罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第157話 募る想いの告白

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 それから二晩が経った。
 身体の回復ができた僕とガーネットは、リゾンを連れて再び異界に行こうと試みていた。
 異界へ行くのは一晩経ったときでもよかったのだが、リゾンが納得してくれずに牢から出すことができなかった為に断念された。
 確かに不意打ちのような形になってしまったのでわだかまりが残るのは当然と言えばそうだが、どうしても僕はリゾンの言い分に納得ができない。

 ――自分は魔術使ってたくせに……

 そう思うが、リゾンは「卑怯だ」「姑息だ」などと言ってきかなかった。
 リゾンは魔術まで使ったのに、ガーネットに対して勝てなかったということは、リゾンにとっては認めたくない事実なのだろう。
 ということは、負けたということ自体は認識しているらしい。
 なんで僕が罵倒されなければならないのかと思いながらも、それでもリゾンになんとか説得を続けた結果、再戦するということで話は収束に向かった。

「また今度、魔女との片がついたらガーネットとのことは自由にしてくれていいから」
「その時は容赦なくあの卑怯者とお前の首をむしり取ってやるからな」
「……その時は僕が受けて立つよ」
「お前の翼もむしり取ってやる」
「うん……覚悟しとくよ……」

 ずっとこんな調子だった。
 その怒っている姿は子供のようで、なだめるのが大変で時々心が折れそうになっていた。しかし、プライドが高いリゾンをなんとかなだめすかし、僕らは異界に行く準備を整える。

「リゾン、枷は一時的につけさせてもらうよ」

 それに対し、リゾンは散々と僕に嫌味を言った。
 僕が彼の言葉で心が折れそうになっているのを見て、少しずつ機嫌が戻りつつあったが、僕はリゾンの度重なる暴言に気分が落ち込んでいたためにその様子に気づかなかった。
 リゾンには魔術および身体拘束の枷をつけ、渋々牢からだす。
 機嫌が悪いときは何をされるか解らないため、僕はいつもの倍ほどに彼を警戒した。いつ首を掻き切られるか解ったものではない。
 旅立つ用意ができて、僕は見送りに来てくれた魔女たちに向き直った。リゾンせいで大分表情に疲れはあるものの、精一杯の笑顔を向ける。

「行ってくるから、また少し待っていて。すぐに戻る予定だけど身体への負荷を考えて2日くらいはかかるかな」
「解りました。気を付けて」
「ノエル、本当に行くのか? 今度こそ帰ってこないなんてことねぇよな?」
「あぁ……大丈夫だよクロエ」

 僕は異界へと続く魔術式に血液を垂らすと、魔術式が発動した。

「行こうか」
「ふん……」

 相変わらず機嫌の悪そうなリゾンと、いつまでも悪態をついているリゾンに対してイライラしているガーネットと共に、僕は異界の扉へと脚を踏み入れた。

 ――はぁ……なんかすごい気まずいんだよね……

 先は長くなりそうだと僕は覚悟した。



 ◆◆◆



【魔王御前】

「ほう。見事な治癒魔術だ」

 魔王様はリゾンの腕が自在に動いていることに対して関心を示す。それに対してリゾンは全く面白くなさそうに早々に自分の部屋へと消えていってしまった。

「息子が世話になったな。いや、今も世話になっている。少し顔つきが変わったようだ」
「そうでしょうか……いつも通りに見えますが……」
「はっはっは、親にしかわからない微妙な違いがあるのだよ」

 そういうものなのかなと僕は考えていた。子供が自分にいたらどんな感じなのだろうか。その成長に対して一喜一憂することになるのだろう。
 そうしたら毎日気が気ではなさそうだ。
 魔王様に言っては悪いが、自分の子供があんな風に素行不良になってしまったらどうしたらいいのか解らない。

「して、リゾンを届けに来てくれただけか?」
「いえ……」

 ガーネットの方をチラと見ると、あまり気乗りしなそうな表情をしていた。こちらもリゾン同様にあまり機嫌が良さそうではない。

「ガーネット、言って」
「何故私が……」

 素直になり切れない様子のガーネットに業を煮やして僕は彼の代わりに口を開いた。

「“死の見えざる手”を頂戴しに参りました」
「ほう……そういうことか」

 魔王様は小鬼に合図すると、小鬼はすぐさま“死の見えざる手”を取りに部屋から出て行った。

「弟と向き合うことに決心がついたようだな」
「…………貴様には関係ない」
「関係ないことなどない。魔族は皆平等に気にかけている」
「ふん……」
「ノエルよ、解読の方は順調か?」
「リゾンの力添えもあり、七割程度は出来たかと思いますが……文献も何も手元にないもので、なかなか進まない状態です」
「リゾンが協力を? それは驚いた」

 魔王様は本当に驚いている様子だった。
 それはそうだ。僕も驚いている。
 あの横暴でめちゃくちゃな性格を目の当たりにして、協力してくれたという事がまるで天変地異かのように感じた。

「協力する体裁をとりながら、ノエルに近づいて口説く口実にしただけだ」

 ガーネットはぼやくようにそう言った。

「そうかもしれないけど……、ん? なんで知ってるの? あのときいなかったよね?」
「そ、それは……私のいる場所まで話し声が聞こえていただけだ。お前も恥ずかしげもなくあのようなことを! 少しは恥じらいを覚えろ」
「え……ーと……なんて言ってたっけ」
「覚えていないならもうよい!」
「はっはっは! 相変わらず仲が良いようだな」
「笑うな!」

 魔王様が笑うと空気が大きく振動して部屋全体がビリビリと振動する。相変わらずの迫力だ。
 そんなことを考えている間に小鬼がガラス製の入れ物に入っている“死の見えざる手”を持ってきた。

「持って行くがいい」
「はい、ありがとうございます」

 僕は小鬼からその硝子の入れ物を受け取った。
 その七色に燃える蝶を見るとセージのことを思い出した。

 ――セージ……もう少しだから……セージがいなくても、ちゃんと僕はやり遂げるから……

 セージがいたら、この魔術式の解読も進むのかもしれないと考え、本当にセージが亡くなった事は魔族、ひいてはこの世界の多大な損失だと感じる。
 蝶を見つめる僕をガーネットは黙って見ていた。

「今から行く?」
「いや……少し、休んでから行くとしよう」

 流石にガーネットも疲れていたようだ。

「そう。では魔王様、お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、勿論。構わないとも。小鬼に案内させよう」

 小鬼が一匹誘導するように部屋から出て行くのを、僕らは魔王様に一礼して追いかけた。
 相変わらず豪奢なつくりをしている割にはそこかしこが壊れていたり、血が飛び散っているのがそのままになっている。
 その血を見て僕はガーネットに勝った時の報酬は何が良いのか聞いていないことを思い出した。

「そういえばガーネット、勝負に勝ったら何か欲しいものをって話だったけど、何か考えた?」
「……何故お前がほしいものを用意するのだ」
「えーと……リゾンと話していたなりいきなんだけど……リゾンはユニコーンの血がいいって言ってた」
「贅沢な奴だ」

 どうやらユニコーンの血液と言うのは贅沢品らしい。

「そうだな……別にない」
「本当に何もないの?」

 小鬼が立ち止まり、部屋の扉を開けてくれたので僕らはその中に入った。大きなベッドが2つと椅子、机と分厚いカーテンがついている部屋だ。
 以前僕らが使っていた部屋とは少し違うが、大体は同じ構造をしている。

「まぁ……ゆっくり考えればいいよ」

 僕はベッドに身体を投げ出した。空間移動の負荷が効いているのか、身体が重いと感じていた。
 初めて来たときは緊張の連続だったのでそう堪えていないように思っていたが、やはり空間移動というのはとてつもない負荷がかかる。

「ところでさ……」

 投げ出した身体を半分起こし、椅子に座っているガーネットの方へ向き直る。

「首のところの羽、いつまで僕に黙っておくつもりなの?」

 そう口に出すと、ガーネットは目を見開いて咄嗟に自分の首の後ろを隠すように押さえた。

「隠せてると思った? 最初に眠っているときに激痛が走ったとき、ガーネットはおかしな誤魔化し方をしたの。『寝返ったときに岩で切ったのではないか?』って言ってたよね?」
「………………」
「随分冷静だった。あれだけ痛かったのに。普段だったら『もっと気をつけろ』って怒るところだったと思うんだけど? それに起きて眠ってたところを探っても尖った岩らしきものはなかったし」

 ガーネットは黙ったまま目を逸らして何も言わない。

「次の日に契約についての話を突然したのも、その異常に気付いたからでしょう? 僕も牙ができてきたこととか、爪が鋭くなってきてるのは気づいてた」
「なら……なぜ黙っていた?」
「ガーネットが必死に隠そうとしてるからさ……知られたくない理由があったんでしょ?」

 そう僕が口にすると、ガーネットはギリッと歯を噛みしめた。

「どんな理由か、教えてよ」
「そのようなこと…………」
「自分の身体に起きてる異変を隠す程、大切な理由なんでしょ?」

 ガーネットは首の白い羽を押さえていた手をだらりと力なく降ろした。言いづらそうにしていたが、それでも彼は小さな声で言葉を紡ぐ。

「お前のせいだ……」

 彼の言葉に、僕は胸が痛んだ。
 契約をしてしまって、彼を縛り付けたのは僕だ。
 そう考えると、否定する言葉は何も出てこない。

「……そうだね」

 僕が帰る言葉が見つからず、そうつぶやくとガーネットは険しい表情で僕を睨んだ。

「違う……! お前は解っていない!」

 彼は立ち上がったと思ったら、僕の方へ近づいてきて起こしている上半身を無理やり押し倒した。
 突然のことに僕は面食らって何もできなかった。
 そのままガーネットは僕に馬乗りになって、僕の肩を押さえる手を震わせる。

「ガーネット……?」
「まだ解らないのか……それともとぼけているだけか? 妙に鋭いお前が、気づかないわけがない」
「いっ……そんなに力を入れたら痛いよ……」
「あぁ……お前の痛みは手に取るようにわかる。それにも関わらず、お前は私のことは全くわかっていないようだな? いつもあの人間のことばかりで、私のことなど気にかけていないのだろう!?」

 抵抗しようにも、腕をしっかりと掴まれて身動きが取れない。

「何言ってるの……いつもガーネットのことを気にかけてるよ」
「嘘をつくな。お前は……お前は……契約を破棄することができたら私の元から……去るのだろう?」

 まるで泣きそうな声で、縋るようにそう問われる。
 ガーネットの表情は、いつもとは異なる険しい表情になっていた。憂いを帯びた表情だ。

「私は……“好き”なんて解りたくなかった……」

 彼はいつもそうするように下唇を強く噛む。彼が悔しいときにする仕草だ。

「私は……お前が“好き”だ……ノエル」

 ガーネットの激しい感情は堰を切ったようにあふれ出し、止められなくなっていた。


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