2 / 26
第一章 ヴァレリー編
2.時期外れの転入生(2)
しおりを挟む
「改めまして、フィリス・ムーアと申します。
ご存知かと思いますが、半年前まで平民として生活をしておりました。貴族としてはかなり至らないと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
思っていたよりも、というと大変失礼だとは思いますが、しっかりとした挨拶でした。
何よりも、殿下を前にして物怖じしないことが凄いです。
「はじめまして。ヴァレリー・ミュアヘッドです。女性同士の方が話し安いこともあると思います。気兼ねなくお話して下さいね」
当たり障りのない挨拶をすると、
「やだ、女神っ……こちらも美しいわ!」
と、意味不明なことを呟いております。隣でディーン様が爆笑しました。
「ごめ…っ!だって私達にこんなこと言ってくる子はいなかったからっ」
笑いが収まらないらしく、ケタケタと笑っております。こんなディーン様は初めてで、私も対応に困ってしまいました。
「酷いですわ!美麗なお二人がいけないんですよ!?」
そう言ってぷりぷり怒る姿はやはり淑女とは言えません。
淑女とはいつも感情はおもてに出さず、冷静に対応しなくてはいけませんのに。
……それなのに、どうしてディーン様はそんなに嬉しそうなのですか?
「仲良くなれそうでよかった。彼女は君達と同じA組だ。よろしく頼むよ」
「え…」
「凄いじゃないか。編入試験は随分難しかっただろう?」
「はい。でも、お兄様がずっと勉強を見て下さって、何とか頑張ることができました!」
……これには驚きました。学園は成績でクラス分けされます。それが、いきなりA組だなんて。よほど優秀だということでしょう。
「素敵な学友が増えて嬉しいわ。私のことはヴァレリーと呼んでね」
「いいのですか?では、私もフィリスとお呼び下さい」
「では私のことはディーンと呼んでくれ」
なっ、ディーン様っ!?
「え、あの……宜しいのでしょうか?」
「もちろん。さっきも先生が友人に呼んでもらえと言っていたからね。ぜひ、お願いするよ」
さすがに殿下を名前で呼ぶのは畏れ多いのだろう。おろおろとしているけれど……
「……ディーン様が望んでいるのですから大丈夫ですよ」
こう言う以外にどんな手立てがあるでしょうか。
「……では、ディーン様。学園内でだけお名前で呼ばせていただきます」
殿下が願い、婚約者の私が許したのです。彼女には名前を呼ぶ以外の道はありません。
仕方がないのよ。出会って数分で、学園内で殿下を名前で呼ぶことを許された2人目の女性になったのは仕方のないことだったのでしょう。
先生が少し微妙な顔をしながらも、何事も無かったかのように話を続けました。
「ムーアさんはまだ説明が残っています。殿下達は先に教室に戻って下さい」
「分かりました、失礼します。フィリス嬢、また後でね」
「は、はい!」
どうしましょう。これは荒れるかもしれません。
廊下を歩きながら、ディーン様に何と話しかけようかと逡巡する。でも、このままではいけないですよね。
「ディーン様、少しよろしいですか?」
二人で裏庭に移動しました。他の人には聞かれたくなかったから。
「どうした?」
「……フィリス様を特別扱いするのは危険ではないでしょうか」
「特別?」
「お気付きではないかもしれませんが、現在、学園内でディーン様をお名前で呼ぶことが許されているのは、婚約者である私と、あちらに控えているサージェント様だけです。それなのに、いきなり初日から名前で呼ばせるのは如何なものかと」
エミル・サージェント伯爵令息は、幼い頃からご学友として親しくされている方です。学園では護衛を兼ねて、常に行動を共にしています。今だって声が聞こえない距離で待機している、所謂腹心の部下というものなのです。
それなのに、いきなり転入生がその輪に入るというのは……、
「すまない。父上からの頼みでもあるんだ」
「……国王陛下の?」
「ああ。君には伝えておこう。フィリス嬢が誘拐されたのは、妹と間違えられたせいなんだ」
「パトリシア王女殿下と!?」
パトリシア王女は一つ下の妹君です。まさか、誘拐事件に王女様が絡んでいたとは。
「彼女はパトリシアの学友の一人に選ばれてね。ケラハーの湖に遊びに行った時に、背格好が似ていたせいで……。
だから父上は責任を感じているのだよ。学園でも友人として助けて欲しいと言われている。これは誰にも言わないようにね」
「……分かりました。教えて下さりありがとうございます」
国王陛下の依頼ならば仕方のないことです。
「では、私もなるべく親しくなれるように致しますね」
「そう言ってくれると助かるよ。なんせまだ、戻って半年だ。慣れるのには時間が掛かると思うから」
これは中々に面倒な事案だわ。理由を明かせないとなると、他の令嬢達は納得しないでしょうし。
……あら?
先程ディーン様は『はじめまして』と挨拶されたけれど、妹君のご友人でしたのに、本当に会ったことはなかったのでしょうか。
それとも、これも秘密のことなの?
ご存知かと思いますが、半年前まで平民として生活をしておりました。貴族としてはかなり至らないと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
思っていたよりも、というと大変失礼だとは思いますが、しっかりとした挨拶でした。
何よりも、殿下を前にして物怖じしないことが凄いです。
「はじめまして。ヴァレリー・ミュアヘッドです。女性同士の方が話し安いこともあると思います。気兼ねなくお話して下さいね」
当たり障りのない挨拶をすると、
「やだ、女神っ……こちらも美しいわ!」
と、意味不明なことを呟いております。隣でディーン様が爆笑しました。
「ごめ…っ!だって私達にこんなこと言ってくる子はいなかったからっ」
笑いが収まらないらしく、ケタケタと笑っております。こんなディーン様は初めてで、私も対応に困ってしまいました。
「酷いですわ!美麗なお二人がいけないんですよ!?」
そう言ってぷりぷり怒る姿はやはり淑女とは言えません。
淑女とはいつも感情はおもてに出さず、冷静に対応しなくてはいけませんのに。
……それなのに、どうしてディーン様はそんなに嬉しそうなのですか?
「仲良くなれそうでよかった。彼女は君達と同じA組だ。よろしく頼むよ」
「え…」
「凄いじゃないか。編入試験は随分難しかっただろう?」
「はい。でも、お兄様がずっと勉強を見て下さって、何とか頑張ることができました!」
……これには驚きました。学園は成績でクラス分けされます。それが、いきなりA組だなんて。よほど優秀だということでしょう。
「素敵な学友が増えて嬉しいわ。私のことはヴァレリーと呼んでね」
「いいのですか?では、私もフィリスとお呼び下さい」
「では私のことはディーンと呼んでくれ」
なっ、ディーン様っ!?
「え、あの……宜しいのでしょうか?」
「もちろん。さっきも先生が友人に呼んでもらえと言っていたからね。ぜひ、お願いするよ」
さすがに殿下を名前で呼ぶのは畏れ多いのだろう。おろおろとしているけれど……
「……ディーン様が望んでいるのですから大丈夫ですよ」
こう言う以外にどんな手立てがあるでしょうか。
「……では、ディーン様。学園内でだけお名前で呼ばせていただきます」
殿下が願い、婚約者の私が許したのです。彼女には名前を呼ぶ以外の道はありません。
仕方がないのよ。出会って数分で、学園内で殿下を名前で呼ぶことを許された2人目の女性になったのは仕方のないことだったのでしょう。
先生が少し微妙な顔をしながらも、何事も無かったかのように話を続けました。
「ムーアさんはまだ説明が残っています。殿下達は先に教室に戻って下さい」
「分かりました、失礼します。フィリス嬢、また後でね」
「は、はい!」
どうしましょう。これは荒れるかもしれません。
廊下を歩きながら、ディーン様に何と話しかけようかと逡巡する。でも、このままではいけないですよね。
「ディーン様、少しよろしいですか?」
二人で裏庭に移動しました。他の人には聞かれたくなかったから。
「どうした?」
「……フィリス様を特別扱いするのは危険ではないでしょうか」
「特別?」
「お気付きではないかもしれませんが、現在、学園内でディーン様をお名前で呼ぶことが許されているのは、婚約者である私と、あちらに控えているサージェント様だけです。それなのに、いきなり初日から名前で呼ばせるのは如何なものかと」
エミル・サージェント伯爵令息は、幼い頃からご学友として親しくされている方です。学園では護衛を兼ねて、常に行動を共にしています。今だって声が聞こえない距離で待機している、所謂腹心の部下というものなのです。
それなのに、いきなり転入生がその輪に入るというのは……、
「すまない。父上からの頼みでもあるんだ」
「……国王陛下の?」
「ああ。君には伝えておこう。フィリス嬢が誘拐されたのは、妹と間違えられたせいなんだ」
「パトリシア王女殿下と!?」
パトリシア王女は一つ下の妹君です。まさか、誘拐事件に王女様が絡んでいたとは。
「彼女はパトリシアの学友の一人に選ばれてね。ケラハーの湖に遊びに行った時に、背格好が似ていたせいで……。
だから父上は責任を感じているのだよ。学園でも友人として助けて欲しいと言われている。これは誰にも言わないようにね」
「……分かりました。教えて下さりありがとうございます」
国王陛下の依頼ならば仕方のないことです。
「では、私もなるべく親しくなれるように致しますね」
「そう言ってくれると助かるよ。なんせまだ、戻って半年だ。慣れるのには時間が掛かると思うから」
これは中々に面倒な事案だわ。理由を明かせないとなると、他の令嬢達は納得しないでしょうし。
……あら?
先程ディーン様は『はじめまして』と挨拶されたけれど、妹君のご友人でしたのに、本当に会ったことはなかったのでしょうか。
それとも、これも秘密のことなの?
111
お気に入りに追加
781
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら
今夜で忘れる。
豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」
そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。
黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。
今はお互いに別の方と婚約しています。
「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」
なろう様でも公開中です。
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる