溺愛されるのは幸せなこと

ましろ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

中編

しおりを挟む
「本当に帰って来ちゃったのか」
「こないだ伝えたじゃない。そろそろ本気で限界ですと」
「そうだね、言っていたね」

5年前に嫁いだ妹が帰っていた。騎士のパウルと侍女のケーテを連れ、荷物も無く身一つで。

「よく抜け出せたね?」
「パウルは拘束が得意よ。両手両足縛って口を塞いでベッドに括り付けてきたもの。夜だったし、暫く気付かれなかったのではないかしら。トイレに行けず、粗相をしていないといいのだけど」
「おやおや。溺愛する妻にそんなことをされて、さぞ傷付いているだろうね」

そんな兄の言葉に冷たい視線を向ける。

「溺愛?愛玩の間違いでしょう」
「そうなの?」
「ええ。あの男は私がどの様な人間かなど知ろうともしないの。身奇麗にして側に置いて弄くり回して楽しんでいるだけ。どれだけ私が嫌だと訴えても、怒ってる顔も可愛いとか意味の分からないことを言って聞いてくれないの。
ああ、あと、私を痴女だと思っているわ。嫌だと言いながらも喜んでいると信じているの」
「あ──。妹の閨事情は聞きたくないかな」
「あら、失礼」

ツンとすましてお茶を飲んでいる妹を見る。

「でも、そろそろ迎えに来るだろう。如何するんだい?」
「兄様よろしくね」
「やっぱりか」
「だって父様達だと、あの人の私への愛を聞いてすぐに絆されるじゃない?あの二人は恋愛結婚だもの。愛の信者よ。絶対に駄目だわ」
「俺は?」
「そんな二人を冷めた目をして見てたじゃない。愛に流されない兄様が大好きよ」
「はいはい。可愛い妹の為に一肌脱きますよ」
「よろしくね。私は少し寝るわ。部屋まで来させたらぶっ殺す♡」
「……お前をエロ可愛いだけの天使だと、五年も思い込めたケヴィンが信じられないね」
「ね?そう思うわよね?」

ため息を吐きながら、兄ヴォルフは妹の頭を撫でる。

「五年振りの我が家だ。ゆっくり休みなさい」
「……ありがと」






「ヴォルフ殿!イレーネは!」
「はいはい。まずはきちんと挨拶しようか」

馬車ではなく馬で追い掛けて来たのだろう。髪は乱れ、額には汗を滲ませている。妻の実家とはいえ、他家に訪れる姿ではない。

「親しき仲にも礼儀ありだよ」
「あ、の。申し訳ありません。イレーネのことしか頭に無く……この様な姿での訪問をお許し下さい」
「うん。謝罪は受け入れよう。とりあえず座りなさい」

早くイレーネのもとに向かいたいが、これ以上失礼な真似も出来ないとケヴィンは渋々腰掛ける。

「さて。イレーネを迎えに来たようだが、なぜあの子が出て行ったのか理解できたのかな」
「それは……私が愛するあまり嫉妬して」
「うん。違うね」
「え?」
「違わないけど根本が違う。君はあの子の何を愛していると言っているんだ?」
「何……全部です!」
「その答えは狡いな。ちゃんと答えなさい」
「え、あの。ヴォルフ殿に語るのは少し気恥ずかしいのだが」
「では帰りなさい」
「えっ!?」

その時になって、やっとケヴィンはヴォルフが静かに怒っている事に気が付いた。意を決して言葉を紡ぐ。

「……最初は本当に一目惚れで。あの天使の様な美しさに惚れました。でも、それだけではありません!彼女の優しさや、でもちょっとツンデレで素直じゃないところも大好きだし。どんどん好きになって、何処が好きかと言われると本当に困ってしまうんです」
「ツンデレか。まあ、言い得て妙かな。でもね、あの子は意外と素直だよ。あまり我慢はしない。嫌なことは嫌だとはっきりと言える子なんだ。君にもその都度伝えてるはずだけど?」

ヴォルフの言葉にケヴィンは狼狽える。

「……あの、嫌という言葉は照れ隠しでは?」
「まさか。本気で嫌なんだと思うよ。なに。ずっと君は照れ隠しだと思ってまともに取り合わなかったのかい?」

ケヴィンは頷きはしなかったが、蒼白な顔が肯定であると物語っている。

「とりあえず言ってご覧。何を嫌がられたのか」

優しい口調だが、それは命令だ。ここで話を止めたらイレーネに会うことは叶わない。

「……男性とは話さないで欲しい」
「なぜ?」
「彼女に惚れられたら嫌だからです」
「相手が惚れようが、あの子が靡かなければ問題ないだろう」
「でも!」
「はい、次」
「一人で出掛けないで欲しい」
「なぜ」
「だってどんな危険があるか!」
「外出には侍女と騎士を連れているだろう。それで守れない危機とはなんだ?事故か。それを言い出したら、君と一緒に出掛けても事故に合えば危険なのは同じだ。一人での外出を止める理由にはならない」
「……男に絡まれるかもしれないじゃないですか」

ヴォルフが酷く冷たい目でケヴィンを見る。さすが兄妹。蔑む視線がよく似ている。

「ようするに。君はイレーネを信用していないんだね」
「そんなことは!ただ、信じていても心配なだけです!」
「それを信用していないというんだよ。あの子は人妻なのに、愛を囁かれたらすぐに蹌踉めく阿婆擦れだと言いたいのだろう」
「違いますっ!本当に愛してるから心配なだけで!」
「じゃあ君は?女性とはもちろん話さないし、一人での外出も無いのだよね?」

そう言われてしまうと大変困る。付き合いと言うものがあるのだから、会話しないなど難しく、外出だって予定があれば一人で出掛ける。

「あれ?イレーネは駄目で君はいいの?それって何だろうね。あの子を下に見てるのかな。女なんてその程度でいいってことかい?」

違うと否定したくとも、上手い言葉が見つからない。イレーネは駄目で自分はいい理由。考えれば考えるほど、妻だから、女だからとしか言えなくなる。

「まあいいや。次」
「……閨でのことを……」
「ああ!言ってたよ。君はあの子を痴女だと思っているそうだね?」
「はっ!?それは無いですよ!」
「そう?それなら何故使用人の前でそういう事をするんだい?」
「そ……れは……」
「恥ずかしそうにしてる姿が可愛かった?」
「……はい」

だって本当に可愛いのだ。真っ赤になって目を潤ませながら睨み付けてくる顔が。ついつい興奮してしまって、度々やってしまっていた。

「それはかなりの悪手だ」
「……」
「あの子はね。しっかりと淑女として教育されて来たんだよ?人前でふしだらな行為をしたり、そういったものを匂わせる様なキスマーク等も苦手だ。付けて悦に入ってる恋人達を酷く嫌悪した目でいていたよ。それなのに、無理矢理その仲間入りをさせるなんてねぇ。
そういうプレイは相手の同意を得てからじゃないと精神的苦痛でしかないと俺は思うね」
「……申し訳ありません」

既にケヴィンの心はズタボロだ。今まで信じていた妻の可愛らしい行動は、本気の嫌悪だと知ってしまったのだ。更に自分がどれだけ身勝手なのかも。

「……これからは心を入れ替えます。イレーネの嫌がることは絶対にしません!だからお願いです!チャンスをいただけませんかっ!!」

ケヴィンは深く頭を下げた。

「あの子の言葉を理解出来ないくせに如何やって?」

しかし、ヴォルフから返って来た言葉は、許しでは無かった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。 10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。 婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。 その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。 それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー? 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい… ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。 忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。 だから私は婚約者を尾行した。 するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。 まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!! ※誤字脱字報告ありがとうございます。 ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください

ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。 ※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】「今日から私は好きに生きます! 殿下、美しくなった私を見て婚約破棄したことを後悔しても遅いですよ!」

まほりろ
恋愛
婚約者に浮気され公衆の面前で婚約破棄されました。 やったーー! これで誰に咎められることなく、好きな服が着れるわ! 髪を黒く染めるのも、瞳が黒く見える眼鏡をかけるのも、黒か茶色の地味なドレスを着るのも今日で終わりよーー! 今まで私は元婚約者(王太子)の母親(王妃)の命令で、地味な格好をすることを強要されてきた。 ですが王太子との婚約は今日付けで破棄されました。 これで王妃様の理不尽な命令に従う必要はありませんね。 ―――翌日―――  あら殿下? 本来の姿の私に見惚れているようですね。 今さら寄りを戻そうなどと言われても、迷惑ですわ。 だって私にはもう……。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...