駄目な奴でもなんとか生きていこうと思います

アオ

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ヘーゲルツ王立学園

実地訓練6/閑話8ジセルスside

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僕の頭が今ふわふわしているからか、最初より彼の顔は焚火のせいか血色良く柔らかく見える。
今の彼は先ほどとは違って何かを決めたような、とにかくあの暗い眼をしていないのだ。そのことに少し安堵する。

「なぁ、俺は俺の成りたいものになる。そのために努力しよう。それで、いつかお前に追いついて、横に立てる人間になろう」

殿下が何か言っている。だけど…うーん、眠い。こんなに眠いのははじめてかもしれない。
その眠気を我慢できなくなり殿下の焦った声を聞きながら僕はついに意識を手放した。


―――
(ジセルスside)

俺はジセルス・ディレ・レイシック・サヴァラヒール、サヴァリッシュ王国第4王子だ。王子といっても見ての通り四番目だ。
俺は、一番上の兄のように権力の強い母を持つわけでも二番目の兄のように賢い頭を持っているわけでも三番目の兄のような他国で活躍できるほどものを持っているわけではない。姉たちのように自分の役割を全うし、仲の良い恋人がいるわけでもない。何もない、身分だけしか取り柄がない、ただの道具だ。
こんな俺でも王子としてなにか国のためにできることを、と思った時期があった。だけど俺に才能はなかった。
剣術も、魔術も、政治も。役に立てない。
だから自分に期待することはやめた。

つまらない学園生活。
まわりのやつらは家のくだらない思想に染まるか、そいつらに媚びへつらうしか能のないやつらばかり。
俺も身分しかないから人のことは言えないが。
そんな時急に騎士科の生物教師が変わった。そいつは黒い目まで隠す柔らかそうな髪の毛とやけに幼い容姿が特徴的な人間だった。まあすぐこいつも日常の一部となるのだろう。
だけどそいつはやけに俺を気にしていた。どうせ一番目か二番目のどちらかの兄上の差し金だろう、はじめはそう思っていた。
実地訓練の日、また周りの脳筋どもが騒いでいた。
今日も適当に終わらせるか…。そう思っていたら例の生物教師が現れた。なんでここに騎士科の教師でない教師が…と思っていたら数学のアルファクラスを教えている変人と噂の数学教師までもやってきた。それに生物教師がいつもの教師のローブでないものを着ている。
なんだ…あの洗練された魔術付与は……。周りの者はあれを見て何も思わないのか?
………まあ、いい。俺には関係ないことだ。

そうしていつも通りに及第点くらいもらえそうな活躍をして実地訓練が終わる、と思ったその時。
反対方向に行った班から狼煙が上がった。それに気づいたほかの生徒は慌て、何をすればいいのか瞬時に決断を下すことができなかった。
俺が一声あげるべきか?王子だというのにカリスマ性の欠片もないが、これでも一応身分は王子だ。
そんな葛藤をしていると、あの生物教師が手早く分担を決め、指示をだした。それを聞き、動き出す。俺も救援に向かうことになったらしいので、重い足を動かそうとすると、いきなり足に風が纏わりつき背を押された。
ほかの救援に向かう生徒も困惑した様子でとりあえず足を動かす。
どうやらこれはあの生物教師によってかけられた魔術のようだ。
いまだかつて経験したことのないスピードとかけられた未知数の魔術に生徒たちはまさに阿鼻叫喚の様子で、身体が前に進んでいく。
俺自身も驚いた。おそらくこれは固有魔法だ。術者独自の魔術。なんでこの人は生物を教えてるんだ。魔術を教えた方がいいんじゃないのか?

現場に着くと騎士科のギオツクが血だらけで魔獣が合体したようなものと交戦していた。
それを見て、あいつは応急処置を俺らに指示したかと思うと、一直線にソレに向かって行った。
突然のことで静止する間もなかった。騎士科の教師でこうなってしまっているのだから無理だろ、と思う前にあいつは宙に舞い光り輝く天色の剣をソレの胴体に突き刺し絶命させた。

信じられない。こんなことができる人間がいたのか…。
ひょっとしたら白鷺騎士団長よりも強いかもしれない。今の剣を突き刺した威力はどこから捻出したのか、魔術なのか、それとも剣にそもそも備わっている性能によるものか?知りたい、久しぶりにそう思った。しかし俺はすぐに気づいた。
俺が聞いたところでどうなるんだ?俺が何か言ったところで何も変わらない。
一瞬高揚した気分が途端に収まる。

それから、これで全員退却かと思いきや、ソレは絶命していなかった。
気味の悪い音を立てながら変形していく。こんなもの、もう魔獣ではない。明らかに人為的につくられた、まるで怪物だ。
どうやらあの教師はここに残るらしい。その細身の身体のどこから出ているんだと思わせる脳まで直接届くような大きな澄んだ声を響き渡らせる。同級の者が負傷者を連れて走って去っていく。誰も俺には目を向けない。

ぼうっと立っていると気づいたら逃げ損ねていた。まぁちょうどいい、この教師には責任問題とかの面で申し訳ないと思うがここで死なせてもらおう。
俺がここで死んだとしても毒にも薬にもならない。
それになんだかコレは俺の事を熱心に追いかけてくる。おそらく一番上の兄の差し金だろう。俺を殺したって意味なんてないのに。これで二番目の兄の勢いが削れるとでも思ったのだろうか。わが兄ながらつくづく愚かだ。

身体が勝手に剣を振るうが所詮本能。俺は適当なところで死にたかったから力を抜いた。その隙を狙ってこの怪物は喰らいつこうとしてきた。
あぁやっと、やっと終われるのか…。
そう思っていたらいきなり腹部に暖かいものが当たり気が付いたらあの教師の腕に抱えられていた。
!?
なんで助けるんだよ!俺が王族だからか?俺が死んでもお前程国に有益な人間が厳しい処罰を課せられることなんてないはずなのに。
それでもこいつはあの怪物から俺を逃がすことに夢中なようだ。だけど俺は正直言ってここで死んでしまいたい。
だけど地面におろされたときどうせ喰われるのだからと思い、なぜだかわからないが剣で対抗してみた。やはり俺の方にその怪物は寄ってくる。いよいよか、と思っていると、あの教師があり得ない行動に出た。
せっかく俺の方に攻撃が向いたというのにその小柄な体躯からは信じられないほどの力強さでその怪物の体を剣一本で操り俺を守りはじめた。勇ましく、だけど優雅に剣を振るう。
怪物が吐いた炎によってその人の前髪が焼けて少しになったからか、黒檀色の瞳が良く見えた。真っすぐでどこか陰のある瞳だ。
彼は怪物の首を一斉に遠くへ追いやった瞬間に美しい魔術を織りなした。
それもまた見たことのない魔術だった。
ほかの誰にも生み出せないような壮大な魔法。
助けてもらったというのに「俺にもあんな魔術が使えたら」、「放っておいてくれればよかったのに」といったような思いが出てきた。
ふっこんな考えが出て来るなんて…やっぱり最低だ、俺は。



――
また日を跨いだ……。すみません。
次回もジセルスside続きます。

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