【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ

文字の大きさ
29 / 65

28.五年後(3)

しおりを挟む
……思い出したら胃が痛くなってきた。

あの後はもう彼の独壇場であった。
スペンサー家の顧問弁護士にも協力してもらったが、如何せんクィントン伯爵家と結んだ契約書が存在していた。そして、その契約通りに子供も出来てしまった。どう考えても離婚をすることを私自身が望んでいるとしか思えない状況なのだ。
更に、これ以上抵抗するならば、ウィリアムの親権争いも辞さないと言われ、顧問弁護士も大慌てだ。
契約書にはウィリアムを後継者とする旨が書かれている為、負けることはないと思うが、このまま裁判になればとんだ醜聞だ。
それこそウィリアムの将来にも傷が付く。
建設的な考えが円満離婚というのは本当の事だった。

アシュリーの要望は少なかった。

ウィリアムを守ること。
覚書の通り、母上からの全権限の剥奪。
そして、契約通りにコーデリアを妻に迎え、お腹の子供を婚外子にしないことだった。
但し、今後はクィントン伯爵家からの手出しは一切許さないようにと付け加えられた。

「……なぜコーデリアを許すんだ」

私はどうしてもそれが納得出来なかった。

「許すも何も、貴族令嬢が親の決定に逆らえないことを知っているから。幼い頃から婚外子として虐げられてきた彼女に何が出来たと言うの?
子供だからと逃げていた貴方にだけは言って欲しくありません。
それに、貴方は必ず妻が必要な人でしょう。
貴方を愛し慰める女性という存在が無ければ駄目になるタイプだと思うのよ。
だから、一生再婚しないなんてきっと出来ないわ。なんなら離婚の辛さからお酒に逃げて酔った挙句に行きずりの女性に手を出すかもって考えたら」
「そんなことしない!」
「信じられるわけ無いでしょう?私が辛い時に自分可愛さでコーデリア様を抱き続けてきたくせに」

そう言われると……でも、そんな……。

「だから、変な女の人に引っかかってウィリアムが虐げられる心配をするくらいならコーデリア様がいいと思ったの。
だって彼女は親に愛されない子どもの気持ちが誰よりも分かる人だから。きっとウィリアムを愛する努力をしてくれると信じられる」

……コーデリアだって君を傷付けたのに。
自分の罪を棚上げに、コーデリアを罪の中に引きずり込もうとする自分の汚さに泣きたくなる。
私はアシュリーを愛していると言いながら、ただ慰めが欲しくて抱いていたのだろうか?

「彼女を舐めない方がいいわよ?貴方よりよっぽと根性があるもの。それに冷静で頭もいい。きっと貴方より早く、伯爵夫人としての手腕を振るえるようになると思うわ。

それでも、何度でも言うわね。
本当に後悔しているのなら、ウィリアムの父として恥ずかしくない人になって。そして家族を幸せにしてあげて?私の願いはそれだけよ」

離婚に合意してからはあっという間だった。
慰謝料の金額が決まり、商会の権利などの話し合いも済むと、アシュリーはあっさりとこの家を出て行ってしまった。
その後の住まいの話などは一切教えてもらえず、彼女の無事を知ることが出来るのはウィリアム宛の手紙だけだった。




……何だか緊張する。

じわりと手のひらが汗ばむ。
それは、まったく敵わなかった男に会うせいなのか。

「お久しぶりですね、マクレガーさん」

泰然とした姿は5年前と然程変わっていない。

「5年ぶりですか。お元気でいらっしゃいましたか?」
「そうですね。まあ、元気でやっております」

そんな当たり障りの無い言葉を交わすが、彼が何の為にここに来たのかが分からない。

「……あの、今日はどういったご用件で来られたのでしょうか」
「ああ、突然申し訳ありません。どうしようかずっと悩んでいたのですが、ようやく決心が付いてここまで来た次第です」

そう言うと、何やら箱を取り出した。

「……これは?」
「預かりものです。本来であれば伯爵宛の物では無いのですが、貴方に渡すのが一番良いように思いましたので」

そう言って渡された箱はずしりと重く感じた。

「…何が入っているのですか?」
「どうぞ。開けてくださって結構ですよ」

……なんだ?その異様な雰囲気にのまれつつも、中が気になってしまう。
でも、開けてはいけない気もして──。

「間違っても動物の死骸なんかは入っていませんよ」
「……そんなことは考えもしませんでした」

余計に不安になりながらも蓋に手を掛ける。

恐る恐る開けた箱の中には、同じような物が沢山入っていた。
白であったり水色であったりと、多少色や形に違いはあるが危険な物ではなく、ふわりと優しい香りすらする。
その中から一つだけ取り出して愕然とした。


「……何故、貴方がこれを?」
「妻に託された大切な物ですから」


そこには、見覚えのある美しい文字が記されていた。

それはウィリアムに宛てた、アシュリーからの手紙だった。







しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...