罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第150話 どちらかが倒れるまで

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 確かに彼の言っている通りだ。
 僕もリゾンに対して思うところがあったことも事実。

「だとしても……僕はリゾンと契約をすることはない」
「強情だな。いいだろう。その内に気が変わる。早くあの白い魔女を連れてこい」
「………………」

 腑に落ちない気持ちもありながら、僕は階段を登ってシャーロットを呼びに行った。
 シャーロットは怯えながらもリゾンの檻へ同行してくれた。枷を厳重に嵌めて動きを封じた上での治療だった。
 リゾンは信用できない。
 シャーロットが殺されそうになった時、治せるのはたどたどしい治癒魔術の使えるアビゲイルだけだ。深手を負わされた場合、助かる見込みはほぼない。

「これは……爛れた部分は治せましたが、その弟切草の長期的摂取による弊害までは治せそうにありません。昼間は外に出ない方がいいでしょう」
「そうか。じゃあ昼間は僕とクロエ、夜に彼らでいいでしょう」
「お前の殺し合いが見られなくて残念だ。せいぜい負けてあの男の魔女と床を共にすることにならないようにするがいい」

 リゾンは嫌味を言うとニヤリと笑った。

「悪いけど、僕が大敗したときに備えて拘束させたままにしてもらうからね」
「はぁ……好きにしろ」

 シャーロットと共に地下から上がり、外で待っているクロエの元へと向かった。
 外に出るとガーネットとクロエが落ち着かない様子でいるのが見えた。他の魔女もなんだかソワソワしている。

「クロエ、ここだと危ないからキャンゼルたちを見つけた砂漠の方でしようか」
「……俺はやっぱり気乗りしねぇ」
「不戦敗ってことで僕の勝ち……ってことじゃ、僕の気が収まらないでしょ」
「解った。抵抗ができなくなった時点で終わりでいいだろ?」
「何言ってるのさ、本気で来てくれないと。僕だって殺すつもりでやるんだから」

 僕の言葉に、クロエは眉間にシワを寄せる。

「お前を殺したくない」
「僕を殺せると思ってるの?」
「…………ノエルこそ、俺を殺せると思ってるのか?」

 僕らのピリピリとした雰囲気に、周りの魔女やガーネットも緊張感が漂った。

「あの……ノエル、審判を設けたらいかがですか? 例えば倒れてから時間をはかってみるとか……立ち上がらなければ相手の勝ちという規則にしてはどうでしょう」
「……良い提案だね」

 そう言った瞬間、シャーロットは少しほっとしたような顔をした。

「でも、僕らが全力でぶつかったらなんてないんじゃない?」

 再びシャーロットの表情が凍り付く。

「ははは、冗談だよ。真剣に戦うし、勿論シャーロットはいつでも治療できるよう準備しておいて。相手が負けを宣言したらその時点で終了とするから」
「……もう……脅かさないでください……」
「ごめんごめん。クロエ行こう。危ないから来ない方がいいけど……全員くるよね?」

 おずおずと、キャンゼルやアビゲイルも影から出てきて落ち着かない様子だった。どうやら僕らの戦いを見たい様子だ。
 殺し合いなど本当は子供に見せるものではないが、血なまぐさい殺し合いをするつもりはない僕は寛容に許した。
 これは身を護る術の勉強でもある。ゲルダと同等の力を持つ僕を見ることで、ゲルダから身を守るヒントを得てほしい。

「……解った…………」

 そうして僕らはキナに乗って何もない砂漠地帯に向かった。
 走るのではなく、僕らの歩く速度でキナを歩かせる。キナにとってもずっと同じ場所に繋いでおくのもストレスになってしまう。

「シャーロット、この馬を元に戻してあげることは出来る?」
「そうですね……アビゲイルを戻したようにできたらいいんですが……難しいでしょう。この馬は馬を媒体に鳥を合成しています。しかし、それは先代のことです。この……キナはその先代の子供です。ですから先天的にこの型なのです。生まれながらにこの遺伝子構造であるキナは分離のしようがありません」
「そうか……キナは先天的にそうなのか」

 ポンポンとキナの首を触った。

 ――生まれながらにそうなら、仕方ないね。上手く付き合っていくしかない

 僕は長い髪を邪魔にならないように括りあげた。
 それでも僕の長い髪はキナの歩行の動きに合わせて揺れている。長いかなと考えながらも、それでもまだ切る決意はできないままだ。

 ――そんなにすぐには変われないよね……

 キナは黙って僕を乗せて歩いている。ふと横を見るとアビゲイルが乗りたそうに見つめてきていた。

「乗りたい?」
「はい!」

 一度キナを止めてシャーロットが抱き上げるアビゲイルを僕の前に乗せ、手綱を握らせる。
 危なっかしい様子で乗っていたが、僕は片手でアビゲイルの身体を押さえた。

「しっかり乗って。落ちたら危ないよ」
「ありがとうございます」

 僕らが緊張感がない様子でキナに乗っている間、浮かない顔をしたクロエとガーネットが後ろで話をしていた。

「手加減をしろ。お前も悪いと思っているなら、手心を見せてやれ。多少痛い思いをすれば済む話だ」
「…………てめぇはノエルを俺に渡したくねぇだけだろ」
「いいから言う通りにしろ。あいつは無策でお前と闘うつもりなんだぞ? 正気の沙汰ではないだろう?」
「無策? まさかそんなわけねぇだろ」
「そう思うだろう? 本当に無策だぞ……あの様子では……」
「……まぁ、俺もそう本気で殺しにかかったりしねぇよ」
「ならいいが……」

 何もない砂漠にたどり着くと、僕はキナから降りた。
 離れているようにクロエ以外の全員に言って、距離をとらせた。距離をとらせたうえで、シャーロットに身を護る防御壁を張るように指示する。
 無事に防御壁を張ったのを確認したところで、僕は向かいに立つクロエを見据えた。
 乾いた風に吹かれると、僕の髪が赤く輝き靡く。クロエは鬱陶しそうに自分の髪をかき上げた。乾いた砂に元々鋭い目つきを更に細め、僕を見つめる。

「いくよ、クロエ。初めに言っておくけど、ガーネットは血を飲んでないから」

 自分の腕を軽く風の魔術で傷つけて、その傷が塞がらないことをクロエに確認させる。

「あぁ、かかってこい」

 次の風が吹いたとき、互いに合図もなくして戦いは始まった。


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