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ある日、王妃様からお茶の誘いがあった。
「リーゼロッテ、ジークがごめんなさいね」
やはり知っていたのね。殿下が変わってしまってもう少しで一年になる。これまで一度も話が無かったことの方がおかしいのだ。
いきなり謝られてなんと答えればいいの。
許しが欲しいのか、謝罪が欲しいのか……
「私が至らないせいで申し訳ありません」
無難に謝罪の言葉を述べる。私などが王妃様に許しを与えられる立場ではない。
「いえ、あの子が愚かなの。でもね……もう少しだけ待ってちょうだい。ちょっとした間違いなのよ。あと少しだけでいいの」
ちょっとした?私の苦痛はその程度のものなの?婚約者に蔑ろにされ、学園の皆から見下されても。
「……はい」
是と言う以外に何が出来るのだろう。
何も進まないまま時間だけが過ぎる。いや、私がマルティナ様に嫌がらせをしている噂だけが加速している。
お話すらしたことが無いのに……
なるべく彼らと出会わないように気を付けていたが、偶然中庭で目が合ってしまった。私を見た途端、不快げに顔を顰める。そんなに嫌なら婚約解消してくれればいいのに!
私は何もしていないのに「キャッ怖い」とマルティナ様が殿下に縋りつく。
「おい、またマルティナを虐めにきたのか?」
「……私はそのようなことをしたことは一度もありません。ですが、そんなに信用ならない悪女だというのなら婚約解消してください」
一方的に悪者扱いをされるのにもいい加減我慢の限界だった。なぜ私だけが我慢しないといけないの。婚約を望んだのはあなたなのに!
「……どうした。まさか他に男でも出来たか?政略の意味も分らぬ阿呆が。貴族の義務も果たせぬのか」
義務?あなたがそれを言うの!?
この一年、婚約者としての義務を一切放棄してきたあなたが!
「はい。致しかねます」
「お前!さすがマルティナを虐げてきた女だ。それが本性か!」
「……私が何を言おうとも信じないのでしょう。そんな人間と結婚するなどお辞め頂いて結構です」
「反省する気もないのか!ならばマルティナに謝罪しろ。その空っぽの頭を地面に擦り付けて詫びろ!」
「……話になりませんね。ではもう結構です。父と共に王宮へ参ります。ではご機嫌よう」
そのまま立ち去ろうとすると、腕を捻り上げられた。
「痛っ!」
「マルティナに謝罪をしろと言っているだろう!」
バシッ!
え、なぐられた?
初めて殴られたショックで呆然としていると、今度は髪を鷲掴みにされ、舗装されたタイルに頭を押し付けられる。あまりの力に受け身が取れず強く打ち付けた。
ポタポタと血が滴る。額が燃えるように熱い。
「ほら、こうやって頭を下げるんだ」
怪我をしたことなど見えていないかのように淡々と告げる声。
こわい、たすけて
あまりの恐怖に涙が溢れ視界が揺らぐ。
「何をしているんだ!」
騒ぎを聞きつけた生徒が慌てて止めに入る。
この声は……だめ、あなたを巻き込みたくない
その言葉を告げることが出来ず、私はそのまま気を失った。
私の額の傷は残るかもしれないと言われた。前髪でなんとか隠れるが、これで婚約解消できるかしら。そう呟くとお父様もお母様も泣きながら謝ってくれた。
その日の夜、王妃様が来てくださった。
「リーゼ、このようなことになって本当に悪かったわ」
「いえ、私が至らず王子殿下を不快にさせてしまったのです。申し訳ありません」
「謝らないでちょうだい。私達がもっと早くに手を打たなくてはいけなかったのに。あなたをこんなに傷つけてしまったわ。あのね、 実は少し事情があったの」
「……王妃様にお願いがあります」
「もちろんよ、なんでも言ってちょうだい!」
「婚約を解消していただけないでしょうか」
ずっと望んでいたことを言葉にすると涙が溢れてきた。ごめんなさい、もう無理です。
「待って!リーゼお願い事情を聞いて?あの子は本当はあなたのことが大切なの。あと少し待ってもらえたら元に戻るはずなのよ」
事情って何?元に戻る?この一年が無かったことになるとでも言うの。
「お許し下さい。私には王子妃になる覚悟が足りなかったのでしょう。殿下に言われた通り、貴族の義務も果たせぬ阿呆です。それに、顔に傷ができてしまってはどうにもなりません。力不足で申し訳ございません。
悪いのは私だけ。家族に罪はありません、どうかお許しください」
「あなた達に罪など無いわ。……そう、あの子はそんなことを言ったのね。馬鹿な子。
……やっぱり事情は聞きたくないかしら」
「申し訳ありません。私は秘密を聞くに値しない人間です。お許しください」
ひたすら頭を下げ続ける。
「……分かりました。陛下には私から伝えましょう。残念だわ。あなたが娘になるのを楽しみにしていたのに」
「その様に言っていただけて嬉しいです。私も義母と呼べる日が来ることを楽しみにしておりました」
「あとは、伯爵とお話しするわね。どうかゆっくり休んで」
「あの、あともう一つだけ!私が倒れたとき、男性生徒の方が殿下を止めてくださいました。どうかその方が殿下に罰されないようにお願いできないでしょうか」
「分かりました。そのようなことが無いよう手配するわ」
「ありがとうございます」
これで終わったのだろうか。
もう、何も考えなくない……
「リーゼロッテ、ジークがごめんなさいね」
やはり知っていたのね。殿下が変わってしまってもう少しで一年になる。これまで一度も話が無かったことの方がおかしいのだ。
いきなり謝られてなんと答えればいいの。
許しが欲しいのか、謝罪が欲しいのか……
「私が至らないせいで申し訳ありません」
無難に謝罪の言葉を述べる。私などが王妃様に許しを与えられる立場ではない。
「いえ、あの子が愚かなの。でもね……もう少しだけ待ってちょうだい。ちょっとした間違いなのよ。あと少しだけでいいの」
ちょっとした?私の苦痛はその程度のものなの?婚約者に蔑ろにされ、学園の皆から見下されても。
「……はい」
是と言う以外に何が出来るのだろう。
何も進まないまま時間だけが過ぎる。いや、私がマルティナ様に嫌がらせをしている噂だけが加速している。
お話すらしたことが無いのに……
なるべく彼らと出会わないように気を付けていたが、偶然中庭で目が合ってしまった。私を見た途端、不快げに顔を顰める。そんなに嫌なら婚約解消してくれればいいのに!
私は何もしていないのに「キャッ怖い」とマルティナ様が殿下に縋りつく。
「おい、またマルティナを虐めにきたのか?」
「……私はそのようなことをしたことは一度もありません。ですが、そんなに信用ならない悪女だというのなら婚約解消してください」
一方的に悪者扱いをされるのにもいい加減我慢の限界だった。なぜ私だけが我慢しないといけないの。婚約を望んだのはあなたなのに!
「……どうした。まさか他に男でも出来たか?政略の意味も分らぬ阿呆が。貴族の義務も果たせぬのか」
義務?あなたがそれを言うの!?
この一年、婚約者としての義務を一切放棄してきたあなたが!
「はい。致しかねます」
「お前!さすがマルティナを虐げてきた女だ。それが本性か!」
「……私が何を言おうとも信じないのでしょう。そんな人間と結婚するなどお辞め頂いて結構です」
「反省する気もないのか!ならばマルティナに謝罪しろ。その空っぽの頭を地面に擦り付けて詫びろ!」
「……話になりませんね。ではもう結構です。父と共に王宮へ参ります。ではご機嫌よう」
そのまま立ち去ろうとすると、腕を捻り上げられた。
「痛っ!」
「マルティナに謝罪をしろと言っているだろう!」
バシッ!
え、なぐられた?
初めて殴られたショックで呆然としていると、今度は髪を鷲掴みにされ、舗装されたタイルに頭を押し付けられる。あまりの力に受け身が取れず強く打ち付けた。
ポタポタと血が滴る。額が燃えるように熱い。
「ほら、こうやって頭を下げるんだ」
怪我をしたことなど見えていないかのように淡々と告げる声。
こわい、たすけて
あまりの恐怖に涙が溢れ視界が揺らぐ。
「何をしているんだ!」
騒ぎを聞きつけた生徒が慌てて止めに入る。
この声は……だめ、あなたを巻き込みたくない
その言葉を告げることが出来ず、私はそのまま気を失った。
私の額の傷は残るかもしれないと言われた。前髪でなんとか隠れるが、これで婚約解消できるかしら。そう呟くとお父様もお母様も泣きながら謝ってくれた。
その日の夜、王妃様が来てくださった。
「リーゼ、このようなことになって本当に悪かったわ」
「いえ、私が至らず王子殿下を不快にさせてしまったのです。申し訳ありません」
「謝らないでちょうだい。私達がもっと早くに手を打たなくてはいけなかったのに。あなたをこんなに傷つけてしまったわ。あのね、 実は少し事情があったの」
「……王妃様にお願いがあります」
「もちろんよ、なんでも言ってちょうだい!」
「婚約を解消していただけないでしょうか」
ずっと望んでいたことを言葉にすると涙が溢れてきた。ごめんなさい、もう無理です。
「待って!リーゼお願い事情を聞いて?あの子は本当はあなたのことが大切なの。あと少し待ってもらえたら元に戻るはずなのよ」
事情って何?元に戻る?この一年が無かったことになるとでも言うの。
「お許し下さい。私には王子妃になる覚悟が足りなかったのでしょう。殿下に言われた通り、貴族の義務も果たせぬ阿呆です。それに、顔に傷ができてしまってはどうにもなりません。力不足で申し訳ございません。
悪いのは私だけ。家族に罪はありません、どうかお許しください」
「あなた達に罪など無いわ。……そう、あの子はそんなことを言ったのね。馬鹿な子。
……やっぱり事情は聞きたくないかしら」
「申し訳ありません。私は秘密を聞くに値しない人間です。お許しください」
ひたすら頭を下げ続ける。
「……分かりました。陛下には私から伝えましょう。残念だわ。あなたが娘になるのを楽しみにしていたのに」
「その様に言っていただけて嬉しいです。私も義母と呼べる日が来ることを楽しみにしておりました」
「あとは、伯爵とお話しするわね。どうかゆっくり休んで」
「あの、あともう一つだけ!私が倒れたとき、男性生徒の方が殿下を止めてくださいました。どうかその方が殿下に罰されないようにお願いできないでしょうか」
「分かりました。そのようなことが無いよう手配するわ」
「ありがとうございます」
これで終わったのだろうか。
もう、何も考えなくない……
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