168 / 191
第6章 収束する終焉
第167話 キャンゼルの可能性
しおりを挟む「僕は……幸せ者だね。こんなにも沢山……僕のこと“好き”になってくれて……うれしいよ……」
「他の死んだ魔女ではなく、お前が生きていることに意味があるのだ。もし、他の魔女と契約していても、私はこうならなかっただろう。他の誰でもない、お前だからだ」
「ガーネット……僕を泣かせたいの……?」
ボロボロと僕は泣き始める。僕が泣き始めると、ガーネットはぐしゃぐしゃと相変わらず下手な撫で方で僕の頭を撫でる。
「お前は泣いてばかりだな」
彼の手はやはり少し冷たい。鋭い爪に僕の赤い髪が絡み、僕の髪が乱れる。
ひとしきり泣いた後、下からクロエの声が聞こえた僕は目から涙を拭い、ガーネットと共にクロエの元へと向かった。
「ノエル!」
僕を見ると、いつも歓喜の声をあげるクロエが何やら物凄い剣幕で慌てるように僕の名前を呼んだ。
クロエは身体に怪我をしているようだった。
すぐさま嫌な予感がした。
ただでさえクロエが息を切らして、血相を変えて戻ってくるなんて良い話であるわけがない。
「エマが……今夜ゲルダを襲撃するって……はぁ……はぁ……止めようとしたが、止められなかった」
「……止めないと…………いずれにしても大変なことになる」
世界を作って隔離するまでもなく、魔女が全滅してしまう。あるいは、世界を作るために使うゲルダの心臓が使えなくなってしまう。
どちらにせよ、最悪の展開だ。
「止めるって、どうするつもり? あんたと他の魔女が出くわしたら問答無用で戦いになるわよ。ましてエマの親友のロゼッタをあんたが殺したんでしょ? 間違いなく殺し合いになるわ」
アナベルが冷静に僕に意見を述べる。
確かにエマと出くわせば殺し合いになることは回避できないだろう。
「それでも数で押し切るような戦法でゲルダを倒せるわけがない」
「エマはそこまで馬鹿じゃないと思うけど……まぁ、勝てないと思うっていうのは同感ね」
どうしたらいいか懸命に考えた。
確かにエマたちと僕が対峙して争いになるのもまずい。時間が無いのも相まって僕はかなり焦った。僕はできるだけ冷静に辺りを見渡して考えた。この面々の顔を見ていて僕は一つ策を思いつく。
「そうだ、アナベル。アナベルがエマたちを止めて」
「はぁ? あたしに止められるわけないでしょ」
「いや、止められる。キャンゼルとアナベルが協力して死体の群れを作ってエマの率いる魔女たちを退けるんだ」
キャンゼルは「え、あたし!?」と驚いている。
アナベルも具体性のない計画にため息をつきながら首を横に振る。
「殺せって言うなら簡単だけど……退けるって、どうすればいいのよ」
「エマとそのほかの魔女は、僕らと同じ烏合の衆。統率がとれているとは考えにくい。本当は行きたくないと思っている魔女も多いだろう」
というよりは、ほとんどの魔女が行きたくないと思っているはずだ。
「でもこれは魔女の今後を左右する戦いだ。エマは拒否することを許していないはず。それなら恐怖心を煽ればエマの支配が及ばなくなるんじゃないかと思う。向かってくるのが普通の魔女ですら怖いはずなのに、それが殺された魔女の、あまつさえゲルダに食い殺された魔女の死体なら、自分がこうなるって思えば絶対に恐怖心が勝つ。だからキャンゼルが大量の死体を再現し、その死体をアナベルが操る」
僕の説明をキャンゼルとアナベルは神妙な表情で聞いていた。
「あぁ、ガキも年寄りも戦える魔女は全員エマが動員してたぜ……身体障害・精神障害で本当に戦えない魔女しか町に残されなかったようだ」
エマは何か勝算があるのだろうか。
余程の勝算がなければそうしないと思いたいが、あるいは勝算はないが放っておけないという焦りからそうさせているのだろうか。
「エマに聞いたが、もう罪名持ちに並ぶような精鋭は全滅したって言ってたぜ」
アナベルが昼間映像で見せてくれた死体の視点は、その精鋭の魔女のものだったのかもしれない。
「それなら尚更ゲルダに勝てる見込みはないでしょうね。エマがどうやって戦おうとしてるのか知らないけど、さしずめゲルダの気を引いている間に何かしようって算段でしょ?」
「それでも絶滅するよりはマシって考えか……打算的だね」
「現実的なんでしょ。エマは真面目な性格だったし」
大義の為なら犠牲をいとわないという考え方だ。
それが真面目というのはなんて皮肉なんだろうか。
「魔女たちを追い返すことが成功せずにキャンゼルとアナベルが帰ってこなかったら、世界を作る魔術は成功しない……」
僕は青ざめているキャンゼルと、黙って聞いているアナベルに向かってできるだけ冷静に話す。内心、焦燥感でいっぱいだったが僕がここで焦ってまくし立てるわけにはいかない。
「魔力を制御する魔女の人員は、僕らそれぞれの力量と魔術系統で一番力を発揮できるよう配分してある。いいね? 2人とも」
僕が圧をかけるとアナベルは「はいはい」と軽く返事をしたが、キャンゼルは更に真っ青な顔をして俯いていた。
そんなキャンゼルに僕は出来るだけ優しく声をかける。
「キャンゼル、やるしかないんだ。キャンゼルならできるよ」
「あたしなんかに……できないわ……あたしはノーラたちと違って大した魔術も使えない貧困層の魔女なのよ……? ここにいるのもとんでもなく場違いなのに……」
「キャンゼル……」
明らかに自信がないようで、彼女は震えていた。
確かに僕らの中にいると、キャンゼルは役に立っているとは言い難い。戦闘向きではないし、かといって頭が切れるわけでもない。
その事実を思い起こすとなんと励ましたらいいか解らなくなってしまった。
「僕がアビゲイルを助けにいったとき、僕の代わりになってくれたでしょう? ものすごい勇気が必要だったはずだよ」
「あのときは……他に選択肢がなかったの……ノーラが他の魔女を殺した後だったのよ? ノーラに従うしかない状況だったの……」
「確かに僕は……無理を強いたかもしれないけど、僕はキャンゼルをエマのように捨て駒にしようとはしなかったでしょう?」
そう言うと、うつむいていた顔をあげて僕の顔を見た。目には涙が溜まっている。
「ガーネットは見捨てろって言ったけど、でも僕は助けに行った。命というものはそう簡単に見捨てられるものじゃないって思ってるからだよ」
「ノーラ……」
「キャンゼルが頼みなんだ。アナベルだけじゃ無理に戦わされている魔女たちを救えない」
「でも……あたし、エマに殺されたくないわ」
「大丈夫。エマが攻撃してきたら僕が対処する」
僕がついていると言うと、キャンゼルの震えが収まった。
少し息を整え、その瞳は覚悟を纏う。
「わかった……やるわ」
「ありがとう、キャンゼル」
早速僕とキャンゼル、アナベル、ガーネットは現地に向かう為に準備を始めた。場所はゲルダのいる街から北東の場所。
恐らく馬で移動した際に普通の速度で20分くらいだろう。ゲルダの街からは2時間程度の場所だ。アナベルの魔女感知の魔術で正確な位置は特定可能。
現在はゆっくりと進行しており、今から向かえばゲルダのいる街に到達する前に追い返すことができるだろう。
「シャーロットとクロエはここで待機していて」
「解りました」
「ノエル、大丈夫か? 治療が済んだら俺も行く」
クロエは傷を押さえながら、苦しそうにそう僕に訴える。相当に苦しそうだ。
ただの傷ではないだろう。毒を持つ植物で攻撃された可能性が高い。
「移動手段がないし、シャーロットとアビゲイルを置いて行くからには守らないといけない。クロエならシャーロットを守れるでしょ?」
「あぁ……今までそんな脅威はなかったがな……」
「今度はしっかりシャーロットたちについててね?」
「解った」
ガーネットに抱えてもらって走るには長い距離だ。かといって馬に4人で乗るのは無理がある。
僕が翼で異界で飛んだようにガーネットと共に飛ぶのが効率的だろう。
「キャンゼルとアナベルは馬で、僕とガーネットは自分の翼で魔術と併用して飛んでいく」
「あら、あたしは自分の馬があるわ。翼とか魔術で飛んでいったら目立つわよ?」
アナベルが外に出て魔術を発動させると、色々な動物のつぎはぎの腐っている馬のようなものが動き出した。
生き物の腐った嫌な匂いがする。
頭や顔などは馬ではなかったが、身体は馬の構造のように見えた。本当にこれが走ることができるのだろうか。走っている間にバラバラになってしまいそうだ。
「これ……バラバラにならない?」
「はぁ? あんた、あたしがどれだけ地下室で死体の相手してたと思ってるの? ならないわよ」
「あぁ……そう。ならいいけど」
キャンゼルは明らかにアナベルと一緒にその腐った馬に乗りたくなさそうな顔をしていたが、どう考えてもガーネットが僕以外の魔女と身体を密着させて馬に乗るのは無理だ。
結果としてやはりキャンゼルがその腐った馬のようなものに乗ることになった。
「きゃぁああっ! なんかネバネバしてるんですけど!?」
「うるさいわねぇ……静かにしてなさい」
「それにあんたもなんか……おえっ……」
「ちょっと、吐かないでよ? 汚いわね」
どの口が“汚い”などと言っているのか。
僕はキナの手綱をしっかりつかみ、ガーネットを後ろに乗せた。ガーネットもしっかりと僕が掴んでいる手綱を握っている。
「いくよ、2人とも」
「はいはい」
アナベルがは腐った馬のようなものにつけている手綱を持っていたが、自分で操っている以上は手綱は必要ないのではないかと考えた。
そうして僕らはエマの率いる魔女の軍にゲルダ襲撃を阻止させるべく走り出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
気づいたら異世界でスライムに!? その上ノーチートって神様ヒドくない?【転生したらまさかのスライム《改題》】
西園寺卓也
ファンタジー
北千住のラノベ大魔王を自称する主人公、矢部裕樹《やべひろき》、28歳。
社畜のように会社で働き、はや四年。気が付いたら異世界でスライムに転生?してました!
大好きなラノベの世界ではスライムは大魔王になったりかわいこちゃんに抱かれてたりダンジョンのボスモンスターになったりとスーパーチートの代名詞!と喜んだのもつかの間、どうやら彼にはまったくチートスキルがなかったらしい。
果たして彼は異世界で生き残る事ができるのか? はたまたチートなスキルを手に入れて幸せなスラ生を手に入れられるのか? 読みまくった大人気ラノベの物語は知識として役に立つのか!?
気づいたら異世界でスライムという苦境の中、矢部裕樹のスラ生が今始まる!
※本作品は「小説家になろう」様にて「転生したらまさかのスライムだった!その上ノーチートって神様ヒドくない?」を改題した上で初期設定やキャラのセリフなどの見直しを行った作品となります。ストーリー内容はほぼ変更のないマルチ投稿の形となります。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
テンプレ通りじゃないかもしれないけれど悪役令嬢ものを書いてみた
希臘楽園
ファンタジー
思いついた構想を軽く書いてみました。
悪役令嬢がライバルとなる娘たちを事前に潰してしまう話です。
キャラの名前は第1作・第2作から転用しました。
メモ書き的な粗い内容ですが、良かったら読んでみて下さい。
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~
さとう
ファンタジー
町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。
結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。
そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!
これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる