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第一章 ヴァレリー編
5.その寂しさは
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「昨日は本っっっ当にすみませんでしたっ!」
翌日、フィリス様に開口一番謝罪されました。
クラスの皆様が驚いています。
「……おはようございます、フィリス様。もう大丈夫ですの?」
「はい!昨日はその、ヴァレリー様達に八つ当たりしてしまって……お恥ずかしい限りです」
えへ、と笑いながら言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまいます。
「謝罪を受け入れるわ。もともと怒ってなどいないもの」
「本当ですか!よかった~っ」
昨日の雰囲気は霧散し、いつもの明るいフィリス様に戻っています。
あの時の彼女は何だったのか。
気にならないわけではありませんが、これ以上踏み込むほどの関心はないですし。これでこのお話はおしまいに──
「本当にそれでいいのか」
「……ディーン様?」
どうして?なぜディーン様はまだ昨日のあの瞬間を引き摺っていらっしゃるの?
「はい。私はそう望んでいます」
フィリス様はそう言ってニッコリと微笑むと、もう話は終わったとばかりに席についてしまいました。
それからの彼女は普段と何も変わらず、よく笑い、時折ミスをし、それを皆が微笑ましく眺め。そんなありふれた日常を過ごしました。
しかし、ディーン様だけが違います。
フィリス様を無表情に見つめ続けているのです。
クラスの皆様も違和感を感じつつも、そんな事を言えるはず無く、何となく居心地の悪い1日となりました。
「フィリス嬢、話をしよう」
「……いいですよ」
ディーン様はどうあろうとフィリス様を逃がす気は無いようです。彼女もそれを感じ取ったのでしょう。素直に話し合いを承諾しました。
「ヴァレリーも付き合ってくれないか」
話し合いに呼ばれるのは私を信頼しているから?それとも、不貞を疑われ無い為の予防策でしょうか。
そんな可愛げのないことを考えながらも、
「もちろんですわ」
参加しないという考えにはなりませんでした。
それから三人で生徒室に向かいました。誰にも話を聞かれたくないからです。
「君の悩みを聞きたいと思う私を許してくれないか」
ディーン様のその言葉は、裏切りの告解のように感じました。だって婚約者がいながら、他の女性の胸の内を知りたいと言っているのです。
「……それを許すのは誰でしょうか」
フィリス様も同じように感じているようです。
「私は君に許されたい」
ただ一人、ディーン様だけがそれに気付かないのです。
フィリス様はディーン様を見つめながら、
「それでいいのですか?」
誰にとも言わず、そう尋ねました。でもそれは、私への確認なのでしょう。
婚約者の目の前で、違う女の心に寄り添おうとする彼を許すのかと聞いているのです。
「……私もお聞きしたいわ」
でも、どうやって止めればいいのですか?
私以外に心を向けないで欲しいと縋ればいいの?そんな惨めな真似が出来ようはずもありませんのに。
だってディーン様はさも当然かのように、私の目の前でフィリス様の心を求めているのです。
そんな私の心を見透かすように、そっと私に視線を向けてくるフィリス様はまるで無感情に見えました。
「私は7歳までの記憶がありません」
「え…」
「覚えているのは、たった一人、森の中に取り残されていた場面からなのです」
そう、淡々と語られたのは、想像していなかった事実でした。
でも少し考えてみれば分かることでした。
伯爵令嬢としての記憶があるならば、孤児院なり何なり、大人にその家名を伝えれば、もっと早くに救出されたはずなのです。
「森の中で、狩りに来ていた村人と出会えた私は幸運だったのでしょう。それでも、村で保護された時には、体中傷だらけでした。
頭にも傷があったみたいなので、怪我をしたせいか、それとも、とても怖い思いをしたせいか。どれが理由かは分かりませんが、私は名前すら覚えておらず、身分を証明できるものも何一つ持っていなかった。
……ふふ。ドレスすらね、着ていなかったんです。ボロ切れのようなワンピース一枚に素足で……。
きっと犯人は私を苦しめたかったのでしょう」
たった7歳の少女が、記憶を失う程の事件に巻き込まれていた。
それはとても衝撃的な告白でした。私は誘拐というものをよく分かっていなかったのです。
「孤児院にはどれくらいいたのですか?」
「そうですね、1年程でしょうか。何も出来ない子供でしたから、皆に迷惑ばかりかけていたと思います。
そこではリリーと呼ばれていました。ほら、この痣が百合の形みたいでしょう?」
そう言って見えてくれた彼女の手首には、ピンク色の百合の花のような痣がありました。
「ある日、私を引き取りたいというご夫婦がいらっしゃいました。子供を病で亡くされたといって、年頃の似た私を引き取ってくれました。
それからは、私の名前はティナになりました」
「……亡くなった子供の名前で呼ばれていたのですか」
「だってその為に引き取られたのです。仕方のないことでしょう?
そこではとても大切にしていただきました。おかげで今も、何とか貴族としてやっていけてます」
その言葉はきっと嘘ではないのでしょう。勉強やマナーなどをしっかりと学べているのが分かりますもの。
「でも、ある日、知り合いのパーティーで飲み物をこぼしてしまって、濡れた手袋を外してしまったんです。
その時にこの痣に気が付いた人がいて、伯爵家に連絡がいったようです。
それから暫くして、私は伯爵家に10年ぶりに戻り、……今度はフィリスになりました。
私はどこでも恵まれています。今だってこうして王子殿下とお話まで出来ていますし」
クスクスと笑う彼女が、何だか──
「……ただ、時折ふと考えてしまうのです。
今の私は誰なのだろうと。
…ふふ。名前が3つもあるというのは、案外困りものですよね」
そう言って、ふんわりと笑ったフィリス様はとても儚げで、いつか何処かへ消えてしまうのではないかと不安になりました。
翌日、フィリス様に開口一番謝罪されました。
クラスの皆様が驚いています。
「……おはようございます、フィリス様。もう大丈夫ですの?」
「はい!昨日はその、ヴァレリー様達に八つ当たりしてしまって……お恥ずかしい限りです」
えへ、と笑いながら言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまいます。
「謝罪を受け入れるわ。もともと怒ってなどいないもの」
「本当ですか!よかった~っ」
昨日の雰囲気は霧散し、いつもの明るいフィリス様に戻っています。
あの時の彼女は何だったのか。
気にならないわけではありませんが、これ以上踏み込むほどの関心はないですし。これでこのお話はおしまいに──
「本当にそれでいいのか」
「……ディーン様?」
どうして?なぜディーン様はまだ昨日のあの瞬間を引き摺っていらっしゃるの?
「はい。私はそう望んでいます」
フィリス様はそう言ってニッコリと微笑むと、もう話は終わったとばかりに席についてしまいました。
それからの彼女は普段と何も変わらず、よく笑い、時折ミスをし、それを皆が微笑ましく眺め。そんなありふれた日常を過ごしました。
しかし、ディーン様だけが違います。
フィリス様を無表情に見つめ続けているのです。
クラスの皆様も違和感を感じつつも、そんな事を言えるはず無く、何となく居心地の悪い1日となりました。
「フィリス嬢、話をしよう」
「……いいですよ」
ディーン様はどうあろうとフィリス様を逃がす気は無いようです。彼女もそれを感じ取ったのでしょう。素直に話し合いを承諾しました。
「ヴァレリーも付き合ってくれないか」
話し合いに呼ばれるのは私を信頼しているから?それとも、不貞を疑われ無い為の予防策でしょうか。
そんな可愛げのないことを考えながらも、
「もちろんですわ」
参加しないという考えにはなりませんでした。
それから三人で生徒室に向かいました。誰にも話を聞かれたくないからです。
「君の悩みを聞きたいと思う私を許してくれないか」
ディーン様のその言葉は、裏切りの告解のように感じました。だって婚約者がいながら、他の女性の胸の内を知りたいと言っているのです。
「……それを許すのは誰でしょうか」
フィリス様も同じように感じているようです。
「私は君に許されたい」
ただ一人、ディーン様だけがそれに気付かないのです。
フィリス様はディーン様を見つめながら、
「それでいいのですか?」
誰にとも言わず、そう尋ねました。でもそれは、私への確認なのでしょう。
婚約者の目の前で、違う女の心に寄り添おうとする彼を許すのかと聞いているのです。
「……私もお聞きしたいわ」
でも、どうやって止めればいいのですか?
私以外に心を向けないで欲しいと縋ればいいの?そんな惨めな真似が出来ようはずもありませんのに。
だってディーン様はさも当然かのように、私の目の前でフィリス様の心を求めているのです。
そんな私の心を見透かすように、そっと私に視線を向けてくるフィリス様はまるで無感情に見えました。
「私は7歳までの記憶がありません」
「え…」
「覚えているのは、たった一人、森の中に取り残されていた場面からなのです」
そう、淡々と語られたのは、想像していなかった事実でした。
でも少し考えてみれば分かることでした。
伯爵令嬢としての記憶があるならば、孤児院なり何なり、大人にその家名を伝えれば、もっと早くに救出されたはずなのです。
「森の中で、狩りに来ていた村人と出会えた私は幸運だったのでしょう。それでも、村で保護された時には、体中傷だらけでした。
頭にも傷があったみたいなので、怪我をしたせいか、それとも、とても怖い思いをしたせいか。どれが理由かは分かりませんが、私は名前すら覚えておらず、身分を証明できるものも何一つ持っていなかった。
……ふふ。ドレスすらね、着ていなかったんです。ボロ切れのようなワンピース一枚に素足で……。
きっと犯人は私を苦しめたかったのでしょう」
たった7歳の少女が、記憶を失う程の事件に巻き込まれていた。
それはとても衝撃的な告白でした。私は誘拐というものをよく分かっていなかったのです。
「孤児院にはどれくらいいたのですか?」
「そうですね、1年程でしょうか。何も出来ない子供でしたから、皆に迷惑ばかりかけていたと思います。
そこではリリーと呼ばれていました。ほら、この痣が百合の形みたいでしょう?」
そう言って見えてくれた彼女の手首には、ピンク色の百合の花のような痣がありました。
「ある日、私を引き取りたいというご夫婦がいらっしゃいました。子供を病で亡くされたといって、年頃の似た私を引き取ってくれました。
それからは、私の名前はティナになりました」
「……亡くなった子供の名前で呼ばれていたのですか」
「だってその為に引き取られたのです。仕方のないことでしょう?
そこではとても大切にしていただきました。おかげで今も、何とか貴族としてやっていけてます」
その言葉はきっと嘘ではないのでしょう。勉強やマナーなどをしっかりと学べているのが分かりますもの。
「でも、ある日、知り合いのパーティーで飲み物をこぼしてしまって、濡れた手袋を外してしまったんです。
その時にこの痣に気が付いた人がいて、伯爵家に連絡がいったようです。
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今の私は誰なのだろうと。
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