174 / 191
第6章 収束する終焉
第173話 僕が隣にいない人生
しおりを挟む【ノエル 現在】
不思議な感覚がする。
もうこれで、僕の苦しみの何もかもが終わるかもしれない。
それは、負けて僕が死んだ場合だ。
勝ったとしても、実際にどうなるのかは解らない。僕の苦しみは死ぬ意外の方法で終わらせる方法は存在しない。
――いや、違う
僕以外の生き物すべて、苦しみもがきながら、それでも幸せになることを願って前に進み続けている。
僕は死ぬのなら、諦めて悲しみの淵で絶望しながら死ぬのではなく、沢山の大切な者たちに囲まれて笑って逝きたい。
死ぬための生ではない。
生きる為の死だ。
僕はなんだか眠れずに自分の部屋の天井を見上げて、息をゆっくり吐き出した。
――息……してる……
僕は生きていた。
魔女に拘束されて死んだように、死ぬことを許されずに生きていたころとは違う。
僕は自分の選択で生きている。
目を閉じると今まであった色々なことが思い浮かぶ。
一番に思い出すのはご主人様のことだ。身体のことをずっと気にかけていたけれど、僕が傍に居なければずっと生き続けられると知って、物凄く悲しい反面、自暴自棄になっていた彼の人生がこれから始まるのだと思った。
――僕が隣にいない人生……
思い起こすと、ご主人様は僕を探してくれていた。
彼の意思などくみ取る隙は少しもなかった。ガーネットの気持ちを汲み取れなかったのと同じように。
僕は、僕が傍にいない方が幸せだと決めつけているのではないか。
――でも、命をなげうってまで……僕がいた方が幸せだなんて……
生きていてこそだ。
生きているからこそ、苦しみも感じるけれど、それ以上に幸せを感じることができる。
セージが僕を殺さなかったことで幸せだったと言ってくれたことも
アビゲイルが元の身体に戻って、姉のシャーロットと笑いながら食事をしていることも
レインが元気になって、楽しそうに未来を語ることも
リゾンを何度も死に損なって、死んだような目から生き生きした目になってくれたことも
ガーネットが生きて、“好き”という感情を解ってくれたことも
全て生きていてくれたからこそだ。
――だからやっぱり、生きていてくれた方がいい……
本人がどれだけ死に急ぐ結論を求めていたとしても、生き続けていればこそいいことがある。
「………………そう、信じなきゃ……」
ご主人様のいないこの先の未来に、本当に僕の幸せはあるのだろうか。
堂々巡りのその考えに、僕は結局眠れなかった。その間僕は手の鎖や枷をずっと触ってその硬さを確かめていた。
◆◆◆
僕の杞憂も知らずにいつものように日が昇る。
しかし朝日の眩しい日差しを受けることなかった。分厚い雲の曇天だ。
眠れなかったが、それ以外にもなんだか意識がはっきりしない。どこか夢の中にいるような感じだ。
――なんだか……ぼーっとする……
頭を押さえる為に、自分の腕をあげて手を顔の前に持ってきたときにその違和感に気づく。
慌てて飛び起きて自分の爪を確認すると、僕は絶句した。
爪はガーネットの爪の鋭さと変わらない程に鋭くなっており、牙も触ってみると前より圧倒的に鋭くなっていた。
――これは……
ガーネットの首の羽の部分を確認しようとしたが、ガーネットやクロエは食事を獲りに行って留守にしていた。
首の羽を確認する間でもない。相当に同化が進んでしまっている。意識がはっきりしないのも、自我を失いかけている兆候なのではないかと僕は青ざめる。
――ゲルダのところへ行くのを遅くするか……いや、駄目だ。いつアレが街からでてご主人様の命が危ぶまれるか解らない……
僕がなんとか落ち着きを取り戻すと、意識も徐々にしっかりとしてきた。
――うん……大丈夫。大丈夫だ……
自分に言い聞かせながら、息を吐き出す。
一階に降りるとキャンゼルは相変わらず眠ったままだった。決戦に連れていくことはできないだろう。そんな彼女の傍らで、アナベルはつまらなそうに飴を舐めている。アビゲイルもキャンゼルの看病をしている。彼女もまだ幼く、連れていくことは出来ない。
「シャーロット、いいかな」
僕はシャーロットを呼び出して、彼女の部屋で話を始める。
シャーロットのと僕の部屋の違う点は、窓がついていて外の光が入ってくることと、花が花瓶にいけてあることくらいだろうか。
「僕がゲルダに勝てなかったら、レインをお願いね」
「…………はい」
長めの沈黙の中には、彼女の言いたいことが全て含まれているようだった。
「そんな顔をしなくても、僕は大丈夫だよ。シャーロットがいなかったらここまで来られなかった。ありがとう」
「そんな……別れの言葉のようなこと、言わないでください」
泣きそうな顔をしているシャーロットに僕は苦笑いを向ける。
「レインと顔を合せなくてもよいのですか?」
「…………そうしたいけど、そうしたら、僕は戦いに行けなくなっちゃうかもしれないから。泣いてるレインの姿はいたたまれないからね」
「なら、泣かせないようにしてください」
「うん。シャーロット……解ってるね?」
「ええ……解っています」
もしものとき、有事のときはすべて彼女に託してしまっている。その「解っています」は僕が求める全ての意味を含んでいた。
その言葉を聞いて安心した僕は、安堵の笑みを浮かべた。
「雨が……降りそうですね……」
シャーロットが窓の外を見ながらつぶやく。確かに分厚い雲が空を覆っているようだ。
「そうだね……。僕はリゾンと話をするから。行く準備をしておいて」
「はい」
彼女の背中には哀愁が漂っていた。
彼女も僕と同じでずっと虐げられていた魔女だ。その決着を今日つけることになるのだろう。
僕は彼女を見送った後に自分の部屋へ足を運び、異界にある自分の羽を通して魔術で繋げた。部屋一面に僕の羽を中心に四方八方の映像が映し出された。
僕の部屋と同じ暗い部屋だ。
蝋燭の炎の心許ない明かりでかろうじてどこなのかが解った。
僕の羽はリゾンの手首に装飾品としてつけられているようで、リゾンの腕を中心に周りが見える。どうやら魔王城の書斎のような場所で書類を作成している様だった。
「リゾン、今いいかな?」
「貴様か……いきなり魔術を発動させるな。私が入浴中だったらどうするつもりだ? それよりも遅いぞ。何をしていたらそう遅くなるのだ」
今いいか聞いただけなのにもかかわらず、2つの文句がリゾンから浴びせられる。
「リゾンの入浴の予定なんて知らないよ……」と口に出す寸前だったが、その言葉を飲み込み本題に入る。
「実は予定が変わったんだ。これから女王を討ちに行く」
「はぁ? なんだそれは、いつ決まったんだ?」
「昨日」
リゾンは頭を指で軽く押さえる。明らかに呆れているような仕草だ。
「馬鹿なのか貴様。変化があったら逐一連絡しろ」
「女王と戦うのは僕なんだから、別にいいでしょう」
「馬鹿者。私が頭の足りないお前の代わりに計画を立てたのだ。勝手に1人で死にに行くな」
「死にに行くわけではない」と内心思ったが、反論する気力がない。それよりも、変化があったら連絡しろなどといって、そちらの変化の様子は全く伝わっていないという点が一番腑に落ちない。
リゾンなら僕に連絡をする為の魔術もできるはずなのに。
「……その計画、いつ立ったの?」
「昨日だ」
その真面目な言いぐさに僕は思わず笑ってしまった。
僕が失笑したのと同時にリゾンもニヤリと笑う。
「もしかして、からかってる?」
「あぁ。やっといい面構えになったな。先ほどまで目が死んでいたぞ」
自覚はなかったが、どうやら目が死んでいたらしい。鏡がないので自分の顔を見る機会がなかったが、寝不足も相まって相当酷い顔をしていたようだ。
リゾンが気遣って僕を笑わせてくれたのだと思うと、僕は苦笑いをした。
「ごめんごめん。独りでいると色々考えちゃってさ……」
いつもそうだ。独りでずっと考え事をしていると、どうしても暗い方向に考えてしまう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。


愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる