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第5章 理念の灯火
第148話 傷の意味
しおりを挟む「これは何の騒ぎだ」
威圧感のある声でそう諫められると、今から逃げられる空気ではないと悟った。しかし、私たちよりも首を連ねているリゾンの方に睨みを利かせた。
「リゾン、またお前か……今回ばかりは容赦できないぞ」
「私は大して殺してない」
「そういう問題ではない!」
魔王が一喝すると空気が大きく振動する。龍が暴れて崩れていた部分が更に崩れた。
「そこの2人の吸血鬼は何のためにきたのだ。内乱が目的か」
「違います!」
威圧的な魔王の言葉に私が流石にまずいかと考えていたら、弟が威勢よく反論した。
いつも誰かの後ろに隠れているような奴だと思っていただけに、意外に感じる。
「僕の両親が殺されました。その殺した者が魔王城地下牢にいると聞き、1人で地下牢に向かい話し合いをしようとしました」
「ほう……どうやって牢の奥に入った? 門番がいたはずだ」
「門番には魔王様の使いの者として通りました」
「大鬼も幼い子供を信じるほど愚かではない」
「魔術で幻覚をかけました。僕の姿は子供には見えていなかったと思います」
「その歳でか……」
魔王は驚いているようだった。
周りを見渡し、氷と金属の円柱がいくつも龍の身体に刺さっているのを一瞥していた。
「それで、アレクシスが殺したという確信があって殺したのか?」
「いえ……話をしようとしたのですが、そちらの銀髪の方がその龍の鎖を破壊され……被害が拡大すると考えて僕らで倒しました」
「…………お前はヴェルナンドの下で稽古をつけている者だな」
弟と話していた魔王は私の方に向き直り、話しかけてきた。
何と答えていいか私は迷った。答えを一つでも間違えたらその場で殺されてしまいそうだ。
「そうだ」
「報告によると、門番を殺したのはお前だという話だが、本当なのか?」
「……私が殺したというよりは、相打ちで死んだ」
「………………」
魔王は私の方をじっと見つめている。
いくつもの顔がこちらをじっと見ているのはかなり不気味に感じた。
小鬼が見たままの情報を魔王に言っている。私が目を潰したことは事実だが、大鬼が相打ちになったのは嘘ではない。
「父上、この者たちは不法侵入者だ。殺してしまおう」
「……殺しはしない」
「父上がそうしないなら私が始末する」
「待ちなさい。勝手に手出しすることは許さないぞ」
魔王はそう言ったが、これ以上奴を調子に乗らせないように一度他にも知らしめておかねばならない。
いくら魔王の子息と言えど、いつまでも調子に乗らせておくわけにもいかない。
それに、龍を解放されたことで危うく死にかけた。
「私は戦うのなら構わない。ただし、お前に勝てたら不法侵入の件は不問にしてもらうぞ」
弟に魔王の後ろに行くように指示した。
弟を下がらせると、リゾンは私と自分の周りを鉄の棒を生成して檻のように囲った。
「弟の助力がなければ龍を倒せなかっただろう?」
リゾンが話しているさなか、私はリゾンの喉元を目掛けて腕を振りぬいた。一瞬の隙があったが、リゾンは素早く体勢を変えて避けた。
相当に素早い。
この速度についてくるだけの実力があることは解っていた。
降りぬいた勢いに任せ身体を回転させ後ろ蹴りをするが、やはりそれも軽くかわした。
リゾンは手に持っていた頭の連なっている鎖を振り回す。その頭が叩きつけられるたびに血や肉が飛び散る。
その血しぶきで視界が遮られた瞬間にリゾンは鎖を魔術で操り、私は四肢を絡めとられた。
引っ張られる前に自分でその鎖を掴み思い切り引いた。鎖が突き出していた床ごと外れ、千切れる。鎖をその辺に投げ捨てると再びリゾンへと向かった。
互いに魔術なしの体術での戦いとなる。
爪の先がかするだけで皮膚が裂け、少し時間を置いて血が出てくる。
力関係としては互角程度。
受け流すための体術も、ヴェルナンドに習った通りの動きだ。
――動きを止めるか……
リゾンの右腕が私の腹部を刺そうとしたのを、敢えてよけなかった。
右手が腹部に突き刺さると同時に、驚いた表情をして一瞬私の方を見た。それと同時に手遅れだと気づいただろう。
私の右手がリゾンの左の頬から額にかけて、目を含んだ部位を切り裂いた。
「ッ……!!」
そのままなし崩しに腹部を思い切り殴りあげたらリゾンはその場に膝をついた。左目を抑えながら蹲る。
そのまま私は更に腹部に蹴りを入れると、そのまま檻に背中を叩きつけられた。リゾンは口から血液交じりの唾液を垂れ流す。
声にならないうめき声をあげている。
「もう無意味だ。いいだろう。ここから出せ」
大鬼に目配せすると、その周りの檻を両手で曲げて私が出られるように空けた。
そこから私が出ようとすると、リゾンは私を呼び止める。
「待て……がはっ……ごほっごほっ……はぁ……はぁ……」
死ぬ寸前のようにリゾンは息をあらげ、左目を抑えながらも残った右目で私の方を睨みつけてくる。
「……まだ終わっていないぞ……逃げるつもりか」
「…………これを逃げるというのなら、私はそれで構わない」
「この腰抜け! 逃げるな!!」
リゾンが鎖を私に仕向けてくるが、その鎖はジャランッと音を立ててその場に落ちた。魔王が鎖を押さえつけたからだ。
「父上! 邪魔するな!!!」
「もういいだろう。これ以上醜態をさらすな。しばらくは牢で反省するがいい」
「くッ……」
私はそれを横目で見ながら、心配そうにしている弟を連れて帰ろうとした。しかし、鬼たちが私の前に立ちふさがる。
「私の勝ちだ。不問にしてもらう」
「……いいだろう。今回の惨事は愚息が行ったことらしい」
帰り際リゾンの顔を見たら、今にも飛びかかってくるような怨恨を漂わせ、私の方を相変わらず睨んでいた。
◆◆◆
家に戻ると、私は真っ先に弟の腹部を殴りつけた。
弟が苦しそうに腹部を抑える。
「自分が何をしたか解っているのか。そんな身体で魔王城に侵入し、あまつさえ牢にいる龍を暴走させる騒ぎにまでした。魔王まで出てきた。殺されてもおかしくなかったぞ」
「…………生きてさえいればいいの? 兄さんは……生きていることだけで、それで満足なの……」
「何を言っている? 訳の分からないことを……あの龍を殺せて満足だろう」
「僕は、理由が知りたかった……殺したかったわけじゃない」
「理由など、あの様子を見ればわかるだろう」
青い瞳が、真因を求めるように私の方をじっと見つめる。
「あれは何か理由があった訳では無い。元々気が触れていたのか、突然気が触れたのか、そうして殺されただけだ。父と母は暴れるあの龍を抑える為に闘い、そして死んだのだろう」
「…………なんでそうなったのか……知りたかった……」
また弟はグズグズと泣き始めた。面倒だと感じながら、無理やりに弟をベッドに寝かせる。
「早く身体を治せ。大して私たちのことなど気にしていなかった親だろう」
弟は泣き疲れたのか、その後すぐに眠ってしまった。
一息ついた私は、申し訳程度に置いてある椅子に腰かけた。
身体中にうっすらとついた戦った際の傷を見ると、一瞬両親のことを思い出した。
――過去―――――――――――――――――
「ガーネット、また傷を作ってきたの? ほら、腕を出しなさい」
「お前は喧嘩早いな、弟をいじめるなよ?」
――現在―――――――――――――――――
どうでもいいような記憶が一瞬浮かんでは、その時の暖かい手の感触や、困ったような笑顔を思い出した。
「馬鹿馬鹿しい……」
私も疲れ、弟の隣で眠ってしまった。
そんな私たちをヴェルナンドが様子を見ていたことに、私は気づかなかった。
「一時はどうなるかと思ったが……あの弟も見どころがある。ガーネットとは正反対だが、良い教育を受けさせるべきだな」
独り言を言ったヴェルナンドは私たちの家に背を向けて去って行った。
その長い髪を揺らしながら。
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