罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第159話 弟への祈り

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 傷ついても何もいえなかったのだと理解したときは何とも言えない気まずさを覚える。
 そう言うガーネットも気まずそうだ。しかし、口火を切った今、全てを話してその苦しみの全てを吐き出してほしいと僕は感じた。

「ずっと思ってたこと、今言ってほしい」
「それは……長くなるぞ」
「うぅ……全部聞くよ。ずっと我慢させちゃってたから……」
「全部終わったら、嫌という程聞いてもらうぞ。今は魔女をこの世から消し去るのが優先だ」
「うん。解った」

 彼は僕の上から身体をどかした。彼は前髪で自分の顔を隠し、まだ恥ずかしそうな様子だった。

「ノエル……」

 先ほどまで顔を逸らしていたが、彼はしっかりと僕の目を見て言う。

「すべて終わったら……私の伴侶ツガイになれ。子孫を残すという意味ではなく……ずっと共にいるという相手としてという意味だ」

 恐らく、レインに聞いた“結婚”という人間の風習を言っているのだろうと僕は解った。いわゆる“求婚”というやつだ。
 実際にそれをされると、クロエやリゾンのときとは異なり、言葉に重みがある。

「……すぐには……返事は出来ないけど、ありがとう。嬉しい」

 嬉しいと言ったのは嘘でも、虚勢でもない。純粋にそう思ったからだ。ガーネットに対して、真摯に向き合えるようになったらそれに応えたい。

「もう行くぞ。ここにいるとまた変な気を起こしそうだ」

 そそくさとガーネットは立ち上がり、扉の方へ歩いて行った。自分の乱れた衣服を正し、呼吸を整えている様だった。

「それは“変な気”じゃなくて普通のことだよ」
「ば、馬鹿者! いちいち言わなくていい!」
「あははは、そんな怒らないでよ」

 ガーネットの表情が、なんだか明るくなったような気がした。それを見て僕はやはり胸が痛んだ。
 僕に募る想いを告白しても、しなくても彼は傷つくことになると解っていたはずだ。

 ――身体の変化について、指摘しなかったらずっと黙っていたのだろうか……

 まだお互いに理解するには時間がかかるだろう。
 僕はガーネットときちんと向き合う必要があるし、ガーネットもまだ知らない僕と向き合う必要がある。
 考えを互いに巡らせながらも、僕たちは七色に燃える蝶を持ってラブラドライトを埋葬した場所へと向かった。



 ◆◆◆



【ガーネット 現在】

 ノエルを抱きかかえて移動することはもう何度目か解らないが、抱きしめた後からやけに抵抗感を感じる。
 ノエルの赤い髪や、赤い睫毛、瞳を見ると鼓動が早くなってもどかしい気持ちになる。
 しかしそれを悟られないように、私は必死にそれを装った。
 そうしてラブラドライトを埋葬した場所にたどり着いた。以前来たときから射して変化もなかったが、唯一私は顕著な違いを見つける。
 弟の上に植えた赤い彼岸花という花は、赤色から青色へと変化していた。

「花の色が変化している」
「本当だ……真っ赤な花だったのに。弟さんの青い目と関係してるのかな?」

 ノエルをゆっくりと降ろすと、少しの名残惜しさがあった。自分のその不純な考えを懸命に振り払いながら弟の上で揺れていた花を丁寧に除け、私はラブラドライトの身体の一部を掘り起こした。
 ラブラドライトの身体は分解が進み、骨が拾えるほどになっていた。
 それを見ると、先ほどまでの浮ついた気持ちが消え、後悔の念に支配される。
 ノエルは少し離れた場所でセージへ祈った時の私のように、木の陰で私を見守っている。
 あまりこちらを注視するのは気が引けるのか、こちらに持ってきた世界を創造する魔術式の紙の解読をしているようだ。
“死の見えざる手”をガラスの入れ物から取り出すと、ひらひらと舞い、私の肩へ蝶は停まった。
 先ほどノエルに対し、ずっと塞き止めていた想いを告げたことで気が散ることもない。
 ずっと感じていた違和感や蟠りが解け、ノエルへの気持ちの整理も多少はついた。

 ――勢いに任せるような形になってしまったとはいえ、ノエルと気まずくなることもなかった。それに私の伴侶になることを言葉の通りに前向きにとらえているようだ……

 それに心の底からホッとした。
 拒絶されるのではないかと思っていたからだ。自分の気持ちの整理がつくと同時に肩の荷が下りた。今までずっと感じていた苛立ちがなくなって余裕ができたような気がする。
 私はラブラドライトの墓の前で、弟の為に祈り始めた。

「ラブラドライト……私はずっと……お前を探していたんだ……」

 蝶が私の祈りを通じて発光し始める。


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