姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう

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第02話

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「なあなあセイ! 相変わらずしけた顔だな、ちゃんと食べてるか?」

 依頼表とにらめっこをしているセイに話しかける冒険者の青年。
 装備は傷が目立つものの手入れはしっかりとされており、新人の冒険者でないことはあきらかだった。

 セイが視線を向けるとにかっと笑って見せる。
 獣人の血が混じっていると本人は言っていたが、髪はトラのような赤みがほんのり混じった黄色で、エメラルドグリーンの瞳で笑うと八重歯が見えることからセイは勝手に虎人の血が混じっているかもしれないなと推測していた。

 もっとも、その判断が元の世界の知識基準でのものなので彼に対して口にすることはない。
 何せ異世界よっては、キャベツが飛んだり、レタスも飛んだりするところだってあると、昔読んだ事がある。ただでさえ非常識枠なので、うかつなことは口に出来ない。

 トラがイメージどおりの虎であるとは限らないのだ。

「ああ、ライか」

 セイは彼の姿を確認して名を呼んだ。
 パーティに加えてもらって何度も一緒に遠征したり、色々な依頼を受けたりした冒険者仲間だ。
 彼がとても大きい仕事があるけど一緒に来ないと言われた時に、長期遠征ということもあってセイはその随行を断った。その時に別れてからそれっきりだったのだが……。

 彼らパーティがその大きな仕事から無事。戻ってきて以来、ちょくちょくとライと話すことはある。

 他のメンバーとも面識はあるにはあるのだが、リーダーで人懐っこいライが一番話しやすく、ついつい彼とばかり会話をしていた。

「まーた薬草採取? それよりもさ、もっと別の依頼を受けないの?」

 ギルドに残っている依頼表にめぼしいものはなかった。
 得意の薬草採取も、新人が入ってきたのか、セイにとって都合の良さそうなものは残っていない。
 常設の安いのは、彼が把握している廻り易く採取しやすい場所を一通り刈った後で、今受けるのは面倒だ。

「薬草採取の良いのはないからどうしようかと思っていたとこだが……別の依頼ってなんだ?」

 ライの口から依頼の話が出るのは珍しい。普段なら、パーティの女の子が口を聞いてくれなくなっただの、飲み屋の娘といい仲になったと思ったら男が居ただの、そんな異性についてのあれやこれやばかりだというのに。

 彼の口にする依頼とやらに興味が湧くセイ。

「聞いてくれるのか、セイ。友よ!」

 暑苦しく懐いてくるライ。

「ふっ……いつから友になったと思っていた?」

 つい出来心でそんなことを口にするセイ。

「何……だと……じゃなくていきなり出鼻から挫くなよ」

 別にライは転生者ではないし、偶然だろうけど、おふざけにきちんと乗ってくれるところなんか、嫌いじゃないとセイは感じていた。

「悪い、悪い、でどんな依頼だ。ライがわざわざ俺を誘うなんて珍しいし気にはなるんだが……」

 ギルド協会の依頼掲示板にはセイが興味を示しそうな依頼は残っていなかった。
 となると指名タイプの依頼だろうか、だがそうなると現在パーティを組んでいないセイに話を持ってくるのは変だ。一体、どこからのどんな依頼なのだろう。

 ライが個人的な知り合いであるセイを誘うくらいだ。よほどの何かがあるに違いないと思うのだが、想像がつかない。

 もちろん、面白そうな依頼でランクに見合ったものなら受けるにやぶさかではないのだが。

「まあ、まだ正式な話が降りてきた訳じゃないんだけどな」

 いきなり不穏な空気をかもし出すライの言葉にセイの表情が曇る。

「……少し場所を移そうか」

 これは気軽にここで話すことではないと、何となく感じてライに移動を促す。

「ん?」

 それに対してライは不思議そうに首を傾げた。何のことかさっぱり解らないという表情だ。
 これで高ランクパーティのリーダーだというのだから困ったものだ。

 セイとしては、別にそういう話を持ってくることは構わない。けれど、正式な話でないならもう少し周りに気を使って欲しいものだ。
 気安い分、そういうところがおろそかになりがちなのが困る。

「ここでぺらぺら喋る話じゃなさそうだし、出るぞ」

 そう言ってセイはライを伴ってギルドを出た。


***


「で、一体どういうことなんだ? 正式な話じゃないって」

 昼間から色々な人たちでごった返す大衆酒場に席を取り、セイが切り出す。

「……ここの払いはセイが持ってくれるんだよね」

 真剣な面持ちのライ。彼も大概顔つきは幼いが、酒は大好きだった。
 ここに引っ張り込んだのはお前だから、奢ってくれるんだよな、とライの要求。

「数杯ならいいが、それ以上は内容次第だ」

 セイは仕方ないとライの要求を呑む。全面的にだと、せっかく昨日稼いだ稼ぎも吹き飛びかねないのでほどほどと釘を刺す。

「お姉さんこっちに一杯ちょうだいよー」

 間髪おかずに注文するライ。場所を変えようと提案したのはこっちなので仕方ないが、遠慮も躊躇いもないなとあきれつつ笑うセイ。
 互いに喉を潤わせたところでライが切り出す。

「近々、高貴なお方? がこの街を訪れるって話があって……その手伝いをしないかって話なんだ」

「おいっ、そりゃ口にしたらいけない情報じゃないか!」

 怒鳴りそうな気持ちを抑えつつ、窘める。高貴なお方って時点で、色々不味い気がするんだがライさんや、と言いたくなる。

 はっきりとした身分が明かされなくても、警護態勢とかに影響出るし、軽く口にすることじゃないと思うセイがおかしいのだろうか。

 ライはにこにこしながらセイを見ている。これはまったく解っていない顔だ。

 今は情報漏洩は厳しい……ってこの世界はそこまでではないだろうが、それでも軽く口にしていいことではない。口を塞いでやりたいが注目を浴びるような目立つ動きはしたくない。みんな雑談に華を咲かせて酒を飲んでいて、誰もこっちを見てはいないが、やんややんやと騒ぐとそりゃまあ注意も注目もする。

「……てへっ」

 セイの表情に、しばらく考えてみて視線を横に逸らして舌を出すライ。
 ひょっとしてやっちゃいましたか、と口にはしてないがそんなことを言っている風にセイには見えた。

「…………てへっ……じゃなくて」

 怒りを抑えるのに時間を要した。その間に当の本人は悪びれなく酒を口にしている。
 殴りたい、この笑顔。だが、この脳天気さがあるからこそ気軽に一緒に飲みに行けたりするのだから悪いことだけではないのだが……。

「まあいい。さるお方については聞かないほうが良さそうだが……手伝い?」

「サル? サルじゃなくて……」

「いい、その辺の情報は今は聞きたくない」

 何か口にしそうになるライを手で制して黙らせる。

「うそうそ、冗談だよ」

「いや、あきらかに口にしそうだったぞ。まあいい、で手伝いって?」

 気を取り直すセイ。まあ軽い付き合いにはいいが全面的には信頼できない、そんな感じの男なのだ。
 ダンジョンにも同じパーティで潜ったりもしたし真面目なときの彼は頼もしいことも知っているが、街でのこの様を見ていると少々の不安が拭えない。

「あ、お姉さん。もう一杯……それと肉詰め盛り一つ」

「おいっ、もう一杯飲んだのか」

 人の心配を他所にぐびぐびと酒を飲んで、もう空けていたなんて。

「いやぁ、飲まないと口が軽くならないから」

「だから、軽くなったら駄目だろう。って、もう肉詰めが来たし……」

 セイが説教をしないといけないと思ったところに割り込んでくる肉詰め盛り合わせ。

「お待たせしました」

 にっこりと営業スマイルがまぶしいお姉さんが料理とお酒を運んできた。持ち合わせはあるが……このペースだとちょっと心配になってくる。
 そんな心配はともかく、テーブルに置かれた料理は香ばしくて美味しそうだった。

「ほらほらセイも飲んで!」

 セイにそう勧めながらも積極的に自ら堪能するライ。さっそく肉詰めソーセージを頬張りながら酒を飲んでいる。実に幸せそうな表情を見せつけてくる。

「やっぱ、肉だよな! お肉! お肉!」

 セイも肉料理は好きだが、ライほどではない。ライに遅れてソーセージを口にして酒を飲む。
 もう今日は楽しく飲むようにしようか……じゃない。

「……あやうく呑まれるところだった」

「ん? 酒は飲むものだろう?」

「そうじゃない。で、手伝いって結局どんなんだ。話せる範囲で……」

「ああ、ダンジョンへの随行」

「………………すぅー、はぁーっ」

 素数を数えたくなる。落ち着け、何処のダンジョンとか目的とか口にしていない。

「この街の近くに、初心者くらいしか行かないディッテニィダンジョンってあるだろう? あそこの攻略だかなんだで人を集めているみたいだ。攻略するなら別に俺たちまで声を掛けることはないと思うんだけどな」

 ライが記憶を辿るように視線を上げてあれこれ話してくれる。うん、諦めよう。
 酒で舌の回りが良くなったと納得しつつ、ライに一部を隠して上手く話してくれなんて要求した自分が悪いのだとセイが観念する。

「騎士団も伴ってくるって話だし、どういう意図でギルドに声掛けてきてるのか、さっぱりわかんねー」

「…………嘘だ……嘘だどんどこどーん!」

 騎士団を伴ってくる高貴な人だなんて関わるだけで厄介事しかないじゃないか。何て爆弾を放り投げてくるんだ、この男は。

「嘘じゃないから、てかどんどこどんって何? 何を言っているのセイ」

 唇を尖らせて嘘と言われたことの不満を表すライ。

「すまん、取り乱した」

 つい昔の記憶が蘇って……まああっちの世界でも表でそんなこと口にすることなんてそうそうあるはずもなかったが……。

 何だろう、こうも自分の杞憂した通りに口にされると、思考盗聴の魔法とかあるんじゃないかと思ってしまう。この世界には売ってないが、アルミホイルの帽子で防げたりしないかな、その魔法。
 現実逃避をしたいのか、思考が横道に逸れる。

「……で、本当なんだな」

 真面目な顔でライに尋ねるセイ。

「冗談でそんなこと口にするように見える?」

 酒をぐいっと煽りながらそう言われると、冗談だろうと言いたくなるのだが、さすがに言わない。緑色の瞳がぎろりとこちらを睨みつけている。

「見えなくもないが……ライにしては本物っぽい」

「だから本当だって」

 セイから見て、ライが嘘を言っているようには見えない。というか、こんな嘘をつくような奴ではない。
 嘘をつくならもっと曖昧でしょうもないことでつくし、もっと大げさに言うだろう。

「……だとしても、現状部外者の俺に声を掛けるってどういうことだ?」

「んー……勘?」

「またそれか……はぁっ……」

 ライの言葉にがっくりと肩を落とすセイ。
 パーティを組んでいたときにその恩恵と被害の両方を受けていただけに、それ以上は言えなくなる。

 直感と本人は言っているものの、体験したこと、聞いたこと、からしてどう考えてもそういうあやふやなものじゃない。彼の勘、特別な勘は、神の幸運とか予言の方向の性質を帯びている気がする。

 下手に逆らうと酷い目に遭うし、命の危機だって一度や二度じゃなかったという話もパーティメンバーから聞いているし、セイ自身もパーティに入っていた時に体験している。
こっち進めよ、進まないと死ぬぞー超死ぬぞーという呪いみたいなものだとセイは思ってる。

 つまり、ライがそれを口にしたってことは、セイがその依頼に参加することが決定したと同義だということだ。

 セイの勘としては、面倒な依頼になりそうだという気が凄くするのだが、ライはにこにこしたままだった。

 これは断れない雰囲気だ。というか断るとなんか色々もっと面倒なことになりそうだ。

「ライ、飲むぞ」

 こうなればやることは一つ。総てをスルーして飲む、これしかない。

「おう、任せとけ!」

 自棄酒を決意するセイに、ライは八重歯を見せてにっこりと笑ってみせた。


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