【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ

文字の大きさ
39 / 65

38.出会い(3)

しおりを挟む
二人でゆっくりと歩く。
他愛無いことを話しながら、ふと見つけた小さな幸せに笑い合いながら。
こんな穏やかな時間がずっと続くといい。そう思っていても、あっという間に着いてしまった。

本当にこじんまりとした店だ。だが、私にとってある意味人生を変えてくれた店。
どうしてもアシュリー様を連れて来たいと思ってしまった。

「いらっしゃいませ、あら、ジェフ坊じゃないの」
「坊は止めてくれと言ってるでしょうが。
アシュリー様、こちらは店主の奥様で」
「あらあら。まあまあまあまあっ!
ジェフ坊がものすっごい美人を連れてきちゃったわね!」
「……うん。美人だよな。依頼人のアシュリーさん。
ちょっと心臓が悪いんだって。食べていい料理とか分かる?」
「え!?マクレガーさん!」

ごめんな。人に知られたくないのは分かっているが、病には食べ物から気を使わないといけないと知っているから許してくれ。

「ああ、そうなの。じゃあ、塩分控えめでお野菜を多めにしておこうかね。奥の席に行きな。適当に持っていくから」
「よろしく。行こうか」
「……はい」

訳が分からず少し不信感。そんな感じかな。

「申し訳ありません、勝手なことをしました」
「……謝罪を受け入れます」

受け入れるけど許すのは別。と言うことか。

「ハンナさん…、さっきの女性ね。彼女は私の人生の恩人で師匠なんです」
「師匠とは弁護士として?」
「いや、生きる上でだな。……事故の話をしたでしょう?」
「…はい」
「妻のお腹には子供がいた。同じ馬車に乗っていて事故に遭った。生き残ったのは私だけだった」

こうやって自分の過去を話すのは卑怯だろうか。
でも、彼女には聞いてほしいと思った。

「妻とは恋愛結婚ではなかった。それでも少しずつ夫婦として仲を深め、子供を授かった。
……突然二人を喪った。足にも後遺症が残った。
もう、どう生きればいいのか分からなくて。
それなのにね。人間とはそんな時でもお腹が空いてしまうんだ」

あの時は本当に絶望した。

妻と子供を失って悲しみに暮れているはずなのにお腹が鳴った。そんなはずはないと思った。それどころでは無い、人生の終わりを感じているはずなのに。

「……情けなくて泣いたよ。でも泣こうが何をしようが体は空腹を訴え、生きろと命じる。
もう、フラフラになりながら料理の匂いに釣られてこの店に入ったんだ。ボロボロと泣きながら」

いや本当にもう、よく通報されなかったと思う。
無精髭を生やし足にはぐるぐると包帯を巻き、松葉杖をついてよろけながら腹を鳴らして泣きながら入って来る男だ。

「そんな私を見て、『あらあら。随分とお腹がすいてるんだねぇ』と笑いながら温かいご飯を食べさせてくれた。
私は違うんだと、生きているのが辛いのだと泣いた。それなのに腹が減るのが悲しいと泣いた。
そうしたらね、『悲しいうちは生きろと言うことさ。私なんざいつお迎えが来てもいい年だからね。悲しんでいる暇なんかないよ。1日終えるたびに感謝ばかりだ』そう言って笑いながら、バシバシ背中を叩かれた」

おばさんは遠慮なく叩くから結構痛い。
でも、あの言葉に、死とは誰にでも訪れるもので特別では無く、だからこそ後悔の無いように生きなくてはいけないのだと思ったのだ。

「だからね。貴方も私も変わらない。だって死は誰にでもやってくるものだ。
貴方の病は、ただ体を休めなさいという合図であって、それに怯え、大切なものを手放せと言っているわけでは無いんです。
…そうですね。これからはのんびりと、さっきの花のように小さな幸せを見つけながら生きろということですよ」

そこまで話し終えると、ちょうど料理が運ばれて来た。

「おや、美味しそうなクリーム煮だ」

鶏肉とたっぷりの野菜が入ったクリーム煮は、ハンナさんの得意料理だ。

「……はい、美味しそうです」

そう返事をしながらも、美しいアンバーの瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

「ごめん、泣かせてしまったな」

まるで、寄る辺ない子供のように泣く姿に心が痛む。
ハンカチを取り出し、涙が伝い落ちる頬を拭った。

「すみません、泣くなんて…」
「いや、私はもっと号泣していたから。君のように綺麗な涙ではなかったよ。
……泣きたいなら泣いてしまいなさい。
よく一人で頑張ったね。お疲れ様」
「うっ…~~~」

それからアシュリー様は一頻り泣いた。
泣くのことは大切なことだ。涙は心を浄化するから。

涙が止まる頃、ハンナさんが濡らしたタオルを持って来てくれた。

「ジェフ坊や、泣かすならせめてご飯を食べてからにせんかね」
「ああ、すみません。ハンナさんの名言を聞かせたら泣いちゃいました」
「まったく。ほれ嬢ちゃん、これで目を冷やしな。
ご飯は温め直すからもう少し待っていてねぇ」

ここに来ると、私は坊だしアシュリー様は嬢ちゃんだ。
ハンナさんのお年はいったい幾つなのか。

「スッキリしましたか?」
「……お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」
「そうですか?普通ですよ。嬉しければ笑うし、悲しければ泣く。お腹が空いたらご飯を食べて。
ただ、1日を後悔無く過ごす努力をする。あれからの私の日常です」
「……私は駄目です。そんな生活、ずっと出来ていなかった」
「まずはハンナさんのご飯でお腹を満たしましょう?」
「…はい」

それからは美味しい食事をいただき、彼女の話を聞いた。また何度か涙を零しながら、それでも彼女は話し続けた。

「マクレガーさんは不思議です。ずっと誰にも言えなかったことを会って一日で話せてしまいました。
弁護士さんは聞き上手なのでしょうか?」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。
まあ、今日から私達は同じ目的を持って戦う同士です。背中を預けるのに信頼は必要ですから」

そう言った私を、何故か切なげに見て微笑んだ。

「どうしました?」
「……いえ。会って一日の貴方とは信頼関係が結べて、5年も夫婦だった彼とは築けなかったのだなと、少し悲しくなりました」

どうやら伯爵は、アシュリー様にかなり心の傷を負わせているようだ。

「たぶん、求めるものが違ったせいでしょう」
「求めるもの?」
「貴方は妻として、正しく夫と向き合おうとした。
でも、残念ながらご主人は守られる子供でいたかった」
「……こども?」
「ずっとそうやって生きて来たのでしょう。
責任の少ない次男坊として可愛がられ、突然当主として担ぎ上げられた。でも、それすらも母親と貴方に守ってもらえた。
伯爵はそこから成長していないのだと思います。
体だけ成長したお子様は、君の中の母性に惹かれたのでしょう。
お互いに求めるものが違うから、愛情はあるのに理解し合うことが出来ない。
そういうことではないでしょうか」






しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。 婚約者が、王女に愛を囁くところを。 だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。 貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。 それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。

処理中です...