罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第164話 父と息子

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【リゾン 現在】

 私は、まだ自分の血がこびりついている床に目もくれず、自分の寝床に身を投げた。
 手には混血の魔女の羽が握られていた。
 よくその羽を見ると、真っ白で何の混じりけもない。弱く魔力が灯っている。その魔力は凶悪なものを感じない。

 ――ありがとう……か……

 混血の魔女に何度か言われた言葉だ。
 そんな言葉を言われた記憶は、今までの私の記憶の中にはない。いつも当然のように私の身の回りの世話をする者がいて、女を呼べば余計なことを一切言わずに私に奉仕する。
 抵抗もしないし、嫌がることもない。
 つまらない奴らだ。
 どいつもこいつも、つまらない奴らだった。
 父上は多忙で、魔族らしく放置されてきたと言ってもいい。

 ――愛情など、感じる余地などある訳がなかった……

 子供のころからしていたことと言えば、父上の気を引くための悪戯だ。悪戯の限度を過ぎるものであっても、早々咎められることもなく、殺されることすらない。
 融合し魔王となる前の父上の子息は自分だけだ。他の種族の魔王の子供がどうなっているのかは皆目わからない。兄弟と言うには遠い存在過ぎた。
 魔王城にいるのは私だけ。
 それに何の違和感も感じていなかったが、今考えると私は他よりも強く父上に依存していたのかもしれない。
 父上はあまり子作りに積極的ではない様だった。親の性生活の事情など知りたくもないが、子孫を作ることよりも、今いる様々な種族の子供にまともな生活をさせようと奮闘している様だった。
 争いを収め、魔女の脅威を逃れる為に抵抗することに尽力している姿を見ていた。
 幼い私は、なぜ自分の子供に目を向けない父上が他の種族の子供を気にかけるのか、気に入らなかった。

 ――なにもかもが気に入らなかった

 ガーネットだけは私に媚びることなく常に孤高の存在だった。
 特に毎日勉強以外にすることがなかった私は、度々ガーネットをやりこめようと挑戦をしてみるも、いつも軽くあしらわれあいつは私の相手をしようとしなかった。
 ヴェルナンドに武術を教えられているのを見て、私も武術を学ぶことにした。体術も魔術や歴史やその他の勉学も、私にとっては面白味のあるものではなかった。
 何でも覚えはよかった上、困難に直面することもなかった私は何の楽しみもなかったのだ。
 そのせいもあってか孤独に向き合う時間が多かった。
 弱い者は死ぬという絶対的な常識が幼いころから刷り込まれてきたが、“死”とはなんだろうかと向き合う時間も多かった。
 特に、魔女の侵略が始まった後、いつ自分が喰われるかと待っていたが、いつになっても私の番は回ってこない。
 弱い者を殺しても、誰にも咎められることもない。
 いつしか食事をする為に殺すという行為から、命を侵害するという行為に興奮するようになっていた。
 苦しそうにもがく命が、なかなか尽きずに懸命に私の手から逃げるように血を噴き出しながら苦しそうに喘ぐ。
 ゆっくりと死に向かうその姿が、唯一私の“生”を感じられる瞬間だった。
 結局それが私の性的興奮と結びつき、相手を苦しめながらでしか興奮しないようになった。
 どんなにいい女だろうと、どんなに醜悪な女だろうと、そんなことは関係ない。
 相手が苦しんでさえいればそれでよかった。

 ――だが……

 混血の魔女に、私がしてきたことと同じように腕を切り落とされた辺りから、何か変だと感じていた。
 腕の感覚失い、冷たい牢に繋がれ、その後やっと私は“死”の番がきたと思ったのに、混血の魔女は殺すという選択をしなかった。
 あまつさえ協力を求めてきた。
 それだけではなく、父親愛情に気づいていないなどと冷たく言い放たれた。
 馬鹿馬鹿しいと思っていた。
 魔族にそんなものはない。そう信じてやまなかった私の世界観はあの魔女のせいで見事に崩れた。
 生きるということは、見苦しく醜態をさらす事だと啖呵を切られたとき、ハッとした。今まで自分が踏みにじってきた命のその瞬きを思い出したからだ。
 みっともなく足掻き、生きようと渇望するその姿こそが“生きる”ということなのだと知らしめられた。
 遺された者の悲しみというものを考えた事などなかった。
 それに、自分がいなくなったら父上が悲しむという事実を、私は言われるまで気づく術などなかった。

 ――興味が沸いただけだ……

 ガーネットをあれほど変えた魔女に興味が沸いた。
 自分のこの惰性で進んでいっている生も、もしかしたら変われるのかもしれないと感じた。ずっと水の底に沈んでいたような自分に、その真っ暗な中に一筋光が射したような気がした。
 恐怖を抱いているにもかかわらず、自分に対して優しく振舞うあの魔女の姿を、初めは媚びているのだと感じた。
 しかし、あれは媚びている訳ではなかった。
 毎晩、夜になって外に出てあの魔女と話をすると、少しずつ止まっていた自分の時間が進み始めた気がした。
 牢に繋がれているとき、時折自分の切り落とされた腕を触ってみた。傷痕はほんの少し残っているが、しっかりと動く。今となっては自分の腕が今まで通り動くことに安堵する。
 少しずつあの魔女のことを知った。
 大した話をしている訳でもないが、一つ一つの言葉の選び方、間のとり方、返事の仕方で解ってしまう。
 本当に私に協力を求めているのだと。

 ――ふん……笑わせる……

 それと同時に、精神にかなりの傷を負っている様子も解った。
 私に啖呵を切ったにもかかわらず、それでもずっとあの魔女には迷いがあった。

 ――最善など存在しない。自分の決めた道があるだけだ

 愛された証が私にもあると言われた。
 そんなものはないと言ったものの、どれがその愛情とやらだったのか、愛情が理解できない私には解らなかった。

 愛情とはなんなのだろうか。欲情とはちがうのか?

 その疑問をあの魔女で試してみた。優しい言葉で情を誘い、そして受け入れた時点で“優しく”抱く。
 そういうものではないのか。
 本心で言ったわけではないが、自分の伴侶ツガイにすることを提案した。それほど私にとっても悪い話ではなかった。
 当然あの魔女は力のある私の誘いを、優しく口説く私の誘いを断るわけがないと思っていた。
 だが、あの魔女はぼんやりしているようで核心の部分は見抜かれていた。
 そう身を引かれると私もムキになってたたみかけたが、それでも首を縦に振らない。

 ――無性に腹が立った

 相手に求めることは、強さではないと断言された。強いことが私の全てだったのにも関わらず。
 だが、あの魔女はどこか私を見る時の目に他の誰を見るとも違う視線を向けていることに気づいていた。
 怯えではない。
 なにか、愛おしそうな目だ。
 それは私に対して向けている訳ではないことは解った。私に誰かを重ねている。度々そういう事があった。私を見ているのに私を見ていない。
 それに腹が立った私は、私を何としてでも見せようとした。いつもどこか遠い目をしているあの魔女に、しっかりと私を見せようと。
 契約をしたら何か解るような気がした。
 しかしあの魔女は首を縦に振らない。

 ――何故私よりもガーネットを選ぶのか、今でも解らない

 ガーネットと戦い、ねじ伏せ、強さを誇示しようとしたが不意を突かれて負けてしまった。
 あれが魔術を使えるなんて知らなかった。あの勝負は不意打ちであったから負けた。魔術が使えると解っていたら、負けなかった。
 そう自分に言い訳するのも、無性に腹が立った。認めたくはなかったが、殺すつもりで相まみえたのに負けた事実は変わらない。

 ――なら、ガーネットにできないことを私ができるということを証明すればいい

 それはあの難解な魔術式を解くことだ。
 私は世界を作る魔術式をなかなか解読できないことに苛立ちを募らせた。私に解らないことなどないはずだ。しかし幼いころから秀才だった私にすら、複雑で理解できない部分があった。
 既存の知識では太刀打ちできないその複雑な魔術式を調べる為に、わざわざ図書館へ行って本を引くことにもなった。
 参考になりそうなところに印をつけ、まとめようとしたが途中で苛立ち、部屋を破壊することにもなった。
 何故私がこんなことをしているのかと。

 結局魔術式は最後までは解読できずに、嫌になった私は女を部屋へ呼んだ。
 美しい女吸血鬼だ。
 憂さ晴らしをしようとしたその女は、ふとガーネットにご執心な女だったことを思い出した。
 本心は別にして、それでも私が呼びつけられたら抵抗することもない。
 やはり、抵抗されないと興奮することもなく、服を脱がせ傷をつけ、痛がるそぶりを見ていたがどうにもにならない。
 興が削がれて私はその女を放っておいて眠ることにした。
 やっと眠りについた頃、あの魔女は私の元へ訪ねてきた。縋るような目で私を見てくる。

 ――私を散々こけにしておいて、その私に頭を下げるあの魔女に優越感を感じた

 私が本を手渡し、それでもしばらくは時間がかかっている様子を見に行ったが、茶化したり罵倒したりしても大した反応もなく死んだような目をして、ずっと魔術式へ向き合っていた。
 いつまで諦めずにそこに居座るつもりかと呆れも混じった感情に支配される。
 見るに見かねて私も解読を時折は手伝った。
 眠気を払いながら、わき目もふらず本に向かうあの魔女を見て私も思うところがあった。
 その姿は父上の姿そっくりだと感じた。
 いつも書類に目を通している姿、必死に問題を解決しようとしているその姿は父上と同じだった。
 それでも父上と違うのは、私が訪問すれば「ありがとう」というところだ。

 それに触発されたのか、私は解読の合間にずっと今まで向き合えなかった父上のところへ向かった。
 父上は相変わらず、いつも書類を見て忙しそうにしていた。他の魔族との話し合いも同時に進行している。

 ――また、相手にされないのではないか

 そう考えたが、私は父上の前へと立った。
 すると父上はその私の姿を捕えると、一度手を止めて私の方を見た。

「どうした?」
「…………」

 父上と、何を話していいか解らないかった。いつも父上を困らせることをして、そして父上の方から話しかけられる。
 いつも父上は忙しい中、時間を割いて問題をおこしていた自分の元へと足を運んでいたと、今になって理解する。

「……ノエルに連れられて行ってから、随分雰囲気が変わったな」

 切り出しかねていると、父上は私にそう言った。そう言われたときに、私は“嬉しい”と言う感情が湧いてきた。
 自分の変化に気づいていた父上が嬉しかったのだ。

「前よりもいい顔になったな」
「……そうかもしれない」
「ノエルにはお前の力が必要だ。助けてやってもいいんじゃないか」
「…………父上には、私は必要ではないのか」

 そうぼそりと言うと、父上は真剣に私の方を見ながら

「何を言っている? 私にもお前が必要だ。少し……甘やかしすぎたが、お前にはいずれ私の後を継ぐ王となってほしいと期待している」
「私が……王に?」
「そうだ。これからは各種族が融合して王となり自我を引き継ぎ続けるのではなく、一人ひとりの個を尊重する方向にしたい。私の今までの記憶は、それはそれとして保管する方針だ」

 父上が私に対してこれからの魔族の未来を語っているのは、私に真剣に向き合っているのだと感じた。

「まぁ……あと数十年は退く気はないがな。それまでに体制を立てないとな。魔族の未来の為にも。お前の為にもな」

 今まで自分を見ていないと思っていたのは間違いだったのだと確認する。父上が私を見てくれなかったのではない。私が父上を見なかったのだと解った。

「……今……私に、できることはあるのか?」
「今はノエルを手伝ってあげなさい。これからの魔族にとっても大切な事柄だ。お前なら上手くやれる」

 そう言った父上は再び書類に向き直った。
 父上にそう言われた私は、あの魔女を手伝うことを決めた。
 元々、大して変わり映えのない退屈な日常だった。それにすこし大義が加わっただけだ。

 ――…………ノエルか……

 今度会いまみえることがあったら名前で呼んでやってもいいと、私は白い羽を握りしめながら笑みをこぼした。


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