罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第154話 とある魔術式

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【ノエル 現在】

 拠点に戻り、一時も僕から離れようとしないクロエをなだめすかし、僕は疲弊しきっているクロエをベッドに寝かせた。
 ずっと僕の服の裾を握っている。傷はシャーロットが治してくれたので、すっかり元通りの姿だ。右耳も聞こえている様子だった。

「勝負には負けたけどよ……せめて眠るまで傍にいてくれ」
「解ったよ」

 あまりに酷く傷つけてしまったようだ。その点に関しては反省する。僕だってご主人様を殺したりしたら立ち直ることは出来ない。
 酷なことをクロエにしてしまったが、それでも僕しか生きる意味がないと言っているクロエには、僕がいなくなった後のことを考えるきっかけになってほしい。
 とはいえ、ここまでクロエが衝撃を受けるとは思わなかった。

「お前、俺を本気で殺そうとしたのか……?」
「ううん」
「でも、右耳じゃなくて脳に突き刺さってたら即死だったろ……」
「そうだね。でも、クロエなら避けられるって信じてたよ」
「なんだよそれ……」

 話をしているとクロエは疲れたようで、そのまま眠ってしまった。
 僕はそっとクロエから離れ、部屋の扉を開けた。一階に降りると、椅子にガーネットが座っていた。
 シャーロットたちは外でお風呂に入ったりして羽を伸ばしている様だった。

「無策だと言っていたが、しっかりと対策していたようだな」

 ガーネットは安堵したようにそう言う。本当に安堵している様子だった。彼は心臓の辺りを押さえている。

「だから言ったでしょ? 僕が負けると思ってるの? って」
「無策だと言ったではないか」
「無策ではあったけど、基礎知識の差と魔術系統の差があったね」

 特に考えはなかったけど、本で読んだ知識もあった上、クロエの性格や魔術特性を考えればそう策を練るところでもない。

「ふん……では、私があの男の魔女を飼い被りすぎていただけか」
「そうじゃないよ。クロエは僕のこと大切に思ってるから、結局本気は出せなかっただけ。クロエはかなりの実力者だよ」
「……得意げに言うな。結果として良かったものの、負けたらと考えると気が気ではなかった。殺し合いなど……」
「僕の心配もなくなったし、次はガーネットでしょう? 相変わらず僕は命の危険に晒されてるんだけど?」
「それこそ、私が負けると思っているのか?」
「リゾンには何度も酷い目に遭わされたし、いい予感はしないけどね」

 魔術を使える分、リゾンに分配が上がるのは当然だ。
 リゾンの詳しい魔術系統が解らないが、解っていることは鎖を操ること、そして目を見るとかかる幻視の魔術。

「クロエにかけた幻覚の魔術は、魔女で使っているのがいたのと、あとリゾンが使っていたからそれを参考にしたの。相手を視界に捕える時に目を見られないのは大変だね」
「リゾンのあれは……元々弟の魔術だ」
「そう言えば話の中で弟さんは幻術を使ってたね」
「そうだ。だからかあれは私には効かない」
「そうなんだ? 魔術系統で抵抗があるのかな?」
「詳しいことは解らないがな。弟は優れた魔術使いだった」
「そっかぁ……もしかしたら弟さんがガーネットのこと守ってくれてるのかもね」

 非現実的なことをわざわざ口に出してみるものの、ガーネットは弟さんの話をするとどうにも暗い表情をする。
 励ましたつもりだったが逆効果だったようだ。

 ――早く“死の見えざる手”で話しに行けばいいのに……

 このリゾンとの戦いの間に異界に連れて行こうかと考えたが、異界の移動で往復で身体に負荷を二度かけるのは得策ではない。

「これが終わったら、弟さんに会いに行きなよ」
「……何故だ」
「最終決戦目前に、心に引っ掛かりがあったらまずいんじゃない?」
「………………」

 ガーネットはどうにも気まずそうに顔を逸らした。弟に会うのが気恥ずかしいのだろうか。
 そう言う僕も、ラブラドライトを助けられなかったことを謝罪したいと考えていた。
 ガーネットは弟さんのことで何かの区切りが必要だ。

「……そうか、解った。考えておこう」
「そう……じゃあ準備しておくから。負けないでね」
「私が負けるわけがない」
「信じてるよ」

 僕らは日が沈むのを待った。
 ガーネットが部屋で休んでいる間に僕は自分の部屋で異界に行く準備をしていた。
 ガーネットが弟さんに会いに行くと前向きに検討しているのなら、それを後押ししなければならない。
 放っておいたら寿命を迎える寸前くらいに先延ばしにされそうだ。

 ――ガーネットは気難しいからな……たたみかけるように追い込まないと……

 そう考えていると、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえた。

「はーい」
「私です」

 僕の真っ暗な部屋にシャーロットが入ってくる。
 そこかしこに魔術式のメモが貼ってあり、歩きづらそうに僕の方へ近づいてきた。

「どうしたの?」
「あの……頼まれていた魔術式ができました」

 異界に行く前にシャーロットに頼んでいたものだ。

「……本当!?」
「ええ」
「そうか……」

 それを聞いて僕は気が抜けた。
 ずっと気を張っていた部分が、これで少しは楽になるだろう。

「そっかぁ……でも、試してみないと解らなくない?」
「試して大丈夫ですか?」
「んん……まだ、試すにしても試すことはできないかな……」
「気軽に試すこともできないですから……」
「そうだね……でも本当に良かった。ありがとうシャーロット」
「…………まだまでには時間がありますし、精度をあげておきます。確実に行えるように」
「信じてるよシャーロット」
「ええ……。それにしても……ノエル、ガーネットに言っていた寿命の件ですが、どうして嘘をついたのですか?」

 やっぱりそのことについて言われるかと、その話はしたくないなと考えていた矢先にシャーロットが鋭く指摘してくる。

「魔女の寿命は確かに長いですし、混血のあなたには計り知れない部分があるのは事実です。でも……あなたは無理な実験を何度も何度もされていました。そうあなたが計算するよりは長くは生きられませんよ。人間よりは長く生きるにしてもです」
「……なんとなく解ってるよ。別にいい」
「契約による負荷も並大抵のものではないはずです」

 治癒魔術を専門にしている彼女が言うのなら、確かにそうなのだろう。

「異界に行く前に……クロエの父親のお話をしたのを覚えていますよね? アナベルに言われたときにクロエが激昂したのはそのことでしょう……」
「あぁ……兎の肉を吐きそうになった話ね……」

 シャーロットに小声で耳打ちされた話だ。
 今思い出しても嫌な気分になってくる。

「そうです。クロエの父親は……生殖の為の道具として生き続けさせるために魔族と契約しましたが……確かに魔女の平均の寿命よりは圧倒的に長生きしてます。しかし、正気を失い、自我を失い、ただひたすらに生かされているだけの存在になってしまいました。魔族の方も動きを封じられ、同様の状態でした」
「改めて言い直さなくても覚えてるよ……」
「無理な再生を繰り返した結果です。私は……あなたが心配なんです……」
「僕も心配はしてるよ。ほら、これ見て?」

 僕は自分の上唇を少し押し上げ、自分の八重歯をシャーロットに見せた。すると、シャーロットは驚いたように口を両手で覆う。
 僕の八重歯が明らかに尖ってきていたからだ。

「その牙は……」
「んん……同化と言うべきか……僕とガーネットの身体に異変が起きてるんだよね。まだまだ序盤だと思うけど」
「ガーネットにも変化があるのですか?」
「うん……本人は物凄く僕に隠してるから、何も言ってないけどね」
「大丈夫なのですか……?」
「どうだろう。自我に乱れとかはないよ。まぁ、いいよ。しばらく様子を見ようと思う。ガーネットには内緒ね。一生懸命隠してるからさ」
「…………はい」

 腑に落ちない様子のシャーロットだったが、それ以上何か言ってくることはなかった。
 クロエの父親のことを考えれば、クロエが僕とガーネットのことを良く思っていないのは納得ができる。ただソリが合わないだけだということもあるだろうけれど。

「日も落ちたでしょう。それじゃ、僕はリゾンのところへ行くから。シャーロットはよく休んで。頼まれてくれてたこと、ありがとうね」

 そう言いながら僕は地下のリゾンの元へ向かう。
 彼は退屈そうにベッドに身体を預け、僕が手わたしていた魔術式の紙を眺めていた。

「やっと日が落ちたのか。待ちくたびれたぞ」
「日は落ちたよ。どう? 解読は進んだ?」
「いや。断片的には理解できるが、総合的には理解できない」
「そう……」

 ――ご主人様のことも心配だし……早く事を片付けたいのに……

「私が勝ったら、私と契約してもらうからな」
「それは飲めない条件だね」
「ほう……ガーネットが負けると、少しでも思ってるのだな?」
「万に一つも、リゾンと契約することはできないって意味だよ」
「面白みのない勝負だな……」

 やる気のなさそうなリゾンに対して、何かやる気がでるような条件がないかどうか考えた。
 どれもこれも万に一つもガーネットが負けた時のことを考えると、クロエに提示したような条件は提案できない。

「リゾンが勝ったら……何か、好物を持ってくるよ」
「好物? 私の好物が何か解っているのか?」
「何?」
「ユニコーン族の血液だ」
「ユニコーン? あの角が生えてる馬のこと?」
「……お前、ユニコーン族の前でそう言ってみろ。八つ裂きにされるぞ」
「ご、ごめん。異界に行って仕入れてくるよ」
「そう簡単に手に入る代物ではないぞ。気高い一族だからな。お前が処女なら好まれるだろうが……処女ではないだろう?」
「………………」

 確か、ユニコーンというのは処女を好むという逸話があるということがセージの持っていた本に書いてあったのをうっすらと思い出す。

「僕は処女じゃないけど、それでも少し血液を分けてもらってくるから」
「ふん……期待しないで待っている」

 牢から出したリゾンと共に地下から出ると、ガーネットが落ち着かない様子で待っていた。

「待ちくたびれたぞ」
「血気盛んなやつだ」
「貴様にだけは言われたくない」
「ガーネットが勝ったら、何か欲しいものはある?」
「欲しいもの……? 具体的に何とはないが、考えておく」

 リゾンとは違って欲のない姿勢に、僕はホッとする。
 もしガーネットではなく、あのとき山の中で会っていたのがリゾンだったら僕たちのこれまでの歩みも全く違うものになったのではないだろうかと僕は考えた。

「行こう。僕が審判をするね。負けだと思ったら仲裁に入るから殺さない程度に頼むよ。お互いに」

 日も落ちて少し肌寒くなってきた外気を身体に受けながら、2人を連れて再び僕とクロエの戦禍が残る砂漠へと向かう。
 少しの不安が頭によぎりながらも、2人のわだかまりが少しでも解消されるならと僕は考えていた。
 魔王城の地下牢で「こいつを殺せ!」と言っていたガーネットのことをふと思い出す。

 ――本当に大丈夫かな……

 そう考えながらも特に会話のないまま、昼間に歩いた足跡が消えている砂漠を歩いた。


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