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【王様の精霊】
【王様の精霊】
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セイファート王宮の最奥に位置する王の私室からも垣間見ることのできる小さな美しい庭園は、王と王の許しを得た者しか近寄ることのできない神聖な場であり、人々からはセイファートの空中庭園と呼ばれている。
レイシス王の御世にては王の守護である、光の精霊のお気に入りの場として知られていた。
「エリカ……今朝はすまなかった。反省している」
その空中庭園で、小さな噴水の側に座りこんだ光の精霊の前に膝を付き謝罪の言葉を述べるレイシスは途方に暮れていた。
どんなに謝罪しても、エリカが口を開くどころか、視線を合わせてくれることすらないのだ。
(ゼルダの言う、誠意とやらが足りないのか)
間もなく夕暮れを迎える時刻、恵みの季節を迎えたばかりのこの時期は、陽が陰ってしまえば冷え込みが増すだろう。
そうなる前に、仲直りしたいのに。
「……エリィ」
呼ぶ名に懇願の色合いを濃く出してしまった頃、ゆるゆるとエリカが伏せていた瞳をあげた。
白いような銀色のような、不思議な色合いをした双眸が見上げてくるのに、レイシスは自分が満たされてくるのを自覚し、僅かに苦笑した。
(今日は傍にいてくれなかったから、瞳も満足に眺めていなかった)
そんなレイシスの様子を訝しんだエリカがほんの少し首をかしげると、瞳と同じ色合いの髪が風に揺れる。
「本当に……心から反省しているんだ」
「…………もう、言わない?」
ジッと見つめてくる真っ直ぐな視線とようやく聞く事のできた声は、甘くあったが、どれもレイシスを断罪する強さを秘めていた。
「帰ればいい、だなんて……もう、言わない?」
エリカが己を守護すると言った瞬間、彼女がその代わりに捨てなければならなかった物を一つ一つ心の中で数え上げ、その全てを忘れる事が出来るくらい大切に扱おう、と誓ったのに。
(大切にするどころか、傷付けてばかりだ)
エリカは、この世界を二分にする光の精霊と闇の精霊のうちの片割れである。 四つの力が絶妙なバランスを保って存在する四大精霊とは違い、光の精霊と闇の精霊は相反するものとして常に閲ぎ合っている。
また、光と闇の精霊は昼と夜と言う時の流れにその力を左右される為、エリカは闇の精霊がその勢力を広げる夜になると、ぐったりと気意げに過ごしていた。 だからこそ、定期的に反する属性の力が大きくなる人間界に彼らは滅多に姿を現さず、自身の精霊界に閉じこもっている。
そう言った事情が有りながらも、エリカは人間界に留まる決断を下した。
(火の精霊の加護を持った異母兄上を王位継承者から外す為に……)
四大精霊である火の精霊以上の力がーー光の精霊の加護が必要だったから。
「二度と言わないと誓う」
人を守護する精霊は、対象者であるその人が死ぬまで傍を離れる事が出来ない。
だから、今朝レイシスがエリカに言った「辛いのであれば精霊界に帰ればいい」と言う言葉は、彼女を気遣っての言葉であろうと、決して言ってはならない事だったのだ。
(何よりも俺を選んでくれているのに……)
名君などと持て囃されているくせに、一番大切にしたい相手を煩わせいる自分が情けなくて、レイシスは膝を付いたまま項垂れる。
臣下が見たら驚きのあまり腰を抜かすであろう姿だ。
「なら、もう許してあげる」
ほわりと優しく微笑んだエリカは、その小さな掌でレイシスの亜麻色の髪を撫でつける。
まるで子供扱いのそれにどちらが年上なのかわからない、とばかりにレイシスは小さく声をだして笑った。
「許してくれなかったら、どうしようかと思ったよ」
「それはないから大丈夫。ちょっとお仕置きしてやろうとは思ったけど」
「だから、無視したのか?」
「うん」
悪戯っ子のような笑みを閃かせたエリカに、降参の意味を含めてレイシスは両手を軽く挙げた。 この子供にはどうしたって勝てないらしい。
(勝つつもりも無いが)
さわさわ、と空中庭園に生い茂る木々が風に揺れた。
顔をあげたレイシスは太陽が沈みかけ、緋色に染まりだした西の空を瞳を細めて眺める。
夜が、来る。
「中に戻ろう、エリィ」
そう言うとレイシスは、冷たくなりだした風から光の精霊を守るように己が羽織っていた上着を肩に掛け立つように促すが、エリカは一向に立とうとはしない。
おかしく思って銀の瞳を覗き込もうとすると、可愛らしく小首を傾げたエリカが己へと細い両腕を差し伸べてきた。
「ちょっと怠いから、レイが連れていって?」
抱っこをねだる幼子の様な仕種に、レイシスは唇の端を持ち上げ静かに笑むと、恭しく小さな体を抱き上げる事で、光の精霊の望みを叶える。
「仰せのままに、お姫様」
レイシス王の御世にては王の守護である、光の精霊のお気に入りの場として知られていた。
「エリカ……今朝はすまなかった。反省している」
その空中庭園で、小さな噴水の側に座りこんだ光の精霊の前に膝を付き謝罪の言葉を述べるレイシスは途方に暮れていた。
どんなに謝罪しても、エリカが口を開くどころか、視線を合わせてくれることすらないのだ。
(ゼルダの言う、誠意とやらが足りないのか)
間もなく夕暮れを迎える時刻、恵みの季節を迎えたばかりのこの時期は、陽が陰ってしまえば冷え込みが増すだろう。
そうなる前に、仲直りしたいのに。
「……エリィ」
呼ぶ名に懇願の色合いを濃く出してしまった頃、ゆるゆるとエリカが伏せていた瞳をあげた。
白いような銀色のような、不思議な色合いをした双眸が見上げてくるのに、レイシスは自分が満たされてくるのを自覚し、僅かに苦笑した。
(今日は傍にいてくれなかったから、瞳も満足に眺めていなかった)
そんなレイシスの様子を訝しんだエリカがほんの少し首をかしげると、瞳と同じ色合いの髪が風に揺れる。
「本当に……心から反省しているんだ」
「…………もう、言わない?」
ジッと見つめてくる真っ直ぐな視線とようやく聞く事のできた声は、甘くあったが、どれもレイシスを断罪する強さを秘めていた。
「帰ればいい、だなんて……もう、言わない?」
エリカが己を守護すると言った瞬間、彼女がその代わりに捨てなければならなかった物を一つ一つ心の中で数え上げ、その全てを忘れる事が出来るくらい大切に扱おう、と誓ったのに。
(大切にするどころか、傷付けてばかりだ)
エリカは、この世界を二分にする光の精霊と闇の精霊のうちの片割れである。 四つの力が絶妙なバランスを保って存在する四大精霊とは違い、光の精霊と闇の精霊は相反するものとして常に閲ぎ合っている。
また、光と闇の精霊は昼と夜と言う時の流れにその力を左右される為、エリカは闇の精霊がその勢力を広げる夜になると、ぐったりと気意げに過ごしていた。 だからこそ、定期的に反する属性の力が大きくなる人間界に彼らは滅多に姿を現さず、自身の精霊界に閉じこもっている。
そう言った事情が有りながらも、エリカは人間界に留まる決断を下した。
(火の精霊の加護を持った異母兄上を王位継承者から外す為に……)
四大精霊である火の精霊以上の力がーー光の精霊の加護が必要だったから。
「二度と言わないと誓う」
人を守護する精霊は、対象者であるその人が死ぬまで傍を離れる事が出来ない。
だから、今朝レイシスがエリカに言った「辛いのであれば精霊界に帰ればいい」と言う言葉は、彼女を気遣っての言葉であろうと、決して言ってはならない事だったのだ。
(何よりも俺を選んでくれているのに……)
名君などと持て囃されているくせに、一番大切にしたい相手を煩わせいる自分が情けなくて、レイシスは膝を付いたまま項垂れる。
臣下が見たら驚きのあまり腰を抜かすであろう姿だ。
「なら、もう許してあげる」
ほわりと優しく微笑んだエリカは、その小さな掌でレイシスの亜麻色の髪を撫でつける。
まるで子供扱いのそれにどちらが年上なのかわからない、とばかりにレイシスは小さく声をだして笑った。
「許してくれなかったら、どうしようかと思ったよ」
「それはないから大丈夫。ちょっとお仕置きしてやろうとは思ったけど」
「だから、無視したのか?」
「うん」
悪戯っ子のような笑みを閃かせたエリカに、降参の意味を含めてレイシスは両手を軽く挙げた。 この子供にはどうしたって勝てないらしい。
(勝つつもりも無いが)
さわさわ、と空中庭園に生い茂る木々が風に揺れた。
顔をあげたレイシスは太陽が沈みかけ、緋色に染まりだした西の空を瞳を細めて眺める。
夜が、来る。
「中に戻ろう、エリィ」
そう言うとレイシスは、冷たくなりだした風から光の精霊を守るように己が羽織っていた上着を肩に掛け立つように促すが、エリカは一向に立とうとはしない。
おかしく思って銀の瞳を覗き込もうとすると、可愛らしく小首を傾げたエリカが己へと細い両腕を差し伸べてきた。
「ちょっと怠いから、レイが連れていって?」
抱っこをねだる幼子の様な仕種に、レイシスは唇の端を持ち上げ静かに笑むと、恭しく小さな体を抱き上げる事で、光の精霊の望みを叶える。
「仰せのままに、お姫様」
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