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第6章 収束する終焉
第161話 認識の相違
しおりを挟む【ノエル 現在】
魔王城の図書室で僕は本と大量の紙に囲まれていた。
すぐに帰るつもりだったが、ラブラドライトに教えてもらったことを僕は必死に筆を走らせながら書き留める。
その作業に疲れ切ったころ、シャーロットに一報を入れるのを忘れていることに気づく。
――遅くなるから、連絡しないとな……
僕は疲れている身体をなんとか動かし、魔術式を構築した。シャーロットに持たせてある僕の羽を媒介として通信をする。
僕が呼び出すと、間もなくしてシャーロットが映りこんだ。背景が燃えるような色をしているところを見るとあちらは夕方のようだった。
「シャーロット、解読が進みそうなんだ。予定よりも遅くなりそう」
「そうですか……クロエが今でも不安そうにしてますが……大丈夫でしょうか」
「相当に精神的にきたらしいね……心的外傷後ストレス障害気味なんだろう。クロエの気が少しまぎれるように、やっておいてもらいたいことがある。今、クロエはいる?」
「ええ、今向かいます」
そう言ってシャーロットは僕の羽を持って移動する。外に出て少し見渡すと落ち着かない様子のクロエが映る。
「クロエ、ノエルが話したい様です」
「ノエル!」
シャーロットから羽を奪い取るように、クロエは僕の顔を覗き込んでくる。
「早く帰って来いよ……」
「できるだけ早く帰るけど、僕が帰るまでの間にクロエに頼みたいことがあるの」
「なんだ?」
「今、魔王城の図書館で魔術式の解読を進めてるの。魔術式の解読が済んだら、すぐにでも世界を創造して魔女を隔離できるように準備をしたい。前に勝負の条件で出した、魔女の偵察に行ってきてほしい」
まだ帰ってこないのかよとクロエはうなだれていた。
それでも、ただ何もせず待っているのも苦痛なようで、僕の提案に耳を傾けた。
「何を見てくればいいんだ……?」
「ゲルダの最新の情報とか、あとは魔女全体の動き。魔女全てを縛る魔女の心臓は強い魔力のあるゲルダの物を使わないといけないけど、その前に、万に一つもゲルダが他の魔女に殺されたら使えなくなってしまう。それを防ぎたい。だからクロエの力でうまく食い止めてほしい」
「…………できるだけはそうするけどよ……」
「ゲルダがバケモノになって何日も経った、十分地方の魔女たちにもその情報は行き届いているはず。そろそろ具体的な動きが出てきてもおかしくない。頼んだよ」
不安そうな顔をしているクロエにそう指示をして、僕は通信を切った。いつもはいい加減なクロエだが、この仕事は責任重大だ。
あの精神状態で無事にやり遂げられるだろうかと少しの不安がよぎる。
「さて……続きをやりますか……」
魔王城の図書室は一面、どこを見ても古びた本が所せましと並んでいる。
ガーネットと手分けして背表紙から内容を予測し、何冊か分厚い本を持ってきて解読を始めたものの、魔術の基本知識がないガーネットにはそれも限界があり、思うように進んでいかない。
僕もなんとなく異界の本が読める程度で、専門的なことがぎっしりと記載されている本を読む際に四苦八苦していた。
「はぁ……これは大変だね」
「気が遠くなってくるな……」
――リゾンに手伝ってもらいたいな……
これ以上このまま続けていると何日かかるか解らない。
ガーネットが良い顔をするとは思わなかったが、僕は思い切ってリゾンの話を切り出してみた。
「…………ねぇ、リゾンにも手伝ってもらった方が良いと思うんだけど、どうかな」
ガーネットが気を悪くすると思っていたが、思っていたよりもあっさりとした返事が返ってきた。
「手伝うとは思えないが?」
全く棘のない返事に、僕は驚いた。
今までは「何故リゾンに頼る?」と喧嘩腰に言っていたところだろうが、いつもの様子と異なりその物腰は穏やかだった。
「頼むだけ頼んでみるか……リゾンの面子も頼みごとをすることで保たれるでしょう」
「なら、部屋に行くか。いるかどうかは解らないがな」
魔王城の図書室から出ると、僕は身体を伸ばす。ずっと座って紙面に目を通していたので身体が固まってしまったような気がした。
「はぁ……疲れたー」
「少しベッドで休んだらどうだ?」
「あぁ……そうだね。仮眠取ろうかな……ガーネットは眠らなくていいの?」
「…………同じ……ベッドでか?」
ガーネットらしくないその返事に僕は言葉を詰まらせた。恥ずかしくなり、目を泳がせながら慌てる。
リゾンやクロエのように軽薄に言われる分には何も感じないのだが、真面目にそう聞かれるとやけに恥ずかしく感じた。
それでも僕はできるだけ落ち着いてガーネットに返事をする。
「いいけど……それじゃ休めないでしょ」
「なっ……そういう意味で言ったのではない!」
「えっ?」
どうやらガーネットからしたら、いやらしいことをするという意味ではなく添い寝をする程度の意味であったようだ。
「お前は! 貞操観念が崩壊してるのだ! 恥を知れ馬鹿者!」
「………………」
僕はクロエとの勝負の交換条件として出した“一晩一緒に寝る”と言ったときのことを思い出す。
あれは、性行為をするという意味合いで言ったのではない。本当に一晩ただ、横で寝るって話に丸め込もうと考えていた。
「僕は“寝る”とは言ったけど、“性行為をする”とは言っていない」と、そう言えばクロエは心底がっかりしただろうけど、条件をよく確認しないのは相手が悪い。
そう、魔女の心臓で魔女を縛るときの言葉の一つ一つを緻密に考えなければならないのと同じだ。
しっかりと、解けないように厳重に魔女を縛らなければならない。
かつてイヴリーンが魔女に対して人間に危害を加えてはならないと言った拘束が解けてしまったことを考えれば、それを上回る確実な方法を考えなければならないと考えていた。
「僕らの認識の相違から、気持ちのすれ違いがあるんだよね」
「な、なんだ……急に真剣に……」
「僕らは育った環境も、常識も、認識も全然違うから、それをゆっくり埋めていこうって話」
「…………」
今までなら「お前が悪い」の一言で一蹴されていたが、ガーネットは真面目に答える僕に対して真剣に考えている様だった。
「私も……言い方が悪かったかもしれない」
なんだか変な感じがした。
いつも他責的だったガーネットが自分を見つめ直し、反省する言葉を口にする姿は別人のようだった。
「あっちでは男女が“寝る”って言うと、性行為をすることって意味だから。大半は」
「お前があの男の魔女に言ったのもそういう意味だったのだろう」
「ははは、あれは本当に言葉のままだったよ。ただ同じ床で眠るって意味」
「……それを言ったところで、あの男の魔女は了承しなかったと思うが?」
「曖昧な言葉で、互いに了承してるって思いこむことが悪いから、無効だよ……魔女の心臓で僕を縛れなかったのと同じ」
「それほど些細な認識の違いだけで無効になってしまうもので、本当に魔女を縛れるのか?」
「それはしっかりと考えておくよ」
話ながら歩いていると、あっという間にリゾンの部屋の前にたどり着いた。
ベッドで休憩をしようと考えていたが、今少し横になったところで眠れないと判断したので休憩するのはやめた。
一度色々考えだしてしまうといつも眠れない。
コンコンコン……
「リゾン、いる?」
中からは返事がない。いないのだろうか? それとも居留守を使っているのだろうか? それとも眠っているのだろうか。
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