罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第177話 異形の姿

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【ノエル 現在】

 暗い城の中を照らすと中は余すところなく血の海だった。
 魔女の遺体が凄惨な状態でその辺に打ち捨てられていて、骨や内臓がバラバラに散らばっている。
 襲ってくる異形の肉は何度か道を切り開くために魔術で攻撃すると、奥へ奥へと吸い込まれるように引いていった。
 魔術によって散らばった肉がゲルダのものなのか、あるいは元々倒れていた魔女の肉なのか判別がつかない。
 クロエもアナベルも、肉塊の口に身体の一部を食べられて負傷していた。
 アナベルは首筋、クロエは右手をそれぞれ少しばかり食いちぎられていた。傷は浅いが、クロエからはぽたりぽたりと血が滴っている。

「ノエル、もうすぐゲルダ様の部屋よ。何があるか予想がつかないわ。注意しなさい」

 そう言っているアナベルは珍しく緊張した面持ちだった。リサと対峙したときの表情と似ている。
 死体を操るしか能がないと思っていたが、アナベルは温度変化の魔術も使えるようで肉の温度を奪い凍らせたり、熱を加えて燃やしたりなどの魔術が使えた。
 クロエも雷撃で次々と襲ってくる肉の腕を薙ぎ払っていた。

「そうだね。シャーロットは大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。あたしたちが進んできた後ろにはあの肉はなくなってるし」
「魔族の連中の力を借りた方が良かったんじゃないか?」
「……一長一短だと思ってる。ゲルダが魔女を食べることで魔力を蓄えているなら、魔族が食べられたらそれだけゲルダに力を与えることになってしまうし」

 ところどころ、天井が崩れて光が射しこんでいる。元々中を照らしていた魔術が切れて、光が射しこんでいないところは真っ暗だ。
 僕は見えるが、アナベルとクロエは暗闇では分が悪い。

「ここよ……」

 僕らは大きな扉の前まできた。
 その扉は半開きになっているものの、あの肉塊が分厚く扉に張り付いている。腕が不気味に動き回り、肉塊にある口から「ああああああ」という声が聞こえる。

 ――ここにゲルダがいる……膨大な熱量だ……それに腐臭や死臭も酷い……

 ゲルダに勝てるだろうか。
 いや、絶対に勝たなければならない。
 長年に渡るこの因縁に決着を今つけなければ、この世が滅茶苦茶になってしまう。

「ノエル」

 後ろから声がしたので僕は振り返った。
 タッタッタッタ……と息を少し切らしたシャーロットが走ってきた。その姿を見て僕は少しばかりホッとする。

「無事に合流できてよかった」
「ええ……」

 シャーロットは僕を見た後に扉のうごめく肉塊を見ると、ガタガタと震えだした。

「……重い役割を背負わせて悪かったね」
「いえ……大丈夫です」
「シャーロットは防御壁の中から出ないで。僕らが負傷したら中から治してほしい」
「わかりました……」

 シャーロットは扉の中のものに相当な恐怖を感じているようだ。
 クロエもアナベルも呼吸がいつもより早い。僕も心臓がばくばくいっている。それでも互いにそれを態度に出すことはない。

「シャーロット。守るから。信じて」
「……はい」
「行くよ」

 僕が近づくと、ぎょろぎょろとどこかを見ていた目が全て僕の方を向いた。それと同時に僕らに肉の波が押し寄せる。
 幾重にも腕を伸ばし、その腕に呑まれる前に僕はその肉塊の波を全て燃やし尽くした。
 片端から消し炭になり、やっとその視界が開ける。

「ぁあああぁああぁああああぁ!!!」

 扉ごと焼き払うと中の様子が見えた。

 そこで見た光景に僕ら全員は息を呑む。
 シャーロットの震えはより一層激しくなっていることも、僕は視界に入らないほどその光景に釘付けになる。

 グチャグチャ……クチャクチャ……

 そこには更に異形の姿へと変貌したゲルダの姿あった。
 この前見た芋虫のような姿から、逆に上半身がやせ細り、下半身が肉塊となり床へと広がっていて部屋中に広がっていた。部屋と同化してしまっている。
 その床の肉塊の上には白い羽と血まみれの羽が降り積もっている。まるで雪の上に血をまき散らしたように見えた。
 ドクンドクンと激しく肉塊は脈打っている。

 部屋の端には魔女らしき遺体が部屋の中に山積みになっていて、それを沢山の腕が掴み、口に運んでグチャグチャと咀嚼して食べているゲルダの姿は、おぞましい以外の言葉では表現できない。
 もうゲルダは元の形をほとんど留めておらず、よく見ると皮膚がボロボロになっていて剥がれ落ちてしまっている。しかしその内から次々と新しい皮膚が作られている様だ。
 そして翼が身体に食い込みしっかり根を張っている。

「ひっ……」

 シャーロットはあまりのことに恐れおののいている。僕はシャーロットの身体を囲うように防御壁を構築し、ゲルダの手が及ばないようにした。
 僕は一気に殺してしまおうと、クロエとアナベルと共に雷の魔術式を構築した。
 ゲルダ本体が食べる手を止める。その目は視点を定めておらず、ギョロギョロと不気味に動いていた。

「消えろ!!」

 僕らが高エネルギーの雷を放つと、ゲルダの身体の左半分、部屋の半分があっさりと吹き飛んだ。
 それと同時にゲルダはグラリと倒れ掛かる。しかしすぐさま翼を軸にゲルダの身体がうごめいてよりおぞましく再生した。

「アアアアァアアァあぁあアああアあァぁああアあ!!!!」

 他の魔女の死体を身体全体でズルズルと身体も取り込みながら、より凶悪な見た目になっていく。ボコボコと肉塊がドロドロに融解し、凝固し、グネグネと動いていた。
 それを僕らも放っておいた訳じゃない。
 何度も何度もあらゆる系統の魔術を当てるが、肉はすぐさま再生した。

「2人とも、時間稼いで。特大の魔術式で吹き飛ばす」
「やってる!」

 僕は巨大な魔術式を構築した。
 あのとき、街を破壊してしまうかのように思われた大型のエネルギーそのものと同じ魔術。
 ゲルダだったものは耳をつんざくような叫び声を上げた後、魔術式を構築する。

 ――何!?

 ゲルダが魔術が使えるとは思わなかった僕らは驚いた。
 これは予定外だ。知性の欠片も残っていない状態なのに、魔術を使ってくるとなるとマズイ。

「早くしろ!」

 クロエが雷撃の魔術を打つたび、ゲルダの身体は削れてボロボロになって形を失うが、翼に膨大な魔力を蓄えているらしく何度も何度も身体が再生して僕らに向かって魔術式を再構築する。

 ――あと少し……

 少し気を抜けば僕らは殺される。
 魔術は発動した。
 ゲルダの魔術の方が早く発動し、僕は魔術式を構築している最中で避けられなかった。
 クロエとアナベルも僕を庇うようにゲルダの生成した太い針の雨を身体に受ける。
 脚に針を受けたクロエは膝をつく。アナベルは両目に針を受け、視界を奪われた。
 右肩に太い針を受けた僕は痛みで特大の魔術式の狙いが少し逸れてしまう。
 高エネルギーの光線はゲルダの翼の半分と天井を蒸発させた。

「ギャァアアアアアアアアアッ!!!!!」

 苦しんでいるようで叫び声をあげる。

 だが、ゲルダの翼はすぐさま再生した。

「ぐっ……」
「ノエル! 見てください!」

 シャーロットが翼の付け根の部分の肉塊を指さしながら言った。
 翼は回収するつもりで狙わないようにしていた。だから気づかなかったことがあったようだ。
 翼を大きく損傷し、翼を再生するとき大きく肉塊は消耗し、その蓄えているエネルギーを消費している。
 アナベルは両目に刺さった針を抜き取り、どこからか替えの目を取り出して自分の目にはめた。

「少しひるんでいる様ね」
「結局消耗戦か……」

 僕らの傷はシャーロットが治してくれている。
 だが再生するのを相手が待ってくれている訳もなく、激しい魔術の撃ち合いに突入した。
 針を土の魔術で防ぐが、すぐに破壊されて飛んでくる針や炎、エネルギーの塊、空気の刃、あらゆる魔術が飛んでくる。
 生半可な魔術では翼に到達しない。クロエとアナベルに持ちこたえてもらっている間に、僕が高エネルギーを集中させる時間を稼いでもらった。
 ゲルダは無尽蔵のように再生するのに対し、僕らのほうに分が悪い。クロエとアナベルは徐々に疲れが見え始めていた。

「一回退くか!?」
「これを防ぎ切れてないのに、後退するのは無理だ……! いつの間にか肉塊が扉に密集してる……このまま僕らを飲み込むつもりだ……!」

 後ろから徐々に肉塊がうごめいて僕らを飲み込もうとしている。
 ゲルダが魔術を辞めたら、更に早く僕らを飲み込むだろう。


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