罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第147話 兄弟戦線

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【ガーネット 7歳 魔王城地下牢】

 龍が暴れ出したことで、地下牢が大幅に破壊された。
 腕の一薙ひとなぎで他の牢の壁も崩れ、鉄柵も崩れ去る。
 私は怯えて動けなくなっていた弟を片腕に抱えていた。これでは龍とは戦えない。
 リゾンは暴れ狂っている龍の首元に自身で鎖を巡らせ、まるで乗り回すように楽しんでいた。
 制御するように鎖を絞めたり緩めたりして遊んでいる様子だ。

「ほら! 殺さないとお前たちが死ぬぞ!」

 ――こんなことをして、魔王に殺されたりしないのか……?

 私は全速力で階段に向かった。一階分駆け上がって、折り返しの中腹で下から龍が突き破って出てきた。
 リゾンは鎖から手を放したらしく、もう龍の首にはついていない。

「兄さん……」
「ちっ……流石に分が悪い……」

 まだ身体すべてが上に出てきていないうちに、私は龍の下顎に思い切り蹴りを入れた。軽い脳震盪のうしんとうが起これば隙ができるだろうが、体格の差がありすぎてそうもいかない。
 龍は私に向かって魔術式を構築した。
 空中にいた私は体勢をすぐに変えることができない状態だ。

 ――マズイ……!

 龍の撃った炎に、私は間一髪で焼かれずに済んだ。
 弟が魔術式を素早く構築し、炎が私たちがいた空間だけ炎が消え、私たちの真後ろから炎が出るような形になる。
 短い空間だけだが、転移の魔術だ。

「お前魔術を使えたのか」
「兄さん、早く登って!」

 指示されるのは癪だったが、今は逃げることが最優先だ。
 龍が暴れてもがいている内に私たちは一気に階段を登った。
 牢の入口の大鬼が死んでいる場所まで駆け上がると、そこには小鬼や他の大鬼も集まっていた。

「何があった!?」
「この地響きはなんだ!?」

 質問に答えている余裕もなく、私は弟を担いだままその場を急いで離れた。
 龍は間もなくして牢からその強靭な腕を突き出し、大鬼を掴んだ。

「ぎゃぁっ!?」

 龍が力を籠めると、大鬼は握りつぶされた果実のように潰れて血しぶきをあげる。
 大鬼が鉄の棘付きこん棒を構えるが、炎の魔術で一瞬で焼き殺されて炭だけが残った。その炎は王城の壁も溶けて変形するほどの威力だった。

「何をあんなに暴れ狂ってるんだ……」
「兄さん、僕らじゃ倒せないかな?」
「無茶苦茶言うな。気を抜いたら一瞬で殺されるぞ。他の魔族に任せろ」
「…………兄さんは、あの龍に勝てないの?」
「なんだと……」

 その安い挑発に、私は乗ってしまった。
 子供だからと言えば単純な話だが、私はそういう性分だ。ヴェルナンド以外には負けたことがなかった私は龍にも負けるはずがないと頭によぎる。

「私が勝てないのはヴェルナンドだけだ」
「僕らでやっつけようよ! 僕が魔術で兄さんを助けるから」

 そうは言ったものの、暴れ狂っているその龍族を見ると、流石に厳しい戦いだと直感する。

「私が焼き殺されないようにしろ。いいな」
「解った」

 弟と徒党を組むなど、考えてもいなかった。
 今までろくに話すらしたことがない私たちが連携が取れるとも思えない。しかし、弟に馬鹿にされたまま引き下がる訳にもいかない。
 龍が咆哮を上げている間に、私は左右に振れながら龍に向かって走った。
 龍の頭を上から蹴るが、やはり鱗が鎧のように硬いためタメージが入らない。何度も殴ったり蹴ったりをするが、やはり龍はびくともしない。

 ――鱗を剥がすか? 下の肉は柔らかいはずだが……

 鱗を逆側から蹴り上げると、一枚漸く鱗が剥がれた。痛みが走ったのか龍は咆哮をあげる。
 しかし、一枚一枚鱗を狙って剥がしていくのは無理だ。特に身体の急所の部分は細かくて硬い鱗に覆われている。
 私が色々と模索していると急に龍の口に氷の円錐が突き刺さった。
 その氷の円柱はいくつも龍に突き刺さっている。硬い鱗に弾かれる部分もあったが、鱗と鱗の間は鋭い氷が突き刺さった。
 氷と、氷の中に金属のようなものが混合されていて、氷だけでは保てない強度を補っている様子だ。

「その氷を蹴って! 焦点が絞れていれば力が集中するから!」

 暴れる龍に刺さっているいくつもの氷の円柱を、龍に刺さる方向に力いっぱい蹴ると、龍の肉の部分に刺さって出血する。
 龍が暴れて苦しんでいる間、動きが読めないので私は一度離れた。

「兄さん、剣を使って」

 金属でできている長い刃の不格好な剣を弟が生成した。見た目はともかくとして、その刃の鋭さは確かだ。
 爪では鱗に傷をつけられないが、これだけの刃渡りなら柔らかい部分なら刃が通るだろう。

「僕が首の部分の鱗を剥がすから、鱗を剥がしたら背骨の隙間を狙って振り下ろして。そうすれば首が落とせる」
「下から切り上げれば柔らかい肉が切れる」
「切り上げるより、振り下ろす方が力が入るよ」

 ――いちいち生意気な奴だ……

 背骨の間など、そう言われてもどこが間なのか私は解らなかった。しかし、解らないとは言えない状況だったので私は龍に向かう。
 近づく間、無数に炎が飛んでくるが弟の魔術で炎は軌道を逸らされたり、転移したりで当たることはなかった。
 しかし、物凄い熱量で、気道が焼けるような感覚がある。
 龍の後ろに回り込む為に近づくと、剛腕による薙ぎ払いが飛んでくる。

「ガァアアアアアァッ!!」

 上に跳んで回避している内に、弟が龍の鱗を氷の魔術で剥がした。鱗の向きから反対方向に氷と金属の鋭い刃が龍の表面の鱗を勢いよく削ぐ。
 首の部分の鱗がほぼ剥がれ、血が滴った。

「これならお前がトドメを刺せるだろう!」
「駄目だ……僕の魔術では威力が足りない……! 兄さんの力が必要だ!」

 龍が苦しんでいる間、私は龍の首に剣を思い切り振り下ろした。
 その際に、ガキンッ! と硬いものに剣が当たる。骨だ。場所が解らずに適当に振り下ろしたら、やはり骨に当たったようだ。
 表面の皮膚は切れても、骨は断てない。

「くっ……」

 一度剣を引くと、鱗が剥がれた部分の血液が剣に付着する。
 龍は暴れ疲れたのか動きが鈍くなってきた。私は龍の首の上で一回転し、遠心力をつけてもう一度剣を振り下ろした。
 運よく首の関節の間に刃が入り、先ほどまでよりも深く切れる。しかし切り落とすまでには至らない。

「駄目だ、切断できない!」
「その位置なら……いける! 兄さん剣を手放して離れて!」

 弟が龍の首の下に、何か黒い塊を生成しはじめる。弟に言われた通りに龍から離れると、剣がその黒い塊に引き寄せられるように龍の首に食い込んでいく。
 更に弟が龍の血を剣に変化させると、その剣が更に龍に突き刺さって行った。

 ――強力な磁石か……

「ギャァアアアアッアアァアアアッ!!!」

 龍が首の剣を抜こうともがくが、もがくほどに刃が食い込んでいく。

「兄さん、あの剣の刃先を蹴りいれて。柄の方を固定するから!」

 再び剣を上から蹴ると、それがトドメとなりやっと龍の首は落ちた。
 太い動脈から勢いよく血しぶきが上がり、龍はやっと動きを止めて絶命した。

「はぁ……はぁ……」

 弟は息を切らしてその場に膝をついた。相当に疲れたらしい。
 私は一息ついて弟の方へ向かう矢先、後ろから龍の血でできた剣が勢いよく飛んできた。弟の方へまっすぐに飛んでいくその剣が私の隣を通過した際に、私はその剣を止める。

「本当に殺せるとはな」

 剣が飛んできた方向をふり返ると地下から悠々と出てきたリゾンがいた。
 彼も私と同様に血まみれになっている。その片手には鎖に頭が貫通して連なっているものを引きずっているのが見えた。
 牢にいた魔族の頭だろう。

「…………私に構うな」
「弟を助けに来るとは、魔族のくせに温情があるな?」

 私はリゾンを無視して息を切らしている弟を無理やり立たせた。

「魔王が来る前に帰るぞ」
「無理だよ……謝ろうよ……」
「私たちは侵入しただけだ。龍を解放したのは私たちではない」

 そうは言ったものの、この大騒ぎに既に大鬼と小鬼が集まっていた。そして、ズシンズシンと地響きのような足音と共に一番恐れていた魔王が到着する。
 龍よりも一回りは大きい。
 相変わらず恐ろしい見た目をしている。いくつもついている顔はどれも険しい顔をしていた。明らかに激怒している。


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