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第6章 収束する終焉
第180話 この世界を変えるんだ
しおりを挟むリゾンとガーネットは素早くその網を跳び上がって避けた。
動けなくなった魔族たちに向かってゲルダだったものは尚も触手を伸ばす。
魔族たちはその執念にたじろいだ。
魔族たちは網の鋭い返しの刃によって暴れるほどに食い込んでいく。
もうなす術がない。
「くそっ……私が網を外す、ノエル! 行け!!」
リゾンが叫ぶように訴える。
僕らはリゾンの声を合図にするようにゲルダに一気に間合いを詰めていく。
それほど遠い距離ではない。
ガーネットは襲いくる肉塊の触手を素早く避け、ゲルダに距離を詰めた。
――あと少し……!
僕がゲルダの翼に触れる寸前、けたたましい叫び声と共にゲルダは魔術式を間近で発動した。
もう防ぐための魔術式を展開するほどの時間がない。
それを感じた僕は反射的に自分の翼で羽ばたき、僕を抱えているガーネットの身体をわずかに魔術の軌道から逸らす。
そして庇うようにガーネットの身体を翼で包み込む。
ドォオオオン……!!!
その音は僕の耳には聞こえなかった。
一瞬気を失っていたような気もするし、ずっと意識があったような気もする。
身体中が痛い。
壁に再び打ち付けられたと解るまでに少し時間がかかった。
血まみれだ。
翼の痛みから、自分の翼が千切れていると思った。
だが、僕の翼は端の部分が少し抉られているだけで千切れている訳ではない。
――どうして……
吹き飛ばされて右肩を壁に打ち付けたようで、右の肩が激しく痛んだ。
うめき声を上げながら僕が身体を起こすと、瓦礫の砂煙であたりが霞んでしまっている。
魔族たちの声が聞こえる。彼らもどうやら無事らしい。
――ガーネット……
ゲルダは先ほどの魔術で相当に疲弊したらしく、一時的に動きを止めていた。
リゾンたちの網を逃れようともがく声が聞こえてくる。
――ガーネットはどこ……
僕は懸命に身体を動かし、立ち上がって辺りを見渡す。
――痛い……
首を動かすにも違和感を感じる。右肩を押さえながら僕はガーネットを探した。
砂煙が少し晴れると、倒れているガーネットの姿を発見する。
――あ……ガーネット……
発見した矢先に、僕は言葉を失う。
ガーネットの右肩は吹き飛び、血液が大量にあふれ出してしまっていた。近場に千切れた右腕が転がっている。
「ガーネット!!」
僕は痛む身体も顧みず、ガーネットの傍に駆け寄って身体を抱きかかえ、氷の魔術で止血を試みた。それでも大動脈が損傷している為、容易に止血できない。
――出血が多い……これじゃ……
「なんで……なんでこんな……」
ガーネットは意識があるようで目を開いた。
苦しそうにしながらも僕の方を見て優しげな表情を浮かべる。
「危なかったな……私が…………うぅっ……いてよかっただろう……?」
堪えきれずに僕は涙をボロボロと溢れさせてしまう。
これでは視界が歪んで前が見えない。
「ガーネット……僕は……死んでほしくなかったから……契約を解いたのに……! 僕の血を飲んで……そうすれば……!」
僕は自分の右手を傷つけて彼の口に含ませようとするが、ガーネットはその手を自分の左手と絡めた。
まるで恋人たちがするそれのように。
「いや……もういい……」
「何を言っているの!?」
ゲルダが再びゆっくりと動き始めた。
かなりゆっくりだ。
もう蓄積していたエネルギーは尽きかけているのだろう。
少し動いては止まり、そしてまた少し動いては止まるという動作を繰り返している。
「お前の血が身体から抜け……解ったことがある……私が“好き”という気持ちを……ッ……理解したのは……お前の血のせいではないことだ……」
「いいから、血を飲んで……このままじゃ死んじゃう……ッ」
それでも尚、ガーネットは僕の血に口をつけようとしない。
僕は左手に傷をつけて自分の血を口に含み、口移しで彼の口に自分の血液を飲ませようと彼の唇に口づけをした。
そのまま彼の口を開かせ、自分の血液を彼に流し込む。
ガーネットの口に僕の血の赤が移った。
しかし彼は僕の血を飲み込まず吐き出してしまう。
「どうして……?」
「お前は……もう……私の食事の対象ではない……ということだ。お前は私の食料ではない……」
「こんなときに……何言っているの……!? お願い……ッ死なないで……ガーネット……ッ!」
僕の涙がガーネットの身体に落ちる。
泣きながらそう言う僕をガーネットは見つめていた。
「お前は私の為に泣いてくれるのか……? いつもあの男の為にしか感情を動かさなかったお前が……」
「当たり前でしょ……シャーロットに治してもらおう……」
僕が彼を担ぎ立ち上がろうと絡めている指を離そうとしたら、強く、しかし力なく手を握られた。
そしてガーネットは僕の名を呼んで
初めて笑った。
「ノエル……お前を“好き”になって……よかった……生きろ……お前が……この世界を変えるんだ……」
泣いている僕の頭を、左手で力なく撫でる。
「ノ……エル……聞こえる……?」
僕がボロボロと泣いていると、ゲルダの方から声がした。
まだ自我があったのかと僕は血の気が引く。
しかしゲルダの様子がおかしい。
「あたし……よ……今……ゲル……ダ様の身体を……抑えてるの……」
「アナベル……?」
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