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6.贅沢で怠惰な朝

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『だって君は一人でも生きていけるだろう?』

違う、そうじゃない、私は……



「待って!」

自分の声に驚いて目を覚ます。

……嫌な夢。久しぶりに見たわ。

「はいはい、一人でも生きていけますよっと」

さっさと起きて身支度をする。
今日から王女様のお世話を任されたのだ。たかだかこんな過去の夢に心を乱されたりはしない。

だいたい一人で生きるって何?私に山奥で自給自足の生活でもしろと言いたかったのかしら。馬鹿みたい。

窓から降り注ぐ日差しが眩しい。

今日も腹が立つくらい良い天気ね。




「おはようございます、イニエスタ卿」
「おはようございます、早いですね。殿下はまだお目覚めにならないかと」
「ですよね。ですから今のうちにお食事をなさって来て下さい。その間は彼が護衛を変わります。私もここにおりますのでご安心下さい」
「ですが……」
「殿下が目覚めた時、貴方がいた方が安心できると思いますよ」

一人で永遠に警護するなんて無理なのよ?

「……分かりました。よろしくお願いします」
「はい、任されました」

よし!今日も勝ったわ。



しかし、イニエスタ卿の食事は早過ぎる。
15分くらいで戻ってきてしまった。

「早食いは体に毒ですよ」
「初日くらいは許してください」

許してと言う割に顔色一つ変えない。旦那様くらい分かりやすいと楽しいのに。


「旦那様、おはようございます」
「おはよう。あの、」
「王女殿下はまだお休みになっています。昼食は難しいと思いますので、本日はお茶でも御一緒されたらいかがでしょうか」

口下手な旦那様に任せておくと、お誘い出来るのが1ヶ月後くらいになりそうなので、勝手に提案してしまう。
明らかにホッとしてるからOKね。

「あの、その、王女は、私のことを……その」

ああ、なんと言っていたか?

『顔が怖いもの』

あー、伝えられないやつだ。

「申し訳ありません。昨夜は大変お疲れのご様子で、湯浴みをしたらすぐに寝てしまわれ、あまりお話が出来ませんでした。
今日はお茶の時間を楽しめるといいですね」

うん。嘘じゃない。言っていないことがあるだけで、嘘は言っていないわ。次は旦那様が頑張って!







さて、9時ね。

「一度殿下をお起こし致します」
「え?ですが」
「寝過ぎると余計に体調を崩します。一度起きて頂き、お食事を取っていただかないと。では、入りますね」

洗顔用のお湯を用意し、ドアを開ける。
ベッドから一番離れた窓のカーテンを開け、少しだけ陽を入れる。 

「おはようございます。デルフィナ王女殿下、朝でございます」
「……ねむいわ……」
「ふふ、左様ですね。ですが、お腹も空いていらっしゃるのでは?料理長の作るふわふわパンケーキは絶品ですの。食べるなら今です。ふわふわが萎んでしまいますよ」
「……ふわふわ」
「はい。ふわふわです。残りのカーテンも開けてよろしいでしょうか?」
「……いいわ」  

ふふふっ、ふわふわパンケーキは正義っ!
貴方様の好みは調べ上げておりますから。

「お部屋でのお食事でよろしいですか?」
「そうね」 
「では、贅沢で怠惰な朝ということで、お着替えはせず、そのままで。更にはベッドの上で召し上がっては如何ですか?」
「……いいの?」
「更に二度寝も有りです」
「いいのっ?!」

やりたいのに中々許されない怠惰な朝!

「今日だけは内緒で!」
「やるわね、クロエ。気に入ったわ」

よーし、一歩前進よ!


これはあの子の夢だった。病気で寝るのではなく、元気なのにベッドの上でだらだらとお菓子を食べてのんびりしてみたい。『ベッドを好きになりたいわ』そう言っていたわね。

貴方は今、あの人と二人でそんな贅沢で怠惰な朝を迎えているのかしら。


駄目だわ。今朝の夢のせいね。無駄に感傷的になってる。

「もし、体調に問題が無いようでしたら、旦那様とお茶でも如何ですか?」
「……二度寝の後に?」
「はい。二度寝の後です」
「分かったわ。任せる」

よし!更に前進よ!




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