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第6章 収束する終焉
第171話 意識の混濁
しおりを挟む意識が戻ると、僕はリゾンのいた地下室にいた。冷たい色合いの牢屋の格子や、合金の鈍い光が僕の目に入ってくる。
――なんでこんなところに……
ジャラッ……
腕を動かすと、僕の腕にはリゾンがつけていた枷がついていることが解った。
――え……?
「起きたのか」
檻の外からガーネットの声がした。
身体を起こそうとするとめまいを感じた。首にも枷がついていて、その鎖はジャラジャラと音を立てている。
「なんで僕……閉じ込められているの?」
「……お前なんだな?」
「え? 何言ってるの……?」
「そうか……」
頭がぼーっとする。
なんだか物凄く酷い気分だ。頭がやけに重い感じがしてグラグラする。
「なんで閉じ込められてるのか、教えてもらってもいいかな?」
頭を押さえながら僕はガーネットにそう尋ねた。
彼は答えづらそうになかなか答えようとしない。
頭がぼーっとする。
もしかして、僕はまだ夢を見ているのだろうか。
「お前が、あの地味な魔女の一撃でほぼ致命傷を受けた後、私も倒れた。そこまでは覚えているか?」
「うん……エマにしてやられたことは解るけど……それからは覚えてない」
「…………その後、あの腐った魔女がお前の血液を私の口に流し込んだ。それも大量に」
その言葉を聞いて僕は自分の手の爪を確認した。
しかし目立った変化はない。八重歯も触ってみたが特別尖っている訳でもない。
それを確認すると、私はホッとした。
「間一髪で死ぬところだったわけだね」
「あぁ……その程度ならまだ良かったが……お前がずっと危惧していたことが起きた」
「…………意識の混濁……か」
「お前は魔女の女王と対峙したときのように、何の魔術か解らないドロドロした黒い何かをそこかしこから出して……腐った魔女とアホの魔女を襲った」
「え……」
頭がはっきりしない中でもそれが重大なことだということだけは解った。しかし、全く何も覚えていない。
「それで……2人は生きてるの?」
殺してしまっていたら、僕の計画は頓挫してしまう。それだけは考えたくないことだ。
聞きたくない気持ちも強くあったが、聞かずにはいられない。
「生きているが……顔に爛れのあった魔女や女王のような……得体のしれない爛れができてしまっていてアホの方は重症だ」
「…………なんてことを……」
自分がとんでもないことをしてしまったと、鎖のジャラジャラという音を響かせながら頭を抱える。
しかし、生きているならまだ希望はある。
「一先ず、無差別に魔術を使うお前をなんとか私が気絶させ、この地下牢につないだ」
「ガーネットは……怪我しなかったの?」
「………………」
その沈黙が答えだった。
彼も相当に怪我をしたのだろう。
しかし、彼は僕にそう告げられずにいた。
「ごめん……」
「構わない。お前も同じ傷を負って苦しんでいたからな」
「………………」
自分の身体を確認するが、腹部の服が破けている以外にも、肩の部分に不自然に血がついているのが解った。
しかしそれも僕の血を飲んだガーネットのおかげでたちまちに治ったのだろう。傷痕のようなものは一切残っていない。
「……あのアホが再起不能になった場合は、世界を作る魔術式はどうするつもりだ?」
「駄目だ……キャンゼルが欠けると魔術が成立しない」
ジャラジャラと僕は鎖が身体に絡むのも構わず、膝を抱えて落ち込んだ。
――もう駄目だったら……どうしたらいい……?
そう考えていた矢先、ガシャンと乱暴に地下への扉が開き、誰かが降りてくる。
僕が目をやると驚くべき人物が降りてきた。
降りてきたのはエマだ。
「エマ……?」
「ざんねーん。あたしよ。あたし」
その口ぶりで、それはアナベルであることが解る。
どうやら僕に襲われたとき、アメリアの身体はもう使い物にならなくなってしまったらしい。
「アナベルか……」
「もう、身体をとっかえひっかえするのも大変なんだから、勘弁してよね」
軽薄にひらひらと手を動かす。特に僕に対して怨恨も何もないようだ。
あの堅いエマがそうしている姿がなんとも言えない違和感を誘う。
「……ごめん。それで……キャンゼルの方はどう?」
「んー? あのアホちゃんはもう駄目ね。あ、駄目って言うのは魔術はもう使えないって意味ね」
アナベルからそう告げられたとき、僕は絶望の境地に立たされた。
冷や汗が出てくる。
喉もからからだ。
言葉が中々出てこない。
心臓が激しく暴れている。
「腕が……なくなったの……?」
「なんだ、やっぱりあんた覚えてないの。腕はついてるけど、魔道孔が癒着しちゃってもうあれは無理ね。シャーロットにも治せないみたいだし」
「…………やっぱり、もう世界を作るのは無理だ……」
絶望だ。
もう駄目だ。
魔女にも人間にも安息は訪れない。
魔女を魔術が使えなくしたとしても、迫害の歴史をまた繰り返すだけだ。
その絶望感は僕を徹底的に打ちのめした。
後ろから鈍器で殴られたような感覚に僕は再び眩暈を感じる。
「なーに暗い顔してんのよ。まだ方法はあるでしょ?」
アナベルは絶句して言葉を失っている僕に、さも当然かのようにそう告げた。
「他の方法なんてないよ」
「あんた、もしかして頭堅いの? 簡単よ」
片腕を組み、もう一方の手の人差し指でくるりと円を描き、笑いながらアナベルは言葉を続けた。
「あんたの翼をゲルダ様からはぎ取って、あんたに戻せばいいのよ。そうすればあのアホちゃんがいない分なんて簡単に補填できるでしょ?」
もしかしたら勝算のある提案かと思っていただけに、僕はがっかりした。
確かに僕も、僕が何らかの形であの翼に接触したら呼応すると考えている部分はあったが、全く以て確証のないことだ。
それにシャーロットがゲルダから切り離すのは無理だったと言っていた。
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