罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第155話 砂上の戦い

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 そこには僕と、ガーネットと、リゾン、シャーロットしかいない。
 月夜に照らされた僕らは、薄いけれどはっきりした影を伸ばしている。
 シャーロット以外の魔女たちは昼間の戦いだけでもう随分精神的に疲弊したようだった。クロエのあの憔悴ぶりを見て戦いが楽しいなどと思う者はいないだろう。
 アナベルが生きていたら面白がったかもしれないが、僕も提案した当事者でありながら面白がることはできない。

 ――ガーネットは大丈夫だろうか……

 僕は彼のことをじっと見つめる。
 少し、リゾンと向き合う前に彼と話をしておいた。他愛もない話だ。
 リゾンの魔術の対策は何か考えているのかとか、この辺りの地形はどうだとか、体調はどうだとか、この辺りの動物には狂暴なものもいるからそれも気を付けるべきだとか。
 子育てをしたことはないが、なんだか子供に対してあれこれ提案する親のような気持ちだった。
 ガーネットもなんとも言えない様子で僕の話を聞いていた。
 ガーネットにあれこれと言って心配している自分は、今までガーネットが僕に心配をしてくれていたことと同じなのだと気づき、申し訳ない気持ちになった。
 普段それほど話をしない僕がガーネットに対して多弁になっていることに対してガーネットは不満そうな表情をしていた。
 なんで懸命に世間話をしようとしていたのか、ガーネットは解っていたから不満そうな態度をとったのかもしれない。
「もしかしたら、自分が負けると思っているのではないか」という信頼のない考えが見え透いてしまっただろうか。
 ガーネットが負けると思っている訳ではない。
 ただ、絶対ということはないと僕は知っているから不安はぬぐえなかった。

 ――心配しすぎるのも、傷つけちゃったかな……

 少し遠くから見ているが、ガーネットの方が険しい表情をしているのが解った。
 僕が審判をしていざとなったら止めると豪語したものの、ガーネットの怪我の状態如何では助けることができない。
 シャーロットは相手があの暴虐の限りを尽くしたリゾンが相手であるだけに緊張している様だ。僕らを何のためらいもなく殺そうとした張本人だ。緊張しない訳もない。

「お互いに、いい?」

 音を魔術で遠くの2人に届ける。

「いつでもいい」
「無論だ」

 始まってしまったら僕が助けに入った方が負けだ。
 リゾンが大怪我をしたらシャーロットに治してもらう手はずだが、ガーネットが急所を外さないことにはリゾンが即死ということもあり得る。
 リゾンは長い髪を僕のように括っていた。ガーネットも少し伸びた髪を紐で括っている。その装いに互いの本気の度合いが伝わってきた。
 服もシャーロットが作った身体を動かしやすい服を着ている。白い何の特徴もない服だ。白い服にしたのは目視で出血箇所がすぐに確認できるからだ。
 身体に合った服を着ている2人はやけに痩せているように見える。

「こんなことをして……いいのでしょうか」
「魔族は血気盛んなのが多いからね。あの2人は特に血気盛んなんでしょう」
「ノエルが殺し合いなどと言いだしたときも相当肝を冷やしましたよ」
「本気でやらないと意味がなかったからね。僕は今は少しすっきりしてるよ。クロエに対してね」

 クロエも多少は気持ちの整理ができただろう。
 ずっと隠していた後ろ暗い秘密を意図しない形で僕に暴露され、よほど追い詰められたはずだ。

「早く始めろ」
「はぁ…………じゃあ、いいね? 僕が合図したら始めてほしい」

 互いに緊張感が走る。僕も合図をする機会を注意深く伺い、月明かりが一度雲に隠れ、そしてその光が射すその瞬間に僕は声をあげる。

「始め!」

 合図したと同時にリゾンがガーネットに向かって一瞬で飛びかかる。早すぎて僕が瞬きをしている間にすぐに距離が縮まっている。
 その速さにガーネットも追従するように動いている。一瞬でも動きを見失えば、リゾンの鋭い爪に切り裂かれて動きが鈍ることになるだろう。
 リゾンがガーネットの首を狙うと、無駄のない動きで身体を後ろへ引き、ギリギリでそれをかわしている。
 ガーネットがリゾンの腕を掴んで動きを止めようとするものの、リゾンも腕を掴ませない。
 僕らは彼らの気が散らないように、僕らが話す会話が聞こえないように魔術で防御壁を作成した。

「ノエル……魔族とは本当は恐ろしいものなんですね……よく異界から帰還されました。あの様子を見ていると、本当にいつ殺されてもおかしくありません」
「あぁ……リゾンに一度捕まったときはいろんなことが終わったかと思った……」
「しかし、あのときのあなたは死をも受け入れるという姿勢でした」
「そうだね。あまりにもショックなことがあった後だったから、投げやりになってた部分は否定できない」
「ガーネットがいたから踏みとどまったのではないですか?」
「まぁね……」

 リゾンとガーネットの両者はお互いに一度距離をとった。
 目を凝らさないと解らないが、服に細かい切れ目が入っていて互いの攻撃が間一髪でよけられていることを示している。
 何より僕の身体で痛みを感じていないということは、その斬撃は当たっていないということだ。
 互いに何か話している様だったが、なんと言っているのかまでは解らない。しかし、その会話の直後に闘いに変化があった。
 リゾンが砂に魔術をかけると、砂が渦を巻いて動き出す。
 今まで鎖を操る程度の魔術しか見ていなかったが、周囲の操っている砂の量は尋常ではない。ガーネットはその動いている砂の範囲外へと移動する。

「あれはなんていう魔術系統なんだろうか……」
「物を動かすことに特化した魔術でしょうか。無機物を操る魔術……?」
「それは恐ろしい魔術だな……重力魔術みたいなものでしょう? 使いようによっては例えば人体にそのまま使えば血液中の鉄分を移動させることで人体そのものに影響を与えることもできる」
「しかし……そこまで精密に動かすのはかなりの魔術熟練が必要です」
「あるいは違うのかな」

 僕らが話している間にリゾンはその砂の波をガーネットに放った。
 まるで津波のようにそれがガーネットへと向かう。ガーネットはそれを器用にその砂を足場にしてのみ込まれないように跳ぶ。
 それを見越したようにリゾンは更に高い波を放っていた。第二波は避け切ることができずに飲み込まれるガーネットの姿が見えた。
 砂の中に岩でも混じっていたのか、僕の身体のあちこちが切れて痛み出し、僕の服に血がにじむ。

「ノエル……! 止めましょう……魔術を使える者とそうでない者とでは力の差がありすぎます!」
「今更だね……大丈夫。少し血は出たけど、ガーネットはまだまだだよ」

 僕は右手の甲に痛みを感じていた。それは切り傷によるものではない。
 波が収まり、砂煙が収まると膝をついたのはリゾンの方だ。目の前にガーネットが立っている。

「殴った時の痛みも伝わってくるからなぁ……」

 手を確認すると、赤くなっている。リゾンの腹部を思い切り殴った際に赤くなったのだろう。

「どうやって抜けたのでしょうか。私には見えませんでした」
「……身のこなしはなんとなくわかる」

 呑気に僕らが話している間に、ガーネットはリゾンの腕を再び折るべく素早く後ろへ回り込んだ。そして右腕を折る。
 叫び声などは聞こえないが、恐らくうめき声程度は漏らしているだろう。
 リゾンの腕を折るのはこれで2回目だ。幼い頃のことは解らないが、相手を無力化するような体術を知っている。

「ガーネットが味方で良かったよ……」
「そうですね……魔女を皆殺しにすると、会った当初は言っていたそうですね」
「そうだよ。どうなるかと思った」
「よく契約する気になりましたね……急を要したと言えど……何か打算があったのですか?」
「ううん……別に何もなかった。魔女を恨んだまま死んでほしくないって思っただけ」
「でも……話を聞いていて腑に落ちないことがあります」
「何?」
「あなたは大切に思っている人間の方を誰よりも優先する性格のように思いますが? 冷静な判断をするのなら見殺しにして適当に埋葬するという方が良かったのではないですか?」
「んー……見捨てるのは簡単なんだけど……なんていうのかな、うまく説明できないけど。傷だらけのガーネットの姿を見て、自分の姿と重なってさ……」

 リゾンのもう片方の腕を折ろうとするが、ガーネットは再びリゾンから距離をとった。
 まだリゾンは魔術を使える様子だ。

「ガーネットの分が悪いですね」
「魔術を使えると言っても魔女程は使えていない。それにここには身を縛るような鎖もないし……」

 砂は形を替え、今度は大雑把な砂の波ではなく剣のような形へと変化する。


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