25 / 28
25.幸せをよぶもの
しおりを挟む
「アンブローズ、何を見てるんだ?」
迷子の小僧を発見した。今頃ユリが探し回っているだろうに。
「ありしゃん。ありしゃんみちる」
2歳になったアンブローズは外見はユリシーズ2号だが、中身はジャスミン夫人に似ているらしい。
地面を見つめたまま動かないと思ったら、アリの行列に心を奪われているようだ。
「楽しいか?」
「ありしゃん、しゅごいの。まいごない」
まいごない……なんの呪文だ?
「えい!」
「……それは可哀想じゃないか?」
アンブローズは小石で進路を塞いでしまった。
「ん~ん、まいごない」
「ん?おお、本当だ。小石を避けて列に戻った」
「ありしゃんね~、しゅごいの。あめちゃんうめりゅの。クッキーかみかみちったいするの、よいしょよいしょしるの、でね、ありしゃんね、めめずもうめりゅの」
……駄目だ。さっぱり分からない。
とりあえず蟻は凄いらしい。
「アリさんが凄いのは分かったが、ユリシーズが探していたぞ」
「ん~ん、ありしゃんみちる」
「いや、だがな…」
どうする?アンブローズはなかなかの難敵だ。積み木に夢中なのを抱きかかえたらギャン泣きされたのは記憶に新しい。
「こら、アンブローズ。お約束を守らないのは誰だ?」
おお、父親登場だ!
「先輩すみません。見つけて下さってありがとうございます」
「それがなぁ。蟻に夢中で動いてくれないんだ」
「ありしゃんしゅごいよまいごない」
「そうだな。迷子になってるのはアンブローズだけだ」
「まいごない…ああ、迷子にならないってことか!」
流石だな。よく呪文が理解できるものだ。
「まいごない」
「ジャスミンのそばを離れない約束は?」
「……ん~とね、ちょうちょ!きりぇの、ひりゃひりゃ~ってきりぇの。あむもいっしょした」
「いや、一緒に行ったら駄目だろう。お前はジャスミンと一緒!」
「きりぇのよ?とうしゃまのおめめいっちょよ!ぷりぇじぇとしる、かあしゃまどうぞしるのよ」
「虫さんは猫さんと違って人間が好きじゃないから駄目だ。お外で自由にしてないと死んでしまうんだよ」
「……ユリシーズ。よくその呪文が理解出来るな?」
親って凄い。はっきり言って蟻さんより凄いと思うわ。
「毎日聞いてますから。私の瞳と同じ色の蝶がいたから、ジャスミンにプレゼントしたくて追いかけたそうです」
蝶?蟻じゃなくて?
「子供の好奇心は怖いな。このサイズが迷子になると探すのが大変だ」
「だから王宮にはあまり連れて来たくないんです」
「妃殿下がアイリス嬢を溺愛しているからなぁ」
アイリス嬢はユリシーズの第一子だ。顔立ちはジャスミン夫人によく似た、中身はユリシーズ似の男前な少女に妃殿下はメロメロだ。
「妃殿下が剣を与えるから大変なことに……」
まだ4歳ながら、騎士に憧れる……違うな。騎士になることを夢見る美少女だ。
「子供用の宝剣だろ?刃は潰してあるし」
「毎日素振りしていますよ」
「……筋肉が付き過ぎると成長の妨げになるって伝えておけ」
「なるほど。それでいきます」
ユリシーズは現在オーウェル家傍系のレディング子爵を継いでいる。領地の無い宮廷貴族だ。さすがに子爵家から王家に嫁ぐことはないと思うが……
「ユリシーズ様、アンブローズは?」
おや、夫人も到着だ。そろそろ俺は戻っていいかな。
「アリの行列に夢中だ」
「あ、私も昔やってました。お父様に叱られた覚えがあります。見てるといろんな発見があって面白いんですよね」
うん。やっぱり夫人似のようだ。
「じゃあ、俺は戻ります」
「すみません、探して下さってありがとうございました」
「いえいえ。いつも差し入れをありがとうございます」
そう。ユリシーズが近衛騎士団を辞めてからも、時折差し入れを下さるのだ。
「こちらこそ、未だにユリシーズ様と最近ではアイリスまでお邪魔していますから」
体が鈍ると言って、時々訓練に参加している脳筋と、そんな父親に憧れるアイリス嬢は月に一度の公開訓練日の子供向けの体験教室に訪れるようになった。今では騎士団のマスコットだ。
「二人のおかげで騎士団への差し入れが増えて感謝していますよ」
小さな淑女がちょこまかと頑張る様は見ているとつい頬が緩んでしまう。
「いつか本当に騎士になりそうだわ」
「根性はありますからね」
「ユリシーズ様にそっくりで困ったわ」
「アンブローズは君にそっくりだけどね」
「どちらも可愛いですよ」
「可愛くて困る。嫁に行くくらいなら騎士でいい」
「そうね。ちょっとぽんやりなアンブローズを護る騎士でいいんじゃないかしら」
相変わらず仲良しな夫婦だ。二人が結婚して何年だ?
あの頃は多くの女性が涙に暮れたが、笑顔のユリシーズが尊いと違う意味でも泣いていた。
今では時折現れるユリシーズジュニアのファンも増えてきたとか。
「また来月アイリスと参加するのでよろしくお願いします」
「おお、楽しみに待ってるよ」
「差し入れも大目に持っていきますね」
「団員に伝えておきます!」
あの家族に会うと、なんだか幸せな気持ちになるんだよな。
「ヘクターさま!」
「おや、アイリス嬢。妃殿下と一緒だったのでは?」
「お父様たちを呼びにきたの!ヘクターさまは行っちゃうの?」
「アンブローズが見つかりましたからね」
「ざんねん。また稽古してください!」
「はい。お待ちしてます」
「やた!」
可愛いなぁ。純粋に騎士に憧れてくれるのは本当に嬉しいものだ。
「では、ごきげんよう!」
背中に羽でも生えているかのように、軽やかに駆けていく。
きっとユリシーズに飛びつき、アンブローズとアリを眺め、夫人に今日の出来事をお喋りするのだろう。
なんて幸せで温かい……
「彼女の為に騎士団を辞めてしまったのは本当に驚いたが……」
今では側近としてバリバリと働き、もうすぐ即位される殿下をこれからも支えていくのだろう。
夫人とはおしどり夫婦と言われるほどの仲の良さだ。
彼らの幸せに触れると、つい、自分もその温かさが欲しくなってしまう。
春のひだまりように幸せな家族だから。
「羨ましいぞぉっ!あ~あ、そろそろ俺も結婚しようかな~」
未来の家族を夢見ながら、仕事に戻る為に足を早めた。
【end】
─────────────────────
アンブローズの会話訳
「アリさんね、凄いの。アメちゃん埋めるの。クッキーは噛んで小さくして運ぶの。ミミズも埋めるんだよ」
「蝶々、綺麗なの。ヒラヒラって綺麗なの。アム(アンブローズの愛称)も一緒に行ったよ」
「綺麗なんだ。父様の目と一緒だよ。だからプレゼントするの、母様にどうぞってするんだよ」
【人物紹介】
アイリス・レディング(4歳)
子爵令嬢
外見はジャスミン似。中身はユリシーズ似。
騎士を目指す。
アンブローズ・レディング(2歳)
子爵令息
外見はユリシーズ似。中身はジャスミン似。
最近は昆虫に夢中。迷子の達人。
迷子の小僧を発見した。今頃ユリが探し回っているだろうに。
「ありしゃん。ありしゃんみちる」
2歳になったアンブローズは外見はユリシーズ2号だが、中身はジャスミン夫人に似ているらしい。
地面を見つめたまま動かないと思ったら、アリの行列に心を奪われているようだ。
「楽しいか?」
「ありしゃん、しゅごいの。まいごない」
まいごない……なんの呪文だ?
「えい!」
「……それは可哀想じゃないか?」
アンブローズは小石で進路を塞いでしまった。
「ん~ん、まいごない」
「ん?おお、本当だ。小石を避けて列に戻った」
「ありしゃんね~、しゅごいの。あめちゃんうめりゅの。クッキーかみかみちったいするの、よいしょよいしょしるの、でね、ありしゃんね、めめずもうめりゅの」
……駄目だ。さっぱり分からない。
とりあえず蟻は凄いらしい。
「アリさんが凄いのは分かったが、ユリシーズが探していたぞ」
「ん~ん、ありしゃんみちる」
「いや、だがな…」
どうする?アンブローズはなかなかの難敵だ。積み木に夢中なのを抱きかかえたらギャン泣きされたのは記憶に新しい。
「こら、アンブローズ。お約束を守らないのは誰だ?」
おお、父親登場だ!
「先輩すみません。見つけて下さってありがとうございます」
「それがなぁ。蟻に夢中で動いてくれないんだ」
「ありしゃんしゅごいよまいごない」
「そうだな。迷子になってるのはアンブローズだけだ」
「まいごない…ああ、迷子にならないってことか!」
流石だな。よく呪文が理解できるものだ。
「まいごない」
「ジャスミンのそばを離れない約束は?」
「……ん~とね、ちょうちょ!きりぇの、ひりゃひりゃ~ってきりぇの。あむもいっしょした」
「いや、一緒に行ったら駄目だろう。お前はジャスミンと一緒!」
「きりぇのよ?とうしゃまのおめめいっちょよ!ぷりぇじぇとしる、かあしゃまどうぞしるのよ」
「虫さんは猫さんと違って人間が好きじゃないから駄目だ。お外で自由にしてないと死んでしまうんだよ」
「……ユリシーズ。よくその呪文が理解出来るな?」
親って凄い。はっきり言って蟻さんより凄いと思うわ。
「毎日聞いてますから。私の瞳と同じ色の蝶がいたから、ジャスミンにプレゼントしたくて追いかけたそうです」
蝶?蟻じゃなくて?
「子供の好奇心は怖いな。このサイズが迷子になると探すのが大変だ」
「だから王宮にはあまり連れて来たくないんです」
「妃殿下がアイリス嬢を溺愛しているからなぁ」
アイリス嬢はユリシーズの第一子だ。顔立ちはジャスミン夫人によく似た、中身はユリシーズ似の男前な少女に妃殿下はメロメロだ。
「妃殿下が剣を与えるから大変なことに……」
まだ4歳ながら、騎士に憧れる……違うな。騎士になることを夢見る美少女だ。
「子供用の宝剣だろ?刃は潰してあるし」
「毎日素振りしていますよ」
「……筋肉が付き過ぎると成長の妨げになるって伝えておけ」
「なるほど。それでいきます」
ユリシーズは現在オーウェル家傍系のレディング子爵を継いでいる。領地の無い宮廷貴族だ。さすがに子爵家から王家に嫁ぐことはないと思うが……
「ユリシーズ様、アンブローズは?」
おや、夫人も到着だ。そろそろ俺は戻っていいかな。
「アリの行列に夢中だ」
「あ、私も昔やってました。お父様に叱られた覚えがあります。見てるといろんな発見があって面白いんですよね」
うん。やっぱり夫人似のようだ。
「じゃあ、俺は戻ります」
「すみません、探して下さってありがとうございました」
「いえいえ。いつも差し入れをありがとうございます」
そう。ユリシーズが近衛騎士団を辞めてからも、時折差し入れを下さるのだ。
「こちらこそ、未だにユリシーズ様と最近ではアイリスまでお邪魔していますから」
体が鈍ると言って、時々訓練に参加している脳筋と、そんな父親に憧れるアイリス嬢は月に一度の公開訓練日の子供向けの体験教室に訪れるようになった。今では騎士団のマスコットだ。
「二人のおかげで騎士団への差し入れが増えて感謝していますよ」
小さな淑女がちょこまかと頑張る様は見ているとつい頬が緩んでしまう。
「いつか本当に騎士になりそうだわ」
「根性はありますからね」
「ユリシーズ様にそっくりで困ったわ」
「アンブローズは君にそっくりだけどね」
「どちらも可愛いですよ」
「可愛くて困る。嫁に行くくらいなら騎士でいい」
「そうね。ちょっとぽんやりなアンブローズを護る騎士でいいんじゃないかしら」
相変わらず仲良しな夫婦だ。二人が結婚して何年だ?
あの頃は多くの女性が涙に暮れたが、笑顔のユリシーズが尊いと違う意味でも泣いていた。
今では時折現れるユリシーズジュニアのファンも増えてきたとか。
「また来月アイリスと参加するのでよろしくお願いします」
「おお、楽しみに待ってるよ」
「差し入れも大目に持っていきますね」
「団員に伝えておきます!」
あの家族に会うと、なんだか幸せな気持ちになるんだよな。
「ヘクターさま!」
「おや、アイリス嬢。妃殿下と一緒だったのでは?」
「お父様たちを呼びにきたの!ヘクターさまは行っちゃうの?」
「アンブローズが見つかりましたからね」
「ざんねん。また稽古してください!」
「はい。お待ちしてます」
「やた!」
可愛いなぁ。純粋に騎士に憧れてくれるのは本当に嬉しいものだ。
「では、ごきげんよう!」
背中に羽でも生えているかのように、軽やかに駆けていく。
きっとユリシーズに飛びつき、アンブローズとアリを眺め、夫人に今日の出来事をお喋りするのだろう。
なんて幸せで温かい……
「彼女の為に騎士団を辞めてしまったのは本当に驚いたが……」
今では側近としてバリバリと働き、もうすぐ即位される殿下をこれからも支えていくのだろう。
夫人とはおしどり夫婦と言われるほどの仲の良さだ。
彼らの幸せに触れると、つい、自分もその温かさが欲しくなってしまう。
春のひだまりように幸せな家族だから。
「羨ましいぞぉっ!あ~あ、そろそろ俺も結婚しようかな~」
未来の家族を夢見ながら、仕事に戻る為に足を早めた。
【end】
─────────────────────
アンブローズの会話訳
「アリさんね、凄いの。アメちゃん埋めるの。クッキーは噛んで小さくして運ぶの。ミミズも埋めるんだよ」
「蝶々、綺麗なの。ヒラヒラって綺麗なの。アム(アンブローズの愛称)も一緒に行ったよ」
「綺麗なんだ。父様の目と一緒だよ。だからプレゼントするの、母様にどうぞってするんだよ」
【人物紹介】
アイリス・レディング(4歳)
子爵令嬢
外見はジャスミン似。中身はユリシーズ似。
騎士を目指す。
アンブローズ・レディング(2歳)
子爵令息
外見はユリシーズ似。中身はジャスミン似。
最近は昆虫に夢中。迷子の達人。
3,956
お気に入りに追加
3,524
あなたにおすすめの小説
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新


「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる