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最終章 来ない明日を乞い願う
第188話 抗い
しおりを挟むまるで夢の中にいるかのような感覚だ。
自分の持てる魔力のほぼすべてをつぎ込んでも、片翼だった頃のように痛みやだるさを感じることはなかった。
妙に自分と、自分以外との境目が曖昧に感じる。
世界と一体となるような、人間の言うところの“神”になったかのような感覚だ。
「成功したのか?」
辺りの光がなくなり日が沈んだ頃、闇が辺りを包み始めていた。
星がやけに明るく、銀河の瞬きが地上に儚く降り続いている。
「成功したよ」
空間に大きな歪みができており、そこから“向こうの世界”が見えた。木々が生い茂り、川のせせらぎが静かに向こうから聞こえてくる。
こちらで枯れ果てている大地が、こうなってしまう前の景色と同じだ。まだ大陸が大幅に海に沈む前、大地が枯れ果てて砂漠が多くなる前の景色。
僅かな木々が懸命に残っているこちらとは違う。
取り切れないほどの緑が生い茂っている。
世界の創造に成功した達成感が遅れてやってきた。
疲れが僕から滲む。
しかし、のんびりはしていられない。
この歪みが消える前に僕は魔女の心臓でこの世界の全ての魔女を縛って“向こうの世界”に送らなければならない。
「みんな、本当にありがとう。あとは僕の心臓を使うだけだ」
クロエが僕を止めようとするのを、リゾンが力づくで止めた。そう止められると僕も負い目を感じてしまう。
「笑って……送ってくれないかな、クロエ」
「っ……めちゃくちゃ言うんじゃねぇよ……これ以上無理なことを言うな」
そうは言いながらも、クロエは僕の方を見て泣きながらも無理に笑顔を作って見せる。
僕はひとりひとりの顔をよく見つめた。
もう言葉はいらない。
口を開いても後ろ髪ひかれるような別れの言葉が出てくるだけだ。
これが最期だと思うと、本当に様々なことが頭をめぐる。ほんの些細なことも、僕はいくつも今までの出来事を思い出した。
僕は初めの魔女、イヴリーンと同じことをするのだと思い起こす。
存在するだけで罪と人間咎められたけれど、人間の為に命を賭して自分の命を差し出した。それが結果としてよかったのか、悪かったのかは僕には判断ができない。
その中で、僕はアナベルと話したことを思い出す。
――過去―――――――――――――――――
「魔女というだけで、人間にとっては罪なの」
「罪名を与えられるとき、魔女は讃えられるのよ」
「人間が罪と定めたもの全て捨てて、楽しく生きられる?」
「あんたの罪は“傲慢”と“強欲”かしら」
「罪と咎められたって、生きる権利はあるわ」
――現在―――――――――――――――――
ふと、自分の罪はなんだったのだろうかを考える。
僕は魔女として、魔女から讃えられるほどの大罪を犯していたのだろうか。
――そんなこと、もう、どうでもいいか……
頭の中に響くアナベルの過去の声を僕は振り払った。
「それじゃ、みんな。後は頼んだよ」
僕は最期の魔術式を構築した。
その魔術式は構築し終えると僕の胸の中へと入って行った。
その魔術式に意識も、魔力も、何もかもを持っていかれるような感覚がした。
――イヴリーンもこんな風に見守られて逝ったのかな……
残る最後の意識でそう考えている間に、馬の走る音が聞こえた。
それと同時に僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、僕の意識は引き戻されることとなる。
「ノエル!!」
僕が目を開くと、そこにはご主人様がいた。
――どうしてここに……なんでここが……?
その疑問が湧き上がりながらも、それよりも僕は驚きが先行して声が出てこない。
馬から飛び降りるように降りて僕に近づこうとする彼は、すぐさまリゾンとクロエに抑えられて膝をつく。
――なんで……
それは愚問だ。
理由は嫌という程僕にはわかる。
「やめろ! 今からでも遅くない! やめるんだ!!」
「この人間……この期に及んで……!」
「てめぇらもなに静観決め込んでんだよ!? てめぇらはこいつが死んでもなんとも思わねぇかもしれないけどな、俺にとっては大事な女なんだよ!!」
ご主人様がそう叫ぶと、リゾンとクロエが一気に険しさを増して殺意となった。
「殺してくれる……!」
リゾンの鋭い爪が彼の喉を切り裂こうとした。
クロエは魔術でご主人様の身体を焼き切ろうとした。
しかし、僕が咄嗟に拘束魔術をかけてリゾンとクロエの動きを封じると、彼らは指一本動かすことができない程に拘束された。
「やめて、2人とも。お願い……」
僕は2人にそうお願いをした。
動かない身体で、顔だけは悔しさを滲ませている。
「拘束を解くけど……お願い、殺さないで。悪気はないの。ごめん」
拘束魔術を解くと、リゾンとクロエは乱暴にご主人様を乱暴に放した。
「この男を殺す!」
「そうだ! ふざけたことぬかしやがって!!!」
「お願い、2人とも。そんな表情で僕を送り出すつもり? 落ち着いて」
僕がそう言うと、ギリッとリゾンは自分の歯を食いしばる。
クロエもけして穏やかではない剣幕でバチバチと身体から電撃がほとばしっていた。
「これだけは言わせてもらうぞ、人間……いいか? お前が知らないだけで、私たちは死線を潜り抜け戦った。これからの生き方や、生きてきた今までの価値観も変わるほど、ノエルに助けられた。死んでもなんとも思わない者などここにはいない!!」
リゾンにそう怒鳴られると、罰の悪そうな顔をしたご主人様は立ち上がる。
それでもご主人様はリゾンやクロエに食って掛かった。
「だったらなんで……こいつを死なせようとするんだよ!?」
「ノエルの覚悟がてめぇには解らねぇのかよ!」
クロエは怒りが抑えられないようで、ご主人様の胸ぐらを掴み上げた。
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