私の美しいお姉様。

ましろ

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3.狂った世界

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頭が痛い……
試験までに間に合うか分からない。どうやったらもっと賢くなれるの。

最近は朝から夜までずっと机に向かっている。教師は三人。これだけお金をかけてもらって出来ませんでした、では済まない。


「ティアナ、顔色が悪い。今日は帰ろう」
「……いえ、大丈夫です」
「どこがだ」
「クラウス様、待って下さい!」


お姉様が慌てて呼び止める。このまま帰ったらお父様に叱られる事が分かっているからだ。


「クリスティーネ?」
「……お父様がティアナに一年早く学園に入学するよう命令しました」
「なんだと?」
「貴方に知られたことが父の耳に入ればティアナが罰せられます。お願いです、気付かなかった振りをして下さいませ」
「……何故だ。クリスティーネ、君は理由を知っているのだろう。話してくれないか」


やはりそうなのだろうか。お父様達だけでなく、お姉様も知っているの?知っていて止めずにいるの?
ずっとお姉様だけは優しいと思っていた。でも、アッカーマン家で本当の優しさに触れてしまってからは、お姉様の笑顔が薄っぺらく感じるようになった。
そう、まるで仮面のようだ。


「これは妖精との契約ですの。妖精との約束事は守らなければいけないものです。ご存知ですよね?」


なぜ微笑んでいるのだろう。それが正しいと確信しているから?


「……これからはティアナを誘うのを止めよう」
「駄目ですわ」
「何?」
「ティアナはいつも私と共にいなければいけないの。そう決まっているのです」
「それも妖精との契約だと言うのか!」


お義兄様の怒気を浴びても、何も感じていないかのように美しく微笑む。
……お姉様の笑顔が綺麗なのに気持ち悪い。これは本当に私のお姉様なの?いつからこんな笑顔を浮かべる様になった?


「……俺は勉強が忙しい。だから君達と会うのもアッカーマン家。そして、勉強部屋だ。君達もそのつもりで準備してきて」
「分かりました。お父様にはその様に伝えておきます」
「今日はもう帰ろう。体調が悪いんだ。だから先にアッカーマン家に向かわせてもらう。君達の家は後回しになる。帰る時間が遅くなって申し訳ないがな。
ティアナも家までだいぶ時間が掛かるから君は寝ているといい」


そう言ってようやく優しい顔になった。
上着を脱いで私に掛けてくれる。暑いから預かっていてと言って。
嘘だって分かるわ。全部私を休ませる為の嘘。
なぜ私なんかの為に。

ああ、また『なんか』と思ってしまった。
本当に私は頭が悪い。勉強も出来ず、言いつけも守れない。
こんな私に優しくしなくていいのに。
私は愚かだから。ただ、妹に向けているだけの貴方の優しさに、違う思いを抱いてしまいそうなのに。



……違う。このままじゃ駄目だ。

私は何時まで諦めていると言いながら逃げ続けるの?お義兄様は私の為に色々と手を尽くしてくれているのに、私自身が逃げてどうするの!

戦わなきゃ。どうしたらいいかなんて全然分からない。でも、これ以上流され続けてはいけないことだけは分かるわ。
私は、こんなにも優しくしてくれるお義兄様に恥ずかしくない人間になりたい。

……変わらなきゃ。

まず何をしたらいい?
元凶は妖精。分かっているのはこれだけ。
足りないのは情報ね。妖精が我が家と結んだ契約は何かしら。

たった一つだけ分かっているのはお姉様が妖精に愛されていること。これは間違いない。妖精は綺麗なものが好きなのだもの。
では、私が嫌われる理由は?美しくないから?でも、妖精は綺麗なものが好きでも、平凡な顔が嫌いだという話は聞いたことがない。何か理由があるはずだ。


お義兄様と別れ、お姉様と二人きり。
聞き出すなら今しかない。


「お姉様は本当に綺麗ね」
「ふふ、ありがとう。突然どうしたの?」


眠っていると思っていた私が突然おかしな事を言い出したから少し驚いているみたい。


「やっぱり妖精は綺麗なものが好きなのね」

「そうね。でも習性だから仕方がないわ」
「……私もお姉様に似ていたら妖精に好かれたかしら」
「ごめんなさいね、ティアナ。貴方は綺麗よ?ただ、私が先に生まれてしまったから。
私のせいで貴方が犠牲になって申し訳ないと思っているのよ」


申し訳ないのに笑みを浮かべるのね。
…犠牲。では私の美醜は関係ないということ?


「大丈夫ですわ。大好きなお姉様のお役に立てて嬉しいですもの。どうしたらもっと喜んでもらえるのかしら」


お願い。話しに乗って来て!


「これ以上は申し訳無いわ。大丈夫。あの方は現状に満足して下さっているから」
「……そうですか?でも本当はアッカーマン家にも嫌われた方がいいですよね?お義兄様は優し過ぎますもの」


一番気になっていたこと。私はいつまでアッカーマン家に関わることが許されるの?


「それは問題無いわ。貴方が一緒じゃないとあの方がヤキモチを焼いてしまうもの。同席を許される為だから、ある程度好かれていないと困るわ」


やきもち?まさか……


「そうなんですね。私はお義兄様がお姉様に触れたりするのを防げば良いのですよね?」
「そうよ。だって私はあの方に愛されているの。人間の男が簡単に懸想していい人間ではないでしょう?」
「……そうですわね」


何ということなの。妖精がお姉様を好きなのは分かっていた。でもまさか恋愛感情としてなの?


「……クラウス様もお可哀想に。お姉様を有象無象の男から守る為だけに婚約しただなんて……」


お願い……違うと言って!


「そう?その役目があるから私の側にいることが許されているのよ?名誉なことでしょう」
「……そう…ですね」


……すべてはお姉様を中心に回っていると分かっていたつもりだった。でも……


「私も光栄に思っています。お姉様ただ一人を大切に守っている事の証明の為に……私は愛されずに育てられたのですよね。役目をいただけて嬉しく思います」


もう自分が何を言っているのか分からなくなって来た。そんな狂った世界が存在するの……


「まあ!理解してくれていたのね!でも大丈夫よ、私だけは貴方を愛してあげているでしょう?」


ああ、駄目だ……
涙が溢れてしまう。私の世界が壊れた……


「あらあら、どうしたの?」
「……嬉し涙です……お姉様が……私を愛してくださっていることが……嬉しくて……」


違う違う違う!
私の望んだ愛はこんなに歪んだものでは無い!


「よかった。大好きよ、ティアナ」


この狂った現実をどう受け止めればいいの。

お義兄様。そう、お義兄様さえ守れたら。


「あ!クラウス様にこの話をしては駄目よ?貴方は自力で真実にたどり着いたから大丈夫だけれど、誰かに教えてしまうと罰が下るの。それは知らなかったでしょう?
私はクラウス様も気に入っているから、酷い目に会うのを見たくないのよね」
「……分かりました。教えてくださり感謝致します」


誰にも相談出来ないのね。

変わりたいと思った。
でも、もっと深い沼に沈んだだけ。

ううん、お義兄様を守ることは出来る。
勉強を頑張らなくちゃ。学園でも二人の間にいる為に。もしクラウス様が本当にお姉様を求めたら大変なことになる。それを防ぐことは出来るはず。


絶対にお義兄様を守るわ。





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