って何故かジッと私の顔を見ながら何かを考えている。凄く怖い。
「ねぇ、貴方は結婚しているのかしら」
「……まだです」
「婚約者は」
「……………おりません」
え、何。まさか……
「この国への忠誠は?」
「もちろん、我が身は国に捧げるつもりでこの職務に就いております」
「よかった。では、その娘の夫になってくれるわね?」
やっぱり?やっぱりそうなるの?!
本来、愛妾は既婚者と決まっている。婚姻出来ない女性の純潔を王が奪う事を良しとしないことと、子が出来ても王位は継げないため、婚姻相手の子とするためだ。
えー、美人だけど絶対に触れない妻だろ?お触り禁止で人のモノになっちゃう、というかなっちゃってる妻ってどうなの?!
「腹立たしいけれど、このまま王を犯罪者にするわけにはいかないのよ」
「……かしこまりました。謹んでお受け致します」
父上。申し訳ありません。俺の孫の顔は見せてあげられないようです。赤の他人の孫ならいずれ……辛いわ、コレ。
「そうなると、彼女の部屋の準備と世話係がいるわね。あ、彼女の親御さんは?!」
「それはですね、昨日のうちにお金で解決しているようです」
そうです。陛下とは先程話をしました。
だってね、護衛の交代で私室に向かったら、夜勤担当が倒されてるんだよ。慌てて部屋を確認するよね。
……殺されるかと思った。
彼女が見たかったわけじゃない!
だいたい初めての女性を抱き潰すって鬼かよ!!
そこで無理矢理抱いたこと。父親には王家とは言っていないが、お金で納得して令嬢を渡してくれたこと等を教えてくれた。
お金に困っていたのかもしれないが、デビュタント当日に会ったこともない男に売り渡すなんて信じられなかった。どうやらデビュタントに参加させたのは、金持ちの結婚相手を見つける為だったようだ。
「狡賢くて嫌な男ね。えっと、どこの令嬢だったかしら。それすら知らないわ」
「デュメリー男爵の娘でセレスティーヌという令嬢です」
「とりあえず彼の所に行くわ」
え?あの部屋に突撃するんですか?
「……承知致しました」
そこからの王妃様は凄かった。本当に部屋の中まで入って行き、陛下を扇でぶん殴った。
「その子を殺す気ですか!離しなさいっ!そこの護衛、あ~名前は何だったかしら」
酷いです。さっき無理矢理婚姻を決めたくせに名前すら知らなかったのですか。
「トリスタン・エクトルと申します」
「エクトル伯爵の息子だったの。よかった、彼なら信頼できるわ。とりあえず彼女を運ぶから手伝ってちょうだい」
「駄目だ!他の男に触らせるなど!」
誰これ。こんな人だったの?長年いい子ちゃんして抑えつけてたものがここに来て暴発したのかよ。
「貴方の部屋で診察させるわけにはいかないでしょう!この子を愛妾にしたいならトリスタンの妻にする必要があります。分かるわね?これ以上面倒をかけないでちょうだい」
王妃様の恫喝に、さすがの陛下も大人しくなった。俺の事は睨みつけてるけど。
え?まさか、彼女に暴力を振るったのも俺のせいになっちゃうの?
「大丈夫よ。王宮の医者は口が固いわ」
「……」
胡散臭い……でも言えない。
「デュメリー男爵令嬢。ここでは治療が出来ないため別室に運びます。お体に触れない様にシーツで包みます。苦しかったら言って下さい」
返事は待たずに迅速に動く。下手に間を開けると暴れられる恐れがある。
しかし、疲れきっているのだろう。特に抵抗も無く大人しくしている姿が本当に哀れだった。
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