罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第156話 秘技

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「武器か……剣術が得意なのかな」
「呑気なことを言っている場合ではないですよ! ガーネットが押され気味じゃないですか」

 リゾンの剣は自在に変形し、剣になっていたかと思えば棒のようになったり、鎌になったり様々に器用に変形する。
 それに対応するのが少し遅れるだけで僕の身体には少し深い切り傷がつく。

「いったぁ……」

 強い痛みを感じ、その後に僕の身体から出血して皮膚に血が伝う感覚がしても、僕は膝をついたり痛がったりする素振りはしなかった。
 やはり思っていたよりも痛みがキツイと思った僕は苦笑いになってしまう。

「あんなもので首を撥ねられたら……死んでしまいますよ!?」

 事あるごとに焦るシャーロットに向かって、僕は落ち着いて返事を返す。

「まだ大丈夫だよ」
「ノエル……どちらかが死ぬまで続けるつもりじゃないですよね……? 見えているんですよね?」

 シャーロットは心配そうに僕を見てくる。
 しかし、僕は気づいていた。それ以上に心配そうに僕を確認しているのはガーネットの方だ。

「シャーロット、落ち着いて」
「しかし……」
「僕が平気そうな顔してないと、ガーネットが集中して戦えないじゃない」

 そう言われたシャーロットはハッとした表情をしてそれ以上の抗議はしてこなかった。
 シャーロットが真剣にそう訴えてくる気持ちも解るし、危険性も解ってる。それでも、僕がガーネットの足手まといになってしまうのは本意ではない。
 闘って散るのならそれも悪くないなどと悲観的に考えている訳ではない。
 しかし、2人の真剣勝負に僕が水を差したくなかった。

「とはいえ、結構痛いな」

 少しシャーロットの方を見た瞬間、脚に痛みを感じた。切られた痛みではなく、足払いをされた痛みだった。
 ガーネットが体勢を崩し、それに乗じてリゾンは思い切り棒状の砂をガーネットの腹部に突き立てる。貫通こそはしないものの、強い打撃となってあばら骨がミシミシと音を立てたのが解った。

「がはっ……」
「ノエル!」

 僕が前かがみになったとき、自分の赤い髪で2人の姿が一瞬隠れた。一瞬の後、リゾンがもう一本の武器を振りかぶったのが見えた。

「止めてください! 槍に貫かれて死んでしまいます!」

 そう叫んでいる間に、リゾンはガーネットに向かってその槍を突き刺していた。
 シャーロットは思わず目を逸らしたが、僕は赤い髪ごしにでもしっかりと見えていた。

「勝負あったね……がはっ……ごほっごほっ……!」
「大変です、すぐにやめさせなければ……リゾンがガーネットを殺してしまいます……! すぐに治療を…………あれ? 出血していない……?」
「僕の方じゃなくて、あっちを見てごらんよ」

 シャーロットが再びリゾンの方を見た後、間もなくしてリゾンは倒れていた。
 しかし、そこにはガーネットの姿はない。

「な……何がおこったんですか……?」
「後で説明するから……リゾンを治してやって。あのままじゃ死んじゃうよ」

 何が何だかわかっていないシャーロットは倒れているリゾンの方へかけよった。
 指先をピクリとも動かさずにリゾンは倒れている。呼吸も止まりかけているように見えた。

「これは……」
「いったぁ……それが終わったら僕の方も頼むよ」
「待ってください。症状が解らないと治療できません」
「え? あぁ……リゾンは麻痺してるんだよ」
「麻痺? どうしてですか?」
「こっちにきて、ガーネット」

 何を言っているのか全く分からないと言った様子でシャーロットは辺りを見回した。
 すると、けして大きくはない一匹の蛇が目に入る。身体の一部が横に広くなっている黒い蛇だ。
 その蛇を見てシャーロットは「きゃっ!」と短く悲鳴を上げたが、その蛇が僕の腕を登って行くのを見て何なのか漸く解ったようだ。

「変化の魔術ですか?」
「そう。ガーネットは魔術をちょっとは使えるんだよ」

 話ながらもシャーロットはリゾンの身体へ治癒魔術をかけて治療を試みる。
 ガーネットは蛇らしく舌をチロチロと出しながら、全く動けなくなっているリゾンを僕の肩の上から見据えていた。

「これはこの辺りに住んでる強い神経毒を保有してる蛇なの。一咬みで象も殺すと言われているすごい蛇なんだ」
「変化の魔術が使えるなんて知りませんでした」
「初めの頃はご主人様の目を欺くために猫になってもらったりしてたんだけど……そんな必要もなくなっちゃったしね」
「なるほど……魔術を全く使えないと思っていたリゾンの意表を突いたってことですね……」

 ガーネットが着ていた服を自分の後ろに置いた。シャーロットにはガーネットの方へ向かないように指示をする。

「ガーネット元に戻って服着ていいよ」

 僕がかがんで彼を降ろすと、僕の後ろへと蛇らしい動きで移動していった。
 少しして蛇から吸血鬼の姿に戻ったガーネットは背中越しに服を纏いながら僕に声をかける。

「……怪我をさせてしまったな」
「それに気を取られすぎて危なかったんじゃない? 僕のことは気にしなくていいからって始める前に言ったのに」

 背中越しにそう言うと、ガーネットは少し沈黙した。

「…………しかし、お前のおかげで勝てた」
「僕は何もしてないよ。少し蛇の話をしただけ」

 試合前、僕はガーネットにこの辺り一帯の危険生物の話をした。この辺りには強い神経毒を持つ蛇がいるという話だ。
 それ以上、何を言わずとも彼と僕は通じ合っていた。だからこそこの勝負に勝てたのだ。
 そう話している最中に、リゾンは身体の麻痺がとけたようでゆっくりと身体を起こし始めた。しかし彼の思い通りには身体は動かないようで、何度も途中で脱力し崩れる。

「貴様……汚い手を……」

 息が思うようにできないのかゼェゼェと息を懸命にしている様子だ。

「魔術を使ったのはお互い様でしょ?」
「こんな汚いやり方で勝って……私に勝ち誇るつもりか……?」
「汚いって……僕は手を出してないし。それに、ガーネットのこと本気で殺そうとしたでしょ? ガーネットは殺さないようにしてたのに」
「手心を加えたというのか……ふざけた真似を……」

 リゾンはやはり動けないようで、そのまま倒れた。
 意識はあるようだがまだ身体に毒が残っていて動けない様子だ。

「シャーロット、気絶させてくれないかな」

 気絶する寸前まで、リゾンはこちらを鋭い目つきで睨んでいた。


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