157 / 191
第5章 理念の灯火
第156話 秘技
しおりを挟む「武器か……剣術が得意なのかな」
「呑気なことを言っている場合ではないですよ! ガーネットが押され気味じゃないですか」
リゾンの剣は自在に変形し、剣になっていたかと思えば棒のようになったり、鎌になったり様々に器用に変形する。
それに対応するのが少し遅れるだけで僕の身体には少し深い切り傷がつく。
「いったぁ……」
強い痛みを感じ、その後に僕の身体から出血して皮膚に血が伝う感覚がしても、僕は膝をついたり痛がったりする素振りはしなかった。
やはり思っていたよりも痛みがキツイと思った僕は苦笑いになってしまう。
「あんなもので首を撥ねられたら……死んでしまいますよ!?」
事あるごとに焦るシャーロットに向かって、僕は落ち着いて返事を返す。
「まだ大丈夫だよ」
「ノエル……どちらかが死ぬまで続けるつもりじゃないですよね……? 見えているんですよね?」
シャーロットは心配そうに僕を見てくる。
しかし、僕は気づいていた。それ以上に心配そうに僕を確認しているのはガーネットの方だ。
「シャーロット、落ち着いて」
「しかし……」
「僕が平気そうな顔してないと、ガーネットが集中して戦えないじゃない」
そう言われたシャーロットはハッとした表情をしてそれ以上の抗議はしてこなかった。
シャーロットが真剣にそう訴えてくる気持ちも解るし、危険性も解ってる。それでも、僕がガーネットの足手まといになってしまうのは本意ではない。
闘って散るのならそれも悪くないなどと悲観的に考えている訳ではない。
しかし、2人の真剣勝負に僕が水を差したくなかった。
「とはいえ、結構痛いな」
少しシャーロットの方を見た瞬間、脚に痛みを感じた。切られた痛みではなく、足払いをされた痛みだった。
ガーネットが体勢を崩し、それに乗じてリゾンは思い切り棒状の砂をガーネットの腹部に突き立てる。貫通こそはしないものの、強い打撃となってあばら骨がミシミシと音を立てたのが解った。
「がはっ……」
「ノエル!」
僕が前かがみになったとき、自分の赤い髪で2人の姿が一瞬隠れた。一瞬の後、リゾンがもう一本の武器を振りかぶったのが見えた。
「止めてください! 槍に貫かれて死んでしまいます!」
そう叫んでいる間に、リゾンはガーネットに向かってその槍を突き刺していた。
シャーロットは思わず目を逸らしたが、僕は赤い髪ごしにでもしっかりと見えていた。
「勝負あったね……がはっ……ごほっごほっ……!」
「大変です、すぐにやめさせなければ……リゾンがガーネットを殺してしまいます……! すぐに治療を…………あれ? 出血していない……?」
「僕の方じゃなくて、あっちを見てごらんよ」
シャーロットが再びリゾンの方を見た後、間もなくしてリゾンは倒れていた。
しかし、そこにはガーネットの姿はない。
「な……何がおこったんですか……?」
「後で説明するから……リゾンを治してやって。あのままじゃ死んじゃうよ」
何が何だかわかっていないシャーロットは倒れているリゾンの方へかけよった。
指先をピクリとも動かさずにリゾンは倒れている。呼吸も止まりかけているように見えた。
「これは……」
「いったぁ……それが終わったら僕の方も頼むよ」
「待ってください。症状が解らないと治療できません」
「え? あぁ……リゾンは麻痺してるんだよ」
「麻痺? どうしてですか?」
「こっちにきて、ガーネット」
何を言っているのか全く分からないと言った様子でシャーロットは辺りを見回した。
すると、けして大きくはない一匹の蛇が目に入る。身体の一部が横に広くなっている黒い蛇だ。
その蛇を見てシャーロットは「きゃっ!」と短く悲鳴を上げたが、その蛇が僕の腕を登って行くのを見て何なのか漸く解ったようだ。
「変化の魔術ですか?」
「そう。ガーネットは魔術をちょっとは使えるんだよ」
話ながらもシャーロットはリゾンの身体へ治癒魔術をかけて治療を試みる。
ガーネットは蛇らしく舌をチロチロと出しながら、全く動けなくなっているリゾンを僕の肩の上から見据えていた。
「これはこの辺りに住んでる強い神経毒を保有してる蛇なの。一咬みで象も殺すと言われているすごい蛇なんだ」
「変化の魔術が使えるなんて知りませんでした」
「初めの頃はご主人様の目を欺くために猫になってもらったりしてたんだけど……そんな必要もなくなっちゃったしね」
「なるほど……魔術を全く使えないと思っていたリゾンの意表を突いたってことですね……」
ガーネットが着ていた服を自分の後ろに置いた。シャーロットにはガーネットの方へ向かないように指示をする。
「ガーネット元に戻って服着ていいよ」
僕がかがんで彼を降ろすと、僕の後ろへと蛇らしい動きで移動していった。
少しして蛇から吸血鬼の姿に戻ったガーネットは背中越しに服を纏いながら僕に声をかける。
「……怪我をさせてしまったな」
「それに気を取られすぎて危なかったんじゃない? 僕のことは気にしなくていいからって始める前に言ったのに」
背中越しにそう言うと、ガーネットは少し沈黙した。
「…………しかし、お前のおかげで勝てた」
「僕は何もしてないよ。少し蛇の話をしただけ」
試合前、僕はガーネットにこの辺り一帯の危険生物の話をした。この辺りには強い神経毒を持つ蛇がいるという話だ。
それ以上、何を言わずとも彼と僕は通じ合っていた。だからこそこの勝負に勝てたのだ。
そう話している最中に、リゾンは身体の麻痺がとけたようでゆっくりと身体を起こし始めた。しかし彼の思い通りには身体は動かないようで、何度も途中で脱力し崩れる。
「貴様……汚い手を……」
息が思うようにできないのかゼェゼェと息を懸命にしている様子だ。
「魔術を使ったのはお互い様でしょ?」
「こんな汚いやり方で勝って……私に勝ち誇るつもりか……?」
「汚いって……僕は手を出してないし。それに、ガーネットのこと本気で殺そうとしたでしょ? ガーネットは殺さないようにしてたのに」
「手心を加えたというのか……ふざけた真似を……」
リゾンはやはり動けないようで、そのまま倒れた。
意識はあるようだがまだ身体に毒が残っていて動けない様子だ。
「シャーロット、気絶させてくれないかな」
気絶する寸前まで、リゾンはこちらを鋭い目つきで睨んでいた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる