罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第153話 今までとは違う道

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 泣き叫んでも、ノエルが息を吹き返すことはない。
 そうして膝をついて、暫く俺は声にならない声で叫び続けた。シャーロットの声も、他の魔女の声も聞こえない。
 意識すら確かに保つことができない。それが一瞬なのか、永遠なのかもわからない。
 叫びすぎた俺は、喉が枯れ、息が乱れ、意識が乱れ、どうすることもできなかった。

「ノエル……俺が悪かったよ……俺が……ずっと…………ずっとお前に言えなかった……嫌われたくなかったんだ……」

 嫌われたくないと願うけれど、それでも俺の意思に反してノエルはどんどん俺から離れていってしまう。

「冷たい目で俺を見ないでほしかっただけだ……」

 ノエルに嫌われたら、今まで生きてきた糧が全てなくなってしまう。これからどうしたらいいのか、解らなくなってしまう。
 聞かれることのない懺悔を懸命に絞り出す。

「ノエル……俺の負けで良いから……いなくならないでくれ……」

 なんて都合のいい話だろうか。
 自分で手にかけておいて、いなくならないでほしいなんて虫のいい話……。
 これで計画も総倒れだ。ノエルなしでゲルダを何とかできるはずがない。
 一時の俺の感情で何もかもが台無しになってしまった。

「セージのこと……ずっと後悔してたんだ……俺が悪かった……お前から大切な人を奪ったのは俺だ……ノエル……」

 今更、こんなことを言ってもノエルは聞いてくれない。
 笑ってもくれないし、言葉をくれることもない。
 怒ってすらくれないのだと考えると、吐くものもないのに俺は嗚咽した。

「本当に負けで良いの?」

 ノエルに駆け寄っていたキャンゼルが俺に対してそう言ってきた。

「負けとか勝ちとかじゃねぇだろこんなの……俺が悪かったよ……負けだ……生きていてくれなきゃ……俺の負けだ……」
「そう……」

 キャンゼルは半身が焼け焦げてしまっているノエルの傍らから立ち上がり、俺の方へ歩いてくる。

 ――俺を殺すつもりか? まぁ……もうどうでもいい……

 俺は目を閉じた。
 閉じると同時にポタポタと乾いた砂に涙が落ちる。

「じゃあ僕の勝ちだね」

 ――……?

 今、確かにはっきりとしたノエルの声が聞こえた。
 俺の視界が歪み、景色がゆっくり変わって行く。俺はノエルの前に跪《ひざまず》いていた。彼女は無傷だ。

「ノエル……?」

 いや、さっき明らかに半身がアナベルのように炭になって、絶命してしまっていたはずだ。
 シャーロットが叫んでいた声はまだ記憶に鮮明に残っている。

「僕の勝ちだね、クロエ」
「何が……どうなってるんだ……?」

 更に涙が流れていく。
 悪夢から覚めた安堵を噛みしめながら涙を流すように、心臓が激しく脈打ってるのが聞こえてくるようだ。

「幻覚魔術だよ」
「幻覚魔術……じゃあ、お前は本物なんだな?」
「そうだよ。触ってみる? 焦げてないよ」

 ノエルの差し出された手の肌に触れてみると、なめらかな感触がした。ざらざらした炭の感触ではない。
 何度も俺はその手を確認するように触れる。
 その手を自分の頬に持ってくると、暖かかった。その手に涙が伝っていく。ノエルは俺の様子を見ていた。あの冷ややかな目ではない。
 いつもと同じ、優しい目だ。

「悪い冗談だぜ……勘弁してくれよ……」
「そんなに怖かった?」

 なんの悪びれもなくノエルはそう言う。

「何もかもが終わりだと思った……」
「そう……うわっ!」

 俺はノエルの手を引っ張り、抱きしめた。
 強く抱きしめると、暖かさを感じた。生きている暖かさだ。焼け焦げて嫌な匂いもしない。手入れしていないが綺麗なままの赤い髪を確かめるように撫でる。

 ――本当に良かった……

「おい、貴様……!」
「ガーネット、いいから。少しだけだから」

 泣きながら抱きしめる。
 みっともないとも感じたが、どうしても悪夢を完全に消し去ってしまいたかった。
 吸血鬼は不満そうな顔でこちらを見ている。

「酷すぎるぞお前……ッ……俺にお前を殺させるなんて……」
「でも、それは自分の意思だったでしょ?」
「俺がお前を殺したいわけないだろ……お前が冷たい目で俺を見るから……お前にそんな目で見られたら生きていけない……」

 ノエルはそっと俺から離れた。俺から離れて俺の目から流れる涙を指ですくってくれる。

「僕がいなくてもクロエは大丈夫だよ」
「お前がすべてだ、お前がいないと俺は生きていけない……」
「他にも生きる目的はあるよ」
「ねぇよ……お前なら俺の気持ちが解るだろ……?」

 そう言うと、ノエルは物凄く悲しそうな表情をした。

「解るよ。でも、自分でも違う生きる道を見つけようとしてる。今までとは違う道を歩んでいかないといけないっていうことも解ってる」
「違う道なんか……俺には探せない……」

 暫く俺はそうやって、駄々をこねるようにノエルに訴え続けた。
 それでも本当は解っていたんだ。
 ノエルが違う道を探しているように、俺もその選択肢を探さないとならないことを。


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